第26話 異世界宅配便-送る荷物は王子様

 バラララララララララ……。

 唖然と見上げる面々の前に浮いている怪物としか思えない巨大な物体。

 現代日本人ならば驚きはしてもそこまでの衝撃は受けないだろうが、剣と魔法の世界であるこちらの人間から見れば完全に理解を超えた代物だ。

 それが上空から猛烈な風を吹き付けながらゆっくりと王城の練兵場、その中央に降り立った。

 ずんぐりとしたフォルムに太く短い可変翼とその先の巨大なローター。

 米国ベル・ヘリコプター社とボーイング社が共同開発したV-22、通称オスプレイ。

 

 全長17.5m、全幅25.5m、最大積載量9t、最大速度565km/h、航続距離3500km。仕様にもよるが30名を超える乗員を乗せることのできる兵員・物資輸送用のティルトローター機である。

 その最大の特徴は輸送ヘリと同等の輸送量、垂直離着陸能力を持ちながら航空機並みの速度と航続距離が可能なことだ。

 バーリサスからオルゲミアまではおよそ1000km、輸送ヘリでは搭載燃料で辿り着くは難しい距離だが、オスプレイならば充分に到着できる。さらに速度がほぼ2倍なので所要時間も半分程度で済むだろう

 最新鋭機ではあるが既に開発依頼主である米軍の配備をある程度完了させて自衛隊をはじめとしていくつかの国に供与が開始されている。

 

 完全に魂が口から出てしまっている表情で呆然としているアレクシードとオルストの騎士達、バーラの首脳陣の目の前で轟音と共にゆっくりと着地するV-22。

 接地後、ローターが停止して機体後部と右側のハッチが開かれ、機体右側から香澄とリゼロッドが降りてくる。

「お待たせしました。連れて行く人員はこれで全員でしょうか」

『………………』

 香澄がアレクシード達を見回し声を掛けるが、いまだに全員がポカンと口を開けて固まったままだ。

 無理もない。と香澄は思う。

 飛行機すら見たことのない異世界の人間が、これほど巨大で空を飛ぶ代物を見れば思考回路は完全にフリーズしてしまうだろう。

 そもそも空を飛ぶ仕組みすら理解するのは難しい。というか、香澄も説明できないし。

 とはいえ、このまま固まっててもらっても困る。

 

 パンパンパンッ!

「いつまでも呆然としてるんだったら帰るわよ! 荷物を持ってさっさと乗り込んで!」

 リゼロッドが手を打ち鳴らして強制的に我に返らせると、アレクシードを守ろうと前に出ていた騎士の1人に声を掛ける。

「!! す、すまない。しかし、これはいったい、それに、イオリ殿は?」

「伊織さんはこの乗り物を操縦するために中に居ます。これからこれに乗っていただいてオルストまで飛んで行きます。多分、一刻ちょっとで到着すると思いますが、着陸の方法や場所などは移動中に話し合いたいとのことでした」

 騎士達に発破を掛けながらV-22の機内に押し込んでいくリゼロッドをよそに、戸惑いを消せないままクルォフが問いかけるが、香澄の返答はあっさりとしたものだった。

 

「い、一刻、だと? まさか」

 クルォフの後ろに居たアレクシードがまた固まる。

 バーラやオルストを含む大陸西部では一日を12の時間に分け、その単位を一刻としている。伊織がグローバニエ王国に居た頃、観測機器を使って一日の長さと暦を調べたがご都合主義満載なことに地球のそれとほぼ同一だった。つまり一刻は2時間だ。

 V-22の巡航速度は時速約490kmなので、確かにオルストの王都まで2時間ちょっとで到着する計算になる。

「事前に説明が必要なら伊織さんを呼びますけど、王太子殿下は少しでも早くオルストに戻らなきゃならないんですよね? ただ、あらかじめ言っておくと説明されたところで多分理解はできませんよ?」

 そもそも伊織さんがまともに説明するとも思えないし、とか思いながら香澄はオロオロしているだけの王太子を見据える。

 香澄としても異様なものを見るような目に晒されている状況はさっさと終わらせたいのだ。それでも厄介ごとが続くのは確定しているが、それは早々に諦めている。

 

「……そうか、そうだな。今はまず目的を果たさなければ」

 ようやく再起動したアレクシードは成り行きを見守って、というか一緒になって固まっていたバーラの首脳陣に向き直る。

「この度はいろいろとお世話になりました。事が落ち着きましたら改めてご挨拶させていただきます。残していく者達は“豊穣の月”に船で発ちますのでそれまでよろしくお願い致します」

