第12話 第一村人?発見

 伊織、英太、香澄の乗り込んだランドクルーザーがゆっくりと動きながら街道に出る。

 もっとも、街道といっても周囲は草もあまり生えていない荒野なので大きな岩が転がっておらず、踏み固められた程度の細い道が続いているだけだ。

 すぐ近くまで森が迫っていることを考えると違和感を感じる景色ではあるが、地質や地下水脈の関係なのだろう。

 それでも街道に入ると揺れも少しはマシになる。

 

「で、結局何をどのくらい王国から持ってきたんですか?」

 金貨の詰まった革袋をシートの脇に置いて香澄が伊織に聞く。

 入手方法はともかく、これから先遺跡や古文書を求めて旅をしなければならないのだから路銀は多い方が良いのは当然だからだ。

「金貨の入った袋が50個くらいだな。正確に計ったわけじゃないが、金の地金が20キロ、銀が50キロくらい。装飾品は2~300、宝石は裸石ルースで5キロってところだ。どのくらいの価値があるかはっきりとは分からないが、宝物庫に保管されてるくらいだからそれなりに、まぁ、普通に当面資金の心配はいらない程度にはなると思うぞ。

 まぁ、国の予算的な現金自体は別の場所に保管してあるっぽいから、宝物庫にあったのは多分王族の資産だろうな。

 国の現金を根こそぎやっちまうと国民が重税で飢えかねないからそっちは手を出してないし、まだ宝物庫の中の物も多少は残ってたんだが、あの爆発でどうなったのかは知らん」

 

 そこまで言った伊織の言葉にどことなく不機嫌なものが含まれているように感じて英太と香澄は顔を見合わせる。

「えっと、王国の財政にダメージ与えるために宝物庫を爆破したんですか?」

「ん? ああ、王国というより王族だが、まぁそれはついでだ。宝物庫の中に、反吐が出るほど悪趣味なものがあったからな」

「悪趣味なもの、ですか?」

「……剥製、と言っていいかな。魔法で形を維持するように加工された、“人間”だ。おそらくは希少種族なんだとは思うが、俺たちや王国の人間とは異なる特徴を持っていたり、見た目が美しい女の剥製が数十体置いてあった。

 本当なら魔法を解除して埋葬してやりたかったが、さすがにあの状況じゃ難しかったんでな。大量の爆薬C4で破壊し尽くすことにした」

 今度こそはっきりと吐き捨てるように口にした内容に、英太と香澄も顔を歪める。

 もとよりろくでもない国なのは知っていたが、とことんまで腐っているのは間違いないようだ。心底、あの国から逃げることができて良かったと思う。

 

「それよりも、だ。これから向かう海沿いの街なんだが、上空から撮影した写真を元に地図を作っただけだから、それ以外に何も分からん。何か知ってることないか? 国とか街の名前、特徴、美味い食い物なんか」

 伊織が空気を変えるために変えた話題に英太達も乗ることにする。

 いつまでもしていたい話題じゃないのだから是非もない。

「位置的に多分オルスト、王国が侵略しようとしていた国の隣にあるバーラという国だと思うけど、国土の大部分が海に面していて、海運と海産物が主要産業ってくらいしか。ごめんなさい」

「いや、謝ることはないぞ。それだけでも重要な情報だしな。英太は何か知ってるか?」

「え? あ、いや、その、バーラって名前自体初めて聞いた、とか」

「英太……」

 思いっきり呆れた目で香澄に見られて目を逸らす英太。

 どことなく嬉しそうなのは青少年としてどうなのか。

 

「まぁいいや。とにかく海沿いを移動していけば、その『バーラ』って国の首都に行けるだろ。とりあえずはそこで通貨の両替と情報収集だな。海運が主要産業なら両替商みたいなものはあるだろうし、いろんな国から人も来てるだろ」

「情報収集っていうと、やっぱり遺跡とか古文書に関するものっすか?」

「あと、それ以外にも周辺国の情勢とかも集めた方が良くない? やっぱり私達ってあの国で飼い殺されてたみたいなものだから色々な知識が不足してると思うわよ。世情にも疎いと思うし」

