第17話 御老公とどこかの不穏

「証拠? あるぞ」

「は?!」

 驚く代官にニヤニヤとしながら伊織はアルバから手の平大の箱のような物を受け取る。

 続いてバッグからゴソゴソと取りだしたのは折り畳まれた板状の機械、ポータブルDVDプレーヤーだった。

「伊織さん、ひょっとして……」

「撮ってたんですか?」

 英太と香澄のどこか呆れたような呟きに伊織はニヤリと笑うと、アルバから渡された箱、側面に“Panasonic”のロゴが入ったHDビデオカメラからメモリーカードを抜き取り、プレーヤーに差し込むと、それを皆が見られるように代官のデスクに置く。

 そして画面を開き電源を入れて操作するとモニターに伊織が馬車を降りるところが映し出された。

 

 執務室に案内されるまでのゴタゴタはサクッと早送りして、代官が伊織に向かって言い掛かりをつけはじめたところから改めて再生する。もちろん音声もバッチリだ。

 まぁ、よくわからないままアルバが操作していたために手ブレ補正でもカバーしきれないくらい画面がぶれたり、時折代官やボッディスが見切れたりしているが見られないほどではない。

 言い掛かりに対して伊織が更なる言い掛かりで返した場面では香澄の呆れた視線に目を逸らしたりしていたオッサンだが、現代日本なら証拠映像として充分である。

 そして、私兵達が逃げ出したところで映像を止める。

 

「な、ななな、なんだ、それは?!」

 代官が呆然とプレーヤーを見つめながら呻く。

 見れば、バーリントもアルバも、唖然として固まっていた。

 代官もアルバの手になにやら見慣れない物を持っているのには気がついていた。だがそれも全部を取りあげてからよく見ればいいと考えてあまり気にしていなかったのだ。

 

「見て分かるとおり、その場の光景を記録する機械よ。当然だけど無かったことは映せないから、証拠としては十分じゃないかしら? 機械の正当性はいくらでも証明できるし」

「俺達のいた世界でも裁判で証拠として認められてるし、否定するならそれこそそっちの代官が言い種じゃないけど違うって証明しなきゃいけないんじゃないの?」

 香澄と英太がダメ押しの一言。

 

「……ううむ、この目で見ても信じられんが、映っている背景はこの部屋に間違いないようじゃし、そもそもがこの者達にこのような物を事前に作るなどできようはずもないか。しかし、いったいどういう物なのやら、見当もつかんな。

 まぁそれは後で考えるとして、まずは今回の騒動の件を片付けねばな。

 ハンエルゼン殿、なにか申し開きはあるか?」

 衝撃から我を取り戻し、改めてしげしげとプレーヤーとビデオカメラを見つめて唸っていたバーリントだったが、自分の中で保留と結論づけたのか、代官に向き直った。

 

「ば、馬鹿な、い、いや、これは何かの間違いだ! そ、そうだ! 魔法に違いない! お前達の誰かが怪しげな魔法で幻影を見せているのだろう!」

 とっても雑な言い逃れである。

 初めて見る機械を前に、上手い言い訳が出てこなかったのだろうがそれにしても、である。

 案の定、英太達だけでなくバーリントも呆れ果てた目で代官を見る。

 

「そのような都合の良い魔法なぞ、一度も聞いたことすらないわ。ハンエルゼン殿は誰かその魔法を使ったところを見ていたとでも言うのか?

 今更見苦しい言い訳をするでない! 

 そもそも、なんの理由と権限があって旅人を呼びつけたのか、説明できるなら説明してみるがいい!」

「き、貴様などにとやかく言われる覚えなどない! 私は領主様よりこの街を任された代官だぞ! たかがギルドの長ごときが身の程を知れ!!」

 とうとう癇癪を起こして逆ギレする代官。

 権力を盾にしたその態度にもバーリントは些かも動揺した様子はない。

 

「なにを勘違いしているのか知らんが、お主に任されているのは領主様の代理としてこの街の運営をすることだけじゃ。儂に対する命令権を持っているわけではないのでな。看過できぬ事があれば正すだけじゃ」

 堂々と言い放ったバーリントに、代官は悔しげに唇を噛む。

「代官って、領地で2番目に偉い人ってわけじゃないの?」

 2人のやり取りを聞いて疑問が湧き上がったので英太はアルバにコソッと聞いてみる。


「ええ。代官が持っているのは行政権、街の運営です。犯罪を取り締まる司法権は領軍の総長が担っているので、言ってみれば事務方のトップといった感じです。といっても徴税権は代官様の領分なので当然権力は強いのですが、兵や領民に対して命令する権限はありません」