「う、うむ。オルストの安定を心から願っている。これからも同盟国として共に歩もうぞ」

「王太子殿下、どうぞご壮健で。従者の方々のことはお任せください」

「アレクシード殿下、どうかご無事で。再び酒を酌み交わせる日を楽しみにしておりますぞ」


 バーラの首脳達も理解できないことには蓋をして、ごくありふれた送り出しにすることにしたらしい。これがいわゆる“大人の対応”というものなのだろう。

 本来ならば同盟国の王太子という重要人物が帰国するのだから相応の式典などもするべきで、今回も緊急事態とはいえ略式で前日に晩餐会をしたし、見送りも簡単な式典を予定してもいた。

 まぁ、伊織のせいでいろいろとすっ飛ばすことになってしまったのだが。

 

 既に同行する騎士の半数は機内に乗り込んでいる。

 アレクシードとクルォフは香澄に促されて機体右側のハッチから中に入った。

 入口の左側には機体に沿って椅子が並んでいるらしく、先に乗り込んだ騎士達が座っている。残っていた者達も後部ハッチから続々と乗り込み空いている座席に座っていっている。

 ちなみに装備していた短槍は纏めて縛られ通路の中央に転がされているし、甲冑は身につけたまま、剣や荷物は各自が抱えている。

 機内は意外と狭く、天井の高さは人の背丈ほどで配管やケーブル類が剥き出しになっている。横幅も両側に騎士達が座ると足先が対面の者と接触するほどしかない。

 窓は円形の小さなものが機体左側に2つ、右側に1つとハッチの扉に少し大きめのものが1つだけで内部は薄暗い。

 全員は座れなかったのか、数人が立ったまま天井からぶら下がっているフックのようなものに掴まっているがクルォフやアレクシードの分の座席なのか前方のいくつかは空いている。

 

 ガコン、ウィーン……

 全員が乗り込んだのを確認したリゼロッドが伊織に声を掛けると、後部ハッチが油圧音を響かせながら閉じていく。

 続いて香澄が右側のハッチも閉じると一種異様な沈黙が機内を包んだ。

 得体の知れない乗り物の中に大勢が閉じ込められた形なので緊張感から誰も言葉を発することが出来なかったのだ。

「殿下はこちらの席に」

 香澄がアレクシードに示したのは前部に通じる細い通路に無理矢理取り付けられたような席が折り畳まれて壁に固定されている場所だった。

 戸惑いながらも促されるままにその通路の中に入る。

 クルォフはその手前側の空いている席に座るように指示されていた。

 

「お、全員乗ったか。んじゃ殿下はそこに座っててくれ。細かい事は飛んでからだ。英太、地図の確認頼むぞ。香澄ちゃん、リゼ、ハッチと安全ベルトの確認してからシートに着いてくれ」

 アレクシードを横目で認めると、ろくに挨拶をすることもなく指示を出す。

 香澄が通路に固定されていたシートを降ろしアレクシードを座らせると簡素なベルトを締める。殿下はされるがままだ。

 ヒュイーン……ブロロロロロ……バララララララ……。

 全ての準備が完了し、香澄が声を張り上げてそれを伝えると、伊織はエンジンを再始動させる。

 しばらくすると、シートに押しつけるような圧力と浮遊感が身を包む。

 機内に響くローター音はかなりうるさい。

 カタログスペックはともかく、実際に30名近い人員を乗せるとなれば本来は垂直離陸が難しい重量となるので出力を限界まで引き出さなければならないからだ。

 

「な?! と、飛んで……」

「ヒ、ヒィッ!」

 騎士達の幾人かが小さな窓から外を見て悲鳴混じりの声を上げる。

 アレクシードからは正面の窓から猛烈な勢いで王城の尖塔が下がっていき、すぐに空しか見えなくなる。

 もはやこの時点で頭の中のほとんどは恐怖で埋め尽くされている。なにしろ正面は空、左右の少し下まである窓から見えるのは小さくなっていくバーリサスの街並みで、この乗り物が空高く飛んでいるのが分かるからだ。

 その点においてだけはシートで身を固くしている騎士達の方が精神的にマシだと言えるかもしれない。

 

