第10話 鍛錬と適性

 王都を脱出して2日目の朝である。

 英太が目を覚ますと、既にカーテンの隙間から日が差し込んでいた。

 一瞬寝過ごしたかと思って慌てて身体を起こし、周囲の景色に違和感を感じ、ここが王国の王城や砦ではないことを思い出す。

 そもそもたった今まで身体を横たえていたベッドの感触自体天国と地獄ほどの差がある。これほど柔らかなベッドで眠るのはいつ以来だったかすぐには思い出せないほどだ。

 

 朝食はトレーラーハウスに備え付けられている時計で7時だと言われているが、まだ6時前である。

 あまり自覚はなかったがそれなりに疲れていたのだろう。昨夜は部屋に戻ってもDVDやゲームに手を出す気になれず、少し横になるだけのつもりが朝までグッスリと眠り込んでしまったようだ。

 普段なら日の出と共に起き出しているはずだが少しばかり遅くなった。それだけ気が抜けてしまったのだろう。

 

 とりあえず顔を洗って頭をシャッキリとさせる。

 昨夜の話では、まず英太と香澄の嵩上げされた魔力を定着させて魔力の器を広がった状態で固定させる魔法を掛けることになっている。

 それ以外に関してはとりあえず心身の疲れをしっかりと癒し、その後に戦闘力や魔法技能を向上させる訓練をするというところまでは決まった。

 とはいえ、こちらの世界に来てから毎日早朝から鍛錬は怠ることがなかったし、日本にいたときでも毎日部活の朝練に参加していたから身体を動かさないとどうにも調子が出ない。

 パジャマ代わりのスエットから、昨日コンテナから選び出したシンプルなトレーニングウェアに着替え、真新しいスニーカーを履いて外に出る。

 

 伊織達がとりあえずの拠点と定めた湖畔のこの場所は目測でおよそ100メートル四方ほど。

 整備されていない河川敷のように草が生い茂っていたものの樹木はほとんどなく、茂っていた草も昨日のうちに伊織によって大型(人が乗って動かすタイプ)の草刈り機で刈り取られ、広場のようになっている。

 その向こう側は深い森となっているが、森から10数メートル空けてフェンスがぐるりと囲み、湖側から見て左側にトレーラーハウスが3棟並んでいる。

 そして、右側には充分に訓練ができそうなスペースが確保されていた。

 

 そこで英太の目に飛び込んできたのは、広場の中央付近で奇妙な型を繰り広げながら鍛錬している伊織の姿だ。

 どこかで見たような動き。中国拳法と思われるそれは、緩急をつけた鋭い体捌きで目を引きつけられる。

「ん? おう、起きたか」

「お、おはようございます。えっと、それってもしかして“酔拳”ってやつですか? 伊織さん、拳法使いだったんすね」

「お? 英太も見たのか? ジャッ○ーチェン。面白くて真似してたらすっかり覚えちゃってなぁ」

「真似してただけっすか……」

 感心してたのが馬鹿みたいである。

 

 とはいえ、伊織の動きが鋭かったのは確かだし、ラフなTシャツ姿から察せられる体格は鍛え抜かれたものだ。

 半袖から伸びる腕はしなやかな筋肉が浮き上がり、複雑な文様のタトゥーが刻まれている。まるで映画に出てくる武闘派ギャングのリーダーっぽい。

「タトゥー入れてるんすか?」

「ああ。といっても別に格好つけで刻んでるわけじゃないぞ。魔法を行使する補助として師匠に入れられたものだ。地球でもシャーマンとか呪術師なんかが入れてるのがあるだろ?

