第24話 領主様と王子様

「賢者の石の原料って、マジっすか?」

 英太が驚いて思わず大声が出る。

 そのために撮影を粗方終えた香澄と梱包作業中だったリゼロッドまで何事かと集まってくる。

「マジだ。といっても、これ自体も複数の材料から作られる化合物でな、精製するのに恐ろしく手間と時間が掛かるから遺跡から見つかったってのは大きい。まぁ必要な量には全然足りないが、これから遺跡探索を続けていけば十分な量確保できるかもしれないな」

 

 伊織の言葉に興味深そうに球体を見つめる面々。

「これって触っても大丈夫ですか?」

 香澄が聞くと、伊織は頷く。

「原料に水銀なんかも使われてるが、精製されて性質が変化してるから口に入れないかぎり問題ない。それにちょっと面白い性質があってな、英太、上から掴んでゆっくりと持ち上げてみ」

「うぃっす……うわっ?! 何だコレ?!」

 伊織の指示で英太が球体を数センチ持ち上げた途端、これまでの状態が嘘のようにドロッと形が崩れて零れてしまう。ただ、台座の上部が窪んでいるのでそこにたまって流れ落ちることはなかった。

 自分達が帰るための重要なアイテムがゲル状の液体になってしまったことに焦る英太。

 

「大丈夫大丈夫、これがベリク精石の性質だから。今度は香澄ちゃん、それに触れながら魔力流して。指向性をつけないで魔力だけ少しずつね」

「あ、はい……え? どうなってるの? これ」

 伊織に促された香澄が魔力を注ぐ。

 見た目ではほとんど分からないが触れている香澄はすぐに気がついた。

 それを英太とリゼロッドにも分かるように伊織が金属製のヘラで掬い上げていくと、ゲル状になったはずのベリク精石が今度は粘土のように形を保ったまま変形していく。

「ベリク精石には魔力を込めるほどに硬化する性質があってそのままの状態だとどれだけ経過しても目減りも劣化もせずに保持することができるんだよ。だが、非生物系物質でできた器具を使うか特殊な素材の手袋をしてない状態で人間や動物が触れると込められた魔力があっという間に霧散してしまう。魔力を込めている本人はその間だけは触れるけどな」

 

「石というより液体みたいな感じね。でも多分これと同じ物は他の遺跡でも見つかってるわよ。父の資料に人づてに聞いた話として『触ったら解けるように無くなった石』って記述があったわ。ただ、その正体は解らなかったみたいね。

 で? これって何なの?」

 リゼロッドの質問に伊織が賢者の石のことを説明する。

 あくまでここにあるベリク精石は材料のひとつであり、完成品ではないことも、だが。

 やはりリゼロッドは遺跡研究者であると同時に魔術師であり錬金術師なのだろう、かなり深く知りたいようだったが今はとりあえず調査と遺物の回収が優先だ。

 苦笑しながら宥めてベリク精石を回収する。

 

 リゼロッドが梱包作業に戻り、英太もその手伝いとして梱包の終わった物から順に外に運び出していく。

 伊織と香澄は手分けして神殿内に魔法的な痕跡がないかを調べる。

 そしていくつかの痕跡は確認できたものの劣化もしくは破損しており詳細に関しては分からなかった。

 そうして一通りの作業を終えて外に出ると、空は茜色に染まり始めていたためにその日の調査は終了することにしたのだった。

 

 

 それから数日間、遺跡の調査を続けたが結局それ以上新たな発見をすることはできなかった。

 とはいえ、ずっと以前に調査を終えていた遺跡から新たに見つかった地下宗教施設と数多くの資料、道具類や装飾品など初めての遺跡調査としては十分すぎるほどの成果といえる。

 リゼロッドは久しぶりの発見に大興奮で連日目を血走らせながら収拾した資料を調べている。おかげで追加された情報の整理も請け負ってくれているので伊織達も助かっているのだ。

 彼女にしてみたら調べ尽くしたと思っていた遺跡からこれほどの発見があったのは伊織達のおかげだと考えていたし、伊織にしても地下空間の発見や通路の発掘、入口を破壊することなく魔法装置を起動することでスムーズに開くことができたのはリゼロッドの知識があってこそだと認識している。正にWin-Winといえるだろう。

 

