第14話 希望への代償

 ペット、ライラも行ってしまった。


 やはり、自分には何も出来ない、そんな思いが頭をもたげるが、ラルフとの約束がある、怖じ気づく分けにはいかない。


 涙を流しながら、ムギは文献のある部屋に生き、文献をペラペラと何気なくめくる。


 何かに気付いたムギが部屋を飛び出す。



ーーー



 人工精霊の影響で、マドレーヌ王国も暗闇に包まれている。


 王国周辺をドリルなどの大勢の兵で防御壁を張るが、容赦なく黒い精霊が狂ったようにぶつかってくる。


 ドリルの部下が弱音を吐く。

「隊長、もう限界です!」


 ドリルが気丈に言い放つ。

「うんなこと分かってる! 限界は超えてこそだー」

「このクソマッチョ隊長ー!!」



 部下達の士気が上がるが、とうとう防御壁が破れる。



 黒い精霊がマドレーヌ王国兵に襲いかかろうとするところに、ライラが現れ地面に両手をつく、すると分厚い防御壁ができ、黒い精霊を間一髪のところで跳ね返す。


 ドリルが振り返る。

「お嬢ちゃん! 助けに来てくれたのか!」


「うっせー! 話しかけんな。こんな、分厚いの張るのは初めてなんだ。集中が切れる」


 ペットもやってきて、手をかざす。

「俺も微弱ながら手伝うぜ」


 しかし、黒い精霊はどんどん数を増やしていく。


 ライラの強い能力に惹かれるのか集中攻撃を受けていく。群れをなしてウヨウヨと数を増やし、しかも、のたうつように動きまわり、少しずつ大きくなっていく。


 ドリルがゾッとする。


「お嬢ちゃんの力を食らってるみたいだ……」


 ライラが、余裕な様子で言う。

「他に行かないなら、好都合だ」


 しかし、ライラにも限界が見えてくる。黒い精霊が絶え間なく、攻撃を繰り返す。



 ライラが苦しそうに周囲に伝える。



「お前ら、今のうちに逃げろ。私も、もつとは限らない」



 耳にしたことがない弱気なライラの言葉で、辺りに一気に不安が広がる。


 ペットが大声を出す。

「置いていけるわけねーだろ! お前食われるぞ」

「大丈夫だ。私は毎日筋トレを欠かしていない。ぶん殴る」


 ペットがライラを叱る。

「顔面蒼白で何にいってんだよ!」


 ドリルが腕まくりをして、自慢の筋肉を披露する。

「そうだ! お嬢ちゃんがだめになったときは肉弾戦だ」

 ドリルの部下たちも声を上げる。

「うっす!」


 ライラがいよいよ限界というところに、巨大な防御壁があらわれる。


 黒い精霊が勢いよく跳ね返される。




 城を見上げると、塔の上に立ったラルフの動きに合わせて、巨大な緑の精霊が動くのが見える。


 ドリルの部下の一人が叫ぶ。

「ラルフ様だ!」


 あたり一体に歓声が上がる。


 ラルフが手を真っ直ぐ前方にかざすと、巨大な精霊も、また同じ動きをし、巨大な精霊から緑の光が放たれる。


 黒い精霊が消滅し、また歓声があがる。


 その様子を見てペットが呟く。


「いけた……。王国の精霊で、人工精霊に打ち勝てる」



 ペットとライラが、複雑な表情でラルフを見上げる。


 ペットが呟く。

「ラルフ……」



ーーー


 暗闇の中、ラルフは塔の頂上に、一人立つ。

 

