第6話 王都脱出と最後っ屁
閃光手榴弾。
音響閃光弾、スタングレネード、フラッシュバンなどとも呼ばれ、マグネシウムを主とする炸薬が爆発的に燃焼することによって最大180デシベルの轟音と100万カンデラの閃光を放つ。
無防備に至近距離で巻き込まれると一時的な視力の失調、耳鳴り、難聴、平衡感覚異常や精神障害を引き起こす、暴徒鎮圧などに用いられる非殺傷系の手榴弾であり、アルミニウムのケースも一緒に燃え尽きてしまうので破片などもほとんど残らず実に環境に優しい(?)対人兵器である。
広いとはいえ所詮は屋内の謁見の間である。
奥行きは30メートル、幅は50メートルと学校の体育館程度の面積の、ほぼ中央近く、しかも貴族や騎士達が全員伊織達に注目していたからたまらない。
ひとり残らず閃光手榴弾の光に目を灼かれ、音で聴力を失ってしまった。
本来ならばこれほどの爆音が轟けば王城に詰める騎士が大挙して駆けつけるだろうが、生憎とかなりの騎士達が謁見の間に集まっていたためにすぐに駆けつけられる位置には騎士がいないのである。
とはいえ、さすがに馬鹿正直に謁見の間を出て行けばすぐに警備の騎士に囲まれてしまうだろう。
なので、悶え苦しむ面々を横目に伊織達が向かった先は謁見の間へ出入りする扉ではなく、玉座のある段の横にあるバルコニーに繋がる扉である。
謁見の間と繋がったバルコニーは王城にある練兵場を見下ろす位置にせり出している。
騎士や兵に演説をしたり、出陣式の儀式の際に王族が観覧するための場所である。
練兵場からの高さは凡そ15メートル、縁までは200メートルほど、バルコニー自体の幅は10メートルもない。
伊織はそこに出ると、バルコニーの端から何かを引っ張り出す。
先端にリング状の金具が付いた直径5ミリほどのワイヤーで、その先は城壁に沿って下に垂れているようだ。
伊織はバッグから20センチ四方くらいの器械を取りだし、それをバルコニーの手すりに引っかけ、ワイヤーの先端を繋ぐ。
そしてスイッチを入れると猛烈な勢いでワイヤーが巻き取られていく。
閃光手榴弾の効果時間は一瞬、人体に与えた影響も大体数10秒~数分程度で回復する。
まさか逃げ場のないバルコニーに伊織達がいるとは考えないだろうが、いずれは正気を取り戻した騎士達によって捜索が開始されるはずである。
なので英太と香澄の顔は緊張感で強張っているが、伊織は表情そのものは常になく真剣なものの、どこか余裕のようなものを感じさせていた。
無精髭でちょっと小洒落たアラサー男。いつもこうならばそれなりにモテそうではある。
1分と掛からずワイヤーの巻き取りが終わると、今度はバルコニーにワイヤーを金具で固定し、巻き取りの器械を取り外してバッグにしまい、さらに中からつり革の先端に滑車が付いたような形の器具を3つ取りだし2つを英太と香澄に渡した。
まるで慣れた作業のように流れるような動きである。
「よし! んじゃ先に行くからすぐに続いてくれ」
「ええ!」
「は、はい!」
伊織が2人に声を掛け、返事を聞くと手にした器具の滑車をワイヤーに引っかける。そしてバルコニーから飛び降りるように身を投げ出すと、そのまま片手でぶら下がりながらワイヤーを滑っていった。
まんまフィールドアスレチック施設にあるターザンロープ、アレである。
といっても遊具としての物と異なり、ワイヤーの太さはわずか5ミリ程度、それに通常ならワイヤーから滑車が外れたりしないようにワイヤーを挟み込むように滑車を取り付けてあるがこちらは片側がフリーになっていて外れたら真っ逆さまである。
しかも角度もあるので結構なスピードで滑り降りていってしまった。
ゴキュリ。
滑っていった伊織とバルコニーの下を見て英太が思わず唾を飲み込む。
15メートルといえば人間が一番恐怖を感じる高さである。
もちろん、ファンタジー物の主人公よろしく英太も存分に鍛え、身体能力も耐久性も相当高い。だからおそらく転落したところでそれほど大きな怪我を負うことはないだろう。
しかしそれと精神はまた別の問題なのだ。
ぶっちゃけ恐いものは恐い。
『外、拝覧台(バルコニー)だ!』
「英太! 見つかったわ急いで!!」
謁見の間で悶えていた騎士達が正気を取り戻し、逃げ出した英太達を捜索しており、とうとうバルコニーの気配に気がついたらしい。
