第10話 王女ノア
兵の一人がノアに告げる。
「本部から連絡があった。謀反人が野営にくると」
ノアはすぐさま、アンの安否を確認する。
「アン隊長は?」
「隊長? 隊長などいない。だが謀反人は全員とらえた」
その言葉を聞きノアが、自分の下唇を噛み、不安に耐えるように俯く。ノアが自分を鼓舞するように呟く。
「時間を作ってくれたアンのためにも、ここで引き下がるわけにはいかない」
ノアが毅然と兵士に答える。
「この短剣は指揮官たる者が持つもの」
「青色のその紋章は永久欠番。ゼキ様の遺品にすぎない」
ノアの顔色が悪くなり、不安が表情に現れてくる。
ライラが雲行きが怪しくなってきたことに気付く。
「おい、お前大丈夫か? 短剣意味なくないか? お前、本当に王女か? あだ名じゃないか?」
ライラの飄々とした話し方に、ノアは落ち着きを取り戻し始める。
「普通に実力のあるアンが、この短剣を持ってた方が効果があったんじゃないかなって気がしてきた」
「おい」
どこまでも、冷静で淡々としているライラ。
そして、にやりと何故かノアは笑みを浮かべる。
そして、ノアは兵士に言い放つ。
「そう! 死んだら永久欠番!! そういうことになってっけど! でもさ、国内外で今も人気の高いゼキ様の短剣を、瓜二つの妹の私が持ってんだよ!? ゼキ様のご意志ってなるところじゃん!」
兵が答える。
「瓜二つ? 容姿も内面も似ても似つかない。王族の短剣を謀反人が持っていても何もならない。ゼキ様の名が汚れる」
「おい、お前すごい言われようだぞ」
ライラが、さすがにノアを心配する。
ノアは相当に痛烈なことを、言われたにも関わらず腕を汲み、冷静に分析する。
「帝国生まれなら、ご存知だと思うんですけど、かなりの実力主義で、ただの王族って逆に下にみられるんですよね。特にこう言ったエリート階層に」
そして、ノアが帝国兵に向かって叫ぶ。
「頭硬くないっ!? バカなの!? 臨機応変って言葉知らないの!? 空気読めよ! 勉強と筋肉だけ野郎がッ!! みんな勉強バカ、筋肉バカ! バーカ、バーカ!!!」
ノアが頭を振り乱してパニックになってしまう。
ノアが激しく騒ぎ始めたため、周りの兵達がうろたえる。
「ノア様は精神を病んでるところが、あるそうだ。丁重に保護しろとも連絡が」
「精神病んでるってひどくない? 言い方ってもんあると思うんだけど! ギャーーーッ!!!」
「本部からの命令は絶対だ。なんとか落ち着かせなくては。医師を呼んでこい」
更に兵達がうろたえ始める。
兵達がうろたえているすきにノアがこっそりライラに、手紙を手渡す。そして小声でライラに話す。
「オミソ村の村長さん、……いえ、マドレーヌ国王にこれをお願いできますか。兵器の事について書いています」
ライラが手紙を受け取る。
「帝国の兵器は未完成です。発動すれば帝国だけでなく、連合国にも大変な被害が及びます。避難の指示を」
ライラがノアを気にかける。
「あんたは?」
ノアがライラを、真っ直ぐ見る。
「大丈夫です。あだ名みたいですけど、一応王女なんで。手酷いことにはなりません」
ノアがニコッとライラに笑顔を向ける。
ちょっと迷ったライラが頷く。
「分かった」
ノアが頭を振り回す。
「ギャーーーー! 凄い酷いことを言われた! ありえない!!!」
兵達がうろたえている隙に、ライラが突然、帝国兵に炎の能力を使い攻撃する。
とっさに帝国兵が反撃するが、今度は、押し負けない。帝国兵達がライラの能力に耐えきれず、倒れる。
兵達は先程のライラとの力の差に驚きが隠せない。
「お前、さっきと力が」
「お前らの発動の仕方、パクッた」
「今!?」
「悪いな、格違いだ!」
ライラが、攻撃し、なんとか、包囲網を抜け出す。
走っていくライラを見届け、ノアは安心した表情を浮かべる。
「ライラちゃん……。お願いします」
ライラが走り去った後、ノアが帝国兵に囲まれる。
「王女だと甘くみていれば、とんだ茶番を」
ノアが続けて、毅然とした態度で兵達を説得する。
「人工精霊を発動させてはいけません。未完成です。野営にいるもの全員犠牲になります」
帝国軍兵達はノアの声に動じない。
「謀反人の言うことなど聞くわけにはいかない。兵器が未完成だという情報は何一つ伝えられていない。本部がこの戦力を犠牲にするとは考え難い」
ノアが説明を加える。
「連合国と兵力では同等。あとは王国の精霊と、こちらの兵器の力の差が勝敗を分ける。王国の精霊が本当にあった場合、兵器の存在を差し引けば必ず負ける。精霊を確認次第、未完成にも関わらず、一か八かで発動させるつもりなんです」
「兵器が未完成など聞いたことがない。とにかく、そんな話しを聞くわけにはいかない」
ノアと兵が押し問答をしているところで突如、周囲がざわつく。「精霊だ」という声があちこちで上がる。
ノアが王国の方角を見ると、巨大な精霊が現れている。野営からの距離からいっても、相当に大きい。
不気味な緑色をした女神を模した巨大な精霊を目の当たりにした帝国軍に緊張が走る。「本当にあったんだ」という声も入り交じる。
サイレンとともに、帝国軍兵の声が響き渡る。
「王国に巨大な精霊を確認」