 黒い精霊の攻撃が無差別に起こり、たまに城に衝撃が走り揺れる。城の後ろは緑の精霊がそびえ立っている。


 ラルフが左手を上空にあげると、巨大な精霊も、ラルフと同じ動きをする。


 精霊から国全体を包む巨大な防御壁が張られる。防御壁が人工精霊の攻撃を弾き返す。


 ラルフが手を握った状態で、ゆっくり腕をおろし、真っ直ぐ前方に付き出すと、また巨大な精霊も同じ動きをする。


 ラルフが握った手を開くとその動きに連動して、巨大な精霊の手から勢いよく緑色の光が飛び出す。黒い闇に少し光が指す。


 しかし、すぐにラルフは目眩で床に手をつく。


 精霊もまた動きを止めてしまう。ラルフが頭を抱える。


「キッついな。しょっぱなでこれか。運動不足かな」


 立ち上がって、もう一度手をかざし、巨大な精霊から光を放つ。


 腕に、痛みが走る。光は勢いよく、全体に伸びていき、城を攻撃してくる黒い精霊を消し去っていく。




 その光は帝国陣営にも伸びていく。




ーーーー


 帝国陣営ではノアが負傷者を守るため、人工精霊と戦っている。


 鬼気迫る勢いで、人工精霊を剣でなぎ払っていく。



 背後からも襲われるが、それも見もせずに薙ぎ払う。


 兵の一人がその様子に思わず呟く。

「すごい……。人工精霊の動きを先読みできるのか」



 戦う手を、止めることなくノアが叫ぶ。

「第1〜第5部隊は総員、10時の方向で隊列を組め! 一気にくる!」


 兵も叫ぶ。

「総員ですか!? 精霊の動きが分かるんですか!?」


 人工精霊と戦いながら、ノアが頷く。


「素より軍隊を殲滅するために設計されている。人工なだけに、ある程度規則性がある。今までにない数だ。覚悟しろ!」


 兵達が隊列を組むと、ノアの言った方角から、本当に大量の人工精霊が襲ってくる。


 予め隊列を組んでいたため、兵達が応戦することができる。

 しかし、それにも限界が見えてくる。


 ノアがまた叫ぶ。

「兵器の破壊は!?」

「まだ、連絡がありません!!」

 ノアの顔が険しいものになる。

「なんとか、なんとか、兵器の破壊までは」


 すると、ノアが隊列からはみ出してしまった、兵を目にする。

 その兵を突き飛ばしてノアが守る。


 同じく隊列からはみ出してしまったノアに一気に人工精霊が群がるが、ノアが対処していく。


 ノアが兵に命令する。

「早く、隊列に戻れ!」

「しかし!」

「1秒でも長く持ち応えるためだ!」

 頷いて、兵が隊列に戻っていく。


 そこへ報告が入る。

「兵器の破壊、成功しました!」


 ノアが笑顔になる。

「よし! 次は人工精霊の許容量を超えさせ消滅させることを試みる。精鋭部隊に合流するよう連絡を!」


 一糸乱れぬ隊列で対処していく。


 しかし、ノアにも疲れが見えてくる。そんなノアに尋常ではない程の人工精霊が群がってくる。


 とうとう先読みしきれたなかった人工精霊にノアが喰われそうになる。



 そこへ突如、緑の光が指し人工精霊が消滅する。


 間一髪で助かったノアが呟く。

「この光は……」


 他の帝国軍兵を襲っている人工精霊も、光が消滅させていく。


 光が、どんどん帝国軍兵たちを救っていく。


 暗闇から差す光はとてつもなく美しい。


 何人かの帝国軍兵がマドレーヌ王国の方角からその光が放射されていることを確認する。




ーーー


 ラルフは苦痛で顔をゆがめていくが、緑の光を放ち続ける。


 まだ黒い精霊が狂ったように四方八方にマドレーヌ王国を攻撃する。それを緑の光が蹴散らしていく。


 やはり負担が大きいのか、突然、ラルフが大量に吐血し、地面に血が広がる。




 ラルフは右腕で口元を拭う。



「いよいよ、本当にキャラじゃないな」


 ラルフかざしている左手を右手で支え、帝国軍の方を、睨み、そして叫ぶ。

「緑のデッカイ人、あともう少しがんばろう」