 そのリゼロッドも今は作業を一段落させて伊織、英太、香澄を交えてリビングでティータイムを楽しんでいた。

 伊織が提供したダージリンの茶葉でメリンダが紅茶を入れてくれている。

 そして上品な磁器に山盛りにされたキノコとタケノコを模したチョコレート菓子。

 ちなみに伊織と英太はキノコ派、香澄はタケノコ派、メリンダはどちらも気に入って交互に口にしているようだ。

「それじゃあ見つけた装飾品は全部売っちゃうんですか?」

「そうね。イオリは特に欲しいものはないみたいだし、カスミとエータが確保しておきたいものがないなら売ってしまおうと思ってるわ。

 特に珍しい物もなかったし、現金化してからの方が分配しやすいでしょ?」

 

「俺としては必要な資料の写しとベリク精石さえ貰えりゃ後は全部リゼの取り分で良いと思ってるんだけどな。あんなにあっさり地下の神殿が見つかったのもリゼの知識のおかげだし」

「駄目よ! 私が雇ったのならともかく、共同で調査したのだから分配は均等にしなければならないわ。だいたい、あなた達がいなかったらそもそも地下神殿を発見することはできなかったんだから」

 リゼロッドの言い分は遺跡発掘において当然の事だ。

 事前に分配方法の取り決めがない場合、貢献度に関わらず均等に割り振るのはトラブル防止の大原則なのだ。

 複数の人員で探索を行った場合、成果の上がる人と上がらない人ができるのは当たり前である。当たりを引くという役割の人とハズレを引くという役割の人、どちらも等しく重要なのだ。

 

「とにかく、資料は私が、えっとベリク精石? はイオリが確保するとして、その分も含めて計算するから」

「いや、資料に関しては写しを貰うし、内容の精査もリゼがしてくれてるんだから除外してくれ。残りを分配ってことで良いんじゃないか? 問題はベリク精石をどう評価するかなんだが……」

「それならそのベリク精石に関する情報を頂戴。こちらではまったく未知の物だから、教えられる範囲で構わないわ。資料以外の器具類は私が確保したい物もあるけどだいたいの価値は解るからその分は私の取り分からは抜いてくれればいいわ」

 そんなふうに分配の詳細が話し合われ、香澄がリゼロッドに言われてそれを文章にしていく。

 そして英太は来客の呼び鈴でこの場を離れたメリンダの代わりに紅茶のおかわりを準備していた。

 

 

 

 

 

 翌日、伊織達異世界組にリゼロッドを加えた4人はバーリサスの王宮に程近い、富裕層向けの中でも有力者が集まっていると言われる区画に来ていた。

 同じ区画とはいえリゼロッドの屋敷からは2キロほど離れている。

 実は伊織達がバーリサスに到着したその日にも来たエリアであり、本日の行き先もまた同じ場所だ。

「イオリ殿とシェリナグ嬢でいらっしゃいますね。人数は4人ということで間違いございませんか?」

 ランドクルーザーが目的地の前まで来た時点で門のところに立っていた警備兵と思われる男が1人走ってきて確認してきた。

「ええ。ブリントス・ワーレン様から招請されされました伊織、英太、香澄と案内として同行いただいたリゼロッド・シェリナグ嬢です」

「門を開けますのでそのままエントランス前のポーチ車寄せまでお進みください」

 と、門番の男。

 車の中を検めたりしないらしい。

 

 待つまでもなく門扉が開かれ、門番が頭を下げたので車を出す。

 その前に門にいた別の男が屋敷の方に走っていったが訪問を知らせるためだろう。

 広さとしてはリゼロッドの屋敷の敷地とそれほど差はないように見える。門からエントランスまでは数十メートル程というのも同じだが、やはり貴族の邸宅らしく訪問客も多いのだろう、ロータリーのような形状のポーチは広く、右奥には複数の馬車を余裕で置いておけるスペースや厩舎と思われる建物も見える。

 伊織は言われたとおりエントランスのど真ん前にランクルを駐めると車を降りた。リゼロッド達もその後に続く。

 既に玄関は開け放たれ、数人のメイドと執事らしき初老の男性が整列して出迎える。

 

「ようこそいらっしゃいました。執事を務めておりますシュリートと申します。当主がお待ちしておりますのでご案内させて頂きます。荷車はそのままで結構でございます」

 バーラでも指折りの有力貴族に仕える50歳代後半位の執事が、貴族でも大手商会でもない一介の旅行者に対する態度としては慇懃に過ぎるように感じられる。

「武器の類は預けなくてもよろしいのか?」

「当主よりその必要は無いと申しつけられております。こちらが身を検めたところで武器かどうかを判断することはできないのだから無意味だと」

 つまりは伊織達がこれまでしてきたことをある程度把握しているということと、現時点で敵対するつもりがないという意思表示なのだろう。

 そう理解した伊織はそれ以上は何も言わず、執事の後に続いて屋敷の中に足を踏み入れた。

 