だが、伊織のぶっ放した拳銃の威力か、いきなり突入してくることはなさそうだ。
「わ、わかった! 香澄も…」
「いいから早く行って! 私も行くから!!」
今度は恐さよりも香澄を案じた言葉だったのに、冷たく突き放されて軽く凹む英太。
もちろん落ち込んでいる時間などあるわけもなく、ようやく器具をワイヤーに引っかけてからバルコニーの外側にぶら下がり、縁を軽く蹴る。
「うわわわわぁぁ!」
滑り降りる英太の
扉の向こう側で人の気配が整列するのを感じた直後、扉が開かれる。
ほぼ同時に香澄は拳銃を口に咥え、空いた手で事前に伊織から渡されていた閃光手榴弾のピンを引き抜きつつ投げつけ、身をバルコニーの外に投げ出した。
片手で器具にぶら下がりながら滑り降りる香澄の数メートル上空を騎士から放たれたと思われる矢が幾本もすっ飛んでいく。
直後に背後から響く爆音と熱すら感じさせる光。ついでに再び光と音の凶宴に巻き込まれた騎士達の悲鳴を置き去りにかなりのスピードで香澄がワイヤーを滑り降りていった。
時間にすれば精々4、5秒だろう。
ズザザザ、と地面を足で擦りながら練兵場の中央付近に降り立つ香澄。
そこでは伊織が青い宝石のような石が嵌った円盤状の物をいくつか地面に並べている。
その位置は規則性があるらしく、地面に小さく塗料のようなもので印が付けられており、その上に置いているようだ。
先に降りていた英太は、伊織に渡されたのだろう黒光りするMP7を構えていた。
練兵場に伊織達以外の人の姿はないが、すぐに警備の騎士なり兵なりが集まってくるだろう。
早くもバルコニーからは閃光手榴弾から回復した騎士達から雨の様に矢が打ち込まれている。もっとも、バルコニーから3人がいる練兵場の中央付近までは100m程も離れているので兵士が屋内で使用する短弓では大半は届かないし、かろうじて届いた矢も簡単に避けられるようなヘロヘロなものばかりなので大して脅威ではない。
だが、この練兵場の出入口は一カ所のみ。謂わば袋小路といえる場所だ。
警備兵が大挙して押し寄せれば逃げ場はない。
普通ならばこれほど派手な真似をして、しかも充分に準備を整えたと思えるほどの手際で逃げ込むような場所ではない。
しかし、程なくしてその理由が明らかになった。
「おし! 準備できたぞ。開くから下がれ!」
何を? などと聞くこともなく、英太と香澄が伊織の置いていた石付き円盤の外側に退避する。
「んじゃいくぞ! 扉を開く呪文といえばやっぱりこれだろ! Open Sesame!!」
「アリババかよっ!」
「い、色々酷いわね……」
これまでのシリアスは何所に行ったのか、ツッコミ所満載の呪文を伊織が唱える。
が、その直後に起こった効果は常識を覆らすほどのものだった。
伊織が高らかにふざけた呪文(?)を唱えた瞬間、石付き円盤から膨大な魔力が溢れ出す。
濃密な魔力が光すら生み出し、それがそれぞれの円盤を結ぶと直径20メートルにもなる魔法陣が現れ、まずはその中心の空間が蜃気楼のように揺らぐ。
次いでその揺らぎは魔法陣一杯にまで広がり、やがて揺らぎが消えたときにはその向こう側に全く別の景色が現れていた。
そこは薄暗く内部を見通すことはできないが、相当な広さの空間が広がっているのが分かる。
しかし、それを横から見てもまるで厚みのない鏡に映った景色のように何も無い空間が続くばかりであった。
英太と香澄にしても、作戦を説明されたときに一度、屋内だったのでもっと小さな空間だったが、同じ魔法を見せられている。だがそれでも尚、目の前の光景に息を呑まずにいられない。
そんな2人の様子に構うことなく、伊織は出現した景色の向こう側に走って行ってしまう。
これもまた事前の計画通りであるため、おいていかれる形になった英太と香澄に動揺はない。
「来た!」
前述したとおりこの練兵場の出入口はひとつだけ。正確には多数の兵が行進しながら通過できる大きな門と、その隣に普段騎士達が出入りする普通サイズの扉があるのだが位置としては同じ場所にある。
確かに袋小路ではあるのだが、その分、追っ手が来る方向もひとつしかない。
その出入口を睨みつけていた香澄が鋭く英太に告げる。
小さい方の扉が少し開き、こちらの様子を窺うように騎士が僅かな時間顔を覗かせ、その直後鈍い音を立てながら大きい方の門が開き始めた。