 だからこそアルバも代官の伊織に対する不当な要求にくってかかることができたわけだし、警衛兵の態度も納得がいく。

 ちなみに法律を作る立法権は領主の専権事項となっているらしい。

 歪ではあるが三権分立が多少は機能しているといえる。

 だから本来なら代官といえど、好き勝手に権力を振るえるというわけではない。

 

 ついでに言うと、バーラにおいて“貴族”と認められているのは領地を所有している者だけだ。領地の人口や面積によって格付けはされているものの、基本的に領主は国王の直臣であり、上位貴族や下位貴族という分類はない。

 そして、代官をはじめとする文官は国の実施する試験に合格した官僚であり、身分的には平民である。まぁ、その中でも上司部下という関係はあるのでその範囲内であれば命令することもできる。

 もっとも、文官を登用する試験はそれなりに難度が高いために、幼少期から教育を受けられる貴族家の、跡を継げない次男以降や裕福な商家出身の者がほとんどだ。教育というものにはお金がかかるのである。

 

「過分ながら儂はブリントス様よりこの街の相談役の任を承っておる。故に、その職権によって申し渡す。代官ハンエルゼン・ハーグ、旅人の所有物を不当に搾取しようとし、それによって領行政府の信頼を失墜させようとした疑いにより、その代官の職位を停止する。同時に領主ブリントス様より正式な審問が行われるまで私邸にて蟄居を命じる」

「な?! き、貴様にそんな権限など……」

「代官に就任したときにブリントス様がそのように伝えたはずじゃな。その場には儂もおったからよく覚えておるわい。どうせ自分に都合の良いことしか耳に入っていなかったのじゃろう」

 

「失礼します!」

 にべもないバーリントの言葉に代官が絶句する。

 と、ちょうどそのタイミングで部屋の外から声が掛けられ、すぐに扉が開かれる。

 入ってきたのは伊織達を呼びに来たのとは別の警衛兵数人だった。

 もちろん代官に呼んだ覚えはない。というか、伊織から色々強奪しようとしていたのだから呼ぶわけがない。

 

「忙しいところを済まぬな。ハンエルゼン殿の職を停止した。領主様の裁定が済むまで私邸で謹慎してもらうので処置を頼みたい。後ほど領軍総長には儂から報告させてもらう」

「承知致しました! おい」

 警衛兵の1人はバーリントの言葉に頷くと、一緒にいた別の警衛兵に指示を出して代官の両脇を抱えさせる。

「待て! 何をする! わ、私は代官だぞ! き、貴様等、は、放せ!!」

 喚き散らすのををサラッと無視して警衛兵が代官を引きずっていった。

 

 私邸といえばここも代官の私邸なのだが、おそらくどこかの部屋に放り込んで監視でも付けるのだろう

 いつの間にやら主役の座を奪われた伊織はともかく、英太と香澄は何しに来たのかよくわからない状況になってしまっていた。

「えっと、これにて一件落着、ってことで良いのか、な?」

「……そう、みたいね。というか、あのギルド長、何者なのかしら?」

 微妙に納得いかない表情の英太に香澄は苦笑いで答える。が、その疑問はもっともなものだ。

 

 確かに交易を主産業としている国であれば、一地方都市とはいえ商会を取り纏めるギルドの長となればそれなりの発言力はあるだろう。まして、このベンの街を発展させた功績があるのならば尚更だ。

 だが、だからといって貴族である領主が任命した代官の職位を停止したり、謹慎を命じたりするほどの権限があるというのは普通なら考えられない。

 そんな香澄に伊織はのほほんと答えた。

「別になんでも良いんじゃないか? まぁ、越後の縮緬問屋ちりめんどんやのご隠居とでも考えればしっくりくるだろ?」

「水戸黄門かよ!」

「あ、ちなみに俺は“風車の弥七”の役な」

「美味しいところ持っていくし。んじゃ俺と香澄は“助さん格さん”ですか?」

「なんで私が男の役なのよ。せめて“お銀”にして。って、そうじゃないでしょ!」

 