 問題はスーパー銭湯とかに行けないんだよなぁ。温泉地とかなら大丈夫なところも増えてきたんだけど。

 っと、英太も身体動かしに来たんだろ?」

 

「あ、はい。でも剣がないんで基礎的な鍛錬しかできないんすけどね」

 王国で支給されていた剣は大量生産品の安物で別に未練はないし、脱出劇を繰り広げたときに持っていた儀礼用の剣は騎士達に向けて投げつけているので手元に残っていない。

 いずれはどこかで調達しなきゃならないが、とりあえず時間のあるときに適当な木の棒でも拾ってこようと思っている。

 

「剣ってのも悪いわけじゃないが、格闘術やナイフ術も鍛えた方が良いぞ? 応用が利くからな。……よし、んじゃ俺が相手になるから素手の組み手でもするか?」

「いいんですか? お願いします!」

 素手の格闘術を鍛えたいのは英太も同じだし、剣が無い以上筋トレくらいしかできないと思っていたので思わぬ申し出を断る理由はない。

 それに伊織の実力もしっかりと測っておきたい。

 騎士との訓練で相当な実力を持っていることは分かっているが、あまり真面目に戦っていなかったのでその力量は未知数なのだ。

 

 伊織から2メートルほど離れて対峙する。

 英太は両手をやや上げたムエタイの様な構え、伊織は棒立ちにも見えるゆったりとした普通の立ち姿だ。

(組んだらヤバそうだし、最初は離れて様子見しないと)

 そう考えた英太がフェイントを織り交ぜながら軽くパンチを放つ。

 瞬間、英太の視界がグルッと回り、地面に背中から落とされた。

「ぐぇ!」

 何とか受け身はとったもののダメージはゼロではない。すぐに起き上がろうとしたが足元がおぼつかず膝立ちになった英太の顔面に伊織の拳が寸止めされた。

 

「こちらの出方を様子見したのは悪くないが攻撃が中途半端だな。ポイントを稼ぐスポーツ格闘技ならともかく、命のやり取りになる実戦じゃもっと思い切って踏み込まないと逆に危ないぞ」

 牽制代わりのジャブを放った瞬間、伊織が横からそれを払い、そのまま腕を掴んで引き込んだ。抵抗しようと腕を引いた英太の動きに合わせて踏み込んだ伊織に小手返しの要領で投げ飛ばされたのである。

 そのことは何とか理解出来たものの、まったく動きについていけなかったことに内心ショックを受ける。

 自分ではそれなりに戦闘力に自信があったので、手の内が分からない相手であってももうちょっと勝負になると思っていたのだ。

 

「も、もう一回お願いします!」

 ショックはあれど、その程度で挫けるくらいなら今まで香澄を守りながら生き残ってこられていない。

「良いねぇ、若いってのは。朝飯は簡単に済ませるつもりだからまだ時間がある。気の済むまで付き合ってやるよ」

 そう言ってニヤリと笑うと、今度は伊織から仕掛ける。

 打撃と見まごうほどに鋭く右手を突き出して英太の襟を取ろうとする。

 それを英太が右手の甲で外側に弾き左ストレートで顔面を狙うが、伊織はヘッドスリップ(頭を横にスライドさせて攻撃を躱すディフェンステクニック)でそれをかわすと同時に左フックを放つ。

 それを予測していた英太がスウェー(上体を反らして)で躱そうとした瞬間、伊織に左足で両足を刈られて宙に浮き、そのまま腕を取られて肩を極められてしまった。

 

「い、痛たたたたぁ! ぎ、ギブ! 伊織さんギブっす!」

 情けない声を上げて伊織の足をタップする英太。完敗である。

「反応速度は悪くない。けど攻撃が素直すぎるな。それと相手の動きに合わせようとするんじゃなく、相手を自分の思うように誘導するような動きを心掛けた方が良い」

 英太を解放して問題点を指摘する伊織。まんま指導者の雰囲気である。

 片や英太は肩で息をしながら項垂れている。

 

 なにしろ2連続で触ることすらさせてもらえず転がされたのである。しかも伊織は明らかに手加減をしている。

 なにより、2度目は身体強化を使って反射神経や運動能力を高めたにも関わらず伊織の動きに合わせるのが精一杯だったのだ。

 英太が見たところ、伊織は一切の魔法や身体強化を使っていない。事実そのスピードは速いとは言えないのだが、動きに無駄が無く、一つの動きがすぐ次の動きに繋がっているので速度差を補うどころか逆に英太が後手に回るしかなかった。

