第4話 企む人達
大陸西部、グローバニエ王国の王都、そこにある王宮の一室に数名の男女が集まっていた。
「それで、例の異世界人はどうしておる?」
部屋の一番奥の中央、一際大きく豪奢な椅子に腰掛けた豚、もとい、過剰な装飾のマントを羽織り王冠を頭上に載せたデブが眼前に跪いた数人の男女に尋ねる。
「魔法の修練に関しましては大旨順調に習得をしております。教わる態度にも特に反抗的な様子は見受けられません。むしろ指導に当たっている宮廷魔術師の者が閉口するほど質問を重ねているとか。召喚当初はほとんど魔力を感じられなかったために少々心配しておりましたが、数日で身体に魔力が馴染んだのでしょう。前回召喚した異世界人と同等程度の魔力を得ているのも確認できております」
真っ先に質問に答えたのは立派な髭で痩せぎすの男、この国で宮廷魔術師長を務めるブラダ伯爵である。
質問にあった「異世界人」とはもちろん伊織のことだが、ブラダ伯爵は躊躇うことなく現状を説明する。言葉通り順調なために特に誤魔化す必要もないのだ。
ひとしきり報告を終えるとブラダは横にいるゼビウスに目線をやり口元を歪める。
「ふむ。戦闘訓練の方はどうか」
名こそ呼んでいないものの明らかにゼビウスに向けられた言葉にビクリと肩を振るわせる騎士団長。
「そ、それは……」
「ふん! 言えるわけがなかろうよ。今や城中の噂になっているぞ。貴公旗下の騎士が立て続けに失神させられ、挙げ句に多数をもってあたったもののそれすらも全員が地に這いつくばったとな」
「ぐっ、も、申し訳ございません」
王の右隣に座る、どっからどう見ても親子としか思えないほど顔かたちから体型までそっくり。見分け方は顔のテカリ具合と王冠を被っていない分頭頂部の寂しさが強調されているかどうかである。実に不幸な外見をした若いブ、男があからさまに侮蔑していうが、ゼビウスは平身低頭である。
ブラダも同じく頭を下げているもののその口元は嫌らしく歪んだままだ。ゼビウスの失敗が嬉しくて仕方がないらしい。
その態度に気がついているゼビウスは悔しそうに歯を噛みしめるが何も言うことはできなかった。
ベリタスとサムソン以外の騎士は伊織に倒されたというわけではなかったが、逃げる伊織を捕まえることができずスタミナ切れで動けなくなったのは事実。とてもじゃないが反論できるようなことではない。
しかも、あれ以来伊織は「騎士達相手に勝ったんだからこれ以上あの人達と訓練しても意味ないでしょ?」と言って何度呼び出しても無視する始末だ。
騎士団屈指の実力者があっさり倒されたのは事実であり、伊織自身が自主鍛錬と称して時折暗くなってから練兵場の片隅で剣を振っているのを複数の者が目撃していることもありあまり強く出ることが出来ないのである。
「ふん、情けないことだな。まぁ良い。召喚直後でそれだけの実力があるのなら戦力として期待できるであろうからな。じゃが、その分、確実に我々に服従するようにせねばならぬ」
「エリーシャ、そちらはどうなっているのです?」
王の言葉を引き継いで若ブ、もとい、王子の逆側に座るセイラ王女がブラダの後ろで控えている女に尋ねる。
呼ばれて上げたその顔は、これでもかと塗りたくられた化粧で細かな凹凸すらも見えなくなったお面のような容貌だった。かなりケバい。エレベーター内で一緒にいたくないタイプのオバハンである。
「それが、あの者は使用人を一切近づけようとしないのです。身の回りの世話をさせるために侍女を付けましたが、いい加減な理由を言って部屋から追い出してしまいました」
自分は悪くないといわんばかりに堂々と説明する能面オバン。
「チッ! そんなもの容姿の優れた女を宛がえば良かろうが」
豚王子がイライラして言う。
どうやら男は容姿の良い女には必ず理性を失うと考えているらしい。頭の悪い人間はとかく自分の基準が全てだと思いがちだがこの豚王子もその例に漏れないようだ。
というか、この豚、間違いなく女と見れば見境がなくなるんだろう。王子ではなくオークと呼んだ方が良いかもしれない。
「既に様々なタイプの女で試しております。娼婦や稚児も試しましたが駄目でした。それに監視のための隠し穴や隠し通路もいつの間にか全て塞がれてしまっています」
「馬鹿な! 来たばかりで資材もないのにどうやったというのだ!」