 アホな会話である。

 というか、高校生が何故あの長寿番組を知っているのか疑問だが、おそらく祖父祖母あたりが見ていたのだろう。多分。

「オヌシらには迷惑を掛けたな。領主様に代わって詫びよう」

 バーリントは残っていた警衛兵と今後の対応についてであろう、少しばかり話をしてから伊織達に向き直って頭を下げた。

「爺さんに謝ってもらってもなぁ。まぁ多少時間を取られた以外に実害があったわけじゃないし、別にいいさ。あ、一応、このお人好しのアルバのことはよろしく頼むわ。どうにも危なっかしい」

 

 いきなり話の矛先が向けられたアルバは目を白黒させる。

「ふむ。アルバは、父親もそうだったが人が良すぎるからのう。商才はあるし頭も切れるのじゃが確かに危なっかしいわい。まぁ、人を見る目もそれなりにあるからこれまでやってこれたがな。誠実すぎてなかなか商会を大きくすることができん」

「わ、私の事は大丈夫です! そ、それより、ギルド長の方こそ大丈夫なのですか? 代官に対してあのような真似を」

「やれやれ、今度は儂の心配か? 人が良いことは美点じゃが少しは小狡くならんといつまで経っても嫁に楽をさせてやれんぞ?

 しかし、余計な心配をさせたままというわけにはいかんか。

 秘密というわけではないのじゃが、実は今の領主であるブリントス様は先代の三男坊でな。家を継ぐこともできんし、本人も商人になりたいと儂の商会で働いておったのじゃ」

 

 バーリントによると、10年近く働いて、いよいよ独立して商会を立ち上げようとしていた最中、事故と流行病で兄2人が相次いで早逝。領主であった父親もそのことがショックだったのか体調を崩し床に伏せるようになってしまった。

 そこで急遽家に呼び戻されることになったブリントスが右も左も分からないまま領主代行として領地の運営を一身に背負う羽目になる。

 もともと商人として独立を手助けしようと考えていたバーリントは、そうなってからも様々な形でブリントスを支援し、また相談にも乗っていた。

 ちょうどその時期に、以前からバーリントが進めていたベンを発展させるための様々な取り組みが実を結びはじめたことでブリントスは領主代行として見事な手腕を発揮したと王都で高い評価を得、当時の王孫、現在の国王の娘の降嫁先として選ばれるという栄誉に服することとなった。

 

 王家としては成長著しく更なる発展の見込める領主と繋がりを強めることができ、領主家としても王族との太いパイプは大きな力になるといった政略色の強い結婚ではあったが、もともとバーリントが目をかけて支援しようとしていたほど人格的にも誠実で真面目な人物である。領主夫人となった王女との相性も良かったらしく、実に円満な夫婦生活を営むことができているらしい。

 そんな経緯もあって、正式に父親の跡を継いで領主になった以降もブリントスはバーリントを師と仰ぎ、頼っている。

 

「そういうわけで、儂は領の相談役として街の発展に尽力する義務と共に、それを阻害する者に対しての処遇を一時的に決定する権限を与えられておる、というわけじゃ。

 無論正式な処遇は領主様の判断で決定されるし、その際に直接異議を申し立てることもできるがの」

 バーリントの言葉にアルバは安心したように息を吐いた。

 どこまでもお人好しなアルバを見てひとつ肩を竦めて伊織は荷物をまとめはじめる。

「ただ者じゃないとは思ってたが、本当に大した人物だったわけだな。今度から“御老公”と呼ぶことにしよう」

「シチュエーションは確かにそんな感じっすけどね」

「そうね。さしずめアルバさんは代官の横暴に立ち向かっていた地域の青年ってところかしら? でも、そうなるとちょっとキャストがもの足りない気がするけど」

 

 そんなふうに愚にもつかない会話を交わしながらカメラやプレーヤーを片付け終えると改めてこの街を出る挨拶を交わすために伊織達はアルバとバーリントに近づいた。

「あの~、旦那は無事ですかい?」

 ちょうど“うっかり八兵衛”っぽい雰囲気のゴードンが顔を出したときには思わず英太と香澄が噴き出してしまい、バーリントとアルバが怪訝そうに2人を見たという一幕もあったが。

 

 

 

 

 大河の河口近く、幅およそ2キロ、長さ7キロほどの三角州デルタのほぼ中央に築かれた城砦がある。

 いくつもの門、東西の対岸へ繋がる橋を除き、三角州全体を城壁が囲んでおり、規模は大きいものの城郭都市のようだ。

 城郭内は整然と区画が配置されており、いくつもの邸宅や兵舎、倉庫などが建ち並んでいる。

 どう見ても砦といった方がしっくりとくるような場所だが、これでもれっきとした一国の王都なのである。

 といっても、この三角州そのものは王城というべきであり、対岸に広がる街全体を含めてこの国の王都となっている。

 そう考えればこの王城は滅多にないほどの広大なものといえる。

 