 伊織と会ってから香澄はこの世界の様々なことを聞かれたが、きちんと答えられた事というのはそれほどない。大部分が聞きかじった程度の内容か多分に推測混じりのものばかりだったのだ。

 10ヶ月以上も先にこの世界に来ていたとはいえ、日々を過ごすのに精一杯で視野を広く持って情報を集めるような余裕がなかったのが大きい。

 

「そうだな。俺達は知らないことばかりだから、この際どんな些細なことも貴重な情報になる。取るに足らないと思っていたことが意外な方向から繋がることだってあるしな。

 そのバーラって国がどんなところかにもよるが、可能ならしばらく滞在するのがかえって近道になるかもしれない。

 俺が遺跡や古文書に関する情報を集めるから、2人はその他のどんなことでも構わないから片っ端から集めてくれ」

「うぃっす」

「はい」

 こんな感じでゆる~く今後の方針が決まった。

 とりあえずの目的地に定めていたこの先の街はそこまで大きなものではないからバーラの首都はそれよりも先にあると思われる。が、まずはその街に行ってみることに変わりはない。

 

 伊織はランドクルーザーを時速30kmほどのゆっくりとした速度で街道を走らせる。

 道の状態がお世辞にも良いとはいえないのと、速度を上げると土埃が大量に舞うからである。

 遠くからでも土煙が見えれば向かう先の村や街で余計な騒ぎを引き起こしかねないからだと伊織は言うが、異世界でランクル走らせる時点で自重する気が欠片もないことは明らかであり、今更というしかない。

 ただ、どちらにせよ特に急ぐ旅というわけではないし、この1ヶ月共に過ごしたとはいっても、主に訓練や装備品、銃火器やその他武器のレクチャー、魔法に関する指導などが中心で、実は伊織と英太達はそれほど雑談を交わしていない。

 なので、移動しながら車内で色々なことを話すのはいい機会になっていた。

 

「伊織さんって、日本でどんな仕事してるの? 戦闘ヘリや銃器はともかく、この車だけならともかく、あのトレーラーハウスとかも、普通のサラリーマンじゃそうそう買えないと思うけど」

「あ、それは俺も思った! 部屋にあったAV機器とかもすっげぇ良いやつだったし、ひょっとして大富豪?」

 とりあえずの方針が決まり、のんびりとした空気になったのを幸いと、香澄が疑問に思っていたことを聞いてみる。

「ん~、仕事は色々、だな。いくつかの企業のオーナーもやってるし、海外で鉱山や油田の開発なんかもしてる。あとは、個人的に色々な依頼を受けるってのもある。

 異世界で培った経験とか能力を活かした仕事をこなしてたら必然的に色々とやる羽目になったんだよなぁ。

 まぁ、おかげで金には苦労してないし、チマチマと必要なものとかを揃えることもできてるけどな」

 そんなことを誇るでも自慢するでもなく肩を竦めながら言う伊織。

 

「うっわ、マジセレブだ。凄い豪邸とか住んでるとか?」

「いや? 築30年の木造アパート。間取りは2DKだな。というか、実際にはほとんど帰ってないし、たまに帰っても寝るだけだから金を掛ける意味ないし。英太達の方はどうだったんだ?」

「あ、うちも英太の家も普通のサラリーマン家庭です。うちには兄が、英太には妹がいますけど、賃貸マンション住まいでごく普通の家よ」

「そうそう。俺は中学からサッカーやってた。香澄とは同じマンションだったんで小学校から同じ学校」


 こんな自己紹介めいた会話ですら初めてする内容だったりする。

 今朝までいた湖畔の拠点では、ほぼ教師と生徒、あるいは師匠と弟子のような関係だったことを考えれば、ようやく彼等の関係がスタートしたといえるのかもしれない。

 ちなみに、伊織は2人に敬語を使う必要はないと言ってある。指導しているときは別として、普段はもっとフランクに接した方がお互い気を使わなくて済むということらしい。

 とはいえ、英太も香澄も教わっているときや指導を受けているときは生徒としてきちんと敬意を払った態度だし、普段でもつい敬語がでたりするのだが。

 

