第17話 僕は僕の世界を守り抜く

 ムギは文献を眺めていると、自分でも驚くが、文献の紋章に見覚えがある。


 よく見知っているものに、その紋章は刻まれている。




<゜)))彡<゜)))彡<゜)))彡

 



 ムギはマドレーヌ王国の森の中の石碑に辿り着く。そして石碑の側面を確認する。

 何かが、削り取られてしまった形跡がある。


 その同じ個所にオミソ村のデメキン様には文献と同じ紋章に加え、文字列が刻まれているのだ。



 信じがたいが、マドレーヌ王国の文献の紋章と、デメキン様に刻まれた紋章が同じなのだ。


 オミソ村の人間でも、デメキン様のその紋章に気づいているものはいない。おそらく知っているのは、注意深いムギくらいのものだ。


 その文字列は王国の碑石にも、文献にもない。



 「同じ紋章」「同じ個所に削られてしまった形跡」「文献にない文字列」……。



 ムギがもう一度文献を見直したのは、改ざんの可能性を考えたからだ。



 あれだけ関係をこじらせているマドレーヌ王国の人間が、正しく文献を残すだろうかと。



 都合の悪い部分を改ざんしようとする人間はいくらでもいたのではないか。

 その部分に何か手がかりがあるかもしれない。


 案の定、紋章の印は時系列で劣化していくはずなのに、よくよく見ると、そうなっていない。



 ムギは自分の考えが、確かである可能性が高いと思う。


 王国の石碑で削られてしまった部分は、おそらくオミソ村のデメキン様に刻まれている文字列が記載されていたのだろう。



 文献にもない文字列。消し去りたい人間が辺境の地であるオミソ村のデメキン様に刻まれていることを、取りこぼしてしまったのではないか。



 昔の言葉は読むことができない。



 しかしムギは知っている。





 文字列の内容、それは村に代々伝えられていている。




 ラルフのことを思い出すと、またムギの目から涙がとめどなく、流れる。




 絶対に死なせない。なんとか、してみせる。




 時間もないし、考えだって確かじゃない。でも、最後の最後まで、思考を止めちゃいけない。


 



 しかし……、ムギはまったく、言い伝えの内容、それをする気分になれない。





 でも、そんなことを言っている場合ではないのだ。




 ムギは決意する。何もしないよりは、何かした方がいいに決まっている。




 そして、ムギは言い伝えの内容を実行する。




 両手を上げる、その後、手を腰に当てる。




 おもむろに口を開ける。そして、言葉を紡ぐ……。



 呪文………ではない……。……というか、ムギは歌い始める。




 そして……、ステップを踏む!



 

 ムギは碑石の前で、号泣しながら、ダンスを踊り始める。




「デメキン様、ヘイッ、デメキン様、ヘイッ! ヘイッ! ヘイッ!」




 くるっと、まわっては、手を叩く。腰に手をあて、ステップを踏み、くるっとまわっては手を叩く。




 そう、文字列の内容はダンス!



 村の子供たちは体操替わりに何度も踊らされる。



 幼少の頃から冷めたところのあるムギは、それが嫌で仕方がなかったが、今は体に叩きこまれているこの状態を感謝するしかない。



 とてもダンスを踊る気分ではない。でもラルフの命がかかっている。







 ダンスが終る。









 特に碑石からは何の反応もない。










 またムギの目から、ボロボロと涙が出てくる。






 せっかく、踊りたくないダンスを踊ったのに。こんな悲しい気持ちの中。気持ちとは、まったく反対……。奇っ怪なダンスを踊ったというのに。







 このままでは、ラルフが……。ムギは涙がとまらない。







 石碑に頭を付けて、涙を流し続ける。







 ムギのすすり泣く声だけが、森の中に響く。







 突然、碑石から強い光がとびだす。



 




