第4話 その声に耐える力
ペットの髪結で一通り盛り上がったオミソ村。おやっさんが、ラルフに話しかける。
「村長、そういえばムギ嬢がみあたらないんだが」
「え!? あ!?」
ラルフの顔が青ざめる。すがるようにラルフがおやっさんに尋ねる。
「帝国の王女様をどうにかしようとする、ガッツのある人が、この世に存在すると思います?」
「いや、俺に聞かれても」
ペットがラルフの頭を強めに叩く。ラルフが我を取り戻す。
「イテッ! 自警団にすぐ捜索命令! それとペット、ムギ君が塗料を目印にしてくれてるかもしれない」
「分かった」
ライラ、ヒロ、ラルフ、ペットが村の外に出る。花が群生している場所へ行き、ペットが照らすと塗料が現れる。
「さすがムギ君!! ホントごめん!!!」
ムギが付けた塗料を追っていく。
小屋の扉が開くと、刃物を持った男達が現れ、ムギとノアが囲まれる。ノアが、またパニックになる。
「もうダメだ! うわー! 売り飛ばされて死ぬんだ! ギャー!!」
「王女! とりあえず落ち着きましょう」
「これが落ち着いていられるか、このデカリボンがッ」
「王女!? ヒドイくない!?」
「ムギちゃんだってそうだからねッ!」
「………。すみません!実は僕、男なんです」
「えっ!! 男!?…………。でも、そういう需要もあるみたいだから! 本で読んだ」
「リアクションそっち!? 王女、何の本を読んだんですか!?」
ノアが膝を抱えてしゃがみこんでしまう。
「王女! しっかりしてください」
「もう、いやだー!」
ノアが男に腕を引かれる。
「うわっ! もう死ぬ!!!」
「王女、もういっそネガティブでいい! マイナス思考を思う存分してください! それだって、あなたに変わりないんですから!」
「嫌だ! もうしたくない! 怖い。マイナス思考は疲れる。怖い、辛い」
恐怖からノアは辛い日々を思い出す。
生まれた時から何故か、たいそうな臆病者な私は、血気盛んな帝国において、周囲をよく落胆させていた。
有能で若くして国政にも携わっていた年の離れた姉ゼキだけは、能力者としてしか、いや、能力者としても役にたたなそうな私を、よく気にかけてくれた。いつも優しい声でさとしてくれた。
「ノアちゃんは人よりよく気付いてしまうだけ。それは恥ずかしいことじゃないの。周りの人はそれに気付くことができないから不思議に思うだけなの」
姉がいるときは、まだ良かった。この優しい姉さえいれば、いいと思っていた。そんな姉は病で、あっけなく死んでしまった。姉は最後の最後まで私の心配をしていた。
それから、私の臆病はより酷くなった。姉なしでどうやって生きていけばいいか、分からなかった。私は姉が死んでも、結局は自分のことばかり。
不安すぎて悲しむことすら、忘れていた。姉は最後まで私のことを心配してくれていたのに、私は臆病で自己中心的。姉の死を悲しむこともできない冷淡な人間。姉の死で私は泣かなかった。
悲嘆にくれるノアに、ムギの大きな声が聞こえる。
「王女は人より不安な声が多く聞こえるだけです。でも、その声に耐える力が、あなたにはある」
ムギの声にギュッと目を強くつぶっていたノアの目が少し開く。ノアがムギの言葉をボソッと繰り返す。
「耐える力がある…」
優しく話しかける姉ゼキの声をノアは思い出す。
「ノアちゃんはその不安な心の声に耐える力があるわ。その心の声はノアちゃんを助けようとしてくれてるの。それはきっと特別な力」
ムギの声と、姉ゼキの声が重なって聞こえる。
「耳を塞がないで」
突如、ノアの周囲に強い風が起きる。ノアの目付きが変わる。
手のひらから炎を起こし、男達を吹き飛ばす。
「なんなんだ。王女は能力者なのか」
ムギが聞き逃さない。
「王女って知っているのか」
ノアをとらえようと、ノアの方に向かっていく。ノアは近くに落ちている棒を拾って、自由自在に使って退けていく。
「右!」
ノアが右に向かっている男を棒でなぎ払う。
「後ろ!」
宙返りし、男の後ろに回り込み、棒を大きく振りかざし、倒す。
リーダーの男らしき者が叫ぶ。
「なにやってんだ!」
「そんなに力はないんだが、行動を先読みされる」
「さすが帝国の王女、スゲー」
「なんか不安でもいいやと思ったら、頭の中の乱発してたエラーメッセージがまとまって、相手の行動がよめる! 私、超カッコイイ!」
「いや、カッコイイですけど、どっかの誰かさんみたいに慢心するとよくないです」
どんどん退けていくが、数で力でノアがおされてくる。
またノアが攻撃されようとする寸前でライラがノアの前に現れ、男の剣を払い、弾き飛ばす。遅れてヒロもやってくる。
「ライラ! ヒロちゃん! 遅いよ!!!」