 1時間ほど進んだところで一度ランクルを駐め、牽引しているキャンパーで休憩を摂る。

 伊織の用意したものは、日本国内でも時折見かけることのある重量750kg以下で牽引免許のいらない小型のキャンピングトレーラーとは違い、1BOXカーを大きく超える大きさの、米国エアストリーム社Flyingフライング Cloudクラウドシリーズのもので、リビングやツインベッドルーム、十分な大きさのキッチンにシャワールームまで備えた、まるで高級ホテル並みの装備を誇っている。

 それだけならば湖畔で泊まっていた時のトレーラーハウスでも良いのではないかと英太が尋ねると、あれは未舗装道路を走行することを想定して作られていないので壊れるとの返答であった。

 異世界での旅だとか野営の苦労だとかを鼻で笑う蛮行だが、香澄も英太もさすがに慣れたのか、それとも言っても無駄だと思ったのか、それ以上はツッコまない。

 アルミボディのメタリックな輝きが異世界風景にまるで溶け込む気配がないことだとか、人に見られでもすれば絶対に騒動になるであろうことはなど、一切合切スルーする。

 余計なツッコミを入れてこの快適さが無くなったらそれはそれで困るとかは考えているわけではない。多分。

 

 高級紅茶FortnumフォートナムMasonメイソンのアールグレイとシンプルなタイプのクッキーで優雅に休憩を摂った後は街道を再度走る。

「うわっと! す、すみません」

 左の前輪を大きめの石に乗り上げさせ、車体を大きく揺らしたのを英太が謝る。

「視線をもうちょっと先に置いて、肩の力を抜けば大丈夫だ。この車コイツはオートマだからそんなに難しくもないだろ?」

「は、はい。あ、ちょっと慣れてきたかも。でも、後ろにキャンパー、でしたっけ? あれを引っぱってると曲がったりバックしたりは難しいかも」

「ああ、それは少し練習が必要だけどな。とりあえず、まずは運転自体に慣れることだ。それにフォークリフトみたいにステアリングが後ろじゃない分運転はしやすいだろ?」

 

 今の会話で解るだろうが、今ハンドルを握っているのは伊織ではない。

 会話をしつつも少々緊張した顔でフロントガラス越しに前方を睨み付けているのは英太である。

 休憩後、伊織が英太と香澄に自動車の運転を覚えることを提案し、2人が了承した結果、まずは伊織と交代できるようにするために、こういった事では器用そうな英太が先に習うことになったのだ。

 

 これも伊織にオンブに抱っこの状態から早く対等なパートナーになるために必要なことだろう。実質的に伊織に大部分を頼らなければならないことは変わりないが、それでも伊織のサポートができるのとできないのでは心理的な部分がかなり違うのである。

 完全な被保護者から、せめて上司と部下くらいには立場を変えていかなければ、伊織に見捨てられても不思議ではないのだ。もちろんそんなことはしないだろうと考えられる程度には伊織を信頼できるようになってきてはいるのだが、だからといってそれに甘えるわけにはいかないし、伊織からもパートナーとしての能力を身につけるよう言われているのだ。

 

 英太は既にフォークリフトの運転を教わっている。車の運転よりも先にフォークリフトの運転をする人間というのは滅多にいないのだろうが、少し練習しただけである程度使いこなすことができている。

 拳銃と違い、車両運転に関しては適性があったらしく、少しの説明と実践で割とあっさりコツを掴んでしまうようで、このSUV車の運転もすぐにぎこちなさが消えて安定した走行をこなせるようになった。

 本人も自負しているように、運動神経がかなり良いからだろう。伊織が異空間倉庫に用意してある車両がどのくらいの種類あるかはわからないが、使用頻度の高くなりそうなものを運転できるようになれば、それだけ伊織の負担も減るはずだ。

