永遠に
第1話 沈む眼差し
ムギが役場へ向かうと、風呂敷を背負ったラルフ、ペット、そしてドリルがいる。ムギがドリルに声を掛ける。
「あ、ドリルさん、お久しぶりです」
「おう、坊主。元気か」
ドリルがムギに笑顔を向ける。しかし、どこか上の空だ。
ラルフがムギに告げる。
「ムギ君、マドレーヌ国王が死んじゃったらしいから、さすがにちょっと実家帰るわ」
話し方と内容にあまりに差がある。ムギは当然に心配せずにはいられない。
「なんですか、その軽いのり。大丈夫なんですか!?」
「王位継承101位なだけあって、法事で指ぬきの手品みせてくれる名前の知らない、おじさんが死んじゃった感じぐらいだから、その変は大丈夫」
ラルフの調子は変わらない。
「なんですか、その例え」
少しうつむいたラルフがやはり、辛そうだ。
「まあ、いい人だったよね…。そんなに長くならないと思うから」
ムギは、三人が村を出て行くのを見送る。途中でラルフが躓き、すかさずドリルが、支える。
ムギは、やはり普通の様子ではないラルフを思い呟く。
「大丈夫かな……。そりゃ大丈夫じゃないよね」
〜〜〜
数日後、ラルフは村に帰ってきて、村長としての仕事をし、デメキン様人形を売るという、いつもと変わらない生活を送っている。
でも、ムギにはどうにも上の空のように見える。そもそも普段が抜けているところがあるため、他の人は気づかないようだったが、ムギには分かった。
村長室から、頬杖をついて窓の外を見ているラルフにムギが問いかける。
「村長、大丈夫ですか」
「うん? 何がだい?」
「考えごとしてるみたいだから」
少し、驚いたようにムギを見てから、笑っていう。
「私だって、少しは何か物憂げに考えるときもあるのだよ。いつもアホだと思わないでくれたまえ」
「いや、アホだとまでは思ってませんよ」
ムギは、いつものように軽口を叩くラルフに少し安心するものの、気掛かりではあった。
また、しばらくして、ドリルがオミソ村にやってきた。深刻な表情で村長室に入っていくドリルが気になり、部屋の外から耳をそばだててしまう。かすかにドリルの声が聞こえる。
「帝国が無理難題を要求し、応えられないでいると、謀反の疑いがあるとして、開戦を申し込まれました。これは王族からのラルフ様への任命状です。将軍という地位で、王国の全権を預けるとのこと」
ムギはラルフは、こうなることが分かっていたのだと悟る。ムギは途端に不安になる。
〜〜〜
ムギや、おやっさんなど村人が数人集まった村長室で、ラルフが告げる。
「勝手を承知で申し上げるのですが、少しの間、実家に帰ります。その間、チビ村長を頼ってください」
ムギはラルフが行ってしまうだろうことを予想していた。不安が的中してしまった。しかし、ラルフのことを思い不安を悟られないように言う。
「チビ村長って、分かりましたけど」
おやっさんが、明るく声を上げる。
「村長がしっかり規則を作ってくれたから、チビ村長でも大丈夫だな。村長、安心して行ってきてくれ」
ムギがおどける。
「チビ村長、定着しちゃうよ」
「ありがとうございます」と、ラルフが深々と頭をさげ、その様子にムギが知る、いつものラルフではないと感じる。
〜〜〜
広場で、ムギとラルフがデメキン様クッキーを頬張る。クッキーを見つめながら、ムギがぼやく。
「あんまり売れませんね、このクッキー」
「私が売ってもイマイチだからね。やっぱり、この奇抜な赤がいけないのかな」
「村長……」
呼びかけたっきり、ムギが話さないので、ラルフが首をかしげる。
「うん? どうしたんだい?」
「オミソ村に帰ってきますよね」
ラルフが少しだまって、言葉を選んでいるように見える。
「とおり一辺のことを言ってもムギ君には、分かってしまうだろうからな」
また少しだまって、今度はラルフが快活に言う。
「何とかして帰ってくる! オミソ村をまだ町にしてないし、まだまだやることは、いっぱいあるかね!」
ムギもラルフの、から元気に合わせることにする。本当は不安で仕方がないけど、ここで泣き出す程、子供ではない。せめて、ラルフにオミソ村は大丈夫だと思ってもらいたい。
「絶対ですよ! 村長がいなくなったら、売上下がって、おやっさんが泣きますからね」