 そして、人の頭程の大きさで、魚のような生き物が、ムギの目の前に現れる。






 その生き物が話し出す。




「王族じゃないみたいだけど、可愛い男の子が泣いてたら、ほっとけないじゃん? 君、テンションと、踊りが全然あってない!」



 ムギは目を見開いて、その生き物を、まじまじと見る。



 そして叫ぶ。




「うわあん! 本当に何か出てきたーーー!!!」



 ムギが、泣き崩れる。




 魚のような生き物がムギの心境も知らずに飄々と話しかける。


「君、なかなか可愛いから、もっとキュートに踊って欲しかったな!」


 ウィンクまでする。





 ムギが冷たい目で、その魚のような生き物を見下げる。



「うるさい。そんなこと、どうだっていい。時間がない」



 ムギの冷たい目と反応に魚のような生き物は驚く。

「え、何この子……。ちょっと可愛いから、王族じゃないのに出て来てあげたのに。すごい態度悪いんだけど……」



 急いで打開策を見つけなければならないムギは、余裕がなく冷たい態度のまま、尋ねる。


「あんたは、あの城の後ろにいるデッカイのと、関係あるの?」

「君も、歌ってたじゃない。私はデメキン様よ」


 またムギが、その生き物を見下げる。


「バカなの? そんなこと聞いてない。関係性を聞いてるんだけど」


 デメキン様がバカという言葉に、口をあんぐり開けてして固まってしまう。


 ムギがそんなデメキン様を睨む。

「早く答えて!」


「本当に、何この子……、びっくりしすぎてリアクションに困る程なんだけど……。だから、私がデメキン様! あれもデメキン様! あの大きいのは力を媒介するためだけのもの。私が本体!」



 ムギがボロボロ涙を流して笑顔になる。デメキン様に抱きつく。


「いろいろ聞きたいことがあるんだ!」 



 デメキン様を離して、ボロボロ涙を流しながら、ムギが真剣な目で、デメキン様を見つめる。


 デメキン様の顔が赤くなる。


 デメキン様がモジモジしながら答える。


「い、いいわよ!」

「あのデッカイ精霊と、契約した人。そのせいで死んじゃうかもしれないんだ」


「そりゃ一人じゃ死んじゃうわよ」

「それを避ける方法はないの?」

「王族をもっと連れてきなさい」


 解決方法が出されたことにムギが笑顔になる。そして、またデメキン様に抱きつく。


「解決方法があるんだね!」

 

 またデメキン様が赤くなる。

「そうよ。ファミリーパックよ」

 

 ムギがまた、冷たい目でデメキン様を見下げる。

「そういうの、今、いいから」

「え……。すみません」

 