「分かりません。あの者が不在の時に部屋の中から確認しましたが、見た目は変わることなく、まるでそのようなものは最初からなかったかのように穴は無くなり、隠し通路の扉も開かなくなってしまっています。別の部屋に移動させてもすぐに同じ状態に」
さすがにこの事に関しては能面オバンもバツが悪そうに報告する。何しろ何をすれば見た目を一切変えることなく扉を固定できるのかまったく分からないからだ。魔法を使った形跡もない。
実は伊織は部屋に通された直後、部屋の中を調べまくって怪しい部分を見つけると壁用のコーキング剤を注入したり建設用接着剤で動かなくしてしまったりしたのである。
何故そのようなものを、しかも大量に持っているのかは誰も知らない。ということになっている。
ともあれ、現代日本で建築用資材として使われている逸品である。見た目に変化がない程度の使用量であっても壊すつもりで動かさない限り簡単には外れたりしないのだ。
「ふん。どうやら今回の異世界人は一筋縄ではいかぬらしいの」
王が忌々しげに呟く。
「チッ! 大人しく我が国の家畜になっておればよいものを。セイラ、召喚の儀の時にその異世界人は親しげに話しかけていたそうではないか。お前が誘えば簡単に靡くのではないか?」
オーク、いや王子が舌打ちしながら思いついたように言う。
「御兄様、例え冗談でもそのようなおぞましい言葉は聞きたくありません。異世界人など見た目が私たちに似ているだけの低脳な猿ではありませんか。都合の良い道具として使うために多少話しかける程度なら我慢もできますが、触れられるくらいなら死んだ方がマシですわ」
召喚の儀式の時のしおらしい態度はどこへやら、心底嫌そうな顔をしながらなんちゃって聖女は吐き捨てる。
黙って澄ました顔をしていればその地位通りお姫様といった見た目なのに、誰しも人を悪し様に語る姿は醜悪になるものである。もっとも、伊織が彼女を見た最初の言葉は「腹黒そう」なので、見る人が見れば内面というものはわかるものなのかもしれないが。
「チッ! 使えん奴だ」
王子の舌打ちにセイラは柳眉を逆立てる。
怒りのままに口を開こうとしたセイラだったがそれを王の言葉が遮る。
「まぁよい。異世界の猿が何を考えておろうが儂の手中にあることは変わらん。気の荒い家畜を飼い慣らすのは首輪を着け鎖で縛り付けるのが一番だろう。どのような手を使っても構わぬ。一日も早く前線に送れるようにせよ。ゼビウス、良いな?」
「は、はっ! 近日中に、必ず」
失態を挽回すべくさらに頭を下げるゼビウス。
「そういえば前回の異世界人達の様子はどうなんだ? 今回のと同じ世界からの召喚だという話だが、妙な入れ知恵をされたら面倒だろう」
「練兵場での訓練の際に立ち会わせましたが、今回の者が暴れたりした時以外は近寄らぬよう徹底しておりますし、常に他の騎士達が監視しております。夜は部屋から出ておりませんからその心配は無いかと。部屋は3階の一番奥ですので抜け出すこともできませんから」
「それは侍女も確認しております。日が暮れた後は部屋から出ておりません」
思い出したかのような王子の質問にゼビウスとエリーシャが、今度は自信たっぷりに答える。
「ならばボクデンとかいう者に首輪を着け次第、奴等はオルストへの先陣に充てよ。どうせあと1年もすれば使い物にならなくなるだろうが、その前にオルストの主力を削ることぐらいはできよう」
塚原卜伝を騙った設定は生きていたらしい。実に罰当たりなことである。
それは置いておくとして、王の言葉で当面の方針は決定されたらしい。特に異論が出ることもなくこの場は解散となった。
会合を終えてセイラが自室に戻ると、そこに1人のローブ姿の男が待っていた。といってもさすがに王女様の部屋にいるのでフードは上げている。
自室といっても本当のプライベートスペースというわけではなく執務室を兼ねているので誰かが待っていたとしても不思議なことではない。侍女も常時数人が壁側に待機しているし、彼女と共に護衛の騎士も入ってきている。
慌てて膝を着いたローブの男を一瞥すると、セイラはデスク向こうの椅子に腰掛ける。
「姫様におきましては…」
「前置きはいい。私はそれほど暇ではないのよ」
バッサリと斬り捨てるように言い放った言葉でローブの男はセイラの機嫌が悪いことを察する。
