第23話 遺跡調査

 バーリサスの北部。

 王都の東側を流れる川を遡り、森林地帯を奥に入ったところに古代都市の遺跡がある。

 古代魔法王国とも呼ばれるリセウミス王朝時代のもので、数十年前に鉱脈探索の調査員が森に呑み込まれるように佇むこの遺跡を発見したと言われている。

 バーラ国内で発見されている王朝の遺跡は小規模な集落跡や遺構が10数カ所、比較的大規模なものはここを含めて3カ所発見されており、財宝や利用・解析可能な遺物も多数見つかっている。

 随分前に発掘調査は完了しており、遺跡周辺の木々は切り開かれて朽ち果てた建物がいくつもその姿を晒している。当然遺跡研究者であるリゼロッドは何度も訪れているので遺跡の隅から隅まで全て頭の中に入っている。

 

「遺跡ってこういうのなんですね。森の中の遺跡っていうからてっきりジャングルを抜けたら巨大な神殿とかがあるのかと思ってた」

 英太がそんな感想をのたまっているが、多分イメージしていたのは中米グアテマラにあるマヤ文明の遺跡ティカルだろう。

 だが、残念ながらここは遺構の大半が地中にあり、建物の壁や塔の一部が露出しているだけで下を覗き込まないと遺跡に見えない。

「ここは全部発掘が終わっているんですよね? 何か見つかったりしたんですか?」

「ええ。私の父が発掘の中心になって調べたそうよ。私が最初に来たときにはほとんど発掘は終わっていたわね。この遺跡はリセウミス王朝期の地方領主が治める街だったらしくて装飾品や生活品と思われる遺物が見つかっているわ。残念ながら特にもの凄い発見とかは無かったらしいけど」

 

 英太と同じように遺跡を覗き込みながら香澄がリゼロッドに質問する。

「壁なんかに刻まれた文字や文様は全部調べて資料にまとめてあるから大丈夫よ。広さはそこそこあるけど宗教施設は無かったみたいね」

「宗教施設が無いってのも違和感があるな。周辺にも無かったのか?」

「私も気になったから調べたけど見つからなかったのよ。代わりにいくつも塔のようなものの土台はあったけどね。ほらこことここ。それからここよ」

 伊織はリゼロッドから渡された遺跡の見取り図を見ながら疑問を口にするとリゼロッドが印を指で示しながら説明する。

 

「それにもう少し北に行った山の麓に大規模な神殿跡が見つかってるから宗教儀式はそっちで行っていたという説が有力ね」

「…………リゼの調査を疑うわけじゃないが、ちょっと調べてみるか。英太、香澄ちゃん、機材準備しようか」

「ういっす」

「わかったわ」

 英太がランドクルーザーからケースに入った機材を降ろし、伊織はそれらを手早く組立ていく。

 そして香澄はコードを伸ばしながら地面に棒のようなものを一定間隔ごとに突き刺していった。

「できるだけ高さは合わせてくれ。位置は多少ずれても大丈夫だから」

 組立が完了した伊織が香澄と、手の空いた英太に指示を出して調整していく。

 

「これはどういう道具なの?」

 リゼロッドが興味津々といった様子で作業を窺う。

「電磁探査機って言ってな、地下に電磁波ってモンを流して抵抗の違いを測定して地下の構造を調べることができる。っつっても、細かく調べようとするなら位置や高さをしっかりと揃えなきゃならないが、今回は空洞や加工された石材が埋まってるかどうかを調べるだけだから大雑把で良い」

 リゼロッドに説明しながらも準備を進め、整ったところで装置を起動して電磁波を流す。そしてその結果が接続したノートパソコンに表示される。

 外れだ。

 画面の波形が測定場所の地下が通常の地中と変わらないことを示している。

 

 場所を移動して再度測定。

 ここも外れだ。

 測定範囲はおよそ30メートル四方。遺跡全体は300メートル四方程はある。

 機器の設置から測定完了まで掛かる所要時間は40分ほどだ。

 精密な測定ではないからかなり時間は短縮できているのだがそれでも全体を網羅するには相当な時間が掛かるだろう。

「ねぇ、これってどのくらいの深さまで調べることができるの?」

「今の出力だと30メートル、だいたいあの木の高さくらいだな」

 リゼロッドの質問に伊織が遺跡の脇に生えている高い木を指す。

 