 その城砦のさらに奥、賓客を迎えるためと思われる部屋、およそ王宮とは思えないほどシンプルで無駄な装飾を廃した内装は質実そのものであり、この国の王家の気質を端的に表していた。

 その部屋で2人の男が対峙していた。

 どちらも年の頃は40前後で、一方はともすれば軍服にも見える飾り気のない服にマントを纏い、もう一方は質の良さを伺わせるゆったりとした服に華美にならない程度の装飾品を身につけている。

 この部屋で話していることを考えれば王族か高位貴族なのだろうが、それにしてはシンプルな出で立ちである。

 

「では兄上はこの好機をみすみす見逃すつもりなのですか! あの国は今やまともに機能しておりません。すぐに兵を挙げればさほど労することなく征服することができるでしょう。これまで散々我が国に侵入し多くの被害を受けているのです。放っておけばいずれ情勢も落ち着き、そうなればまた野心に駆られて侵攻してきますぞ!」

 ゆったりとした服の方の男が、憤懣やるかたないといった口調でもう一方の男に詰め寄っている。

「そなたの言うことも分かる。

 確かにあの国は王家の女狐が死に、王も逃げ出した。残ったのは好色で無能と言われる新王だ。

 騎士や兵の練度はともかく、指揮官は腐敗に塗れているし貴族達も同様だな。

 意外にも豚王子が新王として奮闘しているようだが支えるべき貴族が腐りきっていては当分混乱は続くだろう。

 

 だが、だからといってあの国を征服してどうする?

 我々はデサイヌの恵みにより広大な農地とそこからの実りを得られているし森を切り開けばまだまだ開拓する余地も充分にある。

 鉱物は少ないが、必要なものはバーラを通して手に入れることができる。あの国は我が国に食料を依存しているから繋がりも強固だ。

 わざわざ他国を侵略して手に入れなければならないものなどほとんどない。

 まして、膨大な戦費を費やして手に入れるのが、上から下まで腐敗しきった官僚共と、疲弊し不満と憎悪を溜め込んだ民衆など、国にとっては負担にしかならん。

 

 ……これまで幾度となく侵攻され、大勢の死傷者が出た恨みがないわけではない。

 特にあの国が異世界から呼び寄せたという“勇者”を称する者共には幾度も苦渋を味わわされからな。

 だが、その“勇者”達とあの国が新たに呼び出した異世界人が女狐を殺し、騎士団を壊滅させて出奔したらしい。ならばこれ以上恨み言を言っても詮のないことだ。

 それよりも優先すべきことがいくらでもある。

 我が国は必要十分な豊かさがある。だがまだまだそれが隅々まで行き渡っているとは言えぬ。

 飢えに苦しむ子供も働き手を失い途方に暮れる寡婦もいなくなったわけではない。

 警戒を怠ることは無論できぬが、他国にかまけている余裕などないのだ」

 

 兄は弟を諭すように、穏やかに、しかし断固として告げる。

「しかし!」

「ヴァーレント公爵! そなたもこの国の王族ならば優先すべきは民衆の安寧であろう。余計な事に気を回すのではなく足元を見よ。良いな」

 イワン・ヴァーレント、この国の王族にして公爵の地位にあり、国王の弟でもある高位貴族の男は強く唇を噛みしめて顔を伏せると、それ以上言い募ることを諦めて席を立つ。そして無言で踵を返すと部屋を出て行った。

 そんな弟を見て、兄、シェタスは寂しそうに目を瞑った。

 

 

 

 城を出たイワンは数名の護衛を伴い、そのままその足で程近い場所にある貴族の邸宅に向かった。

 王都の貴族邸とはいえ、この国の場合高位貴族であってもそれほど広くはない。

 そもそもが三角州という拡張のしようのない場所に王城を築き、その中心にある王宮ですら他国のそれと比較すればかなりこぢんまりとしているのだ。他の貴族達もそれに倣わざるを得ない。

 それにもともと質実剛健な気質を持った者が多かったために、無駄を極限まで省くとばかりに合理性を追求したような邸宅が並んでいるのだ。

 

