第14話 悪代官

 Paaaaaaaaaaa!!

 突如として鳴り響くけたたましい音。

「な、なんじゃ? 何があった?!」

 流石の経験豊富な好々爺、バーリント老も初めて聞く大きな音に慌てたように周囲を見回す。が、屋内なので特に見えるものはない。当然である。

 一方、伊織達はというと、英太と香澄は顔を見合わせ、伊織はヤレヤレと肩を竦めながら立ち上がる。

 

「オヌシらの仕業か? 何の音じゃ」

「仕業と言われるのは心外だな。ひとつ聞くが、このギルドでは来客の馬車や荷車を勝手に弄ったりするのか?」

「そんなはずはなかろう。もし荷のひとつでもなくなり、ギルドの者が何かしているのを見られでもすればギルドの信用が無くなってしまうわい。無論、全職員にそのことは徹底しておる。しかし煩いのう!」

 伊織はバーリントの言葉を聞くと、ついてくるように促し部屋を出る。そのまま受付の横を通り外へ。

 

 外はさらに煩い。

 音の出所はというと、当然ながら伊織達のランドクルーザーである。

 あまりの大音量に近隣の建物からも大勢の人が出て来てこちらを注視しているし、通行人達も何事かと足を止めていた。

 伊織達は周囲の物見高い連中が集まっている人混みを掻き分けながら近づく。

 ギルドの横、荷車を何台も置けるだけのスペースの一角、停車させたランドクルーザーと、その脇で腰を抜かしている男がひとり。

 伊織がその男に目を留めると、英太に視線で合図をする。

 この鳴り響く音の正体を知っている英太はその意図を正しく理解した。香澄も同じく英太に頷いてみせる。

 

 とりあえず伊織は男には構わずにランドクルーザーのドアを開け、シートの下側をゴソゴソしていたかと思うと、鳴ったときと同じく唐突に音が止まる。

 途端に周囲にざわめきが戻る。というよりは、単に音が煩すぎて他の音がかき消されていただけだが。

「説明してもらおうか。今のはいったいどういうことじゃ?」

 バーリント老が険しい顔で伊織を見やるが、当の伊織は気にした様子もない。

「そいつは俺じゃなくて、そっちの腰を抜かしている男に聞いた方が良いんじゃないか?」

 そういって顎でへたり込んでいる男を示すと、男がビクリと肩を振るわせる。

 

「な、何のことだ? 私は通りかかったら突然その奇妙な荷車から大きな音が鳴ったので驚いただけだ!」

 言いながら少しずつ足腰に力が戻ってきたのか、立ち上がってギルドの方へ行こうとする、いや、さっさと逃げようとするのを英太が太刀に手を掛けながら牽制する。

「っ! 何のつもりだ! 私が何かした証拠でもあるのか?」

「ふむ。それは儂も聞いておきたいのぅ。先程の音といい、どういう事か説明してもらえんか?」

 突然鳴り響いた音とその側で驚いて腰を抜かした男。怪しいのは間違いないのだが、だからといって何をしようとしていたのかわからなければどうしようもない。

 

「まぁいいか。んじゃ説明するが、さっきの音はこの車の盗難や破壊を防止するための警報装置だ。当然普通に触った程度じゃ作動しないようになっている。じゃなきゃ煩くてかなわないからな。と、口で言っても納得できないだろうから、えっと、そこの、おっさん! ちょっと手伝ってくれ」

 いまだに周囲でこちらを覗き込んでいる野次馬のひとり、髭面の男に伊織が手招きする。どうやら近所に住む男らしく、バーリント老とも面識があるらしい。

「適当にこの車をあちこち触ったりドアノブを引いたりしてみてくれ」

 伊織が髭男に言うと、要領を得ないまでも言わるままにランドクルーザーを触って回る。が、その程度では防犯装置は作動しない。ドアノブを軽く引いた程度でも同じだ。

 

「んじゃ、次にドアノブを強めにガチャガチャやったりガラスを叩いたりしてみてくれ」

 それにも大人しく従う髭男。が、強めの力でドアノブを数回引くと、再びけたたましい警笛が鳴り響いた。

「う、うわぁ!」

 驚いて仰け反る髭男の肩を、ご苦労さんとばかりに軽く叩き、伊織はドアを開けて警報を解除した。

 

