第5話 式典とクーデターとちゃぶ台返し

 某日、グローバニエ王国の王宮。

 謁見の間には多くの貴族と警備の近衛騎士、魔術師が勢揃いしていた。

 それなりの面積がある謁見の間とはいえ、百人以上が一堂に会すれば狭く感じるものだ。

 貴族は派閥ごとに集まり小声で何事か話し合っているのだが、声を潜めていようがこれだけの人数が集まればさすがにかなりの喧噪となって響く。

 

 ドーン!ドーン!

「国王陛下、王太子殿下、王女殿下、御入来!!」

 太鼓が強く打ち鳴らされ、直後に王族の入場が告げられると、それまで雑多に集まっていた貴族達が慌てて所定の位置に並び一斉に頭を下げる。

 どこぞの国の軍隊よろしく一糸乱れぬとまではいかないが、それなりに格好が付いた頃合いを見計らって侍従が扉を開け放つ。

 先頭に豚、いや王が、次いで劣化コピーの王子と似非聖女のセイラが続く。

 自分達の権威を見せつけるためであろうか、ことさらゆっくりと歩いて左右の貴族の列の間、中央の通路を通り、数段高い位置にある壇上の玉座に王が座り、その左右に王子と王女が立った。

 

「皆の者、面を上げよ」

 玉座に座ったまま尊大に言った言葉に、貴族達はこれまた一斉に頭を上げて王を見上げる。

 その光景に豚王はご満悦だ。

 自分の命令に何百人もの貴族が従うのが嬉しくて仕方がない様子である。子供か?

「既に聞いておるであろうが、神の導きにより再び我が国に異世界よりの勇者が降臨した。これは正にこの大陸を我が国によって纏め上げるべしという神の意志、天意の証である!」


 そこで一旦言葉を句切り参列している貴族達を見下ろす。

 内実を知っている貴族達にしてみれば、召喚の魔法で無理矢理異世界から原住民を拉致しただけであり天意もクソもないのだが、誰もそこにはツッコまない。

 ツッコんでも無駄だし、そもそもその事に嫌悪感や罪悪感を持つ正常なメンタルの人間はこの国の貴族には存在しないのだ。そうでなければ切羽詰まった事情があるわけでもない、単なる領土欲で他国を侵略しようなどとは考えないだろう。

 

 自分の言葉に貴族達が特に反応しないのをつまらなそうに見やって、言葉を続ける。

「現在の我が国の情勢は未だに十全とは言えぬであろうが、それでも大陸西方の制覇という悲願を果たすにはこの期を逃すわけにはいかぬ! よって、いよいよオルストへの侵攻を開始するつもりだ。勇者をここへ!!」

 満座の席で侵攻宣言。

 最初の国家の危機とやらの建前はどこにいったのか。

 随分と身勝手な悲願だと、侵攻される側なら憤慨するだろうが、生憎当たり前ながらそのオルストという国の人間はこの場にいない。いるかもしれないがいないことになっているのでいないのだろう。うん。分かりづらい。

 

 王の言葉で伊織と英太、香澄が中央まで歩み出る。

 王の通ってきた赤い絨毯が引かれた通路のど真ん中である。

 レッドカーペット。気分はハリウッドスター、なわけはなく、英太と香澄は憮然とした無表情で、伊織は相変わらずの面倒くさそうに欠伸をしながらノッタリノッタリと歩いてその場に立つ。

 これまでと異なり英太と香澄は肩当てや胸当てが付いた儀礼用の純白の鎧姿で兜は被っていない。肩にはマントのようなものを羽織っている。

 対して伊織といえば同じような姿でありながらもところどころ着崩し、マントは勝手に外して片側の肩に引っかけていた。それでいてだらしなく見えないのは現代人の欲目であろうか。逆の肩には召喚されてきたときから持っていたショルダーバッグが掛かっているのがあまりに場違いである。

 そして3人の首にはその豪奢な礼装に不釣り合いな無骨な首輪が嵌まっていた。

 

