度を越した心配性!常時パニックな王女現る

第1話 少女ムギと、半透明になってしまう少女

 ムギが村長室に入ると机で仕事をしているラルフの髪が、片側だけ編み込んであり、反対側の前髪だけが垂れ下がっている。


「村長、なんかカッコよくなってません?」

「ペットが暇だと、髪いじりしだすんだよ」


 ラルフの仕事を手伝っていたペットがムギの方を見る。

「ムギもやってやろうか」

「本当! わーい」


 ムギも結ってもらうが、頭に大きなリボンを付けられた変な髪型になっている。ムギが手鏡を見ながらペットにぼやく。

「ねえ、ねえ、ペットさー、なんやかんや、王族と平民を差別してるとこない?」

「違うんだ! ムギ! なんか髪がクルクルしてるから、難しくて、結んでみたら可愛かったから、つい」

「……。かわいいの? これ……」


 おやっさんが、突然、村長室に入ってくる。

「おっ! 可愛いなムギ」

「ほらな」

「いや、適当に言ってるだけでしょ」


 机に目を落としていたラルフが顔を上げ、おやっさんに同調する。

「ムギ君、カワイイー!」

「え? 何この流れ。嫌な予感しかしないんだけど」


 あれよ、あれよと女装させられるムギ。素っ頓狂に大きなリボンを頭に付け、ピンクのワンピースを着た少女ムギちゃんが完成する。

「あの……これは……」


 そこへ、ライラもやってくる。

「あ、ライラ君。ムギ君、カワイイよね」


 ライラが無表情のまま吹き出す。


「笑ってるじゃないですか! 本当に何なんですか! 『カワイイ!』で押切ろうとしてるの無理あるだろう!」


「まあまあ、ムギ君。怒らないで。私も村長だよ。何も無意味にムギ君にこんな姿をしてもらってるんじゃないんだ」


「なんか覚えのある、セリフ回しだな…」


「帝国の王女様が、デメキン様のご利益の噂を聞いて、お忍びでオミソ村にいらっしゃるんだ。ムギ君と同い年だよ」


「帝国!? すごいですね!」

「でしょッ!? で、その接待をして欲しいんだけど、王女様はお年頃で男性が苦手なんだって。で、ムギ君に女装してもらって、お話相手になってもらったら、上手くいくかなって思って」