ラルフも笑う。
「そうだね」
そこへ、ペットがとんでくる。
「抜けものにすんなよー! ……なんだデメキン様クッキーか」
ムギが笑う。
「あんまり売れないって話をしちゃったけど、おやっさん泣くよ」
「内緒で頼むな」
「ペットも、絶対に帰ってきてね」
ペットも深刻な顔をした後、明るい顔をする。
「当たり前だ!」
〜〜〜
ラルフがいなくなった後のオミソ村はラルフが、効率のよい規則を細かく規定していたため、滞りなく運営できている。観光客も安定的に訪れ、毎日賑やかだ。
しかし、オミソ村にもマドレーヌ王国と、帝国の関係悪化の情報は伝わってきて、ムギの心配はラルフが村を出ていった時からずっと続いていた。
〜〜〜
えんじ色で上着の丈が長い軍服を来たラルフとマドレーヌ王国の大臣、帝国側の大臣が向かい合って会談している。ラルフが交渉する。
「領土の一部提供などという内容の条約を受け入れるわけにはいきません」
帝国の大臣が答える。
「そうではありません。両国の国防の上で帝国の軍を配備すると言っているのです。双方の国にとって良いことかと」
ラルフがそれに対して発言する。
「一部の占領ではありませんか。そのような詭弁を真に受ける訳にはいきません」
「ならば帝国としては謀反の疑いがあると判断せざるをえませんね」
マドレーヌ王国側の大臣が反論する。
「無茶苦茶な。だいたい何故こちらは王が赴いているのに、帝国の王は不在なのですか」
「ラルフ殿は将軍であって、王ではないでしょう。同じ状況かと」
ラルフは努めて強気に出ようとする。
「我が国の精霊の力を知ってのことですか」
帝国側の大臣が少し笑う。
「300年前、どこかの亡国を火の海にしたとかいう精霊ですか。そんな、まことしやかな物に頼るなど、マドレーヌ王国も落ちぶれたものですね。まあ、確かにあなた方、王族の傍らに浮かぶ可愛らしい生き物を思うと、不安要素は消しておく必要があるでしょう」
帝国の大臣達の態度、振舞いが、外交だけでなく、すべての経験値として感じられ、ラルフに圧力として伝わってくる。
ラルフが弱みを見せないように、冷静な態度を保つよう努める。
「やはり、我が国の精霊を脅威に感じていると解釈できる発言です」
帝国の大臣は余裕だ。
「ちょっと、おしゃべりが過ぎました。そう考えて頂いても結構ですが、どのみち我が帝国の軍事力は最大。今、開発している兵器も近々完成するところです」
「脅しですか。随分手の内を明かすんですね。しかし我が国としても、領土を明け渡すなど出来るはずがありません」
「では、この条約はのんで頂けないと。分かりました」
帝国側の大臣達が席を立って、部屋から出ていく。
部屋に残されたラルフとマドレーヌ王国の大臣達。
大臣がの一人が焦りをみせる。
「このような窮地に立っても、王族の方々がラルフ様が王位に付くことを拒んだばかりに、帝国に付け込まれました」
ラルフが首を横にふる。
「いや、それは関係ない。それより、ただただ私の力不足だ……」
部屋の中に張り詰めた空気が流れる。
誰にも聞こえない声でラルフが静かに呟く。
「このままではいけない」
目を閉じ、ゆっくり深呼吸し、ゆっくり目を開く。少し沈んだ目には覚悟が見える。
〜〜〜
帝国側の大臣達が廊下を歩きながら話す。
「マドレーヌ王国の王族の仲の悪さは有名。それに加え先王に子がいなかったことで、余計にこじれているそうだ」
一人の大臣が答える。
「この状況で王が不在という事態を引き起こすなど、考えられんな。あの年若い将軍ならば、すぐ落とせるだろう。強気にみせるのが、精一杯じゃないか」
「先王が目をかけていたそうだが、王位継承101位だったとか。逆に何位までいるのだろうな」
大臣達が笑う。
「開戦は、他の有能な王族に王座が確定する前、今の将軍のうちに限る。兵器の完成がまだだが、これ程の好機はないだろう」
「しかも予定よりも大分少ない兵で対処できる。少数の兵で永い歴史を持つ、あの大国を滅ぼせば、我々の地位の向上は間違いない。歴史にも名を残しかねないな」
また、大臣達が笑って歩いていく。
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