 

 

 その後は数度の休憩を挟み、いくつかの村を遠目に見ながら街道を走る。

 どうやら村は森を切り開いた開拓村のようで、街道から少し離れた位置にあった。

 特に寄る必要もなかったし、行ったところで無意味に警戒させるだけだろう。なのでそのまま素通りする。

 普通の旅人や行商人などであれば水などの補給のために立ち寄るのであろうが、伊織達には必要ない。

 水や食料はランドクルーザーにもキャンパーにも充分に積み込んであるし、不足したとしても異空間倉庫を開けば補充できる。

 

 相変わらずののんびりとした速度のまま、といっても中世~近世然としたこの世界の常識からしたら異常なほどの距離を移動し、空が色づき始めた頃に街道から少し外れた荒れ地を野営地に選び車を停車させた。

 交代でシャワーを浴び、伊織が作った、充分に手の込んだ食事を楽しみ、ベッドで休む。

 ツインルームを英太と香澄が使い、リビングを伊織が使うことにする。

 リビングはソファーを変形させればベッドに早変わりするのだ。

 

 ここで、普通なら見張りを交代で務めなければならないのだろうが、伊織が周囲を囲うようにセンサーと警報装置、投光器を設置しているのでその必要はない。

 ランドクルーザーもキャンパーも充分に頑丈だし鍵も掛かる。その上キャンパーの屋根にはリビング横の梯子で登れるようになっているので銃器による迎撃も可能だ。そうでなくても、この異世界の常識から外れまくった設備にそうそう誰かが近づこうとはしないだろうが。

 

 結局、ラノベでお約束の盗賊に襲われるといったイベントが発生することはなく、平穏に朝を迎えた3人は朝食を済ませ、日課となっている鍛錬で汗を流した後、再び英太が運転するランドクルーザーで出発する。

「そろそろ海が見えてきそうだな。この分だと街には昼前には到着するな」

「その海沿いの街に着いたらどうするの? 早速情報収集したほうがいい?」

 あまり景色は代わり映えしていないが、どことなく風が湿り気を帯びているように感じられる。

 助手席で英太の運転をサポートしながらのんびりと言う伊織に香澄が聞く。

「街の大きさにもよるけど、とりあえず街の中を全員で見て回ろう。どんなものがどのくらいの値段で売られているか、一般市民の生活の様子だとかを確認してみて、特に気になる点とかがなければ無理に泊まらずに先に進もうか……ん?」

 言葉の途中で突然黙った伊織が、前方、街道の先に目を懲らす。

 

「どうかしたんすか?」

 運転席から英太が聞くが、伊織はそれには答えずダッシュボードから双眼鏡を取りだして覗き込み、すぐに天井の電動ルーフを開く。

「この先で幌馬車っぽいのが動物の群れに襲われてる。香澄ちゃん」

「はい! ライフルですか? それともマシンガン?」

「M16が良いな。スコープも付けて。ああ、移動する車からの狙撃は慣れが必要だから、まださせられないが見ておくといい」

 一を聞いて十を知る。

 伊織にして思わず感心するほど察しが良い香澄の行動だ。

 元々頭が良いだけでなく、洞察力が相当に高い。おそらく英太と香澄があのろくでもない王国に拉致されて無理矢理働かされていながらも10ヶ月もの間無事に生きてこられたのは英太の武力と香澄の洞察力によるものだろう。

 さらに既に伊織の要望が予測できていたのか、言葉の途中で香澄は後部に置かれていたいくつかの銃器ケースからひとつを引き寄せ、中に入っていたアメリカ製アサルトライフル、M16A4を取り出し、素早く組み立てる。

 

 M16。

 ゴルゴ13が愛用していることで一部で有名となった、アメリカ軍制式採用ライフルであり、陸軍と海軍で主力自動小銃として確固たる地位を築いていた。

 現在はその座を『M4カービン』に譲ったものの、その完成度と安定性はいまだに高く評価されている小銃だ。

 伊織は助手席のシートの上に立ち上がりルーフから上体を出すと、香澄からM16A4と弾倉マガジンを受け取りセットする。

 そしてチャージングハンドルを引いて初弾を薬室チャンバーに送り込むと、セレクターをセミオートにセットし、スコープを覗き込みながらおもむろに構えると、無造作と思えるほどあっさり引き金を引く。

 

 ズダンッ!

