第18話 遺跡研究者リゼロッド
古びた邸宅の一室。
外はすっかり日が昇り柔らかな光に満たされているというのに、窓の鎧戸は閉めきられ僅かな隙間から薄い筋のように光が差し込むだけであり、部屋の中はかなり薄暗い。
中央にある豪奢な天蓋付きベッドは装飾が剥がれ、ここに置かれてからの年月をたっぷりと感じさせている。
そして、そのベッドの布団は中程が盛り上がっており、そこが現在絶賛使用中であることを伺わせていた。
日が高くなりつつある中で部屋を暗くして睡眠を貪る。誰もが望む至福の時間であろう。
だが、そんな時間はそう長く続かないもので、少々乱暴に扉が叩かれ、返事を待つこともなく部屋に入ってきたのは1人の女性であった。
女性はズカズカと無遠慮に窓に近寄ると、窓を開けて鎧戸を跳ね上げる。
窓はそれほど大きくはないものの、それでもそこから直接日が差し込み部屋の中を明るくする。
現代日本人からすればそれでもまだ薄暗く感じるだろうが、この世界の家屋としては充分に明るいといえる。
「もうっ! 先生! もうお昼ですよ! いいかげん起きてください!」
ベッドの住人を引きずり出すべく、盛り上がった布団を引っぺがそうとしているのは庶民らしいワンピースにエプロンをした20代前半くらいの女性だ。
ソバカスを浮かべた丸っこい顔に明るい茶色の髪、美人ではないが人好きのする明るい顔立ちは飲食店ならば充分看板娘の称号を得られそうである。
布団を剥がそうとするとそこから半分寝ぼけているかのような女の声が返ってきた。
「う~……もうちょっと寝させてぇ……あと鐘が2つ鳴るくらい」
鐘2つ、4時間はちょっととは言わない。
女性もそう思ったのだろう、布団の端を掴んで抵抗する往生際の悪い布団の主から力ずくで布団を奪い取る。
「ああっ! そんなぁ! メリンダちゃん、酷い」
「酷くないです! 先生は放っておいたら夜まで寝てるんですからいつ起こしても同じです。どうせまた朝方まで書斎に籠もって研究してたんでしょう?
起きてくれないとこの部屋のお掃除がいつまで経ってもできません! 食事は用意してありますからさっさと顔を洗ってきてください!」
両手を腰に当てて眦を吊り上げる女性、メリンダに先生と呼ばれた女は渋々ベッドから降りて大きな欠伸をした。
年の頃は20代後半から30代前半といったところか。目鼻立ちは整っており、黙っていればそれなりの美人だといえる。ただ、起き抜けのせいもあるだろうが髪はボサボサで寝間着代わりであろう木綿のワンピースはヨレヨレで襟部分が伸びきり片方の肩までずり下がっている。
はっきり言ってかなりだらしがない。
「うぅぅ、眠いぃ」
「もう! 夜更かしのしすぎです! ランプの油だって安くないんですからちゃんと朝起きて夜は寝てください」
メリンダのいつものお小言にも頭を掻きながら頬を膨らませる。
「研究は夜の方が捗るのよね。わ、わかったから睨まないでよぉ」
ブツブツと言い訳をはじめた女だったがメリンダに睨まれて口を噤む。
「このお屋敷にはもう売れる物なんてほとんどないんですからね! 私のお給金だってここ1年も半分しか貰ってないんですから!」
「うっ、それを言われると。か、必ず残りのお金も払うから、もうちょっとだけ、ね? あと少しで今の研究も一段落付くし、そうしたらまた魔法薬作って売ってくるから」
痛いところを突かれた女は思いっきり媚びながらなんとか言い募る。
メリンダは大きく溜め息を吐きながら仕方ないとばかりに首を振った。
「まったく、私が結婚したらどうするんですか。1人で食事の準備とか掃除とかできるんですか?」
メリンダの言葉に女がギョッとした目で焦った声を出す。
「け、結婚?! ま、まさかメリンダちゃん結婚しちゃうの?!」
「ま、まだ、ですけど、でも私もそろそろ年齢的に厳しくなってきてますし、両親もうるさいですから……」
少し頬を染めながら目を逸らすメリンダ。
まだ、と言いながらどうやら相手がいないというわけではないらしい。
「だ、駄目よ! メリンダちゃんがいなくなったらこの家はあっという間に幽霊屋敷か廃墟みたいになっちゃうわよ! それになにより、私が飢え死にするわ!」
「自信満々に情けないことを断言しないでください!
