第8話 敵国の優しき想い
王女ゼキがベッドに息苦しそうに横たわり、その側には従者の女性アンがいる。
「この国は間違った方向に進んでる。ノア……。あの子になら託すことができる」
アンがゼキの手を握り涙を流す。
「でも、あの子は、まだ小さい。それまで短剣はアン、あなたに。まだノアが小さいうちに何かが起こったら……。あなたは、部下からの信頼が厚い。あなたが、この国を」
ゼキが咳き込む。
「はい」
ゼキの細い手を、額につけ、アンが涙を流し続ける。
ーーーー
大臣に斬りかかったことで、謀反人として幽閉されたノアが、自室の椅子におとなしく座っている。
ボーッと窓辺を眺めていると、遠い記憶を思い出す。
ノアが見つめるその窓辺に、病に伏せるずっと前、記憶の姉ゼキとアンが楽しそうに話している。
「やっぱり、子供の頃に出会ってたのは、あの人!? すっごいイケメンじゃん!」
「ゼキ様、言葉遣いが」
「残念な感じに成長してても、彼しかいない! 結構な感じで、お太りになっていたとしても! 帝国の王女たるもの容姿で人を判断なんてしないわ。でも……これじゃあ………、私が面食いみたいじゃないッ!」
ゼキがデレデレと笑う。
「その喜びよう十分に面食いっすよ。でも、こんなにカッコ良かったら、誰かがもう、唾つけてるんじゃないですか?」
「唾って、アンも言葉遣い、大概だな! てか、王位継承順位101位って何!? 何位まであんの?」
アンが少し残念そうにする。
「ゼキ様とじゃ、釣り合わないですね」
「うーん」
少し悩んだあと、ゼキがニコッと笑う。
「いや、都合がいいんじゃない!? 唾つけられたら、帝国王女の権力でなんとかなるじゃん? 若くして既に国政にも携わる私の力があればっ!」
「さすがゼキ様、頼もしい!! あ、でも変な名前の精霊にベッタリでした」
「あー、いたわー。ライバルはもしかして、あれかー。姑感あるわー」
キャッ、キャッと二人が話している。
窓辺をボーッと見たまま、ノアが呟く。
「ツッコミ、不在やんけ……」
すると部屋の扉が開き、軍服を着たアンがあらわれる。その姿をみるや、ノアがアンにすがりつく。
「アン! 助けて! ここから出して! 大臣に殺される! 姉上のこと殺したって言うし! それに歴史の教科書とか見ても、王族ってだいたい最後、悲惨じゃん!? 死ぬ!!!……ていうか、私が大臣を殺そうとしたのか!? 殺人未遂!? ヤベー、普通に罪人だよ私!!」
「ノア様! 別人!? さっきの勇ましさはどうしたんです」
「見てたの!? なら援護してよ! 鬼なの!? ギャー!!!」
「ノア様、言葉のチョイスがヤバイです。大丈夫です! 絶対に大丈夫です」
「絶対なんてあるか! 死ぬよ! ギャー!!」
アンが短剣をノアの目の前に差し出す。その短剣を見た瞬間ノアが黙る。
「そうです。指揮官の証であるゼキ様の遺品です」
その短剣をノアの手にしっかり握らす。
「ノア様は大丈夫です。生前ゼキ様がノア様には底知れない力があると言っていました」
ノアは短剣を、じっと見つめる。
「それにゼキ様は大臣が殺したわけではありません。そんな事実はありません」
「え……。でも病になってもらったって」
「ずっとお側にいたので間違いないです」
「じゃあ、なんで、あんなこと」
ノアが戸惑いをみせる。
「表面的には、兵器の秘密を知ったノア様を謀反人として幽閉したかったためのウソ。その挑発にまんまとノア様がのったわけです」
ノアが居心地の悪そうな表情を浮かべる。また少しパニックになって言い訳を始めてしまう。
「うっ。だってさ!あんなこと言われたらさっ……」
アンが、唐突にノアの頬に触れ、微笑む。
「本当は、ノア様をこの戦いから遠ざけたかったのだと思います」
「え……」
「ゼキ様がご自身の病状よりも心配され、大切に想っていたノア様のことを、守りたかったのだと思います」
アンがゆっくりと、優しく語りだす。
「この国がまだ帝国でなかった頃、他国から受けた不当な扱いの数々を知る者は多くいます」