 3人の姿を見て列席している貴族からざわめきが漏れる。

 ほとんどの貴族が英太達の顔を見るのは初めてであったようだ。

 グローバニエ王国の国民は貴族も含めて明るめの茶色の髪に褐色の瞳、白い肌をしているが、日本人である彼等は漆黒の髪に黒い瞳、黄色みかかった肌をしている。

 どちらも地球で珍しくもない色合いではある。南ヨーロッパ近辺と極東地域の人種の特徴とほぼ同じようなものだ。

 それでも十分に整った美少女といっても過言ではない香澄と、少々線の細さと幼さが残るものの優しげな少年の2人が勇者として数ヶ月前から前線で戦いに赴き、それなりの戦果を上げているのは誰でも知っていた。

 その見た目とのギャップが目を引いたのだろう。

 もっともいくらかは伊織の無礼ともいえる格好に対するものだろうが。

 

 慇懃に膝をついた英太と香澄はともかく、不遜な態度を崩そうとしない伊織に玉座の王は眉を顰め、右後ろに立つオーク王子は青筋を立てたが、今は式典の最中である。怒鳴りつけるのは自重したようだ。

「まずこの1年で経験を重ねた2人の勇者にオルスト侵攻の先陣を切ってもらう。新たな勇者は本陣と共に後詰めを担う。良いな」

 無言で頭を下げた英太と香澄。伊織は「へいへい」と言いながら鼻をほじっている。

「貴様! 無礼で……」

「陛下、僭越ながら私に提案がございます」

 伊織のあんまりな態度に、最前列にいたゼビウスが相変わらずの沸点の低さで怒鳴りつけかけるのを一歩歩み出たセイラが遮った。

 流石に王女の言葉を無視してそのまま続けるわけにはいかず、ゼビウスが黙る。

 

「ふむ。提案とな? 其方が戦に口を出すのは珍しいな。良かろう、言うが良い」

 セイラの方を向きながら片眉を上げて驚いたような表情を見せた王が鷹揚に続きを促す。

 その言葉を聞き、「ありがとうございます」と頭を下げたセイラの口元が歪む。

「3人目の勇者を我が国に迎え、さらに軍備も整っております。順当にいけばオルスト、その隣国であるバーラを併呑するのも時間の問題でしょう。ただ、一点、大きな懸念がございます」

「ふむ、懸念、とな?」

 セイラの言葉が理解できない様子で玉座の豚は阿呆みたいにオウム返しで尋ねる。

 

「はい。とても大きな懸念、国の行く末を左右する問題ですわ。それは……」

 バタンッ!

 ガチャガチャガチャ、ダダダダダッ!

 セイラの言葉を合図にしたかのように、謁見の間に入るための扉が大きな音を立てて乱暴に開かれ、大勢の騎士が、その後にローブ姿の宮廷魔術師達が広間に入ってくる。

 シャキン!

 ついでに、あろうことか入るなり騎士達が抜刀したものだから参列していた貴族達は大騒ぎである。

 おまけに元々謁見の間の壁際に整列していた近衛騎士達も、それを止める様子すらなく、逆に入ってきた騎士達と頷きあいながら合図を交わすと一斉に貴族や壇上の国王親子を取り囲み抜き放った剣を向ける。

 

「な、何事だ!? ぶ、無礼であろう! き、ききき、貴様等、何のつもりだ!!」

 王子が青い顔で震えながら、それでも大声でわめき立てる。

 王の方はといえば、目の前の事態を脳が理解するのを拒否したらしく、玉座でのけぞったまま固まっていた。

「こ、こんなことをしてただで済むと、ひぃっ!」

 まるで小型犬のごとく(見た目は食用豚だが)キャンキャンと吠えていた王子は剣先を突きつけられるとようやく黙る。

 貴族達も悲鳴やら怒号やら喧しく騒ぎ立てていたが、騎士に剣の切っ先を向けられ、さらに魔術師達が呪文を唱えると強制的に静かになった。

 