男は伊織がこの世界に呼ばれた時に召喚の儀を執り行った魔術師である。
本来は宮廷魔術師長を務めるブラダ直属の部下であり、王女であるセイラと直接言葉を交わせるような立場ではない。
しかし、ブラダはベリタスと同じく、大した実力もないが爵位によってその地位に就いており、実質的にはこの男が宮廷魔術師を取り纏める国内屈指の実力者なのである。
そして、異世界より人を呼び寄せ、膨大な魔力を付与するという古の禁呪を復活させたのもこの男だ。平民よりも貧しいなどと揶揄される末端の下級貴族の生まれながら、その功績と卓越した魔法技能の高さが認められ宮廷魔術師の次席に任じられている。
「ではご報告いたします。宮廷にいる魔術師はほぼ掌握が完了しました。残っているのは情報を漏らす恐れがあり、且つ、大した力を持たない術師ですので大過ないかと
」
恭しく語る男の言葉にセイラの片眉が上がる。
「意外と早かったのね。でも、能力が高くてもこちらに靡かない者もいたのではなくて?」
一転して楽しそうに目を輝かせたセイラだったが、ふとそんな疑問を口にする。
「魔術師長が権力にしか興味のない無能ですし、加えて王太子殿下が”アレ”ではこの国もどうなるか、そう憂う者がほとんどでございました。中にはこれまでの秩序とやらに固執した頭の固い者もおりましたが、遺憾なことにこのところ王城内や王都内で不幸な事故が相次ぎまして」
そういってニヤリと嗤うローブの男。ほとんど自分が
「そう。人員の補充は必要かしら?」
「いえ、新たに人を入れても使えるようになるにはそれなりの期間が必要ですし、当面は殿下の邪魔になりかねませんので、ことが終わった後にでも」
男の言葉に満足そうに頷くセイラ。
「ところで、騎士団の方にも何か手を打っておいた方がよろしいのではないでしょうか」
「その心配はいらないわ。近衛騎士は既に掌握しているし、王都を管轄している第一騎士団はあの異世界人にいいようにあしらわれて立場が危うくなったところを私が取りなして貸しを作ってあります。千人長の役にある者からは協力を取り付けてあるので問題ないでしょう」
男の懸念をセイラはあっさりと払拭する。
「では、そろそろ、ですか?」
「そうね。以前の2匹、そして今回のを合わせればそれなりの駒は揃うでしょう。私の父であるこの国の王は自己顕示欲しかない無能、王太子があの性欲だけの豚では遠からずこの国は滅びるでしょう。
出来ればもう1匹くらいは異世界から駒を取り寄せたかったけれど、それはまた今度でも構わないわ。
とにかく気味の悪い猿だとはいえ、異世界人の能力は充分に利用価値がある。それが3人揃っているのだからこの時期を逃すわけにはいかない。
今回の異世界人に羈束の首輪が着けられたらすぐにでも前線に送ることになっています。その直前にでも式典でも開かせるとしましょう。その場で……」
「女王陛下の誕生、で、ございますな」
「気が早いわ。当面は今の国王を矢面に立たせる必要があるのよ。まず豚王子に死んでもらうだけ。それと無能な騎士団長と魔術師長にもね。
国王には望み通り大陸西方の統一を果たさせてやりましょう。その後は全ての責任をとらせて処刑すれば占領した国の統治もやりやすくなるでしょう」
そこまで語るとセイラは男の様子を窺うようにじっと見る。
男の背に冷たいものが流れるが表面には決して出さない。
満足そうに頷いたセイラが手を振ると男は一礼してその場を後にした。
「………………」
「………………」
「もしゃもしゃ、んぐ、ゴクッ、ふぅ~……どうだ? なかなか面白いだろ?」
メガネの老人が横に描かれているバケツのような容器から取りだした揚げ物を食い散らかしながら、心底楽しそうに言う伊織。
その向かいには英太と香澄が仲良く一本のイヤホンを左右で分け合いながら何かを聞いている。
「あの~……」
「これって、いったいどうやって」
2人が聞いていたのは携帯音楽プレーヤーからの音声だ。
内容は王宮の会合の内容と王女セイラの執務室のもの。
当たり前だが余人が聞くことのできるようなものではない。
「事前にいくつかの場所にボイスレコーダーを隠しておいたんだよ。最近の奴ってのは性能良いのな。500時間以上録音できる大容量バッテリー搭載でしかも音声が始まると自動的に録音してくれる。盗聴器みたいにリアルタイムで聞けるわけじゃないが、複数の場所を網羅するなら最適だ。2人とも食わないの?」