とにかくもうちょっと研究以外もちゃんとしてください。それと、お酒も飲み過ぎです」
「うぅぅぅ、メリンダちゃんが冷たい」
いい歳した大人がうじうじといじけるのを切って捨ててメリンダは食事を並べてある食堂へ女を追い立てる。もちろん途中で顔を洗わせるのも忘れない。
散々な手間を掛けさせられながらも甲斐甲斐しく女の身繕いを手伝い、食堂の椅子に掛けさせるとメリンダは冷めてしまったスープを温めるために厨房へと向かおうとする。
カンカンッ、カンカンッ!
「お客様、でしょうか?」
「ん~、特に予定はないはずだけど。またこの屋敷を売れって話かしら」
「とにかく出てみます。その話だったら先生が対応してくださいね。あ、それと、もし仕事の依頼だったら断っちゃ駄目ですからね」
「え~?! 今研究が……わ、わかったわよぉ」
お金がないのに研究を優先させようとする女を一睨みで黙らせると、メリンダは玄関に向かった。
「えっと、教えて貰った研究者の家って、ここ、で良いのかな?」
「ええ。ギルドで聞いた場所で間違いないはず。だけど……」
「……ボロいな」
英太、香澄、伊織はバーリント老人から紹介された古代遺跡の研究者を訪ねるために王都の商業ギルドで住所を聞き、3人で出向いていた。
実は伊織達がバーラの王都バーリサスに到着してから既に1週間が経過している。
3人はまず、まず最初に向かった港町ベンとその周辺を所領とする領主に、バーリント老人から頼まれた例の悪代官の騒動に関する報告書類を届け、といっても、どこの馬の骨かも分からない人間が領主に面会できるはずもないので、執事を名乗る男性に書類を託したのだが、その後滞在先となる宿を探すために移動。
途中、気になった商店や屋台に寄りつつ宿の情報を収集し、泊まる宿を確保した。
その際、一切の自重をしなかったので王都内のかなりの人間が車とキャンパーを目撃しているのだ。
それからひっきりなしに宿に商人が訪ねてくるようになる。
途中で出会った商人達の反応からこうなることは予想できていたのだが、結局、いちいち対応していられないと、商業ギルドに協力を依頼して買い取りを希望する商人達を集め、ランクルとは別の、より商人達が興味を引くであろうオーソドックスな2tトラック、日野デュトロを見せつけながら、この国の(正確にはこの世界の、だが)職人では複製することは不可能であることや運用には大量の特殊な燃料が必要なことなどを部品や軽油などの現物を見せながら説明した。
商人達としては、伊織達が乗っていた車をそのまま使いたいわけではない。そんなことをすれば悪目立ちして下手をすれば王族や貴族達から目を付けられかねない。
それにいくら桁違いの能力をもっている道具とはいえ、所詮一台では大金を出す意味などない。
だから本当の目的は買い取った車を解析して自分達で複製することだ。そうすることで初めて有効に活用することができる。
だが、それが不可能とわかれば伊織達に執着する理由はなくなる。
そしてその目論見は見事に的中し、買い取りを希望していた商人全員が諦めてくれたというわけである。
ただ、伊織としては単に諦めさせただけでは十分とはいえない。
わざわざ商業ギルドに集めておいて収穫なしでは商人達も不満に思うだろう。
今後しばらくはこの王都で情報収集や遺跡の研究を行わなければならないのだから、バーラで大きな力を持っている商人達を敵に回すわけにはいかないのだ。
なので、伊織はこの世界で一般的に使用されている荷車に取り付けることが可能な別の物、車軸のベアリングと衝撃を緩和するコイルスプリングを集まっていた商人の希望者に売ることにした。
大部分が金属でできている軸受けのベアリングはそれなりの重量があり、その分荷車の重さも増える。
だが、通常よりも重くなっていても荷車を引く動物の負担は格段に減る。
説明を聞いて100組用意しておいたベアリングの車軸はまたたく間に完売したのである。
非常に満足そうな商人達の表情を見るに、心象は悪くないはずだ。
そうしてようやく落ち着くことができた3人はこうして研究者を訪ねてきたというわけである。
ギルドで簡単な道順を聞き、キャンパーを異空間倉庫に移動させてからランクルに乗ってやってきたのは貴族や裕福な商人達が邸宅を構えるエリアだ。
目的の研究者の邸宅もその一角にあるだけに、敷地自体は広く立地も悪くない。
ただ、肝心の家が、ボロい。
利用頻度が高いと想像される部分はそれなりに手入れがされており、廃墟に見えるというほどではないのだが、建物は全体的にかなり古く、あちこちが老朽化しているのが見て取れる。
門番はおらず、門は開け放たれているが、状態を見ると常に開けっ放しというわけではなく、おそらく夜のうちは閉じられていると思われた。
現代日本のようにインターホンがあるわけではないので、門番がいない以上中に入るしかない。
敷地に入ると、建物近くの庭はそれなりに手入れされているのだが全体の数分の一程度の面積でしかなく、その他の部分はあちこちに雑草が蔓延り酷い有様である。
「……大丈夫、なんですかね?」
「まぁ、会ってみないとその辺はわからんな」
なんとも微妙な表情で呟いた英太に伊織は肩を竦める。
とはいえ、研究者というのは得てして変人が多いのも事実。というか、基本的に専門分野以外はずぼらな人間が圧倒的に多い。洋の東西、地球も異世界もそれほど変わりはないだろう。
そう考えればこの廃墟寸前の邸宅も理解できないこともない。かもしれない。
門から数十メートル先にある建物の玄関には馬の意匠が施されたドアノッカーが設置されていた。
伊織はそれを掴むと躊躇することなく打ち鳴らす。建物の大きさを考えて、少々強めだ。
カンカンッ、カンカンッ!