 その言葉を聞いてリゼロッドは見取り図をジッと眺めながら何かを考え込む。

 そして、しばらくして顔を上げると伊織に提案を持ちかけた。

「以前調べたときから少し気になっていた場所があるの。そこを調べてみてもらえないかしら」

「……よし、場所を指定してくれ」

 伊織の答えは簡潔だった。

 様々道具や機器を持ち、英太達をして底が見えないと認識されているほどの知識や技能を持っている伊織ではあるが、それでもこちらの世界の遺跡に関しては専門家に及ぶほどではない。

 事実、英太や香澄はもちろん伊織でも遺跡や見取り図をみてもリゼロッドの言う気になる部分を感じることはできなかった。

 

「そう、あ、もう少し手前側よ。そう、そこを中心にして」

 リゼロッドの指示で機器を地面に差し込み、測定装置を起動させる。

「……BINGO! 地下20メートルの位置に空間がある。形的に間違いなく人工の物だな。入口は……ここの施設跡の下から階段状に石で出来た通路のようなものが続いている、けど、完全に埋まってんなぁ」

パワーショベルユンボで掘ります?」

「いや、それだと遺跡自体が壊れる。掘削機で地道に掘るしかないか」

「魔法で土を軟らかくすれば結構早いんじゃない?」

 当然の事ながら現代科学機器は便利ではあるが万能ではない。労力は軽減できるにしても人の力が必要なことは多いのだ。

 

「ふっふっふ、あなた達の世界の技術に翻弄されっぱなしだったけど、ようやく私の技術を役立てる時が来たわね!」

 ババーン!

 と頭上に効果音を掲げるように腰に手を当ててふんぞり返るリゼロッド。

 地下空間を探すのに充分その見識を見せつけたのだが知識と技術は別物らしい。

「何か方法があるんですか?」

「もちろんよ。イオリは魔法にも精通しているみたいだけど、発掘に必要な魔法までは知らないみたいね。ここは私に任せて頂戴」

 自信満々に言いきるリゼロッド。

 

「伊織さん、本当にそんな魔法あるんですか?」

「俺も全ての世界の魔法を全部知ってるわけじゃないぞ。ってか、多分知ってるものなんて一部だけだ。

 そもそも魔法ってのは様々なエネルギーに方向性を持たせて具現化させるものだからな。魔法の構築や制御は複雑になるが、組み合わせ次第ではそれこそ無限の可能性がある。その方法だって系統によって複数あるし、世界が異なれば尚更だ」

 英太と香澄にとっては伊織に知らないことがあるという方が驚きだったりする。

 そんな会話を交わしているうちに、リゼロッドは通路があると思われる場所に鉱物の粉末のようなもので魔法陣を描いていく。

 そして描き終えると緋色の透明な石の付いた指輪を取り出して石が掌の側に来るように中指に通す。

 そしてその手を魔法陣にかざすと呪文の詠唱を始めた。

 

「μιηρωξμδψ……」

 呪文は聞いたことのない音で構成されていて内容はまったく理解できない。

 それをまるで歌うように低く高く途切れることなく紡ぎだしていく。

 同時に魔法陣に魔力が満たされていき、隅々まで行き渡った瞬間、地面が液体になったかのように波打ち始めた。

 そしてそれは今度は生き物のように蠢き、まるで蛇が頭をもたげるように伸びていく。

 その先端が少し離れた地面に付くとそのままホースで吸い取るように通路側の土が移動していった。

 

「うっわ、気持ち悪!」

「何言ってるのよ。これぞ魔法って感じじゃない! まぁ、確かにちょっと気持ち悪いけど」

 高校生コンビは単純にリゼロッドの魔法の感想を言い合っているが、伊織は実に興味深そうにその魔法行使を見ている。

 普段は伊織の持ち込んだ道具類を同じように見られているので立場が逆転しているかのようだ。

 リゼロッドの魔法は10数分続き、土の移動が収まると姿を現した通路のところで再度魔法陣を描き、同じ魔法を行使する。

 どうやら有効範囲はそれほど広くないらしいが、見事に通路を塞いでいた土と瓦礫だけが取り除かれ、通路の階段と壁が露わになっている。

 これこそが現代地球の技術でも実現できない魔法ならではの力だろう。

 