「お静かに願いますわ」

 わめき立てる者がいなくなると、セイラは勝ち誇ったようにそう告げたが、静かになってから言っても意味がない。単なる様式美というものなのだろうか。

「セ、セイラ、これはいったい……」

 満足そうに貴族達を見下ろしていたセイラに、ようやくちょっとだけ我に返った王が、それでもまだ呆然とした口調で聞く。

「先ほど申し上げた通りですわ。私はこの国の行く末を案じておりますの。このまま周辺国を降したとして、その後に統治できるのか。残念ながら後継者が女を陵辱するしか興味のない無能な兄上では数年と持たず崩壊することでしょう」

「む、無能とはなんだ! 貴様兄に向かって! 気でも狂ったか!」

 剣を突きつけられて腰を抜かした情けない姿であっても大勢の貴族達の前で無能と断じられるのは我慢ができないのか、威勢良くセイラに怒鳴る。

 もっとも、その姿はでっぷり太った身体で女の子座りをして股間から異臭と水気を垂れ流しているのだが。

 

 セイラがその情けない王子の言葉を鼻で笑う。

「豚を兄に持った覚えなどありませんわ。このまま生きていても無駄な経費を浪費するばかり。余計な事をされても困りますから、これまでの罪を公表して民衆のガス抜きのために公開処刑にしてしまいましょう」

「な、なななな……」

 セイラが無表情で言った言葉に、真意を悟ったのだろう豚王子は壊れた人形のように顎を震わせながら白目を剥いてひっくり返ってしまった。

 

 それを心底馬鹿にした目で見ながら、セイラが今度は玉座に視線を向ける。

「陛下、如何でしょう、実務に関しては今後は私にお任せいただけませんか? もちろん陛下の悲願である大陸西方の制覇は全力で取り組まさせていただきますわ」

 実務、つまり実権は自分が握ると宣言したも同然である。

 しかもいつの間にか近衛騎士や王都を管轄する第一騎士団、宮廷魔術師まで掌握し王や主要な貴族全てに剣を突きつけているのだ。

 断られるなどこれっぽっちも考えていないだろう。

 回っていない頭を抱えたまま絶句する王を尻目に、セイラは貴族達に視線を向ける。

 

「皆様は如何かしら? このような手段を用いたのは偏にこの国の行く末を案じてのこと。もちろん諸侯の方々にはこれまでと同じく我が国に尽くしていただけるのであれば何も不都合など起こりませんわ」

 見事なくらいに説得力がゼロである。

 だが、そう考えない者もいるようだ。

 貴族の中から、一際豪奢な衣装に身を包んだ男が歩み出てセイラに向かって跪く。

「我等はもとより王家に対して忠誠を誓っております。聡明なるセイラ殿下が王国の舵取りをするのであれば我等もまたこれまで通り、いえ、より一層の忠義を尽くしたいと存じます」

「そう。それならば私もその想いに見合う待遇を約束しましょう。卿の忠誠に感謝するわ」

 殊勝な言葉に満足そうに頷くセイラ。

 

「わ、私もセイラ殿下に忠誠を誓います。ですからどうか…」

「私も予てより王太子にはセイラ殿下こそが相応しいと…」

 最初の男を皮切りに日和ひよる日和る。

 この代わり身の早さこそが彼等を今の地位に留めている秘訣なのだろう。

 次々に絨毯に跪いてセイラに媚びを売る貴族達。

 もとより王や王子に対する忠誠など情勢次第で簡単に覆るもののようだ。ほどなくして参集されていた貴族達は、命令を聞こうとしない部下達に怒鳴り散らすばかりのゼビウスとブラダを除いて1人残らずセイラに忠誠を誓うこととなった。

 最初に跪いた貴族とセイラが口元を歪めながら目配せを交わす。おそらく最初からの予定通りだったのだろう。

 

 一通り貴族達からの言葉に応えてから、セイラは何かを探すように視線を巡らす。

 やがて、広間の脇、壇に近い位置にいつの間にやら移動していた伊織達異世界人に目をとめた。

「……見苦しいところをお見せしましたが、勇者様方にはこれまでと同様、働いていただきたいと思いますわ。さしあたっては冒頭に陛下が発表されたオルスト侵攻を予定通り行います。よろしいですね?」

 同意など一切期待していない断定的な命令。

 事実、幾ら異世界人達が並々ならぬ武力を持っていても、羈束の首輪がその首に嵌まっている限り、絶対的な優位は動くはずもなく、セイラは今回の計画が全て上手くいったことに満足感を覚えていた。