直ぐさま英太が香澄の前に出てMP7の銃口を入口に向ける。バットプレート(撃つときに肩に押し当てるパーツ)を引き出し、いつでも撃てるように引き金に指を添えている。
香澄は英太と伊織が開いた空間の間に陣取り、呪文の詠唱を始めた。
ゆっくりと練兵場の入口付近に香澄の魔力が広がっていく。
数十秒後、ついに門が開くと、その向こうには数百人の騎士が整列し、最前列に長弓を構えた兵の姿がある。
「放てぇ!!」
騎士の号令が響いた直後、香澄の魔法もまた完成する。
『行動阻害』の魔法。
単に対象の動きを妨げるというだけの魔法だが、戦場においては非常に効果的に働く魔法だ。
ただその反面、乱戦では使えないし、並の魔術師では効果範囲もそれほど広くはない。
しかし、香澄はこの世界に召喚された時に並外れた魔力を持つことになった。だからこそその効果範囲は広く、持続時間も長い。
門から香澄達のいる場所まで100メートル近い距離を超える射程を誇る長弓だとしても射る直前『行動阻害』の魔法を掛けられればまともに狙いを付けることはできない。かろうじて放たれた矢もほとんどが届くことなく地に落ちた。
「怯むな! 魔術師は魔法をかき消せ! 突撃するぞ!」
いかに優れた魔法であってもそれを消す手段は当然ある。ましてここは王宮、謁見の間に集まっていた者を含め優れた魔術師が多数この場にいるのだ。
並外れた魔力を持つとはいえ、香澄一人で魔法の効果を維持することなどできない。
それを分かっている香澄の顔に焦りはない。宮廷魔術師達の魔法に注意を払いながら、伊織から渡されたファイブセブンを両手で構え、そして躊躇なく引き金を引いた。
バンッ!
「ギャアッ!」
見事に指揮を執っていた騎士に命中したらしい。
叫び声と共に騎士は崩れ落ちたらしく見えなくなった。
騎士達に走った動揺が英太のところにも伝わってくる。
何せこの世界で長い射程を誇る複合素材の長弓でさえ、100メートルも離れればその軌道は文字通りかなりの弓なりになる。つまり、斜め上を狙って放たなければ対象まで届かないのだ。
それに対して香澄が撃った拳銃はまっすぐに騎士の方を向き、炸裂音とほぼ同時に騎士を貫いた。実際には銃弾とて重力の影響で軌道は弓なりになるのだが100メートル程の距離では数ミリ下がる程度なので騎士達から見たら真っ直ぐと変わらない。
そして撃った香澄といえば、人を撃った動揺など欠片も見せずにファイブセブンを構えたままだ。
近頃の女子高生はか弱くないようだ。きっと暗○教室に通っているに違いない。
しかしよほど決死の覚悟を固めてきたのだろう。騎士達はすぐに動揺を鎮め、体勢を立て直して大楯を構えて突進する構えを見せる。
そこに英太がMP7を打ち込んだ。
ダタタタタタタタタッ!!
離れていても大楯を難なく貫通し、数人が倒れる。が、それでも空いた場所に直ぐさま別の騎士が入り防御を固める。
さすがに一気に突撃しては来ないものの、ゆっくりとした速度で迫ってくる数百人の騎士は英太に凄まじいプレッシャーを与える。
ダタタタタタタタタッ!!……カシンッ……
続けざまに引き金を引く英太だったが、すぐにMP7が軽い音を立てて弾切れを伝えてきた。
「え? あ、あれ?」
アタフタする英太。
「早く弾倉を入れ替えて! 援護するから!!」
バンバンバンッ!
今度は香澄が英太を庇うように前に出て撃ちまくる。
英太も慌てて、何度か新しい弾倉を落としそうになりながらも装着し、再びの連射。
だが、いくら香澄と英太が近代武装で奮闘しようと数が違いすぎる。
騎士達にしても未知の兵器に身をさらすのがいくら恐ろしくても、国王や王子王女にあれだけの狼藉を働いた者をみすみす取り逃がせば、待っているのは死である。それも楽に死なせてなどくれるはずがない。下手をすれば家族親族まで巻き込んでしまうのだ。
いっそ、戦って死ねるならそちらの方が余程幸せだろう。
そう考えているのでいくら銃で撃たれ、倒れようと退くことはなかった。
カシンッ……
カシッ…
迫り来る騎士達に撃ちまくれば当然弾が尽きる。
英太のMP7も香澄のファイブセブンも弾切れである。伊織に渡されていた予備弾薬も使い果たした。
後は剣と魔法で何とかするしかない。
(伊織さん、まだっすか?!)