 力強い銃声が車内まで響いてきた。

 

 

 

 

「くっ、このっ! むこういけ!!」

 男が荷車を襲ってきた犬に似た獣、岩オオカミに向かって槍を振り回す。

 しかし、岩オオカミはまるで間合いを見切っているかのようにギリギリ槍の届かない範囲に素早く身を翻すと、すぐに今度は別の岩オオカミが襲いかかってくる。

「旦那ぁ! このままじゃヤバイです! 荷車を捨てて逃げましょう!」

 荷車の御者台の反対側で別の男が同じように槍を岩オオカミのほうに突き出しながら叫ぶ。

 使用人であるその男の言葉は至極もっともなもので、旦那と呼ばれた男にも異論はない。

 そうしたいのはやまやまだ。確かに荷は惜しいが死んでしまってはなんにもならない。生きてさえいれば損失を取り戻すことだってできるだろう。別にこの荷車が全財産というわけでもない。

 

 だが、逃げようにも周囲を岩オオカミの群に囲まれてしまっており、どう考えても逃げる隙が見つけられない。

「くそっ! なんだってこんな所にこんな大きな群がいるんだ!」

 別の角度から襲いかかってきた岩オオカミに槍を振り下ろしながら恨み言を吐く。

 確かにこの街道沿いで岩オオカミに遭遇することはこれまでにも何度もあった。

 岩オオカミはその名の通り、岩場や荒れ地に生息する肉食の獣だ。通常は5~8頭ほどで群を作り狩りをする。

 大きさはハスキー犬ほどで、大型とはいえ警戒心も強いので大きな荷車や人間を襲ったりすることは多くない。それに襲われたとしても反撃の兆候を人間が見せるとそれ以上攻撃しようとはしない。それほど危険とはいえない獣なのだ。

 

 だが、今男達に襲いかかってきている群は、明らかに20頭以上いる。

 それに、余程頭の良いボスに率いられているのか、実に狡猾で執拗な攻撃を繰り返してきている。

 荷車を引いていたドゥルゥは2頭とも真っ先に襲われて既に骸と化している。

 御者の男も何度も通っている街道だ。岩オオカミの姿を確認するや、すぐさまドゥルゥの足を速めさせたのだが、岩オオカミたちはまるで荷車を止めることが目的だったかのように連携した動きで荷車の前に出ると行く手を阻み、的確にドゥルゥを仕留めたのだ。

 その上、幾度槍を振るおうが一頭たりとも仕留めることができず、まわりを幾重にも取り囲まれているという状況だ。

 遠からず自分も御者の男も岩オオカミの胃袋に収まることになるだろうと、半ば以上覚悟せざるを得なかった。

 

「うわっ! は、離せ! わぁっ!!」

「ゴードン!」

 悲鳴混じりの叫び声に男が振り向くと、槍の柄を岩オオカミが咥え、御者の男を荷車から引きづり降ろしていた。

 思わず御者の名を叫ぶ。

 地面に倒れたゴードンに一頭の岩オオカミが飛びかかる。

 ゴードンは咄嗟に顔の前で腕を交差して防御しようとするが、オオカミは構わず噛みつこうと口を大きく開ける。

 次の瞬間、その岩オオカミの頭、左半分が吹き飛んだ。

「え?!」

「な?!」

 なにが起こったのか理解できず、旦那と呼ばれた男とゴードンの動きが止まる。

 それをチャンスと思ったのか、そこに襲いかかろうとした岩オオカミ2頭の頭も再び爆発したかのように弾けた。

 

「い、いったい何が」

 見ると、岩オオカミたちは荷車の後方の街道に一斉に頭を向けている。

 釣られるように男もそちらに視線を向けた。

「ゴ、ゴードン、な、なんだろう、あれは」

「旦那? 何を?」

 地面に倒れたまま、いまだに目を白黒させていたゴードンに男が指で方角を示す。

「私の目がおかしくなったのか? ドゥルゥもビーゼルも引いていない荷車が凄い速さでこちらに向かってきているように見えるのだが」

「だ、旦那ぁ、ひょっとしたら、儂等、もう死んでるのかもしれんです」

 

 ウォン!