 目的の貴族邸に到着すると衛兵に視線すら向けることなく中に入る。

 既に幾度も訪問している邸宅である。衛兵もイワンを留めることなく敬礼して迎えた。

 館に入るとすぐさま執事が出迎え、邸宅の主の元へ先導する。

「お待ちしておりましたヴァーレント公。……それで、いかがでしたか?」

 案内されて入った部屋では壮年の男が立ち上がってイワンを迎え、上座のソファーに誘う。

 だがイワンの様子を見れば結果は聞くまでもない。

 

「駄目だ。兄上には大局が見えておらん。現状に満足し、この国の未来に目を向けん。これ以上ない好機だというのに、だ」

「……あの国は我が国に幾度も侵略を図りました。それ故軍部には怒りと怨嗟が渦巻いております」

 イワンの言葉に男の顔に失望が滲む。

「あの国を攻めても負担にしかならぬと考えているようだ。だが、別に我が国に組み込む必要などないのだ。二度とこの国に逆らう気が起きぬよう、ただ徹底的に奪えばよい! 官僚や民衆など放置して、鉱山の権益や溜め込んでいる財貨を手に入れることができれば、我が国はより盤石なものになる。どうしてそれがわからんのだ!!」

 

 イワンは男が差し出したワイン入りの銀のゴブレットをひと息に飲み干してテーブルに叩き付ける。

 話しているうちに怒りがぶり返してきたのだろう、大きく息を吐きながら忌々しそうに舌打ちした。

「我々の心情をご理解いただけないのは残念です。して、王弟殿下はいかがなさるおつもりですか?」

 男の探るような言葉にイワンは顔を顰めた。

 

 

 

「お~! 伊織さん、見えてきましたよ。アレっすよね、バーラの首都って」

 海沿いの街道を走るランドクルーザーの運転をしながら英太が後部座席で寝っ転がっている伊織に声を掛けた。

「ん? そうか、でも結構時間かかったなぁ」

「交易が盛んなだけあって荷車の往来も多かったから仕方ないんじゃない? あと、やたらと話しかけてくる人がいたし」

 助手席から香澄も少し疲れたように笑う。

 

 港町ベンからバーラの王都までは距離およそ400km。

 徒歩や馬車ならば10日ほどの道のりだが伊織達は3日ほどで到着している。

 とはいえ、自動車を使っているのならば余程のことがない限り1日か2日で到着するだろう。街道も交易を推進しているバーラらしく舗装されていないまでも充分に整備されているのだから尚更だ。

 にもかかわらず3日もかかったのは、ひとつは街道で他の商隊や荷車を追い抜いたりすれ違ったりするだけの道幅がある場所が少なかったことと、ランドクルーザーとキャンピングトレーラーという代物が目立ちまくったせいである。

 

 特に商人達は巨大なキャンピングトレーラーを悠々と引いているSUV車に大きな関心を寄せており、街道で停車する度に寄ってきては話を聞こうとしてきたのだ。

 ベンの代官のような強引なことをしようとする者はいなかったが、それでも度重なれば結構な時間が取られることになる。

 それでも別に急ぐ旅でもない。

 伊織達はのんびりと街道を進み、日が沈むと街道から外れた場所に駐まって夜を明かした。

 さすがに夜中に商人に絡まれるのは面倒がった伊織は野戦築城にも使われるコイル状の有刺鉄線を3重に張り巡らせて鉄条網を造り周囲を囲っていた。

 どう考えてもやり過ぎである。

 一度、不埒なことを考えた者がいたらしく、夜中に叫び声が上がったがガン無視。翌日に血の着いた衣服の切れ端が鉄線に絡まっていたことがあったが、まぁ、些細なことだろう。

 

 座席から身を起こした伊織がルーフを開けて顔を出す。

 左手に砂浜が続き、それに沿うように踏み固められた街道が続いている。

 そして、浜の先、まだあと数キロはありそうだが、大きな街、いや、都市が見えてきた。

 海産物と交易の国、バーラ随一の都市にして王都、バーリサスである。

「それで、王都に着いたらまずどうします?」

「あ、俺とりあえず何か食いたい」

 香澄は質問、英太は自分の希望をそれぞれ口にする。

 

「とりあえず、先に頼まれ事を済ませるか。後回しにすると忘れそうだし」

「いや、領主に手紙渡すの忘れたらマズイっしょ」

 優先順位の低いものほど先にやっておかないと忘れるというのは社会人の悪癖のひとつだったりする。あと、切羽詰まっていると余計な事をしたくなるというパターンもあるが。

 ともあれ、まずすべきことは決まったらしい。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る