(このままじゃ……)
いよいよ相手の表情まではっきりと見えるほど騎士達が迫ると、2人の顔に焦りが出る。
バラララララララ……
伊織の入っていった鏡のような空間から、この世界では異質な、香澄と英太にとっては聞き覚えのある音が響いてくる。しかも、その音はどんどん大きくなってきていた。
さすがに騎士達の足も止まり、その顔には困惑の表情が浮かぶ。
逆に英太の顔には安堵が浮かぶが香澄はちょっとイラッとした表情だ。
絶体絶命のピンチに駆けつけるのはヒーローの条件、が、あまりに都合の良すぎるタイミングが、実は隠れて見てたんじゃないかとの疑念を抱かせる。
いくらなんでもそんなことはないだろうが、本気で追い詰められていた分腹が立つのも仕方がないのかもしれない。
聞こえてきていた音が、最早騒音というレベルになったところで巨大なモノが空間の向こうから姿を現した。
「な、なんだアレは?!」
「バ、バケモノ!!」
騎士達の叫びがローターの風切り音にかき消される。
だが、パニックになった騎士達を見ればその心情は容易に伺うことができる。
そして現代日本人である英太と香澄もまた、姿を現したモノを見て唖然としていた。
「ヘリがあるって言ってたけど、戦闘ヘリって、マジかよ……」
「な、なんでこんなモノ持ってるのよ、あの人……」
当然の感想である。
轟音と共に姿を現したモノ。
宙に浮かぶそれは紛れもなくヘリコプター。それも一般に入手できるはずがない、戦闘ヘリと呼ばれるものだった。
全長17.76m、ローターを含めた全幅14.63m。
M230A1 30mm固定機関砲と航空機の翼のようなスタブウィングの両側にハイドラ70ロケット弾ポッドとAGM-114ヘルファイア対戦車ミサイルを装備。
ローターの上部に特徴的なレーダー装置と機首のアローヘッドと呼ばれる各種センサー。
空飛ぶ重戦車、米軍が誇り、日本の陸上自衛隊にも配備されている、世界最強の戦闘ヘリ、米国ボーイング社製、AH-64Dアパッチ・ロングボウである。
ドッドッドッド!!
ヘリの下部に固定されている30mm機関砲から鈍く大きな音と共にM789多目的榴弾が棒立ちになっている騎士達の足元に打ち込まれる。
直撃しないように加減された榴弾が土砂を巻きあげ、辺りの見通しを悪くする。
とはいえ、たとえ直撃していなくても大口径機関砲の威力は足元で炸裂しただけでもただでは済まない。
たちまち騎士達は英太達から離れたところまで追い散らされることになった。
その隙に伊織はヘリをホバリングさせながら接地ギリギリまで降下させる。
既にヘリの前部のコックピットからは縄ばしごが下ろされていた。
「英太、早く!!」
「香澄は先に乗ってて!」
既に香澄は縄ばしごの半ばまで登り英太を呼ぶが、英太は魔法陣を形作っていた円盤を回収して事前に渡されていた布袋に入れていく。ついでに投げ捨てていたMP7もだ。伊織から回収するように言われていたので置いていくわけにはいかない。
「11、12っと、これで最後、っ!!」
最後のひとつを回収した瞬間、ピュンと微かに風がなったのを英太は感じた。
直後、過酷な訓練と戦場で培った勘か、咄嗟に持ったままだった儀礼用の長剣を横薙ぎに振るう。
土埃の向こうから打ち込まれたらしい矢が数本、打ち払われる。
勘に頼って適当に振っていた英太は心底肝を冷やしたが、当然これで終わりではない。
たとえどんな怪物が現れようと騎士達に退路がないことには変わりがない。一旦退いた彼等が体勢を立て直し雨の様に矢を放つ。
次々と射掛けられる矢を何とか捌きながら下がる英太。
土煙のせいで狙いは定まっていないしヘリから巻きあげられる強い風に煽られてほとんどが見当違いの場所に飛んで行ってしまうが、それでもいくつかは英太のギリギリをかすめていく。見通しが悪い分、こうなると英太にとっても避けづらい。
そうこうしながらも何とかヘリの縄ばしごに手をかけ、登り始めることができたのは運も味方してくれたのだろう。
「英太!」
コックピットから手を伸ばす香澄に、片手を塞いでいる布袋を渡し、長剣をせめてもの意趣返しとして騎士達のいる方へ投げ捨てると、ようやく両手で梯子を掴む。