 完全に地力に隔絶した差があるとしか思えない。

 が、部活でも騎士との鍛錬でも最初はまったく先達に刃が立たなかったのだ。折角なのでできるだけ吸収してやろうと前向きに考えることにする。

 

 …………

 

「おし。そんじゃそろそろメシの準備でもするぞ」

「ゼェ、ゼェ……う、ういっす……ゼェ……で、でも……ちょっと休憩……」

 それからも伊織と英太の組み手は続き、英太が精根尽き果てて起き上がれなくなったところでお開きになった。

 カラカラと笑いながら英太を残して伊織はトレーラーハウスに戻っていった。

 入れ替わりで英太に近寄って来たのは香澄だ。

 

「おはよう。随分とやられてたわね。大丈夫?」

「ハァ、ハァ、だ、大丈夫。身体は、だけど。メンタルは折れそう」

「英太だって王国でトップクラスの実力だったのに、そんなに強いの? 伊織さん」

「はぁ~~……っ。強いよ。身体強化も使ってないからスピードもパワーもごく普通なのに、攻めても必ず後手に回ってしまう。予知能力でもあるのかって思うくらい。まぁ、そんなんじゃないってのはわかってるけどさ」

 改めて伊織の底知れなさに脱帽するしかない英太と香澄だった。

 

 ほどなくして朝食の準備を終えた伊織に呼ばれ、比較的軽い食事を終え、再度、揃って広場に集まる、かと思ったらそのままリビングのソファーに座るように言われて戸惑う2人。

「えっと、魔力の定着? それをするんですよね。ここで大丈夫なんですか?」

「ああ、昨日も言ったけどそれほど大がかりな魔法じゃないからな。ただ、幽体に直接影響を与えるから、人によっては強い脱力感があったり目眩を起こしたりすることもある。だからゆったりと座れる場所の方が良い」

 香澄の疑問にそう答えると、伊織は2人にこれからおこなう術式の説明を始める。

 

「これから、増やされている魔力の定着をさせるわけだが、まず前提として、人間の肉体には魔力を生み出したり貯めておいたりする器官なんてものは存在していない。人間に限らないがな。

 魔力を保持しているのは肉体ではなく“幽体”のほうだ。というか、幽体自体が魔力でできている。

 オーラが強いとか弱いとかってスピリチュアルな話の中で聞いたことあるだろ? あれは個々人で魔力の器に差があってそれを感じられる人が言ってるんだよ。オーラが強い人ってのは多く魔力を持ってる。弱い人は少ないってな。

 

 昨日もちょっとだけ触れたが、幽体ってのは肉体と霊体に同時に溶け込んでそれぞれを結びつける働きを持っている。その他にも色々と役割はあるんだが、今回には関係がないから説明は省く。時間が掛かるし面倒くさい。

 今回関係するのは幽体が魔力で構成されていて、同時に魔力の器そのものであるって部分だ。

 魔力は体力と同じように消費するほどに減っていき、休んだり外部からエネルギーを補給したりすれば器の分だけ回復する。

 だから補給をせずに消費し続ければだんだん減っていき、最終的には幽体自体が消滅する。魔力で構成されているんだから当然だな。んで、肉体と霊体を結びつける幽体が無くなれば、結びつきを失った霊体は肉体から離れ、死亡する。

 ただ、まぁ、肉体が極限まで消耗しても脳や心臓が動き続けるように、限界まで魔力を消費しても幽体を維持するだけの量は残されるし、自分の意思で使い切ることなんてできないけどな。

 

 んでだ、2人の今の状態は普通よりも高密度の魔力が限界まで引き延ばされた幽体に無理矢理押し込められているって感じなんだが、これを魔力の総量はそのままに密度を通常のレベルまで下げて、その分だけ幽体の容積を広げる。

 容積が大きくなれば、そこから減った魔力分は幽体が肉体が生み出したエネルギーを原料に補充するから、魔力の減少に歯止めを掛けることができる。

 といっても、魔力量は筋力と同じで使わないとだんだん容量が減っていくから維持するにはそれなりの努力は必要だけどな。ただ、今の状態だと努力云々とは関係なく減っていくからできることはやっておいた方が良い。