「こういう事だ。ある程度強く、開ける意思をもって車を弄らない限り警報は作動しない。んで、その男は他の誰かが車を弄っていたとは言わずに、通りかかったら警報が鳴ったと言った。だから聞いたろ? このギルドでは人の荷車を勝手に触るのか、って」

「……そうか。申し訳なかった。……言い訳はあるかの? ボッディス」

 バーリント老が表情を改めて伊織に頭を下げた。

 そして、男を睨みながら詰問する。

「わ、私は! その、も、申し訳ありません。あまりに不可思議な荷車だったのでよく見ようとして……」

「……君の処分は後で検討する。とりあえずはギルドの中で大人しくしておれ。よいな」


「ギ、ギルド長!」

 ボッディスと呼ばれた男は慌てて縋るような声を上げるが、バーリントが取り合う様子を見せないことで肩を落としてギルドへ戻っていった。

「改めて詫びよう。確かにギルド、いや、誰であっても興味を引かれる荷車ではあるが、だからといって邪な行いをして許されるわけもない。きつく叱っておくので許してもらいたい」

「叱るだけ? 随分と甘いんですね」

 バーリントの言葉に対し、香澄が皮肉を込めて返す。なかなか遠慮のない物言いだ。どうやら悪い大人伊織の影響が純真な女子高生にまで伝播してしまったらしい。彼女の将来が心配である。

 

「ギルドの職員といっても彼は領主の代官から派遣された者での。儂の一存で切るわけにはいかんのじゃよ。ギルドは公的な施設ではないが、それでも領主の意向にはある程度従わねばならんのでな」

 ギルドが民間の同業者が集まって作られた互助団体だとしてもそれなりの影響力を持つようになれば為政者としては黙視することはできないのだろう。

 バーリントの口調は自嘲するようなものを含んでいた。

 察するに何かしてくれるわけでもないのに口だけは出してくるといったところか。

 

 いつまでも外で立ち話というわけにもいかない。

 すっかり影が薄くなって存在を忘れられていたアルバがギルドの建物に戻ることを提案したので再び中に入る。

 その際にバーリント老人の『なんじゃ、オヌシもおったのか』との言葉に落ち込んだ表情を見せていたが。

 ちなみにランドクルーザーは特に追加の対策を取ることもなくそのまま置いてある。

 あれだけの騒ぎになったのだから、さすがにこれ以上何かしようとする者もいないだろう。近隣住民も興味深げに注目しているなかで、さらにやらかす奴が居たらそっちの方がビックリである。

 

 最初に通された応接室まで戻った伊織達は再びソファーに腰を落ち着ける。

 ようやくの仕切り直しである。

「ヤレヤレ、よりによって商工ギルドの職員に車を盗まれそうになるとは思わなかったよ。んで? ジイさんの聞きたいことってのはなんだったんだ?」

「オヌシなかなかイイ性格しておるのぅ」

 呆れたように言うバーリント老人。

「そうか? よく言われるよ。自分でも聖人のような人格者だという自覚はあるな」

「それを聞いたら聖人が泣き出しそうじゃな。まぁいいわい。もともと無理を言うつもりなぞなかったしのぅ。

 心配せんでもいくつか確認しておきたかっただけじゃ。

 先程見たあの荷車、アレはオヌシらが異世界から持ってきた物か?」

 

 回りくどいのが嫌いという言葉は事実だったようで、バーリント老人は直球で切り込んできた。

「まぁ、見りゃわかるだろうから隠す意味もないしな。アレは俺がこの世界に持ち込んだ物だ。っと、あらかじめ言っておくが売れとか言うのはナシな」

「……そのことは後で話すとして、儂が得た情報ではグローバニエがオルストを侵略するために異世界から特殊な古代魔法を使って人を召喚したが、その異世界人が空を飛ぶ怪物を呼び出し、それに乗って逃げたと聞いておる。その空を飛ぶ怪物とやらは、あの荷車の事か?」

 バーリント老人の目つきに鋭さが増す。が、そんなものに動じるほど伊織このオッサンに可愛げはない。

 