と、それを待っていたかのように急上昇する戦闘ヘリ。
「う、うわわわわわっ! ちょ、ちょっ!」
体勢が充分整わないうちに大きく揺さぶられて英太が涙目で悲鳴を上げる。
慌てすぎて足が
地面から数十メートル上昇したところでホバリングしたことでようやく前部のコックピットによじ登ることができた。
「し、死ぬかと思った……」
「ちょ、どこ触ってんのよ!」
「ご、ごめ、で、でも、狭くて…」
「あんっ、そこだめ、って、こ、このっ!」
「痛ぇ!」
這々の体で這い上がったコックピットの中でも落ち着くことができずに大騒ぎだ。
元々1人用のコックピットである。無理矢理2人が乗れば狭くて身動きなんぞろくにできるはずもない。
先にシートに座っている香澄に英太が正面から覆い被さるような形になり、体勢を変えようとする度に香澄の身体のあちこちに触れてしまう。
健全な男子高校生にしてみればご褒美でしかないが、開き直るには後が恐い。
「お~い、お二人さん、イチャつくのは後にして、そろそろ移動すんぞぉ」
不意に英太と香澄の頭上から掛けられたのんびりとした声に驚く2人。
必死にコックピットに乗り込んだかと思えば狭すぎて身動きが取れず、ワタワタしていたために自分達の状況がすっかり頭から抜け落ちてしまっていたらしい。
改めて冷静になって周囲の状況を確認すると、相変わらずローターの轟音は響いているものの、キャノピーを閉じているせいか多少声を張り上げれば充分に会話ができる程度に抑えられている。
だからこそ2人も傍から見たらイチャついて見えるようなやり取りができていたのだが、通常なら前席と後席を区切る強化ガラスがはめ込まれているはずなのだが、このヘリはわざわざ外されているらしく、英太がシートに膝立ちしている状態で顔を上げると正面には独特な単眼レンズが着いたパイロット用ヘルメットを装着してニヤニヤと悪戯っぽい笑みを浮かべた伊織の顔があった。
「うわぁぁ! い、伊織さん?!」
すっかり伊織の存在を忘れていた英太が素っ頓狂な声を上げて驚く。
「いや~、青春だねぇ。オジサン微笑ましすぎてちょっとイラッとしちゃったよ」
「矛盾する感情が恐いです!」
「冗談だって。まぁ、色々と話をしたいのはやまやまだけど、とりあえずここからバックれんぞ、っと、そうそう、ほいっと。う~ん、どっちでも良いけど香澄ちゃんの方がストレス溜まってそうだから渡してやりな。英太が溜まってる別のものは後で解消させてやるから」
カラカラと笑いながら言いつつ、伊織は10センチほどの長さの、赤いボタンがひとつしかないリモコンのようなものを投げ渡す。
「私に? 何ですか? コレ」
受け取った英太から香澄が受け取ると、声だけで聞いてきた。というか、香澄も身動きが取れないので伊織とは声だけのやり取りしかできない。
「なに、10ヶ月もあんな連中に好き勝手されたんだから相当鬱憤が溜まってんじゃない? だからストレス解消させてやろうかと思ってな。まぁ、そうでなくても必要なことでもあるし。
横のスイッチをONにしてからボタン押しな。盛大な花火が見れるから」
ここまで言われれば2人にもピンと来る。
香澄は英太と顔を見合わせ、実に女子高生らしくない、なかなかに凄絶な笑みを浮かべた。逆に英太の顔は引き攣っているが。
「私が押しちゃって良いんですか?」
「良いよ良いよ。俺は大して嫌なコトされてないから」
伊織が軽く応じる。
この男の場合に限って言えば、むしろ好き勝手してたのは伊織で、嫌な思いをしていたのは王国の人間なのだからストレスなど溜まっているわけがない。
「ありがとうございま~っす!!」
言い終えると同時に不穏な赤いボタンをポチッと。
一瞬後、
ズトン!!
ド~ン! ド~ン! ズドドドドッ!!
まずは目の前の王宮の尖塔の根本が吹き飛び、次いで少し離れた場所にある、伊織や英太達が召喚された聖堂のような建物が、城の西側にあった研究棟が、そして、王城のあちこちが爆発して黒煙が噴き出した。
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