 岩オオカミのボスが強く一声鳴くと、他の岩オオカミたちが唸り声を上げながら臨戦態勢を取る。

 異常なほどの統率力だ。野生の獣らしくない知恵とリーダーとしての資質を兼ね備えているのだろう。

 大物感を醸し出しつつ他の岩オオカミより一回り近く大きな身体で新たな敵を見据える。

 と、ボスの後頭部から何かが噴き出し、そのまま倒れた。

 数度、全身を痙攣させ、そのまま動かなくなる。

 目の前で自分達のボスが為す術無く倒れるのを見た岩オオカミたちは、躊躇することなく蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出した。

 どうやら人望(狼望?)はなかったらしい。

 

「た、助かった、のか?」

 とりあえず岩オオカミの群はいなくなった。

 当面の命の危機は無くなったということになるのだが、だからといって安心するのはまだ早い。

 逃げ去った岩オオカミを呆然と眺めていた男は、数瞬後我に返ると、地面に尻餅をついたままだったゴードンに手を差し出して立ち上がらせる。

 次いで街道に目を向けると、あの、ドゥルゥなどの動物が引いているわけでもないのに走ってくる箱のような形の“ナニか”がいよいよ近くまで来ていた。

 

「旦那ぁ、ありゃぁいったいなんですか?」

「さて、な。とりあえず、私達を助けてくれたようだし、人が乗っているようだ。悪人でないことを祈るしかないな」

 何が起こったのか、どうやって岩オオカミを殺したのか、人が乗っているらしき“アレ”がなんなのか、何一つわからない。

 だが、状況から考えて自分達を助けてくれたのは間違いないだろう。それに箱形の上部からは子供の背丈ほどの細長い物を抱えた人の上半身が見える。

 とすれば、アレは何か特殊な乗り物なのかもしれない。

 殺すつもりならば最初から助けたりはしないだろうし、相手の目的はどうであれ、様子を見るしかない。

 

 

 

「おーい、無事かぁ?」

 ランドクルーザーのルーフからM16を肩に担いで伊織がのんびりと声を掛ける。

 掛けられた方はといえば、すぐ目の前に停まったRV車の姿に完全にフリーズしている。自動車など見たことのない異世界人の目には、いったいどういう風に映っているのだろうか。

「伊織さん、あの人たち固まってますってば。とにかく降りた方が良くないっすか?」

「そりゃそうか。よっと!」

 英太の指摘に肩を竦めると、伊織はルーフの縁に片手を掛けると、腕1本の力で下半身を車内から引っ張り上げて飛び降りる。

 

 すぐに左手に日本刀を掴んだ英太とFN57ファイブセブンを構えた香澄も車を降りた。

 こちらに驚いている男達もそうだろうが、英太達にしても相手は見知らぬ人間だ。警戒を怠るわけにはいかない。

 伊織から少し離れた位置で立ち止まり、日本刀の鯉口を切っていつでも抜けるように柄に手を添える英太のすぐ後ろに香澄。

 若者2人がきちんと警戒感を持って行動しているのに、年長者である伊織は相変わらずのんびりとした仕草で荷車のまわりを確認している。

「ん~、馬車、いや馬じゃないな、荷車を引いてた、ダチョウ? は死んじゃってるか。けど、人間の怪我人も死人もなさそうだが」

 

「あ、あの、あなた方はいったい……」

 ようやく我に返った男が戸惑いを露わに尋ねる。

 伊織にとって、王国以外で出会う初めての人間との邂逅だった。 

 

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