 てっきり応接室に通されるかと思っていたのだが、執事は中庭に通じる扉を開けて外へと促す。

 そして細部まで計算されたかのように手入れの行き届いた庭園の中央にある四阿あずまやに案内された。

 四阿、いや、明らかに洋風庭園なのでガゼボと言ったほうがいいのだろうが、5メートル四方程度の屋根と6本の柱、中央にテーブルが置いてあるだけのシンプルで見晴らしの良いその場所には2人の男性が待っていた。

 一方は40代半ば、もう一方が20代前半くらいに見える。

 どちらもそれほど華美ではないが仕立ての良い上品な服を着ている。イメージ的に18世紀頃の貴族服のイメージに近い。

 対して、伊織達の服装だが、伊織と英太はスーツ、香澄とリゼロッドはドレッシーなワンピース、いわゆるスマートエレガンスに分類されるドレス姿だ。

 どれも地球の服飾ブランドの物の中で形や色柄が問題なさそうなものをチョイスして準備したのだ。

 

 伊織達が近づくと、年嵩の方の男が歩み寄ってきた。

「良く来てくれた。こちらの都合で呼びつけるような形になってしまい申し訳ない」

 そう言って手を差し出してくる。

 仕草も表情も実にフレンドリーで、本心は分からないものの歓迎しようとする姿勢は見て取れた。

「初めてお目に掛かります、伊織と申します。こちらは友人の英太と香澄、それからここバーリサスで遺跡研究を行っているリゼロッド・シェリナグ嬢」

 英太、香澄、リゼロッドもそれぞれ会釈して挨拶する。

「うむ。改めて挨拶させて貰おう。私はブリントス・ワーレン。ベンでは随分と迷惑を掛けたようだ。本来ならもっと早く会って詫びたかったのだが色々とあってな」

 

 伊織達がここに来た理由。

 先日シェリナグ邸のリビングで遺跡発掘の話をしていたときにあった来客は、このワーレンと名乗った港町ベンとその周辺を領地に持つ貴族からの使者だった。

 伊織達がバーリサスに到着した日にバーリント老人からの書簡を届けた相手である。その時は屋敷の者に書簡を託したので会うことはなかったが、改めて招待したいとの申し出であった。

 バーラにおいて貴族に爵位というものは無いらしいが、領地の規模や経済能力である程度の序列は存在するらしく、特にベンは近年大きく発展しつつあるということでバーラ国内でも有力者と見なされている相手である。しかも現王の娘、当時の王孫を嫁に貰ったほどの人物だ。

 不興を買うのは損しかないし、特に断る理由もなかったためにこうして指定された日時に訪れることになったのだ。

 ただ、貴族との面談ともなれば様々な慣習やルールがあるはずで、どこに地雷が埋まっているか分かったものじゃない。そこでこの国で魔術師としても実績があり幾度か貴族と面談の経験があるリゼロッドにオブザーバー的な位置づけで同行してもらうことになったのだ。

 

 伊織達を招待したワーレンだが、執事から書簡を受け取り、バーリントからの報告を読んですぐさまベンに部下を送り詳細を調査させた。

 調査の結果、しでかした数々の不正は看過できるものでなく代官は即刻罷免され、罪人として王都へと護送されることになった。

 ワーレン自身はある事情から王都を離れるわけにはいかなかったために正式な審議は王都で行うことになるが、当面は代官のさらに代行としてバーリントが執務を執り行う。

 そして同時に代官の不正を暴く切っ掛けになった旅行者の情報も確認した。

 といっても当の旅行者自身が特に隠していなかったために情報収集自体は簡単だった。ただ、実際に接したバーリントからは『くれぐれも扱いに注意されたし』という忠告がなされている。

 

 ところで、ベンでの騒動の処理にワーレンが忙しかったのは確かだが、伊織達を招くのがこれほど遅れたのはその情報の精査に時間が掛かったのが大きい。

 なにしろ情報を集めたそばからアラベナ商会の不正取引や違法行為の摘発協力や遺跡での新発見など、次々と見たことも聞いたこともない様々な道具を使ってやらかしていたのだ。

 動物が引くこともなく通常の何倍もの速度で走らせることのできる荷車、過去の出来事を映し出す器械、轟音と共に金属片を視認すらできない速度で打ち出す武器、荷車すら吊り上げて空を飛ぶ乗り物……。