待つことしばし。
中に人が動く気配があるので誰かいるのは間違いない。
やがて玄関が数センチだけ開かれ、女性が顔の半分だけ覗かせる。
「はい。あの、どちら様でしょうか?」
「突然の訪問、申し訳ありません。私は伊織と申します。こちらに古代遺跡の研究をされているリゼロッド・シェリナグという方が居ると聞いてきたのですが、ご在宅でしょうか」
何かを警戒するように尋ねる女性に、伊織が丁寧な口調で訪問の目的を告げる。
「……なにか、すっげぇ違和感。っつか、伊織さん敬語とか使うんだ」
「そりゃ社会人なんだから使おうと思えば使えるでしょ。まぁ、私も何か変な感じだけど」
伊織の背後からなかなか辛辣なコメントが聞こえてくるがスルーする。
「えっと、確かに当家はシェリナグ家ですが、あの、仕事のご依頼でしょうか?」
女性がどことなく期待するかのような目で訊いてくる。
この屋敷の状態といい、経済状態はあまり良くないのかもしれない。
「そう、ですね。仕事の依頼と考えていただいてかまいません。といっても何かをして頂くというよりもこちらの質問に答えたり遺跡に関する情報を提供していただきたいだけです。
もちろん満足のいく報酬はお支払いできると思いますよ」
誰だお前、と言いたくなるような誠実そうな口調で伊織は女性に笑みを見せる。
「……少々お待ちください」
一度玄関の扉が閉まり、数秒後今度は大きく開かれる。おそらくドアチェーンのような物が掛かっていたのだろう。
「お待たせ致しました。こちらへどうぞ」
そう言って頭を下げた女性は、使用人なのだろうかシンプルな服にエプロンの姿で伊織達を屋敷に入るように促した。
おとなしく女性に従って中に入る。
庭の惨状とは裏腹に内部は掃除が行き届いているようだ。もっとも立派な屋敷の割には極端に調度品の類が少ないように見える。
さほど歩くこともなく応接室に案内され、これまた年代物のソファーに座って待つことしばし。
途中で女性がお茶の給仕に現れ、申し訳なさそうに『お客様にお会いできるように準備をしておりますのでもう少し時間をください』と懇願してきたので快く了承する。
そもそも先触れもなしに突然訪れたのは伊織達の方だ。この後に特に予定が入っているわけではないので待つことくらい問題ない。
そう伝えると、女性は大袈裟なくらい頭を下げていた。
屋敷の状況から考えるとシェリナグ家は財政的に少々大変なのかもしれない。
小一時間ほど経過して、ようやく応接室に近づいてくる気配がある。
「ほら! かなりお待たせしちゃっているんですから、いいかげんちゃんとしてください!」
「まだ食事の途中だったのにぃ。用があるのは向こうなんだから待たせときゃ良いじゃない」
「何言ってるんですか! せっかくのお仕事がフイになったらどうするんですか! これ以上お給料減らされたら私辞めちゃいますからね!」
「わ、わかったわよぉ」
もしかしたら多少は声を抑えているのかもしれないが、残念なことに伊織達の能力は高く、やり取りはまる聞こえだ。
「…………」
「…………」
「まぁ、なんだ、交渉に強い味方が付いたと思うことにしよう」
何ともいえない表情の英太と香澄に可笑しそうに唇を歪めながら言い含める伊織。
実際、遺跡の研究、とりわけ古代文字の解読は研究者にとっておいそれと教えることなどできない重要な研究内容だ。
伊織は別に研究した結果を知りたいわけではなく、広範な文字のサンプルを収集したり、遺跡のどの場所・位置にどのような文字がどのように刻まれていたのかを調べたいだけなのだが、それとて研究者が時間と労力を投じて集めたものであるはずだ。
商業ギルドの協力、というか、いくつかの異世界物産の手土産の効果により、ほとんどのグローバニエ王国金貨をバーラの通貨や他国でも使える貴金属に両替することができたし、商人達に販売したベアリング等の代金もある。
資金的には充分に潤沢ではあるのだが、金を払うからと簡単に知りたいことを教えてもらえるとは思えない。
伊織としては金銭の他にグローバニエ王国で入手(強奪)した資料のコピーを交渉材料にするつもりだった。
