第12話 ムギ君、ありがとう
ライラが帝国の状況を冷静にラルフに報告する。
「帝国の兵器が未完成だった。黒い人型の生き物が帝国兵を襲ってる。野営にいるのは、帝国の兵力ほぼすべて。それが、まったく太刀打ちできていない。こっちにもすぐに来る。避難しないと大変なことになる」
ライラの発言に周囲がざわつく。
従者の一人が困惑する。
「兵力、人工精霊の形態は情報と一致しています。しかし、帝国自身が襲われているというのは、我が国の諜報部隊からは報告がない状況です」
王国の人間でもないライラの言葉を信じてよいものか、不安な表情をする。
ラルフが従者を安心させるように、微笑む。
「大丈夫なんだ。信じられるんだ」
従者が恐縮する。
「失礼しました」
大臣の一人が、状況を推察する。
「まさか人工精霊が未完成だったとは。我が国が連合国となり兵力では同等になった。それは帝国にとって想定外。その上、不安要素であった我が国の精霊を目の当たりにして、敗戦が色濃くなったが故に、一か八か発動させてしまったのか。もしくは我が国、そして周辺国含め、自滅するつもりなのか」
他の大臣が、悲痛な表情で呟く。
「血迷ったか……、帝国……」
ライラが説明を加える。
「野営は既に、とてつもない惨状だ。人口精霊は次から次へと増えて行く上に、帝国兵の能力を食らって、どんどん成長していた」
大臣や従者達が対策を思案し始める。
「我が国の精霊でも、国全体、ましてや連合国すべてを覆うような巨大な防御壁はさすがに……」
「増加し続け、成長し続けるとあっては……。それも、いつまで続ければいいのか」
「そんな力を使ったら、ラルフ様が本当に。それでも防ぎきれなかった時は……いったい。他に精霊と契約する王族がいるとは思えない……」
ライラがノアから託された手紙をラルフに差し出す。
「王女が必死に手渡してきた手紙だ」
ライラが力強い目でラルフを見る。
その眼差しで、この手紙を自分が今、手にすることが、どれだけの状況の中で行われた結果なのかを、ラルフは察する。
まだノアが本当に小さかった頃、自分とペットを見ただけで大泣きして、ゼキの後ろにずっと隠れていた。
あの弱虫なノアが、どれだけの勇気を振り絞ったのかと思うと胸が苦しくなる。
ラルフがすぐさま、その手紙に目を通す。
そして内容を大臣達に共有する。
「人工精霊の性能が分かった。能力者の力を奪い成長するが、許容範囲を超える力を与えれば消滅する。しかし、人間でそんな力を持つものはなく、つまりは不死身だそうだ。……人間の力であれば……か」
大臣の一人が声を上げる。
「で、では我が国の精霊の力で許容量を超えさせれば、消滅させることが!」
ラルフが頷く。
「その可能性は大きい」
さらに、大臣が続ける。
「連合国に来る分の人工精霊を消滅させるための最小限の力を使えば、ラルフ様の命も! そして帝国はこのまま人工精霊によって壊滅。勝ちましたね!!!」
周囲で歓喜の声があがる。
ラルフが、ライラに対し大人と同じ、対等な存在であるように、真剣な顔をする。
「ライラ君、貴重な情報をありがとう。感謝してもしきれない」
ラルフが大臣、従者達に指示を出す。
「計画を変更する。我が国の精霊で、すべての人口精霊を消滅させる」
歓喜に湧き上がっていた大臣達が、ラルフのその言葉で、戸惑いを見せる。
「すべて?」
ラルフが頷く。
「そうだ。帝国の精霊も全部だ」
大臣達が静まりかえる。
そしてラルフが淡々と話す。
「帝国自身が襲われているならば帝国を救い、帝国に恩を売る。それで好条件で停戦、条約、同盟までこぎつけたい」
大臣が怪訝な顔をする。
「停戦!? この好機に、帝国を救うのですか」