「うん……」
「大臣の帝国を思う気持ちや、ゼキ様を亡くした悲しみはノア様と同じかもしれません」
アンが自分を励まそうとしている想いが伝わりノアの気持ちが落ち着いてくる
「まだ、まだ、なにかできる……かな」
「強くなったノア様をゼキ様が応援していないわけありません」
「でも、もう帝国に打つ手は……残されてない。私には連合国を作り上げたマドレーヌ国王のような手腕はない……」
やはりノアが、悲嘆にくれてしまう。
「ノア様にお伝えすべきことがあります。マドレーヌ国王は、ノア様も訪れたことがあるオミソ村で村長をしていた者です」
ノアが驚きで言葉を失う。
「村長さんが!? そんなことが………オミソ村……」
「それと、あの者と、ゼキ様は結婚を約束してました」
ノアが今まで一番驚く。口に手を、あてて、のけぞる。
「え!! 待って、待って、とっちらかってきたよ! それじゃあ村長さんがお義兄さんだったかも!?タンマ、タンマ!!!」
ノアの反応が可笑しくもあるが、アンは悲しく笑う。
「……叶いませんでしたが」
ノアもゼキとラルフの気持ちを考えると苦しくなる。
「ノア様がオミソ村に訪れたのは偶然ではありません。ノア様と帝国……そしてあの者への、ゼキ様の想いが導いたものとしか思えません」
つい最近訪れたばかりの村なのに、「オミソ村」という言葉が懐かしく感じられ、緊張がほどけ、安心し、涙が溢れる。
「ノア様が兵器の秘密に辿り着いたことを知った後も、私と意志を同じくする配下の部隊だけで、動くつもりでした」
「だから、あんなに相談しようとしても、はぐらかしてたの?」
「私もノア様だけは守りたかった」
ノアが涙を流しながら怒る。
「私は……、そんなに守ってもらわなきゃいけない存在じゃない! そりゃ頼りなくて、心配させることも多いし、そこは申し訳なく思うけども」
アンが、優しく笑う。
「はい。存じ上げています」
「え、前の部分? 後ろの部分?」
短剣を握ったノアの手をまた、アンがギュッとにぎる。
「私の僭越な振る舞いをお許しください。この短剣は王族が持つべきもの。王女、ご命令を」
「マドレーヌ国王はオミソ村の村長さんなんですね」
ノアが腕で涙を拭う。
「兵数名と私は野営に向かい、王族たる指揮官として兵器の発動停止命令を出します。とにかく、あそこにいる兵を守らなくては。アン及び配下の部隊は私が野営に向かうまで、城の部隊を食い止めてください」
アンが片膝を床につき、手を胸にあて敬礼する。
「はい」
ノアが横目でアンを見る。
「だ、大丈夫ですか? 城に残る兵は少ないですが、残されたうちの1部隊は精鋭中の精鋭……」
アンが笑う。
「せっかくカッコよかったのに! ノア様は戦地に行かれるのですよ? ご自身の心配をなさってくだい。それに私は帝国軍学校主席にして、最年少で王族たるゼキ様の側近になった実力ですよ。いわば最強の能力者!」
ノアがくすくす笑う。
「誰かが聞いたら、怒って張り合いそう」
「帝国軍学校出のお友達が出来たのでしたね。その後輩と、ぜひ手合わせ願いたいです」
ノアが真剣な顔をする。
「止めて。アンも大人気ないところ、あるから! 絶対に止めて!」
アンが、ニコッと笑う。
「ノア様、ご武運を」
「はい。今より戦地に向かいます」
ノアが駆け出し部屋を出る。
部屋の前で警護をしている兵士を蹴り飛ばす。
「本当にゴメンナサイ!!!」
兵士が、叫ぶ!
「謀反人が部屋から出……」
アンが兵の肩を叩き、振り返った兵士に満面の笑みを向ける。
「この国の王女に向かって、謀反人とは無礼ですね。この時点で精鋭部隊を呼ばれちゃうと、さすがに持たないんで。悪く思わないでくださいね」
アンをみて、兵が後退りするが、殴り飛ばす。
そしてアンは、兵を蹴り飛ばしては、ペコペコするノアの後ろ姿をみて、願う。
「ノア様、お願いします。もう、帝国を守れるのは、あなただけです」
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