「答えると思うか?」

 興味なさげに鼻をほじりながら答える伊織。

 喧嘩を売っていると受け取られても不思議じゃない態度に英太と香澄もあきれ顔だ。

「……はぁ~、まぁ答えんじゃろうな。じゃがどちらにせよあのような物を持っているとなれば平穏に旅を続けることなぞできんぞ。いっそ儂、いやこのギルドに売らんか? 代わりの最上級の馬車と馬をいくつも買える程度の代金は用意しよう」

 バーリント老人の言葉に肩を竦めただけで意思表示をする伊織。

 英太達に冷たい目で見られたせいか、多少は態度を改めたものの交渉に応じる気がないことを雄弁に表している。

「やれやれ、やはり駄目か。じゃが本当に山のように厄介ごとが降りかかるが、良いのか?」

「いきなりこっちの世界に召喚されたってだけで既にとんでもない厄介ごとなんでな。それに比べりゃ少々のトラブルなんざ些細なことだ。大概のことならはね除ける程度の力はあるしな。それでも駄目ならその時に考えるさ。それより、こっちにも聞きたいことがあるんだが」

 

 次はこっちのターンとばかりに伊織は質問を始める。

 内容は古代に存在したという“魔法王国”の遺跡と同じ時代の古文書やそれに類する資料に関する情報だ。ふざけた態度を取りつつもそもそもの旅の目的は忘れていなかったらしい。

「古代の魔法王国、ふむ、魔法王国と呼ばれるものはいくつかあるが、古代魔法に関するものならばリセウミス王朝でよいか?

 といっても儂も専門家ではないし詳しいことは知らん。バーラには遺跡も少ないしのぅ。確か王都の北に2つほど遺跡が見つかっておるが、そこで発見された古文書や遺物は国が回収して研究しているという話だが、それもそれほどの数は見つかっていないはずじゃ。

 むしろリセウミス王朝の遺跡はオルストの方がかなり多く、専門の研究機関もあると聞いておる。それと、バーラのさらに西にある国々にも多くの遺跡があるらしいのぅ」

 

 バーリント老人はそう前置きした上で知っている限りの事柄を気前よく話す。

 元々商売やギルドに関する事ではないしその気になればそれほど苦労することもなく調べられるような内容だ。秘匿する意味もない。

 それに加えて遺跡の場所を伊織が地図に書き込んでいると、目の色を変えて地図の写しをしたいと頼み、その見返りとして遺跡研究者の紹介を約束した。

 写しを作る時間が面倒だった伊織は予備の地図(バーラ国内とオルストとの国境周辺に限定した)を渡したが。

 他にいくつかの質問ややり取りをしてからようやく伊織達は商工ギルドから解放された。

 

 外に出てみると、すでに日はすっかり傾き、空が茜色に染まっていた。

 できれば少し街を歩いていろいろと見て回りたかったのだが無理な時間になってしまったようだ。

 中世然としたこの世界の夜は早い。

 一部では夜でも、いや、夜こそ賑わっている一角もあるが、ほとんどの場所は日が沈めば人の往来はなくなり店なども閉まってしまう。

 少々残念ではあるが元よりそれほど大きな街ではないし、必要な情報も収集できたので長居する必要は薄い。

 なので、今回は街の散策は諦めることにして、アルバの商会まで大人しく戻る。

 

 商会横の路地、キャンピングトレーラーの前にランドクルーザーを駐め、路地の入口を鎧戸で塞ぐ。

 アルバは先に建物に入ってもらい、伊織達はキャンパーの中で軽くシャワーを浴び、着替えも済ませる。

 それから伊織と英太が車両全部を覆うシートを被せ、ついでとばかりに人感センサーとフラッシュライト、監視カメラ、警報装置を取り付ける。

 過剰と思えなくもないが、まぁ、トラップを仕掛けていないだけマシなのかもしれない。

 

 建物に入ると、改めて出迎えてくれたアルバに案内されて商会の中に入り、階段で2階に上がる。

 2階には客間が2つとリビング的な広間があるらしい。

 広間は15~20畳くらいだろうか、結構広い。円形の絨毯が敷かれ、料理が大皿でいくつも並べられている。

 テーブルや椅子といったものは置かれておらず、床に直置きである。

 まぁ、ヨーロッパでも食事をテーブルで摂るというのは14世紀のルネッサンス期の貴族から始まったという話だし、他の地域では現在でもテーブルなどは使わずに車座になって食事を摂るのも珍しくない。