 ムギがデメキン様の手をとる。

「ここにいてね」

 デメキン様の顔が真っ赤になる。

「えっ!」

「だから、王族を連れてくるまで、ここにいて。約束だよ」


 デメキン様が照れながら頷く。

「わ、分かったわ」


 城へ向かってムギが走る。


「えー。私にあんな態度とる子は初めて! 可愛い!」


 急ぎすぎて、ムギが前のめりに転げそうになる。そんなムギをうっとり眺める。



「必死な後ろ姿も可愛い!」



 しかし、デメキン様の顔付きが、突然、無表情なものに変わる。



「でも、残念。可哀想だけど、この事実を知っても、知らなくても一緒。契約者一人が死ぬのは、いつものこと」




 今度はデメキン様が冷めた目で、ムギを見送る。




<゜)))彡<゜)))彡<゜)))彡



 石碑の前に王族が100人以上集まっている。ムギは泣き止み、デメキン様もちゃんといる。




 王族の中心にはマルコがいる。





 ムギが、マルコにペコリと頭をさげて、お礼を言う。


「マルコさん、集めてくれてありがとうございます」 




 そんなムギにマルコは、胸を張って、自慢げだ。

「これが王位継承10位の力だ!」



 それどころではないので、ムギはそのマルコの発言は無視し、マルコの前を素通りする。



 マルコから力なく声が漏れる。

「あ…」



 ムギは王族たち全員を、真っ直ぐ見て真剣な表情で語る。




「この精霊の話によると、みなさんが、この精霊と契約してくれることで、村長の負担が軽減されるんです。どうか協力してください。お願いします」



 ムギが深く頭を下げる。




 沈黙する王族達。



 一人の王族が質問する。


「私達が契約して安全だという保障があるのか? その奇妙な生き物言うことを信じていいのか? ラルフはすばらしい統率力だ。任せておけばいいじゃないか!」


 他の王族も言う。

「そうだ。今はラルフに将軍とは言っているが、実質、王として全権をまかせてあるんだ」



 王族達がざわつき始める。そうかもしれない、そうだラルフが王なんだからと、肯定的な声が聞こえる。



 デメキン様が冷ややかに、腕枕で寝そべりながら、王族達を見る。


「うんざりするほどに、変わらないわね〜。だから、この事実を知っていようが、いまいが、変わりないのよ。契約した人間には死んでもらった方が好都合。王位が回ってくるチャンスが増えるんだから」



 そして、王族達の憤りがムギへ向く。



「だいたいお前は何なんだ。王族でもないのに。関係ないじゃないか」


「ラルフが辺境の村にいるときに、腰巾着のようについて回ってた子供がいたとか。能力者でもないそうだ。何でもない、ただの子供」


「ドリルは能力者としても、隊長としても実力があるからまだいい。あいつは、こんな子供を構って何になるっていうんだ」

 


 王族の一人がムギの肩に手を置く。



「カッコよくて、出来るお兄さんに構ってもらって、自分まで大きくなった気がしちゃったんだよな? 何も出来ない人間によくあることだ」

「無能な人間に限って、言うことは大きい」




 ムギに対する否定的な言葉が飛び交う。




 ムギは目をギュッとつぶり、拳を強く握る。


 ムギは否定なことを振り払うのではなく、むしろ受け入れる。


 否定的な言葉に洗脳された時の記憶がフラッシュバックする。








 そうだ、この人達の言うとおりだ。真実だ。







 だけど……





 



 僕は僕の世界を守り抜かなくちゃいけない。








 不安で潰されそうな心。


 そんなムギの心を、ラルフからもらった言葉が、どんどん温かいものに塗り替えていく。



 ムギの心を力強いもので、後押ししていく。







 この人達は、僕を否定したいんじゃない。



 僕をこの場から退けたいだけだ。



 村長への後ろめたさがある。だけど同じくらい怖い精霊との契約。そして、その感情は当然のことだ。当たり前だ。怖いに決まっている。この人達の言うとおり……、なんだ。




 だけど、だけど……、




 ムギが近くの木を、思いっきり拳で叩く。鈍い音が響きわたる。



 そしてムギが叫ぶ。



「ふざけんなよっ!」








  静まる王族達。




 ムギが深呼吸して、落ち着きを取り戻し、語る。




「すみません、大声上げて……。王族ってだけで、こんなことしなくちゃいけないのは怖くて当然です。


 もしも戦ってるのが別の人で、ここに村長がいたら、そんな契約しないでくれって頼むかもしれない。


 実際、村長が精霊と契約するって聞いたとき他の王族じゃだめなのかって頼みました。


 でも村長は契約しました。


 祖国だからって。


 王族に生まれたら王を夢見るのかもしれない、


 こんな状況でも村長に嫉妬したり、


 良くない思いを持ってる人もいるのかもしれない。


 僕もそういう気持ち痛い程分かるほうだから」




 ムギがうつむく。そして勢いよく顔を上げる。




「でも、王族の特権階級意識だけで、いいわけないじゃないですか! そんなんで王族って言っていいんですか? そんなのいいわけないじゃないですか!」



 ムギが、また泣きそうになる。





 一つの手がスッと上がる。



 


 マルコの手だ。

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