 

「あ~、ひとつ質問したいんだが、良いか?」

 何のつもりかカチャカチャと身につけていた儀礼用の甲冑を外しながら伊織がのほほんと言う。

「質問、ですか、何でしょう?」

 伊織の行動を訝しげに見ながらセイラは深く考えずに聞き返す。

 伊織だけでなく英太と香澄もマントと甲冑を外している。その行動の意味が分からない。

「あのさぁ、アンタ、馬鹿だろ?」

 質問と言っていたはずなのにまさかの断定。かろうじて疑問系的な名残はあるが。

 その言葉に謁見の間全体が凍り付く。

 固まっていないのは糞尿まみれで気を失っている豚王子と命令無視の部下に癇癪を起こして殴り飛ばされたゼビウス、ブラダくらいのものである。といっても全員意識がないので大して変わらないが。

 

「……自分が何を言っているのか、分かっているのでしょうか」

 頬を引きつらせながら、押し殺したような声で返すセイラ王女。

「ああ、悪いな、どうも思っていることをつい口に出す癖があってな」

 ニヤニヤと意地の悪い表情で笑う伊織。

 険しい顔で睨みつける王女や貴族達などどこ吹く風である。

「……どうも自分達の立場が分かっていないようですね。他の2人は如何ですか? 聞くまでもないでしょうが」

「……馬鹿っていうか、クズだよな」

「そうね。救いようのないって点では一緒じゃない?」

 絶対の自信を持って英太達に振ったのにあっさりと裏切られて今度こそセイラは顔色を変える。

 

「そう。もう一度教育が必要のようね。首輪だけでは不足だというのなら鞭も用いましょう。とりあえずは、その女が目の前で陵辱されれば少しは素直になるかしら。 オードル! ベリタス!」

 感情を抑えた平坦な声と裏腹にその目は怒りに燃え、口元に醜く歪んだ笑みを浮かべながらセイラが呼ぶと、魔術師のローブを纏って杖を持った男と大柄な騎士が歩み寄る。

 ご存じ召喚の儀式をおこなっていた宮廷魔術師次席の男と伊織に失神させられた騎士である。

「首輪に絞め殺されたくなければ動くな」

 オードルが杖を構えて呪文のようなものを唱えてから伊織達に言う。

 おそらく羈束の首輪に込められた術式を発動させるだけにしたのだろう。抵抗の素振りを見せたら即座に絞め付けるつもりである。

 

「この間は世話になったな。今度は逃げられると思うなよ、異世界の猿が!」

 逃げるも何もあっさり失神させられた事実はサラッと無視してベリタスが憎しみを込めた目で睨む。

 それらを見やって、伊織は大袈裟に溜め息を吐き、呆れたような目をセイラに向ける。

「アンタさぁ……馬鹿だな」

 たっぷりタメをつくった上での疑問系ですらない断言。

「っ!」

 ただでさえ醜悪になっていた顔がさらに歪み、言葉にならない怒りを表す。そしてセイラが目で合図を送ると同時にオードルが羈束の首輪が発動させる。

 

 ………………

「ふぁ~……で?」

「な?! 何故発動しない!」

 これ見よがしに欠伸をしつつ何事もなかったように聞く伊織。

 英太と香澄も平然としているのを見てオードルが悲鳴に似た声を上げる。

「術式はとっくに書き換えてるよ。っつか、こっちの態度見りゃ対策済みってくらい想像できるだろ? 普通は。馬鹿なの? いや、ゴメン、馬鹿だったっけ」

 煽る煽る。

 呆然としたままの魔術師を余所に、先に気を取り直したのはベリタスだった。

 彼が顎をしゃくると30人ほどの騎士達が小走りで伊織達を逃げられないように囲む。

「ちっ! だが武器も持たずにこの人数の騎士を相手に逃げられるとでも思ってるのか? 訓練の時とは違うぞ」

 