それに加えて、当の研究者の使用人が後押ししてくれるならよりスムーズに話をすることができるかもしれない。
まぁ、ベアリングを売った商人の1人から耳寄りな情報を教えてもらえたので隠し球も用意してあるのだが。
「大変お待たせ致しました」
「……よろしく」
使用人の女性に伴われて応接室に入ってきたのはいかにも面倒そうという内心を隠そうともしていない、妙齢というにはもう少し嵩のいった女だった。
不機嫌そうとまではいかないがあまり歓迎もしていないのは明らかだ。
「突然訪問して申し訳ない。
俺達は古代魔法王国の魔法陣に関連する文字を解読するために情報を集めている。ベンの商工ギルド長、バーリントから王都にいる遺跡研究者ということで紹介されてな」
そう言ってバーリント老人から預かった紹介状を見せる。
「バーリントさんからの紹介かぁ」
渋い顔で呟く女。
おそらくは老人と何らかの繋がりがあるのだろう。気は進まないまでも無碍にはできないといった感じだ。
「はぁ~。まだ名乗っていなかったわね。紹介されたのなら知っているだろうけど、私はリゼロッド・シェリナグ。本職は錬金術師だけど、古代の魔法陣の研究をしているわ」
錬金術師。
地球においては初期の科学者を指す言葉であり、卑金属から貴金属を生み出そうと試みた魔術師のことでもあるが、この世界においては魔法を物質に作用させたり、物質を利用して魔法を構築したりする学問を修める魔術師のことだ。
伊織達もそれぞれ名乗ってから、ダラダラと前置きするのは逆効果だと判断して本題に入る。
研究結果ではなく収集している資料の閲覧とバーラ国内にある遺跡の情報、その他に知っている遺跡があればその情報を求めていると聞くと、リゼロッドは眉を寄せる。
「それだけ? いえ、資料を閲覧させるのは嫌だけどさぁ」
「ああ。そちらの研究にも興味がないわけじゃないが、そこまで求めるのは非常識だろう。もちろん資料を見せるのにも抵抗があるだろうが、俺達は別に調べたことを公表するつもりはないし、そちらの邪魔や妨害をすることもしない。
謝礼として414万ベニン、大銀貨200枚を用意した。それと望むならこちらが持っているグローバニエ王国内の遺跡に関する資料の複製も提供できる。あと、資料の内容によっては追加の謝礼も準備しよう」
そう依頼内容を告げてから、テーブルにガシャッと硬貨の入った革袋を乗せる。
「よ、414万?! 先生! この依頼、絶対に受けてください! それだけあれば滞っている私の給金も払ってもらえますし、屋敷の雨漏りも直せます。毎日毎日先生の酒代に頭を悩まされなくても済むんです!」
「ちょ、メリンダちゃん?! そんなこと言ったって、研究者として資料を簡単に見せるわけには……」
謝礼金額を聞き、雇用主を差し置いて口を挟んでくる女性、メリンダさん。
ちなみにバーラの通貨単位はベニン。少額のものから銭貨、小銅貨、大銅貨、銀貨、大銀貨となっている。金鉱山が国内にほとんどないために金貨は存在しない。
通貨は12進法で単位が上がり、例えば銭貨1枚が1ベニン。12枚で小銅貨1枚12ベニンとなる。だから大銀貨は20,736ベニンだ。
もっとも、庶民には計算が難しいために通常は3小銅貨5銭貨などと表記されている。この国には総合スーパーのようなものは存在しないためにそれでもそれほど困ることはないらしい。
そして、平均的な王都民の家族が4人で生活するには大銀貨1枚~大銀貨1枚と銀貨6枚ほどが必要だとされているため、日本の物価に換算すると1ベニン10円前後と考えられる。
それで計算すると伊織が提示した金額は日本円にして4000万円超であり、破格の条件だといえるだろう。
余談になるが、通貨で12進法を使っているのは近隣諸国ではバーラとオルストだけであり、グローバニエ王国では普通に10進法が採用されている。
とはいえ、簡単に承諾できる事でもない。それだけ研究者にとって資料は大切なものなのだからだ。
「うぅぅぅ、確かに資料を見せるだけなら研究に影響することも少ないだろうけど、父と私が長年掛けて集めた資料を……で、でもグローバニエ王国の資料と引き替えなら……メリンダに辞められると困るし……ああぁっ!」
