第5話 逃すべき者、静かな危機
ソファで泣き疲れて眠っているノアに、おやっさんの奥さんが毛布をかける。背後にはラルフとペット、女装したままのムギがいる。
ラルフが、おやっさんの奥さんに声をかける。
「すみません。やはり女性がいるお宅の方がいいと思いまして」
「いいんだよ。こんな可愛いお嬢ちゃんなら大歓迎だよ」
ラルフが頭を下げる。
「ありがとうございます」
「やだねー、やめとくれよ。水くさい。お茶入れてくるよ」
おやっさんの奥さんがキッチンに向かう。
ノアにかけられた毛布をペットが整え、小さな手でノアの頭を優しくなでる。
「こんなに泣き疲れて、怖い思いさせちまったなー」
その横でラルフも、申し訳なさそうな表情を浮かべる。
「本当に、ごめんなさい」
ムギもノアを心配そうに見つめる。
「起きた時にも、言ってあげてくださいね。亡くなってしまったお姉さんのこととか、いろいろ重なってるみたいですけど」
「ああ! すごくキレイな人だったよね!」
「え! 知ってるんですか?」
「王位継承101位だから、めちゃくちゃ遠巻きからね!」
「お前、お婿に行きたいって言ってたもんな!」
「えへへへ。そんなこともあったね」
「へー。それは置いといて。村長、今から真面目な話をします」
ムギが真剣な顔をする。ラルフもそれにつられて、真面目になる。
「はい」
「犯人達は王女のことを王女と呼んでいました」
「帝国の王女と知っていて誘拐したということか」
「はい。それと、話し方のイントネーションに少し特徴があって、たまに隠語のようなものを使ってました」
「ムギ君ありがとう………その格好で真面目な話をするとさらに凄いね。真剣な眼差しがカッコカワイイ」
ラルフとペットが吹き出す。
「いや、村長がさせたんでしょう! 今回村長は女装させて、ペットは髪を結っただけですからね」
ラルフとペットが反省する。
「はい、すみません」
~~~~
ラルフが村の小屋の扉を開けると誘拐犯が縄で縛られている。小屋に入り、誘拐犯達に話しかける。
「もうすぐ帝国軍が王女を迎えに村にきます」
ラルフの姿と、その言葉に警戒する誘拐犯達。
ラルフが膝をつき、誘拐犯達の縄をほどいていく。その行動の意味が理解出来ず誘拐犯達が動揺する。
そんな誘拐犯達にラルフが静かに話す。
「王女の誘拐は関心できない。帝国の王女といっても、ただの子供です。どれだけ怖い思いをしたか。上からの命令だとしも、そこは許せません」
「何故こんなことを。あなたと、この村に迷惑が」
ラルフが厳しい顔をする。
「大丈夫です。私と、この村は上手くやります。ガレット王国の軍部の方ですよね」
誘拐犯達が顔を見合わせる。
「あなた達の仕業だと帝国が把握すれば、国を潰す口実を与えるようなもの。王女の誘拐は許せまんが、国民のために逃します。もう帝国をなめた、こんなやり方はしてはいけない」
「しかし、我がガレット王国はこのままでは滅びてしまう」
「帝国の圧政は理解しています。あなたちの窮状も耳にしています。だとしてもです」
誘拐犯達がまた顔を見合わせる。
「あなたはオミソ村の村長ですよね?」
「オミソ村の村長ですよ。帝国が到着するまで、まだ時間はあります。帝国が把握していない道に案内します。行きましょう」
ペットが体を光らせて、夜道を誘導する。
~~~~
ラルフがオミソ村に到着した帝国軍に、犯人が逃亡したことを説明する。
「逃してしまいした。すみません」
ラルフが深く頭を下げる。
「この無能が!」
「何分、貧しい村で、収監するような施設がなく。申し訳ありません」
「もういい! 王女の保護という功績がなかったら、こんな村潰しているところだぞ!」
帝国軍がオミソ村を去っていく。それをラルフは頭を下げたまま見送る。
顔を上げたラルフが、帝国軍の背中を真剣な表情で見る。
そこへペットがラルフの側へ飛んでくる。帝国軍を見つめたまま、ラルフがペットに話す。
「すべてが出来すぎている。王女をエサにするとは考え難いが、帝国が仕組んだことなのか」
深刻な表情のラルフを心配そうにペットが覗き込む。
「もうお前はマドレーヌ王国を出たんだ。ましてや他国の話だ」
心配そうなペットにラルフが、安心させるように微笑む。
「そうだね」
しかし、ペットの表情から不安は消えない。
~~~~
帝国の自室のベッドで、疲れ切ったノアがまだ眠っている。その王女の髪を従者の女性アンがなでる。
「お護りしていたとはいえ、申し訳ありません。ですが、ゼキ様にもお見せしたい、ご勇姿でした」
アンを、静かに呼ぶ声がする。
「隊長、大臣達がお呼びです」
「分かった」
アンが大臣達が集まる会議室で報告する。
「ガレット王国の者は、逃しました。申し訳ありません」
大臣の一人が言う。
「まったく王女一人を泳がせ、上手くやったというのに。何をやっているんだ。それで王女は?」
「酷くお疲れのようで、自室で休んでいらっしゃいます」
「遠足に行った子供だな。護衛を付けていたことも知らずに、まったく王族というのは気楽なものだ」
「王族は既に我らの傀儡にすぎない。その方が都合がいい」
「それにしても、何故取り逃がした? ガレット王国の者の拘束には精鋭部隊を送ったはず」
アンが恐縮して答える。
「村で収監していた小屋を見張っていたのですが、我々が把握していなかった抜け道があったようで」
大臣達が、怪訝な顔を浮かべ話し合う。
「ガレット王国の者が、そこまで土地勘があるだろうか」
「帝国もしくは、村に内通者がいるということか」
「オミソ村は辺境の地。帝国に歯向かってまでガレット王国に肩入れする理由はないだろう。両方考え難いな」
「まあ、ガレット王国は小国。マドレーヌ王国の国王が病だとか。そちらに力を入れましょう」
第5章 終わり
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