 報告書では俄に信じられないが、信頼する師でもあるバーリントや王都の警衛兵が目撃しており信憑性に疑う余地はない。

 

 バーリントの忠告通り、確かに能力の上限が把握できない以上扱いに注意しなければならない相手なのは間違いないと感じたが、いずれにしても直接会って話を聞いてみる必要があると判断してその機会を作ることにしたのだ。

 とりあえずガゼボに用意された椅子に誘い、少し離れた場所に控えていたメイドにお茶の用意をさせる。

「ああ、紹介が遅れたが、こちらにいるのは私の遠縁でね。別の要件で来ていたのだが君達の話を訊いて会ってみたいというので同席させたのだが、よろしいかな?」

「初めまして、アレクといいます。せめて挨拶だけでもと思ったのですが、良いでしょうか」

 ブリントスが傍らの青年を紹介し、青年も伊織達に微笑みながら挨拶する。

 

「ワーレン様が良いと思われるならもちろん構いません。私共のことはある程度お聞きになっているでしょうしね。

 とりあえず、折角の御招待に手ぶらではなんですから、お近づきの印に、あれ? どこいった? あ、あった」

 朗らかに応じる伊織。

 いつもの態度との違いに英太が微妙な顔をして、香澄はそんな英太を肘で突っついているがそこはスルー。

 いつものよりも小ぶりなバッグをゴソゴソと漁って小箱を2つ取り出してブリントスとアレクと名乗った青年の前に置く。

 

「これは?」

「私共がグローバニエ王国によって異世界から召喚されたというのはご存じでしょう。

 幸い私の能力で元の世界の物品をいくつか持ち込むことができたのですが、ご挨拶の印としてちょうど良さそうなものがありましたのでお持ちしました。

 大したものではありませんがご笑納ください」

 ブリントスの問いに伊織は小箱を再度手に取り開ける。

「!? これはいったい……」

「私共が元いた世界ではごく一般的なものですが、時間を計る時計と呼ばれるもので、これは手首に巻いて使う腕時計といいます。

 調べたところ、一日の長さはこちらも私共の世界も同じようなのでお役に立つかと」

 

 説明を聞いたブリントスとアレクは呆然としてコインほどの大きさしかない文字盤を回る針を見つめる。

 伊織が用意したのはグランドセイコーの機械式腕時計である。

 文字が異なるため、数字などが入っていないメモリだけのシンプルなデザインだ。

 ゼンマイを巻いて駆動させる機械式なので、2年程度で電池が切れるクォーツと違い大事に使えば10年以上は保つ。本来ならば5年に一度のメンテナンスをおこなえば一生使い続けることもできるのだが、さすがにこちらの世界でそれは難しいだろう。

 ちなみにこちらの世界でも時計自体はある。

 主に使われているのは日時計と水時計、火時計だが、非常に高価であるものの機械式の時計も存在する。

 ただ、一般的に利用されているのは鐘楼の鐘と時計用の蝋燭で、普通の庶民は鐘の音だけでだいたいの時間を把握している。

 もちろん伊織の用意した腕時計のようなものを作るのは技術的にかなり難しいだろう。

 

「いや、色々と話は聞いていたが、会って早々これほど驚かされるとはな。しかし、これほどのものをいただいて宜しいのかな? 見たところ相当な物だと思えるが。それとも貴殿等の世界ではありふれた物なのだろうか」

「腕時計自体はありふれていますね。たださすがに貴き方々にお渡しするのに安物をお渡しするというわけにはいきませんので、向こうの世界でも上流階級の者が使っても恥ずかしくない物を用意しましたが。

 まぁそれでも贈り物としてあり得ないほどの価値とうわけではありませんので遠慮なさらずお持ちください」

 ブリントスは頷くと箱から時計を取り出ししげしげと見る。

 だがその心を占めるのは喜びよりも焦りに似た感情だ。

 

 実はブリントスの治めるベンでは多くの職人を招聘し、有力な産業を興すべく様々な取り組みをおこなっている。

 その中に時計の開発もあり、実際に少量ではあるが生産を行っている。ブリントス自身も開発の工房には幾度か訪れていて、構造の複雑さと生産の難しさは見知っているのだ。

 腕の良い職人を確保できたこともあり技術力には自信を持っていたのだが、目の前のこれは次元がまったく違う。すなわち伊織達のいた世界とは技術にそれだけの開きがあるということを目の前に突きつけられたということである。