 V-22が垂直離着陸モードから転換モードを経て固定翼モードに移行してもしばらくは高度を上げ続け、高度3000メートルで水平飛行に移行した。

 ここでようやく伊織が大きく息を吐いて後ろを振り返った。

 通常の航空機やヘリコプターと比較して格段に難しいといわれているティルトローター機の操縦はさすがに伊織であってもあまり余裕があるとは言えなかったらしい。

「悪かったな、この人数を一度に運ぶってのは結構難しくてなぁ、相手してる余裕がなかった」

「い、いや、その、な、なんと言って良いのか、いまだに何が起こっているのか理解できん。これはいったいどういった乗り物なのだ?」

「俺達の居た世界じゃ空を飛ぶ乗り物なんざありふれてたからな。まぁコイツはその中でもちょっとばかし特殊なものだけどな」


 答えているようで答えになっていない言葉に、アレクシードは頭を振って気持ちを何とか切り替える。

 度肝を抜かれたし伊織達の得体の知れなさに恐怖すら感じている。だが、今自分達を運んでいるこの空を飛ぶ乗り物は、何よりもアレクシードが望んでいた速やかな帰国という最も重要なものを実現してくれる。今はそれに期待するしかない。

「先に聞いておきたい。貴殿等の望みは何だ? これほどのカードを切ってまで何を望む?」

 アレクシードにはどうしても分からないことがあった。いや、この乗り物のことだとか伊織の持っている物に関しては分からないことだらけだが、そういう異世界の物品に関することではなく、伊織が何故自分達に協力する気になったのか、ということが、だ。

 

 アレクシードやバーラ国王、宰相に対する言動を見ても地位や権力に頓着するような人間でないことは分かる。

 異世界の道具という計り知れない力を持つだけでなく、オルスト随一の騎士であるクルォフにして敗北を感じさせるほどの実力を持つような男だ。それだけでなく並外れた能力を持つ仲間も居る。

 実際、昨日こちらの要請を伝えた時点ではあまり気が進まない様子だった。

 それが何を切っ掛けになったのか、突然これほどの手の内を晒して受けてくれた理由を知らなければ不安でしょうがない。

 

「別にそれほど大したことを望んでるわけじゃない。そうだなぁ、発見・未発見を問わずバーラ国内にある全ての遺跡の発掘と調査の無条件での許可と発掘物の所有権、それからこれまでオルストが発掘した遺跡の資料全ての閲覧ってところだな」

 アレクシードが緊張の面持ちで待つ中、伊織の返答はある意味想定内で、それでいて意外なものだった。

 伊織達がオルストの遺跡調査をするつもりなのは以前の対面で聞いている。場所によっては許可の必要な遺跡もあるし、発掘物に関しても物によっては強制的に買い上げるという規定になっている。国の保有する資料も通常は特別に認められた研究者以外には閲覧することはできない。

 

 だからそれを認めさせるというのは要求としてさほど不思議なことではない。

 だが、今回の件の対価としてはどうか。

 陸路で行けば普通なら一月は要するし、仮に季節が良くて海路を船で移動したとしても10日近くは掛かる距離を、僅か1日足らずで、それも護衛の騎士のほとんどを一緒に送り届けるという前代未聞の行いに対する報酬としてはあまりに過小であると感じられる。

「それだけ、なのか?」

 オルストにとって、遺跡というものはそれほど重要視されているわけではない。

 無論、歴史的、文化的な価値はあるしオルストが古くから要所として栄えてきた証明として軽く扱われるものではない。発見された遺物や魔法は国を豊かにする一助となってきたのは誰しもが認めている。それでも遺跡そのものは絶対不可侵などではないのだ。

 

「別に金に困ってるわけじゃないし、他に欲しい物なんざないからなぁ。俺達にとって誰にも邪魔されずに遺跡を調べられるってのは何にも勝る報酬なんだよ。

 ってわけで、殿下達に失敗されると困るんだが、勝算はあるんだろうな?」

 伊織の言葉にアレクシードの言葉が詰まる。

 王弟による王宮の占拠を聞いてから、アレクシードとクルォフが中心となって協議を重ねてきた。

 昨日は想定外の速度で帰還する事による心理的な隙を突いて制圧すると言ったものの、占拠されて既に10日以上が経過していて現在の状況など知るよしもない。

 情報の伝達手段が早馬くらいしかない大陸西部では距離が離れているということはそれだけ情報が限られているし鮮度も落ちるのだからそれは仕方がない。

 

 それに、そもそも現在のところ確実な手勢はここにいる20数名の騎士だけだ。立場を考えれば王都に戻って準備すれば、王弟に与しない兵や貴族を纏めることもできるだろうが、そうなれば国を割っての内戦に発展しかねない。