 伊織は躊躇することもなく促された場所に腰を落ち着け、英太と香澄もそれに倣う。

 

「大したおもてなしはできませんが、どうか心ゆくまで召し上がってください」

 この場にいるのは伊織達の他にはアルバともう1人、アルバの奥さんである女性だけだ。

 ゴードンともう2人、男女の使用人が居るらしいが、男2人は通いで女性の方は住み込みだという話だった。

 アルバには子供が2人いるが、まだ幼いためにこの場にはおらず、住み込みの女性が別室で食事をさせているそうだ。

 英太や香澄からすれば少々子供が可哀想な気がするが、客人をもてなすという意図を考えればやむを得ないだろう。

 

 海辺の街とあって、用意された食事は魚介が中心で味付けは塩といくつかの香草のみというシンプルさだったが新鮮な魚やエビはそれだけで充分美味い。

 おまけに行商先で仕入れたという上質のワインまで出してくれていた。

 アルバの奥さんがかいがいしく給仕をする中、伊織は遠慮の欠片も見せずにガツガツと食い、ガブガブと飲みまくっている。

「いや~、考えてみれば俺、こっちの世界の飯食ったの初めてだわ。うん、美味い。奥さん料理上手だねぇ」

「あれ? 伊織さん王都で食事しなかったんですか?」

「ああ、何か盛られてても嫌だからな。食ったふりして全部捨てた。まぁ、大して美味そうでもなかったけど、さすがにもったい○いお化けに祟られる夢見たよ。食うもんは持ってたから困りはしなかったけどな」

 

 命の恩人と紹介され、アルバの奥さんは最初は緊張気味であったが、伊織の砕けた、いや、砕けすぎた態度のおかげかほどなく緊張もほぐれて時折笑みを浮かべながら会話に参加するようになった。

 アルバは伊織の言動を気を使わせないようにという心遣いだと解釈したようだが、どう見ても素で傍若無人なだけだ。

「しかし、いきなりギルド長が出てきたときは驚きましたよ。緊張でどうにかなってしまうかと思いました」

「そうなんですか? 向こうはアルバさんの名前知ってたみたいだし、話くらいは普段でもしてるのかと」

 ワインが程良く口をなめらかにさせたのか、助けられてからベンに戻るまでの話をしていると、必然的にギルドでの事になる。

 その時のことを思い出したのか、苦笑しながら話すアルバに香澄が聞き返す。

 ギルドの職員とは親しそうだったし、老人はごく当たり前のように同席させていたからだが、それにはアルバが首を振る。

 

「あの人はこの街の名士ですからね。一介の行商人に過ぎない私では滅多なことでは言葉を交わす機会などありませんよ。むしろ名前を覚えられていたのに驚いたくらいですから」

 アルバの話によると、あの老人、バーリントは元は行商人から身を起こし、一代でこの街をバーラ東部における貿易拠点として発展させた功労者なのだそうだ。

 しかも、商人として商会を大きくさせる一方で他の商会もベンで商売ができるように様々な職人を招致したり、他の町や国に売れるような特産品の開発にも力を尽くしたのだそうだ。

 

 そのおかげで息子に商会を譲って引退してすぐに商工ギルドのギルド長として乞われ、もう10年以上その地位にいるらしい。

 今でも領主からの信頼は篤く、下手をすれば代官よりも発言力があるが、余程のことがない限り街の運営には口を出さないようにしているのだとか。

 第一印象からもただ者でない感を出していたが、やっぱり相当な人物だったらしい。

「私もいずれは行商だけでなく交易の仲介も行っていきたいと思っているのです。ですから無理をして不相応な店舗と倉庫を確保してるんですよ」

 すこし酒が回ったせいかアルバは夢を見るような目で語っていた。

 

 それからもいろいろな話をしたり聞いたりしながら食事は進み、大量にあった料理がすっかりなくなった頃合いで、アルバの奥さんに部屋に案内される。

 アルバ本人は伊織と一緒になって飲んでいたせいでかなり酔っぱらってしまったのだ。

 二部屋ということで伊織と高校生コンビに分けようとしたが英太が叩き出されてきたので男女で分かれる。

 結果、英太は伊織に押しの弱さを散々からかわれることになった。

 