 羈束の首輪が機能しなかろうが絶対的優位は動かない。そう確信しているベリタスだったが、伊織の余裕そうな表情が崩れることはなかった。

「だから、態度見て判断したほうが良いって。それに武器ならあるぞ」

 そう言って伊織が腰の後ろから引っ張り出したものは、この世界には絶対にあるはずのないもの。いや、地球であってもごく一部の国以外では普通に入手することなどできないはずのものだ。

 すなわち、銃火器と呼ばれるものの一種、拳銃である。

 ベルギーのファブリックナショナル社が製造するファイブセブンという銃。見える部分のほとんどがプラスチックで覆われた、どこか玩具じみた見た目をしているものの軍や警察向けに開発されたオートマチックタイプのモノホンの拳銃である。

 地球でならばそんなものを突きつけられれば普通は即座に両手を挙げて降参するところだろうが、生憎ここは剣と魔法の異世界である。

 拳銃を見てもベリタスの態度に変化などあるわけがない。

「妙なものを出してどうしようというんだ? そんな小さなものひとつで我々と戦えるとでも……」

 

 ズダンッ!

 槌で何かを殴りつけたかのような破裂音が響く。そして、

「あ?! ぐ、ぐあぁぁぁぁ!!」

 甲冑の膝当てに覆われた右膝に感じた、熱、そして直後に伝わる凄まじい痛みでベリタスはその場でのたうち回ることになった。

 見ていた騎士達も何が起こったのか理解出来ないでいる。

 過剰な装飾が施されているとはいえ、その強度は戦場で実際に使用される甲冑と遜色ないもの、いや、むしろ無駄な装飾が追加されている分、強度自体は式典用の甲冑のほうが高いくらいなのだ。

 その甲冑の特に分厚い鉄板が使われている膝部分を貫き、骨を粉砕して突き抜けるほどの破壊力は、騎士達の知るどんな攻撃をも超えている。

 しかもそれは、手の平よりもわずかに大きい程度の小さな武器から轟音と炎と共に放たれたものということだけは理解できた。

 

 広間にいる大勢の貴族も、魔術師も、騎士も、兵も、そしてセイラも凍り付いたように身動きひとつできないでいる。

 10秒、20秒……1分が経過した頃、膝を打ち抜かれて悶えていたベリタスが剣を支えに立ち上がった。

 流石は王国屈指の騎士、まともに立つことすらままならない状態ながらその目は伊織を射殺さんばかりに睨み付けている。 

「ぐぅっ! 絶対に殺してやる! 俺の…ぎゃぁぁっ!」

 騎士としては誠に天晴れな根性を見せつけるベリタスに、伊織の返答といえば、つまらなそうな視線を向けて引き金を引くという非情なものだった。

 しかも残りの左膝と利き手である右腕の二カ所を容赦なく破壊する。

 この男、鬼である。

 

 今度こそ誰も動けない。

 理解できないまでも伊織の手にある”モノ”が武器であり、しかもなんの準備も必要とせずに人を容易く殺傷することができると証明されたのだ。

 頑丈な甲冑ですら防ぐことができず、2度目の攻撃は連続で、それも一秒に満たない間隔でおこなわれた。

 後何度攻撃できるのか、どのくらい離れれば無力化出来るのか、弱点はないのか、初めて見る武器に、知っている事などあるはずもない。

 実際にこの場にいる騎士や魔術師が一斉に伊織達に攻撃するなら、拳銃ひとつで対抗することなどできない。

 ファイブセブンの弾倉は貫通力破壊力共に最高水準の5.7×28mmの専用弾薬(実際には同社製サブマシンガンのP90と共用)を20発装填できるが、騎士達だけでも100人以上いるのだ。

 だがそんなことをセイラ達が知りようがないので誰1人として動けずにいるのである。

 

「さてと、んじゃ、めんどくさいからさっさと次いってみようか」

 伊織はそう言うと、甲冑を脱ぐときに床に置いたバッグを再び肩に引っかけつつ、中からもう一丁の拳銃を取りだして香澄に手渡し、持っていたほうを英太に放る。

 そうして丸腰になったかと思いきや、またもやバッグに手を突っ込んでさらにゴツい大型の銃を引っ張り出す。

 見るからに凶悪なフォルムのそれはドイツのヘッケラー&コッホ社が開発した小型・軽量・高威力で40発のロングマガジンを装着したMP7という名の個人防衛兵器、サブマシンガンである。