 一番、強力な光がどんどん帝国軍の闇を晴らす。だんだん辺り一体が一気に晴れ渡っていく。



ーーー



 帝国陣営の空が晴れわたり、惨状がしっかり確認できる。


 ラルフの精霊の力、そしてノアの指揮によって命こそ落としてはいないが、兵達のほんどが倒れていて壊滅状態だ。



 兵の一人が怯えたように言う。


「こんな状態で連合国に攻められたら、帝国は終わりだ」

 兵が頭を抱える。他の兵達も先のことを不安がるように呆然としている。

 「もうダメだ」


 そんな悲嘆の声が各所であがる。



 ノアはマドレーヌ王国の方角へ片膝をつき、胸に手を当て敬礼する。


「村長さん、感謝申し上げます」



ーーー



 ペットや、ライラ達の陣営では、晴れ渡った空をみて、兵たちが喜びの声を上げる。



 ペットが城を見上げ、一目散に飛んでいく。


ーーー



 ラルフがぼやけた視界で、城下や辺りを確認する。柔らかい日差しが、自然ゆたかなマドレーヌ王国を照らす。


 「やりきったかな? よかった」



 こんなに静かなことがあっただろうかと思う程に、ゆったりとした空気が流れる。



「やっぱ目も霞むしダメっぽいね。なんやかんや大丈夫なんじゃないかって期待もしてたんだけど」



 そよ風がラルフの髪を優しく揺らす。




「ゼキちゃんに、長生きしろって言われたのに怒られちゃうな。


30歳になったって言ったら、オッサンって笑われるかな。


ペット……。


ムギ君にもウソ付いちゃった……」



 ラルフがため息を付いたあと、微笑む。


「まあ、ちょっと、いろいろ寂しいけど、まあ、まあ、楽しかったかな」



 巨大な精霊を見上げる。そして巨大な精霊に、穏やかに話しかける。

「契約なんかしたくなかったけど、守ってくれてありがとう」


 ホッとした顔をして、その場にドサッと倒れる。


ーーー



 ペットが駆けつけると、倒れているラルフを見つける。



 状況を悟り、ラルフの側へ飛んでいく、そして途中で飛ぶのをやめ、着地し、恐る恐る、一歩ずつ、一歩ずつラルフに歩み寄っていく。





 ラルフの側にそっとよりそい、覗き込むように顔を見る。





 ラルフの顔に小さいな手を、そっとあてる。



「おい、ラルフ? 大丈夫か? よくやった。なあ? 俺の声聞こえるか?」



 ラルフの表情はピクリとも変わらない。



 ペットが振り返って精霊に怒鳴る。



「どっかいけ、オバサン!」



 ペットは涙が止まらない。



「おい、ラルフ…。 起きろよ。 ふざけてんだろ?」




 小さな手が、ラルフの顔を揺らす。



「お前、子供の頃から寝起き悪くて、何回呼んでも起きなかったもんな。ほら、早く起きろよ。オミソ村に帰るぞ」




 ラルフの髪だけが、いつもと変わらないように風でサラサラと揺れている。




 疲れ切ってはいるが、優しい眠ったような表情は、本当に何一つ変わらない。




 すぐに目を覚まして、ペットに憎まれ口を言いそうだ。




 しかし、ラルフからは、何の反応もない。



「お前、今めちゃくちゃイケメンだぞ?」



 小さいペットの震える手が、ラルフの頬を優しく叩く。



「いつもみたいに、あたりまえだとか軽口叩けよ」



 それでも、ラルフから返事はない。



「お前は、イイヤツ過ぎるから王様なんて似合わないと思ったんだ。抜けてるくせに無理したりするから。だから国を出るって言った時、安心したのに」



 ペットがポロポロ涙を流す。


「さあ! やっと、オミソ村に帰れる! 早く荷造りして帰ろう!」


 やはり、ラルフから、返事はない。



「もう頑張り過ぎるぐらい頑張った。


まだまだ、やることいっぱいあるだろ!?


ムギも待ってる!


これで終わりなんて、ないからな!!!


お願いだから起きろよ! 


頼むよ!!!」

 

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