言いながら紙製のバケツを英太と香澄に差し出して促す。
「い、頂きます」
「……食べます。じゃなくて! そんなところにどうやって仕掛けたんですか? それになんでそんな沢山のレコーダーを持ってるんですか!!」
あっさりとチキンに釣られた英太はともかく、はぐらかされたと感じたのか香澄は地団駄を踏むように机をバンバンと叩いて詰め寄る。
「まぁまぁ、説明するから落ち着きな。あ、飲み物はコーラとジンジャーエール、コーヒーもあるけどそっちは缶の奴な」
英太はコーヒー、香澄はジンジャーエールを選ぶ。が、香澄はジト目のままだ。
伊織がこちらの世界に召喚されて凡そ2週間。
今日までに初日を除いて2度ほど英太達の部屋に来ているのだがその都度ポッ○ーやらきの○の山やらポテトチップスやらを差し入れている。
初日にご馳走になったハンバーガーや無線機を含めると、どう考えても伊織の持っているバッグには入りきらない量の異世界物産である。今日はそれに加えて更に某アメリカジジイのフライドチキンである。
「どうやって、ってのはまぁ、夜中に忍び込んで設置して回ったんだけどな。最初の数日でだいたいの配置と警備状況も把握できたし。それから持ってた理由は、たまたま持ってたからとしか言いようがないんだが」
はぐらかすような伊織の言葉に香澄の額に青筋が浮かぶ。
華のJKとしてはどうなのかと思うが、それも無理もない。
「いい加減教えてもらえないですか? 伊織さんって、絶対に普通の人じゃないですよね! 最初は危ない職業の人かとも思いましたけど、それにしても持っている物もおかしいし、いきなり日本から召喚されたにしては落ち着きすぎてます。
それに、以前のハンバーガーも今日のチキンもまるで出来たてをテイクアウトしてきたばかりの温かさなのは異常です。それに……」
「か、香澄、ちょっと落ち着いて…うっ!」
捲し立てる香澄を宥めようとした英太だったが一睨みで黙らされる。
弱い、弱すぎである。
詰め寄られている伊織はというと、何やら微笑ましいものを見るかのように目が優しげである。
「な、何ですか?」
さしもの香澄もその目にたじろぐ。
誤魔化されたり逆ギレされることは想定していたがその態度は予想外で戸惑いが先に立つ。
「ふむ。まぁそろそろ良いか」
香澄が言葉を切ると、伊織は顎に手を当てて何やら思案すると、何度かウンウンと頷くと真剣な表情を2人に向ける。
重大な何かを告げようとしている。
そう感じた英太と香澄は、知らず生唾を飲み込むと背筋を伸ばす。
「いや、そんな真面目な顔されると言いにくいんで、チキン食いながら聞いてくれれば良いよ。あ、ビスケットとコールスローサラダもあるけど、どう?」
「ガクッ……伊織さ~ん」
「はぁ~……とにかく教えてくれるんですね?」
肩すかしをくった2人が思わず脱力する。
「まぁ、細かいところまで話すと長くなるんで、それは別の機会にするとして。簡単に言うと俺が落ち着いているのは異世界が
「「は?!」」
ポッカ~ン、である。
手にしたチキンもポロリと落ちる。もったいないけど3秒以内に拾えばセーフだ。床じゃなくて膝の上だし。
「だからこの世界に召喚されたのも別に大して驚くことじゃないってわけだ。まぁ、前回は召喚されたんじゃなく時空の狭間、的な空間に落っこちて異世界に転移したから厳密には同じじゃないけどな。世界もココとは違うみたいだし」
「ちょ、ちょちょちょ、まっ、え? マジっすか?」
「あ、え? で、でも、それなら、けどそんな偶然……」
2人は大混乱。
異世界に召喚されたり転移すること自体がとんでもない確率なのだ。というか創作以外でそんなことがあるなどというのを考えたことすらない。宝くじ(スポーツくじ含む)に1億円以上当選した人の数は年間400人以上いるのに異世界転移する人なんて聞いたこともない。
にもかかわらず伊織は2回目の異世界だという。こんな偶然は宝くじの一等を10回連続で当選するのよりも確率が低いのじゃないだろうか。
「まぁ、そんなわけで同じことがあっても困らないように色々と準備してあった、ってこと」
「で、でもいきなり異世界に来たことには変わりないですよね? 準備っていっても……」