 

 

 ところ変わって、とある豪奢な屋敷。

「ふむ。グローバニエが召喚した異世界人か。噂は聞いていたが事実だったとはな。それにその者達が乗ってきた不可思議な荷車か」

「は、はい。全体が金属のようなものでできており、ドゥルゥや馬が引くことなく動くようです。聞いた話ではいくつもの巨大な荷車を軽々と引いていたとか。それに盗もうとすると途轍もない音を出して警告する機能も持っているようです」

 無駄に金のかかった執務室のような場所で向かい合う男2人。

 一方は伊織の車を弄って腰を抜かしていた商工ギルドの男、ボッディス。

 その対面でふんぞり返っているのは、頭頂部が些か寂しげな中年の男だ。

 

「異世界の物、というのだな?」

「あのような荷車は見たことも聞いたこともありませんし、木ではなく金属であれほど大きな物を作れる国も知りません。おそらくは間違いないかと。それに他にも何か中に乗せているようでしたし、あの男達の服装や持ち物も見たことのない物ばかりでした」

 ボッディスの言葉を聞いて男はニヤリと顔を歪めて笑う。

「そうか。そのような物があれば私がもっと相応しい地位を手に入れるのに役立ちそうだな。価値のある物とは真にその価値を理解する者が手にするべきだ。そうは思わんか?」

「もちろんでございます! 異世界の物品などは代官様のような方のお役に立ってこそ価値が生まれるというもの。あの異世界人達は言葉も態度も粗野で野蛮人そのものでございました。あのような者達が持つにはあまりに分不相応でしょう」

 あからさまなおべっかでしかないが、代官には実に耳に心地良い甘言のようだ。

 

「悔しいことに、代官様により詳しくご報告するためにあの荷車を調べていた事でギルド長から叱責され、すっかり立場を失ってしまいました。このままでは閑職にまわされ、飼い殺されてしまいます。代官様のお力をお借りできないでしょうか」

「あのジジイか。街の名士などと煽てられて増長しおって! ベンを発展させたなど所詮は過去の栄光。それも単に運が良かっただけに過ぎん。にもかかわらずことある毎に余計な口を挟んでくる。その上街の主だった者まで代官である私よりもあのジジイの言葉を優先するなど、忌々しいにもほどがあるわ!」

 代官が心底腹立たしそうに吐き捨てると、ボッディスのヨイショにさらに磨きがかかる。

 

「そのとおりでございます! 代官様はこの街で一番の方、いえ、このような小さな街ではなくもっと大きな領地を統べる貴族となるべきお方ですとも!」

 この手の男というものはどういう特殊能力なのか、相手が求めている言葉を敏感に察知することができるらしい。ところが、どういうわけかその能力は立場が上の人間相手にしか発動しない。

 日本の実社会にも同じタイプの人間がそれなりにいるが、直属の上司以外の同僚や部下からは蛇蝎の如く嫌われるし、歓心を買う涙ぐましい努力が実って昇進すると、実能力が足らずに部下に怒鳴り散らすしかできないパワハラ上司になってしまう。

 コバンザメはコバンザメとしか生きられないのである。本人にはその自覚がないのが厄介ではあるのだが。

 

「私はこんな田舎町の代官で終わるような無能者ではない。せめてこの一帯を統べる領主というのならば我慢してやっても良かったのだがな。

 然るべき地位に就くことができた時にはあのようなジジイからは全ての権利を取りあげてその傲慢さに相応しい末路をくれてやるとしよう」

 ボッディスの胡麻すりに気をよくした代官が余裕を取り戻して傲然と言い放つ。

 自分の言葉がそのまま自分に当てはまるとはまるで考えていないらしい。

「そ、その暁には是非とも私もご相伴に与りたく」

「ふん、私に協力するなら商工ギルドごとき貴様にくれてやる。ただし」

「もちろん、そのご恩には一生報いさせていただきますとも、それで、どのようにしてあの異世界人達から……」

 

 夜の帳が降りた豪邸の内部で悪巧みを続ける代官と太鼓持ち。

 昭和の頃、お茶の間でブラウン管越しに多くの人が見ていた光景と、実によく似ていた。

 

 

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