 とりあえず説明はこんなところだが、何か質問はあるか?」

 香澄は少し考えてから首を振り、英太は頭から湯気が出そうな顔をしながら同じく首を振った。

 

「うし。んじゃ具体的な方法だが、まず2人の胸元よりもちょっと上、鎖骨のすぐ下、喉と胸の中間くらいだな。空手で言う“秘中”って急所なんだが、そこに直径10センチくらいの魔法陣を特殊な顔料で描く。

 それからそのソファーで、できるだけ力を抜いてもらって、俺が魔法を掛けるだけだ。少し目眩がしたりするかもしれないがしばらくそのままにしていればすぐに回復するはずだ。

 後は幽体の容積が魔力量に見合うだけに調整されれば描いた魔法陣も自然に消える。消えるまでの間はほとんど魔力を外に出すことができないから魔法は使えない。身体強化なんかの自己強化系もだ」

 魔法を掛けた後は完了するまで魔法陣は消えないらしい。だからお風呂に入っても大丈夫だそうだ。

 

 伊織がどこからか小瓶に入った顔料と細い絵筆を持ってくる間に、まずは英太がTシャツを脱ぎ捨てて上半身裸になる。

 香澄は胸元を押さえながら襟を開いて指定された場所を露わにした。

「そんなに警戒されるとオジサン悲しいんだけどなぁ。俺は未成年の女の子に興味ないし、もうちょっと胸が大きいほうが好みだ」

「小さくて悪かったですね! それにセクハラです!」

「か、香澄の胸は小さくなんか、痛ぇっ!」

 ちなみに香澄の胸は英太の言葉通り小さくはない。目測でCカップくらいだろうか、17歳という年齢を考えれば将来に充分期待が持てそうである。

 

 伊織は「冗談冗談」などと言いながらカラカラと笑う。

 その軽い調子に英太と香澄の2人の肩から力が抜ける。これを狙っていた、ようには見えないが、ともあれ適度に緊張がほぐれた頃、いよいよ儀式を始める。

 先に英太の秘中に青黒い顔料で複雑な魔法陣が描かれる。

 横から香澄が興味深そうに覗き込んでいるので、上半身裸の英太の顔はちょっと赤い。幸い息は乱れていないので危ない人にはなっていないが。

 一方、伊織の手際は随分と慣れた作業のように見え、筆運びも淀みない。

 

 わずかな時間で英太の魔法陣を書き終え、続いた香澄のものも手早く済ませた。

 それが終わると3人掛けのソファーに2人を座らせ、楽な姿勢で背もたれにもたれ掛かるように指示する。

 そして、伊織自身はソファーの正面に立つと2人に手を翳し、呪文の詠唱を始めた。

 聞いたことのない言語、2人からは意味不明な呪文を歌うように朗々と唱えると、次第に2人に描かれた魔法陣が熱をもつ。

 やがて熱さを感じるほどになった頃、詠唱を終えた。

 

「終わったぞ。どこか具合の悪いところあるか?」

「え? あ、えっと、ちょっと視界がグラグラして、あ、戻った。よっと、大丈夫みたいっす」

「私も大丈夫そうですけど、何か、胸の奥で熱いものがぐるぐる回ってる見たいな感じがします。それと、本当に蓋をされてるみたいに魔力が出せないです」

「無理すると頭痛くなったりするから魔法を使おうとしないようにな。んじゃ、このままここでちょっと休憩しててくれ。俺は周辺の探索してくるから。

 昼前には戻るから、喉渇いたら冷蔵庫から適当に飲み物出して良いぞ」

 伊織がそう言って英太と香澄を残したまま外に出て行った。

 その直後ヘリのローター音が響いてきたので空から探索してくるつもりなのだろう。

 

「えっと、どうする?」

「う~ん、伊織さんもここで休んでるように言ってたし、かといってやること無いのもヒマだし。折角だから映画でも見る?」

「そうね、何があるのかなぁ、あ!『翔んで○玉』がある! これにしよ」

「え、俺の意見は?……」

 

 

 

 