頭を抱えてブツブツ言いながら悩む。実利とプライドが鬩ぎ合っているらしい。
そのリゼロッドの前に伊織はバッグから取り出したもう一つの手土産を置く。
コトッ。
「えっと、それは何、かしら?」
見たことのないほど美しいガラスの瓶とその中の琥珀色の液体を見て、リゼロッドは困惑して伊織に尋ねる。
が、中身はおおよそ予想がついているのだろう、獲物を前にした肉食獣のように目でロックオンしている。
「俺達が遺跡の情報、正確には魔法陣に刻まれている魔法文字の情報を集めている理由は、元居た世界に帰るためだ。俺達はグローバニエ王国に古代魔法で無理矢理召喚されたからな。
ただ、幸いなことに色々と備えをしていたためにこちらの世界に色々な物を持ち込むことができた。
コレは俺達の居た世界で作られた酒だ。これだけじゃなく、他にも色々な種類の物があるんだが、協力してくれるなら好きな物をいくつか報酬として追加しても……」
「もちろん協力するわよ!!」
「「早っ!!」」
伊織が言い終える前に喰い気味に依頼を快諾するリゼロッド。
即座に英太と香澄のツッコミが入るが気にした様子もない。
「それで? このお酒はどういったものなの? 他にもあるんでしょ? 見せるだけ見せて!」
「コレは俺達の世界で最もポピュラーな酒のひとつでウイスキーだ。ベンの商人の話では似たようなものはこちらにもあるらしいが、500年近く蒸留と熟成の技術の研鑽を積んできた世界のものだからな。
あとは、ブランデー、ウォッカ、カルバドス、テキーラ、ジン、焼酎、醸造酒だと日本酒、ビール、ワイン、老酒もあるな」
爛々と目を輝かせる美女のんべに伊織はニヤリと笑い、次々にバッグから酒を取り出して机に並べる。いったいどれだけ詰め込んできたのか。
大銀貨の詰まった革袋も置いてあるのだが、そっちには目もくれずに今にも飛びつきそうな目で酒瓶を眺めるリゼロッド。
確かに商人から“無類の酒好き”と聞いてはいたものの、ここまでの効果があるとは思っていなかった。
「とにかく、依頼を受けてくれるってことで良いんだな?」
「ええ。ただ、研究内容は見せられないし、悪用されると危険なものは除外させてもらうわ。それからそちらが持っている資料の提供も忘れないでちょうだい」
一瞬たりとも酒瓶から目を離さないが、それでも帰ってくる返答は冷静な判断のものだ。
香澄が商業ギルドに作ってもらった契約書類を出すと、引ったくるように受け取ってサッと内容に目を通し、いくつかの項目を伊織に確認すると署名欄にサインをした。
酒に目が眩んだようでいて肝心な部分はしっかりとしているようだ。
「あ、あの、依頼金ですけど、一部を前金としていただけたり……」
……そこまで切羽詰まっていたのか。
おずおずと手を上げて探るように小声で聞いてくるメリンダに、伊織はテーブルの革袋をそのまま手渡す。
「うぁっ! ぜ、全部、良いんですか? 受け取ったら返しませんよ? 先生の資料見て減額とか、無理ですからね?」
その重さに驚きながらも、一旦受け取ったからには絶対に返すものかとばかりに両手で胸に抱え込む。
意外に豊かな胸に埋もれる革袋。
英太の視線がガッチリ固定されている。が、気付いているのだろうか、香澄がジト目で見ているのを。
「さ、酒は? 1本で良いから前金にしてもらっても……」
「ここに出したのは全部進呈しよう。ただ、その前に簡単に資料を見せてもらいたい」
「ふ~ん、気前が良いのか慎重なのか、まぁ、良いよ。私は適当に誤魔化すつもりはないし、それなりに研究者として集めた資料には自信があるから契約を取り消したくなるような事にはならないだろうから。
ただし、さっきも言ったように見せられない資料だってあるから今日のところはごく簡単に見せるだけだよ」
少し考える素振りを見せてから頷いたリゼロッド。
伊織を促して書斎まで歩きだした。
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