 さらにもう一度魔法を使ってから、リゼロッドが疲れた顔で戻ってきた。

「はぁ~、疲れたぁ。最近研究室に籠もってるのが多かったから体力落ちてるわねぇ。前ならこの程度でバテたりしなかったのに。あ、ありがと」

 いつの間に準備したのか大型のタープが組み立てられ、人数分のナイロン製折りたたみチェアとテーブルが並べられている。

 リゼロッドがその椅子にどっかりと座ると同時に香澄が無糖紅茶のペットボトルを渡す。

 受け取った彼女は手慣れた様子でキャップを外すとゴクゴクと喉を鳴らして飲む。最初はこのペットボトルという容器にも驚いていたが何度ももらっているので今では慣れたものだ。

 

「お疲れさん。連続の魔法行使はキツイからな。休みながらやってくれ」

「その魔法を教えてもらえるなら手伝いますけど」

「や~よ。それじゃ私の存在価値が薄くなっちゃうじゃない。あんた達だったら簡単に覚えちゃいそうだし」

 プクッと頬を膨らませてむくれるリゼロッド。

 香澄よりも年上なのに時々子供っぽい仕草を見せる。それが妙に似合っていて英太君もドギマギさせられているのだ。

 

「そ、そういえば、この間の悪徳商会、結局どうなったんですか? 伊織さんとリゼさんが警衛兵の詰め所に呼ばれたんでしょ?」

 だれも何も言ってないのにひとりで焦っている英太が雰囲気を変えるために話題をひねくり出す。

「ああ、あの会長とかいうオークは無事に衛兵さんに回収されたらしいぞ」

「かなり酷い状態だったらしいけどねぇ。なんでか私まで文句言われたわよ」

 伊織は何でもないように言ったがリゼロッドは嫌そうに顔を歪める。

 

 先日、2人は警衛兵の小隊長ルミゼルに呼ばれて詰め所でアラベナ商会の状況について説明を受けた。

 名目としては商会の会長ジゲムと番頭のビケットの捕縛に多大な協力をした両名に対しては状況の説明が必要だということだったのだが、その実、その内容にはかなり思うところがあったらしくかなりの長時間にわたって苦情を言われたのだ。

 ビケットを捕縛した際に両腕両膝を破壊したことに関しては特に問題ない。

 自分で歩くことも食事をとることもできないので移動や何やら手間は掛かるが、口も利けるし逃げる心配もない。

 問題は会長のジゲムだ。

 

 ビケット捕縛の後、王都に戻ったルミゼルは警衛兵上層部に事情を説明して応援を要請し商会とジゲムの私邸を捜索したものの時既に遅し。ジゲムは財産の多くと共に王都を脱出した後だった。

 ジゲムに買収されていたのであろう一部行政官のせこい妨害で街道の封鎖に手間取りジゲムを補足することができなかった。

 ルミゼルをはじめまともな警衛兵が悔しさに唇を噛みしめる中、轟音と共に豪奢な荷車とジゲムの護衛、御者を務めていた使用人をぶら下げて伊織のヘリが詰め所の前に着陸した。

 そして伊織から逃走していたジゲムを捕縛したこと、財宝の載った荷車を残しておけば盗まれる恐れがあるので先に回収し、ついでに一緒にいた連中も連れてきたことを知らされる。

 

 荷車に押し込んでおけばいいのにわざわざロープでぶら下げてきたせいで全員気絶しているが、それは良い。

 だが肝心のジゲムが居ない。

 それを問うと、どさくさに紛れてひとりで森に逃走したので追跡し、捕まえたのは良いがデブなので運び出すことができないため、獣に襲われないように木の高い位置にぶら下げておいたとの答えが返ってきた。吊すことができるのに運べないというのには違和感しかないが。

 それを聞いたルミゼルは慌てて場所を訊きだし、応援と共に捜索した。

 逃げられるよりはマシとはいえ、買収した貴族や高官もまだ把握できていないし数多くの違法行為や不正も明らかにしたい。できれば生きている状態で確保したいのだ。

 

 道のない森の中、限られた人員での捜索は難航し結局ジゲムを確保できたのは3日が経過してからだった。

 確かにジゲムは獣が襲うことのできない高さに吊り下げられていたが、その状態は悲惨なものだった。

 この世界の森には肉食の昆虫も多い。ジゲムの身体はいたるところが虫に食い荒らされ卵を産み付けられてもいた。一部は内臓にまで入り込んで食い荒らしていたし、片眼も腐り落ちている。