「そ、そうです。どうやってそんな沢山の物を持ち込んだんですか」
再びの異世界転移に備えるといっても心構えはともかく、常に必要な物を持ち歩くわけにはいかない。そもそも今回伊織が持ってきた物はとてもその手にあるバッグには入りきらないのは先にも指摘したとおりだ。
「ラノベなんかによくあるだろ? 荷物を別の空間に保管する魔法。それと似たようなものだと考えてくれればいい。そこに色々放り込んであるんだよ」
「アイテムボックスとか、そういう感じっすか?」
英太の言葉に伊織は頷く。
「っても、ゲームやラノベみたいに思い浮かべた物を好きな時、好きな場所に取り出せるわけじゃない。っていうか、そもそもあの原理ってどうなってんだ?……まぁ、それはいいとして、あらかじめ創っておいた空間との間に扉を繋いでそこに入って物を選び、取り出す必要があるから、まぁ、倉庫みたいなものだな」
そこまで語ると伊織は言葉を切り、英太と香澄の反応を見る。
二人とも呆然としている。当然だろう。
そもそもの話として、2人もこの世界に来て初めて知ったのだが、魔法というのはゲームや小説、マンガやアニメの描写とは異なり、それほど万能なものではない。
というか、そういった魔法の描写は近年の日本に限ったもので、古くから魔法は様々な儀式や魔法陣を描いたり、長々と呪文を詠唱したり、特殊な条件が必要だったり、生け贄や何らかの触媒のような物が必要だったりと、複雑な工程を経て初めて現象を発現させることができるという認識が一般的だったはずだ。
大体、一部のラノベにあるようなイメージして魔力を込めれば呪文すら唱えることなく魔法を使えるなんて、いつ無意識に魔法が発動するかわからず危なすぎてまともな社会を築けるわけがないのである。
なので実際に魔法にできることは状態を固定、強化したり、変化を加速させたり、治癒力や耐久力を高めたりと割と地味なものがほとんどである。
ただし、膨大な魔力や特定の触媒を用いたり複雑な条件を重ねることであり得ないほどの奇跡を起こすこともできる。
簡単に言えば、使い勝手は良いが効果の弱い魔法と実現の難易度が高いが効果の高い魔法があるということなのだ。
そのことからすると伊織の語る”倉庫のような空間”などというものは魔法の難易度は考えられないほど高い。日本のサブカルチャー的な常識では一般的なのは確かだけども。
とはいえ、香澄としては伊織が何らかの方法で現代日本の物品を入手する能力を持っていると想定していたらしく立ち直りは早かった。
「な、なら、こっちの世界でもその、アイテムボックス? 倉庫? を使うことができるんですね? 私達がここから逃げられそうな物も持ってるんですか?」
香澄達にとってはそれが一番重要だ。
勢い込んで尋ねる香澄に伊織はニヤリと人の悪そうな笑顔を浮かべる。
「もちろんあるぞ。とっておきのが。後はタイミングなんだが、どうよ、折角だからその式典とやらの最中に盛大に”ザマァ”ってやってやらないか?」
悪巧み全開の、まるでどこぞのお屋敷で越後屋と酒を飲みながら談笑する悪代官のような顔で伊織が提案する。
目の前にあるのは某電力会社のおかげで再び脚光を浴びそうな黄金の饅頭ではなく怪しいジジイがトレードマークのチキンだが。
「……どうするつもりなんですか? 今までの鬱憤を晴らせるなら大賛成ですけど」
「そうこなくっちゃな! こんなのはどうだ? 豚王の前で……」
「できるんですか? じゃ、じゃあこういうのは? ……」
「う~ん、悪くないけど、それなら……」
「それじゃあヌルいです! 私達がされたことを考えると……」
「うっわ、エグっ! けど悪くないな。んじゃそれとこんなのはどうよ……」
「それ良いですね! あ、もしかしてこんなこともできます? あの……」
某副将軍や某暴れん坊な将軍様が顔面蒼白になって逃げ出しそうなOSHIOKIプランを喜々として、いや、鬼気として語り合う姿に入っていけないのが若干一名。
「あ、あの、ちょっとやり過ぎじゃ……」
「英太は黙ってて!」
「ごめんなさい!」
英太の想いを寄せる香澄はちょっとだけお隠れになられたらしい。
その日、遅くまでその部屋でホラー映画真っ青な会話が交わされた、かもしれない。
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