第5話 託されたことの意味
ムギはラルフの部屋に通され、ラルフが仕事を終えるのを待っている。机で忙しそうに書類に目を通し、一通り終えると、ムギの方を見る。
「待ってもらってごめんね。もうすぐ会議だから。それに話したら、すぐに村に帰るんだよ。いいね?」
ムギがラルフの顔を見て、だまってうなずく。
「さっき話していた精霊って、負担が重いってやつですか?」
ラルフがうんざりした様子だ。
「ペットから聞いたのかい? まったくペットはおしゃべりだな」
「村長が……契約するんですか?」
「必要があればね」
ムギには到底受け入れられない回答だ。
「え。待って、ちょっと話についていけないです。だって、ペットが、その命と引き換えにって。え?」
ムギは、不安で少し混乱してくる。
「そんなもの使ったら、村長はどうなっちゃうんですか」
ことの重大さとは、うらはらに、なんでもないことのように、ラルフは続ける。
「私は大丈夫だよ。さっききの王様みただろう? 王族なんてプライドの塊なのに国民のために、あんなに頭を下げて」
それは分かるが、でもムギは理解できない。いや、理解するわけにはいかない。なぜ、ラルフの命と天秤にかけられているのか。ただならぬ事態だ、普通じゃない。誰かを助けるために命を落とすのか。
「だから村長が犠牲になるんですか? 村長はオミソ村の村長でしょ? オミソ村は町でいいって、疲れすぎちゃうからって。いつもの、どこか抜けてる村長はどこに行っちゃったんですか」
「そうはいかない。この辺りは資源が豊富だ。前々から帝国が領土にしようと狙っていて、周辺諸国も苦しめられている。誰かがやらなくちゃいけないんだ」
ラルフは姿勢を一向に変えない。
まさに、王たる佇まいだ。
それは勇ましいことなのかもしれない。しかしムギの心に生まれた違和感を、もうムギは無視することなどできない。
「村長! いつから、そんなに偉くなったんですか! 聖人かよ! 僕にいいましたよね? 浮かれやすいから人形売りは続けろって。そんな周りから必要だ、必要だって言われて見失わないでください」
「ムギ君が私のことを心配してくれるのは嬉しい。けどいつまでも、フラフラしてるわけにはいかないんだ。やらなきゃいけないときがあるんだ」
「やらなきゃって。それに、そんな精霊つかったら、相手の帝国軍の人だってただではすまないでしょ?」
「国のすぐ側で帝国軍が野営しているんだ。もう悠長ことはいってられない」
ラルフが十分に気にしていて、もっとも苦しんでいるだろうことを分かっている。けど、その事を問いかけない分けにはいかない。
「帝国って言っても、王女みたいな普通の子が、普通に悩んだり、普通に笑ったり、普通に暮らしているのに? ライラだって、ちょっと何かが違えば帝国にいたかもしれない」
「道理が通らないこともある。子供には分からないこともあるんだ」
もう、言葉の応酬にしかなっていないことにムギは気づき始めている。初めて会ったときに、ラルフはすぐにムギのことを分かってくれた。そんなラルフを今度は、なんとか助けたい。でも伝わらない、届かない。
「そんなこと、今までただの一度だって言ったことなかったのに。ペットだって心配してるんですよ…」
「この前、撃退したときとは帝国陣営の規模が違うんだ。来てくれてありがとう。行かなくちゃ」
こんなこと聞くのは、間違っているんだろう、でも、どうしても聞かなくちゃいけないことがある。勝手なことは分かっているが、少しでも、この状況の打開の可能性のあることなら、聞かなくちゃいけない。
「村長! その、それは……村長がやらなくちゃいけないんですか? 別に村長がやらなくても王族なら他にたくさん」
「今は私が全権を握っているんだ」
「じゃあ全部、最初からこの役割のために…。みんな、精霊の力を使うことの代償を知っているんですか?」
ラルフがだまり何も言わない。ムギはすべてを察する。
「みんな知っているんですね? だから王様じゃなくて将軍? もしも精霊を使わなかった時、村長が王様にならないように? 都合よく使われているだけなじゃないですか!」
ラルフがうなずく。
「自身の病状や、帝国との関係性、精霊の力との代償。すべてを含めて先王は、王位には程遠い私に託したと理解している」
ムギは、もう言葉が見つからない。伝えたいことが、伝わらないのに、もう言葉が見つからない。
「それでも私の祖国だからね。話はお終い。ちゃんと村に帰るんだよ」
ムギは返事をすることができない。
返事をしないムギの両肩を掴みラルフが念を押す。
「約束したよね? 早く帰りなさい。 ムギ君は賢い子だよね?」
そう言い残して、ラルフが部屋から出て行ってしまう。
部屋に残されたムギが呟く。
「そんな子供扱い……」
ムギは目から滲んでくる涙を腕で拭う。
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