 だがそれでも不思議なことにジゲムは生きており発狂もしていない。

 幸い身体の状態から長生きなど到底望めないが、治癒師による治療で口は利けるようになったし、苦痛から逃れることのできる死を望んで自白は順調に進んだらしい。

 ただ捜索に参加した警衛兵には多大なトラウマを植え付けたそうだ。

 

「まぁそんなの見るのは私も御免だし衛兵は気の毒だけど、糞豚親子は自業自得過ぎて同情する人もいないみたいね」

「うげぇ、俺もそれは見たくないわ。っつか、よく発狂しなかったっすね」

「人間そう簡単に発狂なんぞしねぇよ。精神を壊すにはある程度の期間が必要だし、ましてや魔法で生命力が維持されてるんだから、あの手の面の皮の厚い奴はなおさらだ」

「結局これからどうなるの? 普通に考えたら死刑でしょ?」

「それはもう決まってるみたいよ。ジゲムとビケットは石打の刑、違法奴隷に関わっていた傭兵と使用人は絞首刑、他の違法行為に関わった者は程度に応じて労働刑ね。

 自分達に有利な証言をするように命令されてたけど誰ひとり従わなかったらしいわ」

 

 肩を竦めながらリゼロッドはそこまで言うと、ペットボトルの残りを一気に流し込むと立ち上がる。

「面白くない話は終わり! それよりこっちのほうが重要よ! 地下空間まで一気にやっちゃうわよぉ!!」

 肩をグルグルと回しながら遺跡の通路に向かい発掘を再開する。

「そりゃそうだ。豚さん親子のことなんざどうでもいい。まぁ、犠牲になった人達の冥福は祈っておくとして、俺達は帰る方法を探すのが最優先だしな」

「そうよね。うん。個人的にはもっと苦しむべきだとは思うけど」

「香澄がどんどん怖くなる」

「何か言った?」

「何でもない! って、それは良いとして、今のところ俺達にできることって何かあります?」

「……ねぇな。しょーがないからUNOでもやって待ってるか」

「「怒られる(わよ)っすよ!!」」

 

 

 そんなこんなで伊織達が見守る中、リゼロッドは魔法を行使し続けて埋まっている通路の土砂を取り除けたのはおよそ1時間ほど経った頃だった。

 除去を終え、リゼロッドを休憩させているうちに伊織と英太は電磁探査機に代わって地下空間調査のための機材を準備していく。

 長年地下に埋まっていた空間というのは空気が呼吸に適しているとは限らない。なので酸素濃度・ガス検知器が必要となる。

 伊織が準備したのは日本の新コスモス電機社製のマルチ型ガス検知器だ。

 酸素濃度だけでなくメタンなどの可燃性ガス、硫化水素、一酸化炭素の4種類を同時計測でき小型軽量の優れものだ。

 加えて万一に備え小型の酸素ボンベと防毒マスク、タクティカルライト、デジタルカメラ、ついでに黄色いヘルメットまで。

 せっかくリゼロッドの魔法で異世界感が出ていたのに、まるで日本のトンネル工事の現場に来たようだ。

 いろいろ台無しである。

 

 彼等がそんな感想を持ったかどうかはともかく、いよいよ地下空間の探索である。

 どうやら通路の土砂は途中までしか無かったらしく、多少の土は積もっているものの歩けないほどではない。

 検知器を持った伊織が先頭、リゼロッド、香澄、英太の順で一列になって通路を進む。

「かなりしっかりとした造りね。これは期待できるわ」

 リゼロッドにしても未探査の遺跡は久しぶりだ。しかも構造的に重要な施設であった可能性が高い。

 かなり興奮気味に、それでいて何一つ見逃さないとばかりに注意深く周囲を確認しつつ進んでいく。

 

「着いた、が、扉か。鍵は見あたらないと」

 通路の先は行き止まりとなっていて、大きな一枚岩の壁がある。

 伊織はそれを扉だと判断したようだが、それを開くための方法が判らないようだ。

 リゼロッドは岩の角から順に嘗めるように調べていく。

「リゼさん、こっちに何か描かれてます」

「え? どこ?!」

 同じように逆側から岩を見ていた香澄が呼ぶと、彼女はシュバッと動いて示された場所を調べる。

「…この文様がアレだから…そっか、ここがこれを指定していて…そうするとこの術式は…」

 描かれていた文字や文様を持っていた紙に書き写しつつブツブツと独り言を零す。

 そしてしばらくすると納得したのか頷いてから一歩下がり、おもむろに例の指輪を嵌めると呪文を唱える。

 