 これから会話の中で色々と探っていこうと考えていたところに見事な先制をくらったようなものだ。

 

「しかし、ワーレン殿はともかく、無理言って同席させて頂いただけの私まで受け取ってしまうのは気が引けるが」

 一方アレクの方は単に言葉の通り、受け取って良いものか判断しかねているだけのようだ。

 だが、それも伊織の次の言葉に凍り付く。

「構いませんよ。ワーレン様にお渡ししたのにオルストの王太子殿下を前にして何も無しというわけにはいきませんからね」

「「!!」」

 

「……何故分かった?」

 長い沈黙を経て、絞り出すように尋ねるブリントス。

「現在オルストの王太子殿下が親善を兼ねて条約調印のために滞在されているのは噂で耳にしております。

 バーラの国王陛下の正妃様はオルストの国王陛下の姉だった方、そして先程ワーレン様は殿下のことを遠縁と紹介していましたが、ワーレン様の奥方様はバーラの王女。

 年齢的にもちょうど符合しますし、何よりワーレン様の立ち居振る舞いが上位の方に対するものでしたので。

 あとは……長年グローバニエと角を突き合わせていたオルストの王太子殿下なら、自国に少なからぬ損害を与えた異世界人の顔を拝んでやろうと考えるんじゃないかと。まぁ、大部分は勘ですね」

 

「……伊織さん、どっから出したんですかその鹿撃ち帽シャーロックハットとパイプ」

「すまん、さすがに眼鏡はともかくこの歳で蝶ネクタイと半ズボンは恥ずかしい」

「誰もコスプレの内容にケチつけてませんからね?!」

 引き攣った顔で凝視する貴族と王太子をよそに小声でやり取りする伊織と英太、頭痛を堪えるように額を抑える香澄、ネタが分からず困惑するリゼロッド。

 どうにもシリアスから遠ざかろうとする面々である。

 

「ふぅ~……身分を伏せたこと、お詫びしよう。オルストの王太子だと知られると貴殿達の人柄を知ることができないと考えたのだが、どうやら無意味だったようだ」

「そうですな。私からも謝罪する。試したというわけではないのだが、オルストとグローバニエは敵対しているし、そちらの2人は実際に剣をを交えたと聞いている。それ故にどのような反応が返ってくるか分からなかったからな」

「あ、えっと、俺、いえ、私は個人的にオルスト王国に恨みを感じたりしてませんから」

「私も同じです。確かにオルスト王国の兵士とは戦いましたが、グローバニエに強制されて仕方なくだったので。逆に、私達のせいで犠牲になった方がいるオルスト側の方が私達を恨んでいるのではないでしょうか」

 

 アレク、いやオルストの王太子アレクシードとブリントスの謝罪に英太と香澄が応じる。

「正直に言えば思うところがあるのは確かだ。だが、貴殿等が命令によって戦っていたことや他に選択肢がなかったことも理解しているつもりだ。実際に亡くなった兵士の家族や友人がどう思うかまでは請け負えぬが、少なくとも私からは何も言うことはないよ」

 アレクシードがそう言って含むところはないことを明言し、ようやく懇談が始まった。

 

 

 

 

 

「ふぅ~……」

 伊織達が懇談を終えてワーレン邸を退出した後、アレクシードとブリントスは応接室に場を変えて向かい合わせに座った。

 最初に出たのは大きなため息である。

 吐いたのはアレクシードだったが、気持ちとしてはブリントスも同じだ。

「……殿下、いかがでしたか?」

「先に卿の感想を聞いておきたいな。あの異世界人達、卿はどう思う?」

 

 聞き返されたブリントスはすぐに答えを返す事ができない。

 ソファーに深くもたれたまま腕を組んでしばし黙考する。

 同盟国の王太子を前にした態度としては無礼とも受け取られかねないが、アレクシードとブリントスの妻は従姉妹にあたる。その縁でかなり親しい付き合いがあるし、ブリントスの方が歳がだいぶ上ということもあり余人の目がないときはかなりフランクな態度でお互い接しているのだ。

 無論、言葉だけはある程度気をつけてはいるが。

 

「一言で言えば、得体が知れない、ですな。

 あの異世界の品々がこの世界の物とは隔絶した技術で造られたものであることは確かです。あれほどのものは今よりもずっと進んだ文明を持っていたと伝えられている古代の遺跡からですら見つかっておりません。