 そんな事態を招くわけにはいかないし、ヴァーレント公もそれは避けたいだろう。

 結局、伊織達に語ったように迅速に突入して何とか王弟を拘束するという行き当たりばったりの手段を執らざるを得ないのだ。

 はっきり言って博打もいいところだ。

 伊織はどことなく揶揄ような目でアレクシードを見ており、言わずとも状況を察していることを窺わせている。

 

「言葉を差し挟むことをお許しいただきたい」

「クルォフ?!」

 アレクシードの背後から不意に掛けられた声に驚いて振り向く。

 いつの間にか座っていた座席からアレクシードの背後に移動していたらしい。まぁ、護衛なんだからすぐ側にいなきゃ意味がないのだから当然と言えば当然なのだ。

 といっても離着陸の時に動き回られると危ないし不測の事態を招きかねないので今までは大人しく座っていてもらったのだが、水平飛行になったので香澄が許可したらしい。

「現状ではヴァーレント公が考えるよりも遥かに早く到着することになるのでその分は優位になるだろう、だが、そもそも殿下が急ぎ帰国することは想定しているはず。万全とは言えないまでもそれなりの備えはしているだろう。

 もちろん我等とて少ないとはいえオルストの精鋭中の精鋭という自負がある。王宮内に降りられるなら、殿下を守りつつ墜とすことはしてみせる。

 だが、待ち構える兵士とてオルストの者だ。犠牲が出れば解決したとしても禍根が残るかもしれん」

 

 そこまで言ってクルォフはアレクシードを見る。

 クルォフは伊織に現状を説明しただけ。これ以上の言葉は彼の権限を越えるからだ。

 クルォフの言いたいことを理解したアレクシードは、僅かに逡巡する表情を見せたが意を決して伊織に向き直った。

「できるだけ混乱と犠牲を少なく事を収めるために貴殿等に助力を願いたい。

 遺跡に関しての要望は全て受け入れるし、調査発掘費用や滞在費は全額オルストで負担する。発掘品は一応内容の報告はしてもらわなければならないが、明らかにオルストにとって危険な物でないかぎりは自由にしてもらって構わない」

 アレクシードの言葉にニヤリと笑う伊織。

 その表情に一瞬『何かとんでもない約束をしてしまったのか?』と考えてクルォフの方を見るが、彼は大丈夫とばかりに頷いただけだった。

 

「確認するが、おたく等を王宮内、えっと、バーラみたいに王宮に着陸できそうな場所ある? あ、あるの、ならそこに届けて、犠牲者を出さずに、且つ速やかに王宮内を制圧する手伝いって事で良いんだな? 交渉がどうなるかは分からんが」

「交渉自体は問題ない。叔父上達の要求はある程度察しているし、それに対する対応も考えてある。叔父上とそれに賛同する者をテーブルに着けることさえできれば何とかなる、いやできる」

 実際に交渉そのものには自信がある。叔父であるヴァーレント公爵と王太子であるアレクシードとの関係は悪いものではなかったし、政治思想もそれほど離れてはいなかった。

 

「んじゃ着いてからは英太と香澄ちゃんがお手伝いすっから一緒に突入してくれ。そのための道具も用意してある」

「あ、でも伊織さん、俺達オルストの兵士と散々戦ってたんですけど、問題にならないっすか?」

 副操縦席で話を聞いていた英太がスチャッと手を挙げて当然の質問をする。

 本意ではなかったにしろ2人はグローバニエ王国の勇者として国境の砦でオルストと戦っていたのだ。

「確かに殿下が敵国側の人間を連れてたらマズイだろうから、正体を隠す物も用意したぞ。リゼ、そこに葛籠つづら、木を編んだ籠がおいてあるだろ? それを開けてくれ」

 

 伊織に指示されたリゼロッドが衣装ケースくらいの大きさの蓋付きの竹籠を持ってきて蓋を開ける。

「…………ねぇ、もしかして、これを着ろって言うの?」

「?……ゲッ!?」

 リゼロッドの手で引っ張り出されたソレを見て香澄が唖然とし、気になった英太が後ろに首を伸ばして覗き込んで奇妙な悲鳴を上げる。

 そこにあったのはフルフェイスのヘルメット状の仮面と手袋&ブーツ付きの全身タイツ、色は原色の青とピンク。

 ……1975年から連綿と受け継がれる日本が誇る特撮戦隊ヒーローを彷彿とさせる衣装である。

 