 英太と香澄が映画1本と海外ドラマのDVD2話分を見終わった頃、トレーラーハウスに備え付けられている時計で12時少し前に宣言通り伊織が戻ってきた。

 昼食を作りながら伊織が語ったところによると、拠点にしているこの場所の周囲50kmの範囲には人の住んでいる集落は見あたらなかったらしい。

 一番近い街道と思われる道も80km近く離れている上に、この周囲は幾本も流れの速い川があり、高低差で崖になっているところも多い。ほとんど陸の孤島といった様相だったようだ。

 危険な動物に関してはさすがに空からでは確認のしようがないが、とりあえずの拠点としてはなかなか良いチョイスだったようだ。

 

 昼食の親子丼が出来上がり、ダイニングに場所を移して食事をしながらさらに話を続ける。

 どのみち魔法容量変更の処置が終わるまでは移動しない方が良いのだが、伊織の提案としては、それに加えてある程度の戦闘訓練と技能向上を進めてから日本に帰るための取り組みを始めたいということだった。

 英太と香澄にしても、昨夜の話で、日本に帰るのが割と遅くなりそうなのは聞いているし、伊織から指摘された帰ってからの事を踏まえて『日本に帰る』のかそれとも『この世界に残る』のかの結論を出していない。

 今の気持ちは間違いなく日本に帰る意思の方が強いのだが、それは召喚された王国でろくな思いをしていないというのが大きい。もちろん仮に何不自由ない生活が得られていたとしても日本には家族も友人もいるのだから帰りたいとは思っただろうが。

 

 だが、伊織の指摘で心に引っかかりを覚えたのは確かだ。こちらの世界での時間経過を無視してしまえるのなら、焦って帰るよりもじっくりと考えをまとめたいという気持ちがあるのだ。

 それに、不謹慎かもしれないとは思いながらも、この地球とは異なる世界を見て回りたいという冒険心も捨てがたい。

 間違いなくそうそうできる経験ではないのだから、そう思ってしまうのも無理はないだろう。さらに、この中世~近世程度の文化水準の世界であっても伊織と一緒ならばかなり快適な移動と生活ができるだろうという期待もある。

 そして、であるならば、リスクを低めるためにも能力の向上は欠かせない。

 結局英太も香澄も、伊織の提案通り、焦らずゆっくりと準備を整えてから移動を始めるということでまとまった。

 

 そして、食事後のすこしの休憩を経て、早速訓練を行うことになった。

 昨日伊織が異空間倉庫から出したもう一方のコンテナから必要なものを出して設置する。

 さらに、浄化槽を埋設するために穴を掘ったときの土を砂袋に詰めて大量の土嚢を作り、それを広場の隅、トレーラーハウスとは反対の位置に積み上げる。

 準備ができると、設置した会議用の長テーブルの上に訓練の対象になる武器。すなわち様々な種類の銃器が並べられる。

 そして訓練する英太と香澄、指導する伊織はアラミド繊維でコーティングされた上下の服と防弾ジャケット、イヤープロテクター付きの防弾ヘルメットにゴーグルを装着済みだ。

 

 並べられているのは拳銃が5種類、サブマシンガンが2種類、自動小銃3種類、ライフル2種類、ショットガン2種類である。

 ……どこの武器商人だ?

「すっげぇ……」

「落ち着いて見るとちょっと恐いわね」

 香澄は恐る恐るといった感じだが、英太の方はまるで山積みになった玩具を前にした子供のように目を輝かせている。

 男の子だもの、しょうがない。

 

「んじゃ、英太が待ちきれないみたいだし、早速始めっか。

 本来なら小銃あたりが最初は良いんだろうが、まぁ、君らなら手首痛めたりもしないだろうから拳銃からいってみよう」

 そう言って伊織が2人に渡したのが王宮から脱出するときにも使用したファブリックナショナル社製ファイブセブンだ。弾倉マガジンは外されているので暴発の心配はない。

 既に一度説明してあるし、実際に王宮でも使用しているのだが念のために最初から説明し直す。

 マガジンをセットしてスライドを引き、弾薬を薬室チャンバーに送り込んだところで撃つときの姿勢を教える。もちろん安全装置セーフティーは掛けたままだ。

 

 2人の構えをチェックし終わるといよいよセーフティーを外して試射する。

 ズバンッ!