 その様子を見て伊織達は岩から数歩離れる。

 そしてリゼロッドの1分近い呪文の詠唱が終わると一枚岩の中央に魔法陣のようなものが浮かぶ。

「もう大丈夫なはずよ。扉を押してみて」

 頷いた伊織が押す、が動かない。

「動かない、いや、枠が歪んでるのか、英太手伝え」

「は、はい!」

 今度は2人がかりで扉になっている岩を押すと、ゴリゴリッという音と共に少しずつ動いていき、左側が30センチほど動いたところで突然抵抗がなくなる。

「うわっ!?」

 英太がつんのめるが、かろうじて転ぶのは回避する。

 

「なるほど、重さをなくす術式が掛けられていたのか」

 左から奥側に開く形状の扉は重さ数トンはありそうな一枚岩でできているようだ。

 最初こそ建て付けの悪いドアのように動きづらかったがある程度開いたことでスムーズに動いたのだろう。

 術式を解除すれば自重によって動かすことはできなくなるのだから合理的な仕組みといえるだろう。

 そうしてようやく足を踏み入れた地下空間は、リゼと伊織の予想通り神殿のような施設だった。

 

 それほど広いわけではない。

 幅は10メートル、奥行きは20メートル程、天井の高さは3メートルくらいだろうか。

 奥側に祭壇のような物があり、その両脇に円柱状の台、両側の壁にはレリーフが施されている。神像などは見あたらない。

 長い期間外気に触れていないせいで空気は澱んでいるように感じられるが、伊織が検知器の画面を確認しても特に数値に問題はないようだ。

 

 一旦英太が外まで戻り、ディーゼル発電機を起動して電源ケーブルを繋ぎ大型投光器を引っぱってくる。

 こちらの世界の基準では規格外の明るさとはいえ、タクティカルライトは所詮懐中電灯だ。照射できる範囲はそれほど広くないし、何より細かな部分を見ようとすると目が疲れる。

 投光器を点灯させたことでようやく空間の全体が見渡せるようになり、壁のレリーフや文字、祭壇に刻まれた魔法陣を浮かび上がらせた。

 

「わぁっ! すっごいわよ、これ!!」

 入口近くに別の小部屋に繋がる扉があったらしく、明るく照らされたことでそれに気付いたリゼロッドが歓声を上げた。

 伊織達も加わり小部屋に入ると中は神官が執務をおこなう部屋だったのか書庫に多数の書物と様々な器具、道具が置かれていた。

 帳票類が多いのかもしれないが、神殿ならば教典の類や研究書、魔法関連の書物も含まれる可能性が高い。しかも外気が遮断されていたために1000年以上経過しているにも関わらず状態はかなり良い。

 リゼロッドにとっては部屋一杯の財宝よりも価値のある品々だろう。

 

 香澄がデジタルカメラで部屋の隅々まで撮影するのを待ってから全ての品物を運び出すために箱詰めしていく。破損しやすい物もあるのでそれはリゼロッドが行うことになった。

 神殿の調査も再開させる。こちらもまずは撮影からだ。

 神殿内は華美ではないが、一定間隔で壁に取り付けられた純金製の燭台や飾り棚に置かれた銀と思われる金属製の置物などの装飾品もそれなりの数見つけることができた。

 バーラやオルストにおいてはこういった遺跡で発見された財宝や資料は発見者に権利がある。なので基本的には発見したら盗まれる前にすぐに全てを運び出してしまう。

 ただし、発見した内容は国に報告する義務はあるらしいが。

 

「あれ? 伊織さん、コレなんすかね?」

 伊織が祭壇に刻まれている魔法陣を調べていると、装飾品を回収していた英太が呼んだ。

 遺跡には危険な物もあるといいう話なので全ての物はリゼロッドか伊織に確認してから触れる事になっているのだが、英太が指したのは祭壇の横にある円柱形の台の上にあったものだった。

 石で出来た台の上は窪んでおり、中心に赤褐色の歪な形の球体が置かれている。

 一見すると寺社にある手摺りや柱の上部にある飾り、擬宝珠のようなものに思えるが、それにしては形が悪いしそもそも固定されているようには見えない。

 

「! コイツは……面白い物があるな」

 その球体を一目見た伊織の顔つきが変わる。

「コレが何か知ってるんですか?」

「ああ。これは“ベリク精石”賢者の石の主原料のひとつだ」


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