「い、いやいやいやいや、これはないっしょ! どう考えても逆に目立ちまくるじゃん!」

「そ、そうよ! これはいくらなんでも恥ずかしすぎるわよ!! マスクとサングラスとかで良いじゃない!」

「今回は死人出すわけにはいかないだろ? だから催涙弾とか使うわけだし、ガスマスク着けられないと困る。これは軍用防毒マスクのメーカーに特注で作らせた物だからな。強化ポリカーボネートの偏光グラスに活性炭5層フィルター装備の優れものだ。ヘルメット部分はカーボンファイバーとアラミド繊維が組み込まれていて35口径の弾丸にも耐えられる。衣装の方もアラミド繊維でできてるから斬撃にも強いぞ」

「な、なんつー無駄に金掛けた無駄に高性能な物作ってんすか!」

「だったらオルストと戦ったことのない伊織さんが行けばいいじゃないですか!」

「いや、だってオスプレイ置きっぱなしにするわけにいかないから、全員降ろしたら移動しなきゃいけないし」

 

 あまりに無体な指示に噛みつく英太と香澄。文句を言われている伊織は実に楽しそうだ。

「あ、あの、そのことなのだが、英太殿と香澄殿は確かに我が国の兵と戦っていたが、その姿は国境の兵にしか知られていないぞ。辺境に配属されている兵や騎士が王都に来ることはまずないし、指揮官も現在はグローバニエに近い砦にいるはずだ。

 それに報告では英太殿は常に面帯を着けていたし香澄殿は魔術師のローブを着ていたのでその容姿に関しては若い男女と推測されているだけだ。

 だからそのままでも名乗らないかぎりは露見することはないはずだ」

 

 王太子側付きの騎士として軍の報告資料に目を通しているクルォフがおずおずと口を挟む。

 本気で仲違いしているとは思えないが、下手にもめられて作戦に支障が出ては困るのでフォローのつもりだ。

「! マジ? ほら! 必要ないじゃん!」

「よ、良かった! 絶対に着ませんからね!!」

「え~! 折角作ったのにぃ。ソレ1着50万位掛かったんだぞ?」

「「だから! 何でそんなもの作った(のよ)んすか!!」」

 伊織はヤレヤレと肩を竦めると、真面目な顔をしてアレクシードに着陸場所の詳細と突入の段取りを訊ね始めた。

 ため息を吐いて地図を見つつ耳を傾け始めた英太と、まだ文句を言い足りなそうな表情をしつつも装備を確認するためにキャビンに戻る香澄。

 おっさんの相手はなかなか大変なのである。

 

 

 

「あ、見えてきましたよ」

 バーリサスを出発しておよそ2時間。

 川幅20キロはありそうな大河、デサイヌ川の河口付近にある大きな中州が見えてきた。

 川幅は広いが深さはそれほどでもないのか、所々に島のような中州があり、岸から橋も架かっている。

 その中でも一際大きな中州に都市が築かれており、幅およそ3キロ、長さおよそ10キロほどの街並みが見える。

 その中央にはいくつかの尖塔を持つ城があるが、王都の、それも国王の居城としてはかなり小さいように思えた。

 街自体も数階建ての建物がかなり密集しており、複雑な細い路地が縦横に走っている。イメージとして一番近いのはクロアチアのザグレブ旧市街だろうか。

 

「……本当に一刻足らずでここまで来るとは」

「感心するのは後だ。一気に降りるぞ。揺れるからしっかり掴まってろよ!」

 伊織はそう言うと、王城内に見えた広場の上空で垂直離着陸モードに切り替え、一気に降下する。

 強烈な浮遊感にキャビンからは呻くような悲鳴も聞こえたが伊織にそれに構う余裕はない。

 接地直前に出力を上げて減速すると、衝突したかのような振動が機内に伝わる。

「ベルトを外して! 出るわよ!!」

 恐怖感で半ば錯乱状態だった騎士達だが香澄が発破を掛けると、そこはそれ、さすがに精鋭だけあってすぐに気持ちを持ち直し、剣帯を巻き束ねた紐を外して短槍を手にする。

 

「それじゃ俺も行きます!」

「おう! 俺とリゼは後でまた来るから気をつけろよ。……香澄ちゃんに良いところ見せてやれ」

 最後の部分はボソッと英太にだけ聞こえるように呟くとニヤリと笑い親指を立てる伊織……オヤジである。

 

 クルォフを先頭にアレクシードと騎士達、英太と香澄が外に飛び出すと、入れ替わりにリゼロッドが副操縦席に座る。

 それを待ってからハッチを閉めつつ再度伊織はV-22を離陸させた。

 

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