「いや、だからって……。考えてみれば、帝国が作為的に指定したのに、帝国の王女様が拝みにくるんですか? そもそも女性にお願いすればいいじゃないですか」


「ムギ君程、思慮深い人いないじゃない!」

「持ち上げても嫌です。その村長の浅はかな考え、結構なトラブル巻き起こすじゃないですか」


「大丈夫だ! ムギ君は自分で思ってるより、大分カワイイ」


 ペットと、おやっさんも「カワイイ!」と続ける。


「なんで、おやっさんまでグルなんですか」

「村長がムギのことを『カワイイ』っていえば、もっと村に金が入ってくるようになるっていうから」

「正直すぎるでしょうッ!」


「おやっさん! それもあるけど、可愛いいじゃないですか。ねえ? ライラ君も、そう思うよね?」


 ライラが、また無表情のまま吹き出す。

「だから、笑ってるじゃん!」


<゜)))彡<゜)))彡<゜)))彡


 村の入り口で、ムギとラルフとペットが王女がやってくるのを待っている。ラルフがムギに話しかける。


「最近、デメキン様のご利益が噂になって、VIPの予約がちょこちょこ入ってるんだよ」

「帝国が、ただ指定しただけの、ただの銅像なのに」

「もー、ムギ君。まだ怒ってる?」

「怒ってますよ! 言葉遣いとかどうするんですか」

「ムギ君は普段から、丁寧な言葉遣いだから、そのままで大丈夫じゃないかな」


 ペットが、間に入る。

「そうだな! そのままで大丈夫だ!」

「そうやって、すぐおだてる! この人たらし共が!」



 そこへヒロが通りかかり、ムギを凝視し、固まる。ボーッとし、持っていた剣を落としてしまう。


 剣を落としたことでハッと、我に返ったヒロが、顔を真赤にして、慌てて剣を拾い、そして走り去っていく。


 ヒロの姿をみて、まさかとは思うがムギが青ざめる。

「あの……。今、トラブルを目の当たりにした気がするんですが……」


「ね? だから可愛いいって言ったでしょ。でも、いやー、ムギ君って気付かないことなんてある?」

「そんなこと、流石にないだろう」

 ラルフと、ペットが吹き出す。

「二人とも楽しんでるじゃん!」


 そこへ毛先をカールさせたロングヘアで、仕立ては良いが地味な黒のワンピースにリュックを背負った少女が、ラルフの目の前に立つ。


 縮こまった姿勢から、不安そうにしていることが見て取れる。


「どうしました? お嬢さん? 観光ですか?」


 ネックレスを首から外し、紋章を名刺のように見せる。


「本日、伺う予定を入れております帝国の者でして、ノアと申します。お世話になります」


「ノア……。え? まさか王女ですか!?」


「あ、はい。一応」


「え!!! 大分イメージ違う! 一人でいらしたんですか!?」


「帝国の王女たるもの一人で行動できねばなりません。それに加え国民に恥じぬよう城内は質素倹約に努めており、私的な事情において従者を手配するなどの税金を使うことは、まかりなりません」


 ラルフが口に手をあてて驚愕する。


「すごいな帝国。なんてスパルタなんだ」

「どっかの王国の王子様達への過保護ぶりと大違いですね」

「マルコ様だけのことだよね!?」

「村長もペットに髪結ってもらってるじゃないですか。そんな三十路いませんよ」


「なんかトゲあるよ? あ、王女様、ここにいる少女ムギちゃんが王女様をご案内します」

「ちょっとムギちゃんって」


 ため息をつくムギ。気を取り直して王女に笑顔を向ける。

「ご案内します!」


<゜)))彡<゜)))彡<゜)))彡


 村の中を歩くノアとムギ。ノアが、恐る恐る、ムギに話しかける。

「あの、私もムギちゃんってお呼びしていいですか」

 ノアはムギの女装にまったく違和感がないようで、ムギはつい口ごもる。

「え? あ? えーっと」

「ダメですか」


 途端に、不安な顔をするノア。消えてしまいそうなくらいに、縮こまってしまう。

「いや、いいですよ! どうぞムギちゃんと呼んでください」


 ホッとした様子のノアが、小さな小さな声で話す。

 聞き逃さないようにムギが耳をそばだてる。


「私、すごく心配性で、変なことばかり言うので、友達がいないんです。今も変ですよね?」

 何の事を言ってるのか分からず、ムギは首を傾げる。

「いや、全然大丈夫ですよ?」


 また、小さな小さな、とても小さな声で話す。

「私のこと嫌いになりましたよね?」


 ムギが、笑顔で穏やかに答える。

「なってませんよ?」


 もう既に消え行ってしまったようで、いっそ半透明になってしまったように見えるノアが、また同じことを尋ねる。

「いや、少しは嫌いになりましたよね?」


 ノアの言っていることが、まったく分からないが、半透明になってしまう程に不安そうにしているので、厶ギはとりあえず否定する。

「???? なってませんよ?」


 すると突然、ノアがドスのきいた声で叫ぶ。

「いや、嫌いになったはずだ!!!」


 驚いたムギが反射的に答える。

「え! 断定!? そんなことない。僕は絶対に君の事を嫌いになったりしない」


「ムギちゃん………」

 驚いた顔をするノア。目には少し涙を浮かべているように見える。

「絶対に、嫌いにならない……?」


 そして、ノアはうつむく。少し体が震えているようだ。


 そしてパッと顔を上げて、ムギを見つめる。ムギはノアの心中がまったく分からない。


 黙って見つめ合う、頭に大きなリボンを付けたムギとノア。


 沈黙の時間が流れる。


 するとノアが、途端に大声で叫び出す。


「絶対なんてあるか! コノヤロウ! 安っぽい言葉吐きやがって、うわーん! 絶対に、絶対に、絶対に、嫌いになるよ! 嫌いになるフラグだよ!」


 同い年の子に言いがかりを付けられたようで、ムギは、つい反論してしまう。

「自分も絶対って言ってるじゃん! しかも連続で3回言ったよ!? 連続じゃないの入れたら、もっと言ってるし! ていうか王女様!? コノヤロウって、なんか口悪いですよ?」

「ほら! 嫌いになった!」

「突っ込んだだけだよ!」


 懐や、リュックから、目玉の腕輪やら、石やら、御札やら、大量のお守りを取り出して、拝み出し、ノアがパニック状態になってしまう。


「うーわー。大量のお守り!? 何このキャラ!? もう僕だけじゃダメだ」


 ムギが丁度、近くを通りかかったラルフとペットに駆け寄り、助けを求める。

「村長ー! 手におえません!」


「私? 大丈夫かな? イケメンだけど? 話ずらくない?」

「もう、それに対して何か言うの面倒なんで、早く! ちょっと王女様のことを見ててください。僕、デメキン様人形とってきます」


 走り去っていく、ムギの背中を見ながら、ラルフが首を傾げる。

「何事?」


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