 ズバンッ!

 ほとんど同時に撃つ。

 どちらも構えにブレはないし、撃った後も綺麗な姿勢を保ったままだ。

「おお~、香澄ちゃんはど真ん中命中だ。20メートルの距離で大したもんだ。

 んで、英太は……どこ撃った?」

 

 香澄の撃った弾丸は用意された的、よく映画などで見かける人の上半身シルエットを模したものの頭部のど真ん中を打ち抜いている。

 王宮でも100メートル近く離れた騎士を打ち抜いていたし、射撃のセンスはかなり高そうだ。

 対して英太の撃った弾は的の上方を大きく外れ、森の奥まで飛んで行ってしまった。

 拳銃の弾丸であっても命中や威力を考えなければ3km程は飛ぶ。途中で罪のない小動物が犠牲にならないことを祈るばかりである。

 

「香澄ちゃんは問題なさそうだから、とりあえずスムーズに狙いをつけて撃てるように練習してみよう。

 英太は、支える筋力が弱いってわけがないから、逆に力が入りすぎてるのかもしれない。もう少し力を抜いてみな」

「はい」

「は、はいっす」

 ズバンッ!

 ズバンッ!

「……とにかく何度か撃ってみよう」


 ズバンッ!

 ズバンッ!

「…………」

 ズバンッ!

 ズバンッ!

「……えっと、銃を代えてみるか。アメリカスミスアンドウェッソン社製のミリタリーポリスって拳銃だ。小型で扱いやすく命中率も高い。こっちで撃ってみてくれ」


「わかりました」

「は、はい、頑張ります」

 バンッ!

 バンッ!

「……もう一回」

 バンッ!

 バンッ!

「…………」

 バンッ!

 バンッ!

 

「よし! 香澄ちゃんはどっちが撃ちやすかった?」

「え? えっと、最初のが反動も少なかったし、狙いもつけやすかったですね」

「んじゃ、まず香澄ちゃんのメインの拳銃に関してはファイブセブンで良いな。後でもうちょっと携帯性の高い小口径の小型拳銃も試してみようか」

「ちょ、伊織さん、見捨てないで下さいよぉ!」

 英太が泣きそうな顔で抗議する。

「いや、そんなこと言ってもなぁ、射撃場よりも距離があるからど真ん中に当てろなんて要求はしないけど、いくらなんでも外しすぎじゃね? 的から2メートル以上離れてんじゃん」

 

「どこが悪いんすか? 直しますから教えて下さいよぉ」

「う~ん、構えと撃ち方自体に問題なさそうだけどな。撃った瞬間に銃口がぶれてるっぽいなぁ。引き金を引く瞬間に無駄な力が入ってるのか、いっそ銃身が重いやつを試してみるか」

「お、お願いします!」

 ロマンを求める若人わこうどの熱意というか、情けない英太の顔に負けた伊織が今度は一回り以上大きなオートマチックを手に取る。

 今やマンガやアニメ、ゲームで大人気の大型拳銃、イスラエルのIMI社製のデザートイーグルという名の銃である。

 ハンドキャノンというあだ名で呼ばれることも多い、市販の拳銃用弾薬としては最強の威力を誇る.50AE弾を使用できる拳銃である。最早威力的に対人用よりも対車両用といっても良いような代物だ。

 

 大型なので片手でセーフティを解除しづらいのを除けば他のものと同じなので特に追加で説明する必要もない。

 ドギャンッ!!

「…………」

 ドギャンッ!!

「…………」

 ドギャンッ!!

 ギンッ! ガンッ!

「ストーップ!! うん、英太、お前、向いてないわ。別のものを考えよう」

「ちょ、もうちょっとだけ!」

「どこ飛んでくかわかんない銃弾なんぞ危なくて使えるか! さっきも跳弾でとんでもない方飛んでったじゃねぇか!」

 

「そんなこと言わないでもうちょっとだけ練習させてください! お願いします!」

「あーうるせー!」

 ……どんなことにも適性というものはあるのである。

 

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