 そんな事を異世界の騎士や貴族達が知るはずもないが、先ほどの一同の度肝を抜いた拳銃よりも見るからにヤバそうな武器に動ける者などいるはずもない。

 

 伊織が構えるのを待ってまず香澄が動いた。

 片手で自分の首に着いた首輪を掴むと引っ張る。すると、カチャリと軽い音を立ててなんの抵抗も見せずにあっさりと羈束の首輪が外れた。

「な、ば、馬鹿な!」

 魔術師の1人が愕然として声を挙げるが、香澄はその声の方を向いてニッコリともの凄く良い笑顔で笑いかけると、表情を戻し、玉座に座ったまま固まっている豚王へ歩みより、手に持ったままの首輪をその首に巻いた。

 カチャン。

「は? え? な、何を?」

 今何が行われたのかまったく理解できていない豚王が間抜けな声を挙げるが、香澄はそんな王の姿をファッションチェックよろしくじっくりと眺めると、満足そうに頷いて踵を返し、伊織と英太のところまで戻ってくる。

 

 そうするとお次は英太の番だ。

 英太は無言・無表情のままで足早に気絶したままの豚王子のところに行くと、これまた淡々と首輪を外し、そのまま装着してしまう。

 ここまでの所要時間、わずか1分。流れるような行動である。

 事前に何をしようと察していれば、いくら見知らぬ武器を持った相手であろうが職務を全うしようとする騎士もいたであろう。しかしめまぐるしく変わる状況に、この場にいる者の脳は残らずオーバーヒート気味で、香澄と英太の行動を止めるどころではなかった。

 ただ、そうなると当然次に動くであろう伊織に視線が集まる。

 広間の全ての人からの視線を受けて、伊織はニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべると、2人と同様に首輪を外し、ゆっくりとセイラに向かって歩き出す。

「っ! で、殿下をお守りしろ!」

「殿下、お下がりください!!」

 今度こそ伊織の行動の意味を理解した騎士達が、恐怖心を推して果敢にも伊織の前に立ちはだかろうとする。見上げた忠誠心である。が、

 

 ダタタタタタタタタッ!!

 伊織の手にしたサブマシンガンから炸裂音が連続して響くと、近寄ろうとした騎士達は全員足を打ち抜かれて床に転がることとなった。

 その光景にそれ以上動ける者は誰もおらず、そうしているうちに伊織がセイラの目の前まで近寄り、そして、カチャン、と、その細い首に禍々しい首輪が巻かれることになった。

「わ、私達をどうするつもりですか?」

 あまりの事態に身動き1つ取れなかったセイラだが、己の首に巻かれた首輪の感触に我に返り、気丈にも伊織を睨みつける。

 流石は王位を簒奪までしようと企んだ黒幕である。なかなかの度胸だ。

 伊織には効果がなさそうな点を除けば、見事なものである。

 

「ん? 別にどうしようってのはないぞ? 今後俺達にちょっかいを掛けなきゃどうでも良いし。ああ、でも首輪を外そうってのは止めた方が良いってことだけは警告しておくか」

 本当にどうでも良さそうにセイラに答えると、伊織は香澄と英太の方に戻る。

「んじゃ行くか」

「っす!」

「ええ」

 伊織は飄々と、英太、香澄は緊張した表情を隠すことなく頷くと、耳に何かを入れて真っ黒なメガネを装着する。

 現代人ならばここまで描写されれば何が起こるかあっさりとバレるものだが異世界人はそういうわけにはいかない。

 

「ま、待て! 逃がすな!!」

 踵を返そうとした伊織達の姿に、何人かが声を挙げるがその後の動きは鈍い。

 誰もがわけも分からない形で死にたくはないのだから当然だろう。

 そんな周囲を気にすることもなく、伊織は再度バッグを漁って中から円筒形の物を取り出すと、上部から飛び出ているピンを引き抜いて放り投げる。

 直後、そこから100万カンデラの閃光と170デシベルの轟音が広間を包んだ。

 

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