そして憤る。
「そんな帝国まで……。そんなに力を使えば、文献によればラルフ様が!!! お優しいのは結構ですが、それでは」
「勘違いするな」
ラルフの厳しい声に驚き、委縮する。
そして毅然と語る。
「勝戦国になったとして、我が国が統治国になるかは別問題だ。
確かに周辺国への帝国の圧政は許しがたい。
しかし、帝国という強国あるからこそ各国のパワーバランスがた保たれている事実もある。
潰せばまた新たな争いの種が生まれるだろう。
どんな国も戦が長期化した場合の国民に与える影響は計り知れない。
帝国を潰さずとも、精霊の力を見せつけることができれば戦は避けられる」
大臣、従者達が納得はするが、ラルフを失うことに、悲しみが隠せない。
そんな大臣、従者達に、ラルフが笑顔を向ける。
「私のことを気遣ってくれた気持ちは、しっかり受け取った」
大臣、従者達が目を潤ませる。
ムギも不安そうに、ラルフを見上げる。
「村長それって……」
「私も、またムギ君のおかげで目が覚めたんだ。少し前までは契約は自分の意志ではなかった。それは、大きな違いだ。そして帝国に対する選択を間違えずに済んだ」
「村長……」
ラルフが従者達に続ける。
「計画の変更会議を行う。その後、決行だ。それまでは、我が軍の防御壁で持ちこたえるよう命令を」
ラルフの決意が硬いだろうこと、それに今までとは違った、ラルフらしい優しい力強さに異議を述べるものはいない。
ペットもラルフの表情を見つめ、涙を拭う。もう今のラルフが決めたことに、口を出すことはできない。
ライラが手を上げる。
「その防御壁、私にも手伝わせろ」
潤んだ目をしたままペットも続く。
「俺もだ」
ラルフが頷く。
「ありがとう、頼む」
ラルフがムギの近くに行き、優しい顔を向ける。
ムギは「精霊を使わないで!」と、泣き叫んで止めたいが、ペットのように、覚悟を決めたラルフに対しては言うことができない。
「ムギ君、最後になると思うから、もう一度言うね」
最後という言葉にムギの目から涙が止めどなく、こぼれ落ちる。
ラルフがムギに穏やかに話しかける。
「能力の洗脳じゃなくたって、誰かが、ありきたりな否定をしてくることもあるだろう。
けど、ムギ君は自分自身を否定する必要なんてないんだ。
そんなことでムギ君の大切な世界を失わないで。
守り抜いたムギ君のその世界は否定した相手さえ救うことになるんだから。
どうか忘れないで」
ボロボロ涙を流すムギ。
決意したラルフに、せめて、なんとか元気よく返事をしようとするムギだが上手くいかない、涙声だ。
「はい」
そんなムギの顔を見て、ラルフが、不安そうな、それでいて笑顔にも見える表情をする。
「大丈夫だ! 私はイケメンでしょ?」
ぐずぐずの声でムギが答える。
「はい」
快活にラルフが言う。
「この顔面偏差値で死ぬわけない!」
ラルフのいつもどおりの優しさに余計に涙が止まらない。
「意味が分かりません」
ラルフはニヤッとふざけたように笑う。
「それに自分で分かる。この抜けた感じの私は絶好調だ!」
ムギと一緒にいられる、
もう残されていない時間を惜しむように、
ラルフが、ムギの名を呼ぶ。
「ムギ君」
「はい」
少しの沈黙の後、ラルフが言う。
「ムギ君、ありがとう」
その言葉をムギは抱えきれなくて、
最後なんて受け入れられなくて、
ムギの目からは、決壊してしまったように涙が溢れ、次から次へとこぼれ落ちる。
何か言いたいが、喉が詰まって、声が出ない。
そんなムギを置いて、ヒラヒラ手を振って、ラルフは行ってしまう。
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