 ですがそれよりも、その品々をどうやってこちらの世界に持ち込んだのか、それがまったく不明です。

 報告では今日見たあの“自動車”よりもずっと巨大で多くの荷や人を運べるもの、それどころか空を飛ぶことのできる乗り物すらあるとか」

 

 ブリントスの言葉にはどこか疲れたような響きがある。

 無理を承知で伊織に頼んでみたところ、考える素振りすら見せずに乗ってきた車を簡単な説明を交えながら見せてくれた。それどころかアレクシードとブリントスを乗せて屋敷の周囲を回ってもくれた。

 まぁ、当然護衛は必要なので英太と香澄、リゼロッドは乗らず、2人と護衛の騎士がひとり一緒に乗り、前後を馬に乗った騎士が併走してだが。

 そしてさらに、警衛兵の度肝を抜いたという異世界の武器、“銃”という物もその威力と共に見る事ができた。

 技術力の差を感じたのはそういった分かりやすいものだけではない。

 伊織達の着ていた服、特に香澄とリゼロッドのドレスはその生地の光沢や質感、色合いや小物にいたるまでこれまで見たことのないものだった。

 

「確かに。訊いたことには答えるし、受け答えにも不自然なところはない。であるのにどうにも煙に巻かれたような印象が拭えんな。クルォフ、そなたからはどう見えた」

 アレクシードが扉の側に控える騎士に声を掛ける。

「……私自身は話をしていないので何とも言えません。ですが、敵にするのはかなり危険かと」

 寡黙な質なのか、言葉少なに答えるクルォフ。

「危険、か。あの道具の数々を見れば異論はないが、実力の方はどうだ? 勇者と呼ばれていた若い2人は、やはり強いか?」

「あの2人は間違いなく強いと思います。少年の方はおそらく私と同じ程度の実力はあるでしょう。少女の方も、報告では魔法による支援を主任務としていたようですが、直接的な戦闘能力においても一線級の実力があると見ていいかと。ただ、それよりも……」


「どうした? あのイオリと名乗る男がどうかしたのか?」

「……あれは、正直どれほどの実力があるか、私程度では図ることはできません。

 ひとつ言えるのはあの者がその気になっていれば、我々は誰ひとりとして生き残ることはできなかったかもしれないということです」

「「?!」」

「視線や表情から伏兵や監視の配置も数も察知されていると考えて間違いありません。それに“影”の存在も」

「馬鹿な!」


 オルストは大陸中西部において大国と呼べる国である。当然王太子の訪問には多数の精鋭が護衛として同行して身辺を警護しているし、王国一の使い手と名高いクルォフも常に傍らで目を光らせている。

 今回は伊織達を警戒させないために敢えて護衛は少し離れた位置に配置していたが、不測の事態に対応するためにそこここに伏兵を隠していた。

 さらに、隠密と戦闘力の高い王家直属の“影”と呼ばれる者も数名従っているのだが、どこに居るのかは主人であるアレクシードすら把握していない。

「去り際に『3人に80点って言っておいて』などと言い残していましたから。“影”達が自信を無くしてしまいそうです」

 

「……彼等はいずれ遺跡の調査のためにオルストに来ると言っていたな。勇者の2人に暴走する者がいないように対策すべきだな。いっそ国賓扱いしてしまうことも考えるか」

 半ば自棄になったかのように肩を竦めたアレクシードだったが、それを笑える者はここにはいない。

「とにかく、彼等にこちらと敵対する意思はなさそうですし、目的と条件によっては協力すらしてもらえるかもしれません。

 実際にある程度の時間接したことのある警衛兵の話でも人間性に問題は感じられないということですからな。

 不用意に刺激することだけ注意しておけば良いでしょう」

 ブリントスがそう言ったことでようやく場の空気が落ち着きを見せる。

 

 だが、それもいつまでもは続かなかった。

「し、失礼します! 殿下に書簡が届きました。緊急であるということですのでこちらに持ってきたと」

 慌てた様子で護衛兵のひとりが駆け込んでくる。

 そして、封蝋の施された書簡をアレクシードに差し出した。

 アレクシードはそれを受け取り、ブリントスは書簡が目に入らないように距離を取る。

 いくら親しく付き合っているとはいえ、2人は所属する国も立場も異なるのだから、気を使わなければならないのだ。

 アレクシードもブリントスに見えないように書簡の封を解き、内容に目を通す。

「! オルストで政変だと?!」

 書かれていたあまりの内容に思わず声を張り上げてしまう。

 気遣いが無駄になった瞬間である。

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