「すまんムギ。おっさんに文句言ってくれ。ヒロ! 王女の援護を。基本、私が蹴散らすが、溢れたの頼む」
「なんで、お前が指示出すんだよ。俺がリーダーだからな」
ヒロの言葉はまったく聞かないライラ。ライラがノアに話しかける。
「王女、お前やれるんだな」
「はい!」
「ムギを頼む」
「分かりました!」
ノアが棒を華麗に回した後に、ムギを守るように構える。
三人で、誘拐犯を蹴散らす。少し遅れてやってきたオミソ村の自警団が、誘拐犯を拘束する。
ムギが能力者の活躍を前に感動する。
「みんな、超カッコイイ!!」
ヒロが、ムギに手を差し伸べる。顔が真っ赤だ。
「だ、大丈夫ですか」
「あのー、ヒロちゃん……?」
ヒロが高揚する。
「え! 何で名前を!?」
ムギがヒロの反応にあきれる。
「気付かないなんて、そんなこと、ある!? ムギだよ!!! ていうか、その前にもヒロちゃんって呼んでるしね!」
ヒロが両手を地面につく。
「もう最近、嫌だ。恥ずかしすぎて死にたい」
ムギが、ヒロの肩に手を置く。
「ヒロちゃん……。なんか、とりあえず助けてくれてありがとう」
「その姿で触れないで! ヒロちゃんって言わないで! ドキドキするから!!!」
「え!! 重症だよ!」
「人を変態みたいに言うな!」
ヒロが走り去っていく。
ラルフとペットがムギのところに走ってくる。
「ムギ君ーー! ごめんねーーー」
「すまん、ムギ!」
「大丈夫ですか? オミソ村で何かあったんですか? すごく遅かったですけど」
「申し訳なさ過ぎて、胸が苦しい」
「同じくだ」
「うん? その調子は何ですか? 何で遅かったんですか? ただ単に遅れたんですか!? 帝国の王女ですよ!?」
ラルフとペットがうなだれる。
「はい……すみません」
「王女に村長はしっかりしてる的なこと話して、関心してもらったんですよ?」
「ホント、すみません」
ノアがムギのところにやってくる。
「ムギちゃんのおかげで前よりは、神頼みしないで生きていけそうです」
「いやいや。こちらこそ女の子のふりして、ウソ付いちゃって」
「ムギちゃんなら男の子でも、大丈夫そうです」
「ホント? 良かった!」
微笑み合うノアと、ムギ。
「いやー、ホント、ムギ君はほっこりするよね。心が温まるよ」
「そうだなー」
ほのぼのした雰囲気のところにライラがやってくる。
ノアの前にライラが立ちはだかり、両手をひろげてノアとムギを遮る。
「私のムギだぞ!」
「えっ!? ライラ君、まさかの告白!? ムギ君、スゲー」
「いや、ライラにそんな感情ないと思うんで、違うと思います。なんか自分のクラスで友達できない子が、前のクラスの友達にべったりみたいな感じです」
ライラが、くるりと周って、ムギの方を向く。
「私はムギがいればそれでいい」
「うん、ライラ、ちょっと重たいかな」
笑顔を向け合う、ムギとライラ。頷きあっているが、まったく通じってはいない。
「モテ期っぽいのに、なんて冷静なんだ!憧れちゃう!」
そんなライラにノアが手を差し出す。
「あの、先程は助けて頂いてありがとうございます」
その手をライラが払いのける。
「帝国に嫌な思い出しかないんだよ!」
少しの沈黙から、ノアがまた騒ぎ出す。
「上手く行ったと思ったら、これだよ! 人間不信だよ! 友好的に差し伸べれた手払うとかおかしくない? この人ヤベーよ。変態なの!? 変人なの!?」
ライラも苛ついた表情をする。
「あ? お前能力者だろ? やるか?」
「うわーー! 発想がやばい! ヤンキーだよ! 血気盛んにも程があるでしょう!!!」
「うるさい」
ムギが仲裁に入る。
「王女、戻っちゃったし! どうしよう! 村長!!」
ラルフはおらず、ポツンとペットだけが浮いている。
「ラルフならヒロのフォロー行ったぞ。モテない話で盛り上がる予定らしい」
「何!? その男子トーク! いや、そっちも大切だけども!」
「俺にまかせろ!」
ライラのもとに飛んでくペット。ペットがライラに払いのけられ、地面に叩きつけられる。
「ライラッ! ペットにひどいよ!」
突然、ノアの目から、大粒の涙がポロポロ溢れ出る。ライラがギョッとする。
「な、なんだよ!」
「ライラが、泣かしたーー」
「え! 私か!?」
「ライラだよ」
「ち、違うんです。姉の死を思い出して悲しいのと、やっぱり結構怖かったのと、同じ年の人とこんなふうに話せるのが嬉しいのと……なんか、いろいろ……あースゲー恥ずかしい……」
大号泣するノア。そんなノアの背中をムギとライラが、優しくがさする。起き上がったペットも、ノアを心配そうに見る。
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