巨大な精霊に呆気にとられていたノアが、そのサイレンで我に返る。
ドスの効いた声でノアが叫ぶ。
「発動させるな! 命令だ!」
ノアの声むなしく、けたたましいサイレンとともに、人工精霊が発動される。
ライラとムギが見た機械から、人型の黒い精霊がウヨウヨと出てくる。帝国軍兵の喝采がおきる。
しかし、しばらくすると黒い精霊が帝国軍兵を襲い始める。
自国の兵器が自分達を襲うとは思っていなかった帝国兵達が不意打ちをくらう。
帝国軍兵の放つ能力が黒い精霊にまったく太刀打ち出来ない。
力尽きた帝国軍兵を、次次と喰らうように襲っていく。
そして、あたり一体が暗闇に包まれていく。
野営は人工精霊に対応できない兵達の混乱で、騒然とする。
果敢に立ち向かう者もいるが、多くの者がすぐ精霊に負けてしまう。
精霊は兵達の能力を喰らう度に大きくなっていき、立ち向かっている者も、その成長した精霊には負けていく。
叫び声がし、逃げ出そうとする者もいるが、人工精霊がそれを逃すまいと、襲っていく。
ノアがその惨劇をみて、呆然と呟く。
「やはり完成していない。まったく制御できていない……。もうダメだ。全部終わりだ。ごめんなさい。止められなかった」
ノアの元にも人工精霊が襲ってくる。その気配に気づいているが、ノアは動こうとしない。
自国の兵が、自国の兵器で襲われている様をただただ見ている。
「やっぱり頑張ってもダメだった。頑張ったのかな。もっと、もっと頑張りたかった。もっともっと、頑張らなくちゃいけなかった。もっと、もっと早くから」
そして目の先には、騒動で落としてしまったゼキの短剣が虚しく転がっている。
ノアの両目からポロポロと涙が出る。
「本当にごめんなさい」
ノアは、上空から自分に向かってくる人工精霊の方を見る。
数匹の人工精霊が群がってノア方へ飛んできている。
それを見つめるばかりで、ノアは何もしようとしない。
防御もとろうとしない。
人工精霊がウヨウヨと不気味にどんどん数を増やして迫ってくる。
それでも何もしない。
ただ上空から迫りくるそれを見つめるだけ。
「手紙……、村長さんに、ちゃんと届くといいな……」
そう呟くと、ノアは、そのまま目を閉じる。
そして、目を閉じたまま、穏やかな顔で少しだけ微笑む。
「ライラちゃんに頼んだから、大丈夫だね」
人工精霊がノアにいよいよ迫ってくる。
そしてノアを喰らう。
しかし、喰らう直前で人工精霊がノアの前から薙払われる。
ノアに向かってくる人工精霊を帝国兵達が剣で勢いよく薙ぎ払っていき、ノアのもとに兵達が集まっていく。
ノアが目を開けると、帝国軍兵達がノアを囲むように守っている。
「危険を顧みず決死の覚悟で伝えに来てくださったのに。私達を守るために、あんなに必死に何度も、何度も。申し訳ありません」
人工精霊の攻撃を受けながらも、兵達がノアを守る。
その様子をみて、ノアは呆然とする。またノアの目から涙がボロボロと溢れてくる。
「また逃げ出すところだった……」
ノアは俯く。
地面に涙の跡がボタボタついていく。
そしてノアは自分を守るために戦う兵達に達に深く頭を下げる。
「ありがとうございます」
混乱で落としてしまっていた短剣を兵がノアに手渡す。
「王女、指揮を」
ノアが短剣をギュッと握り、険しい顔付きになる。
「まだ、やれる」
空を睨み付ける。
「たとえ破滅しかなくても、まだ、やれる」
俯いたノアが滲む涙を拭って、顔をあげる。そして泣きっ面の顔を叩き気合を入れる。
そして、ノアが兵達に命令する。
「兵器が未完成であったことを本部に連絡。兵器の停止方法を確認せよ。
人工精霊は能力者の能力を喰らって成長する。能力は使用せずに応戦すること。隊列を組み負傷者を保護。
そして、これだけ制御できていない以上、兵器の停止は出来ない可能性が高い。
その場合は防御壁で精霊をおびき寄せ時間を稼ぐ。
その間に精鋭部隊はこれ以上精霊を出さないため、兵器の破壊を試みよ」
そしてノアが短剣を頭上に掲げ、不敵な笑みを浮かべ、ドスの効いた大きな声で叫ぶ。
「これ以上、被害を拡大させないことが、帝国軍の最後の誇りだ!」
帝国兵達が雄叫びが上がる。
ーーーー
野営をうろつくムギは、帝国軍兵に、後ろから肩を掴まれる。
ムギは自分は何をしているんだと、後悔に後悔を重ねる。そして振り返って帝国軍兵にヘラヘラと笑って話す。
「あの、ちょっと道に迷ってしまって」
愛想笑いなど、帝国軍兵には通じない。帝国軍兵が言う。
「マドレーヌ王国側の人間か? 大した情報はなさそうだが、一応確認しとくか」
ムギの頭をボールでも持つかのように、無造作につかむ。その力が強くて、ムギは逃れることができない。
「お前、何にも持ってないのに上手く、やってきたみたいだな。私は、お前みたいな立ち回りだけ上手いような人間が嫌いなんだ。これは、そんなお前にプレゼントだ。自問自答して精神食い潰して死ね。さよなら、無能くん」
帝国軍兵が捨てるようにして、ムギの頭から手を離す。
ムギが地面にガクッと膝を付いて、頭を抱える。
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