Bパート
眼の前に広がるデジタルモニター。広大な星の海と、灰色の独楽のような宇宙ステーション〈ケライノー〉を映したその一角に、慧人は式典の中継映像を呼び出した。小さな画面の向こうでは、手前から奥に向けて敷かれた
慧人がいる〈ケライノー〉は、〈プレイアデス〉と総称される七つの宇宙ステーションのうちの一つだ。三十年前に滅びた月面都市アルテミスを再興を目的とした計画の足がかり及び拠点として造られた。
アルテミス再興計画そのものは、実は十五年前に発足している。それから五年かけて〈プレイアデス〉は建設。稼働を目前としたところで起きてしまったのが、十年前の〈アクタイオンの墜落〉である。
〈アクタイオンの墜落〉が起きた所為で、アルテミス再興計画は一度頓挫した。その一番の理由は、ハイジャックを起こしたテロ組織の実態が明らかにならなかったことにある。実行犯はシャトルとともに全員死亡。死体は残らなかったため、身元も判らない。『アルテミスの沈黙を脅かす者に制裁を』という犯行声明があったことから、再興計画を阻止することが目的だと思われるが、その意図するところはやはり明確になっておらず、発信元もわからずじまい。
あまりに謎が多いことから、復興計画に関わる国々は、互いにテロリストを匿っているのではないか、と疑心暗鬼に陥った。再び計画を阻害されることを警戒し、計画の進行を慎重に進めたこともまた、〈プレイアデス〉の稼働が遅れた一因である。
しかし、〈アクタイオンの墜落〉から十年の年月を経て、いよいよ〈プレイアデス〉が一斉に稼働する。今日は、〈ケライノー〉も含めた七つの宇宙ステーションそれぞれで、〈プレイアデス〉完成と再興計画再始動を祝う式典が行われることとなっていた。
そして、〈プレイアデス〉稼働決定に伴って編成されたプレイアデス警備軍は、初の公の任務として式典の警備を任されているのだ。
右角の画面の向こうで、ファンファーレが鳴る。いよいよ式典がはじまった。
慧人は、両手の操縦桿を強く握りしめた。
宇宙空間をモニター越しに睨みつけながら、招待された政治家たちの上滑りするような綺麗事と見栄ばかりの演説を聴く。つまらない内容だが、そんなものでもめでたい気分にさせられるものだ。
――これで世界はようやく、十年前の悲劇を乗り越えられる。
そう安堵して、拳を緩めたそのとき。
『アンドレオーニ中尉、ランズベリー少尉』
ヘルメットに内蔵された通信機から、若い女性オペレーターの声が耳に入り込む。
『ポイントA6より、所属不明機体が多数飛来しています。静止を呼びかけるも、応答なし。相手は武装をしています。確認していただけますか?』
『了解。行くぞ、ケイティ!』
ロベルトの声が割り込み、画面の端からネイビーブルーの機体が飛び出した。栗を逆さにしたような形状の頭が逆三角形の胴体に半ば埋まりこんだような、ずんぐりむっくりとした人型の形状。肩の部分は丸まって、そこから太い腕が伸びている。武装はレーザーライフルと、レーザーも反射する
慧人も、中継映像を最小化で画面の隅に追いやり、スラスターを起動してロベルトを追いかける。
指定されたポイント付近に辿り着くと、少し先に白い群れが見えた。操縦桿を操作して〈サイクロプス〉の一つ目の視点を合わせれば、AIが自動で対象を拡大してくれる。
「ロベルト先輩……」
マイクに呼びかける声が硬くなる。返事するロベルトもまた、困惑した様子だった。
『なんだ、あれは』
拡大したカメラが映し出したのは、およそ十の白い機体だ。ずんぐりむっくりとした〈サイクロプス〉とは違い、シャープな
捉えた映像から検索を行うが、警備軍のデータベースには該当する機体はなし。
「敵、でしょうか?」
『さあ……どうだかな』
ロベルトと会話をしつつ、相手に機体を晒している以上無意味と知りつつも、慧人は思わず息を潜めていた。目の前の白い機体になにか禍々しいものを感じるのだ。
『向こうもこちらを補足しているはずだ。相手の出方を見て――っ』
ロベルトが言葉を切るのとほぼ同時に、慧人は操縦桿を大きく切った。白い竜機が攻撃を仕掛けてきたのだ。発射されるレーザー攻撃を必死で躱す。心臓が胸を破らんばかりに速い鼓動を打っている。
『こちらアンドレオーニ! ポイントA6にて未確認機と交戦中。応援を求む!』
ロベルトがオペレーターに要請しているのを聞きながら、慧人はレーザーライフルで応戦していた。戦闘が開始されてまだ間もないというのに、手袋の下は汗で濡れ、トリガーを押す親指はもう強張っている。相手のレーザーを躱したり、盾で防いだりするのもギリギリで、正直悲鳴を堪えるだけで精一杯だった。なにせ、従軍したのは幸いにも戦争の終結後。戦闘訓練はいくつもこなしているが、実戦はこれがはじめてだった。
――落ち着いて。まずは生き残ることだけを考えて。
噛みしめた歯の隙間から大きく息を吐き出して、冷静さを維持するように努める。
『なんとか耐えろよ、ケイティ』
「はいっ」
とはいえ、相手は十機に対して、斥候に来たこちらはたったの二機だ。あまり長く持ち堪えることはできない。
『救援要請! ポイントA6にて、アンドレオーニ中尉とランズベリー少尉が交戦中。付近の兵に加勢をお願い…………え、なに!?』
救援を呼びかけてくれていたオペレーターの声が急に裏返る。油断すれば生死の縁に立ちかねない状況だというのに、そちらに気を取られた。
『式典会場が……っ!?』
飛び込んだオペレーターの声に誘われるように、慧人はモニターの隅から式典の中継映像を引っ張り出した。
つい先程まで、眩いフラッシュで溢れていたきらびやかな会場が、白っぽい煙と埃に覆われている。かろうじて見えたのは、潰された演説台と、引き裂かれた二色の旗、傷だらけの赤絨毯、そして倒れた人々。
「先輩、式典が!」
ロベルトに向かって叫ぶのと同時に、本部からの通信が入る。
『緊急事態発生! 式典会場が突如爆発、何者かの襲撃を受けました! 死傷者数は不明ですが……登壇していた各連合代表者は、犠牲になったものと思われます』
ガリ、と歯が鳴った。
『また、ポイントA6、B2、D7、G9それぞれで襲撃を受けています。敵機の
トリガーを押しながら、ロベルトを呼ぶ。
「先輩、これは!」
『ああ! くそっ、まさかとは思ったが、お出ましになりやがった!』
ロベルトの操縦する〈サイクロプス〉が、機関銃を照射しながら前へ出る。慧人はレーザーライフルでロベルト機に集る敵機を狙った。緊張と恐慌で外れがちだった射線は、怒りでかえって冷静さを取り戻したことで精度を増し、白い竜機の身体を貫いていく。
これはテロだ。
十年前の悪夢の繰り返しだ。
操縦桿を握る手に力が籠もる。
邂逅してからここまでで墜とした敵機は四機。二人の前に立ちはだかるのは四機――残りの二機は、〈ケライノー〉の壁に貼り付いている。
「なにを――っ!」
――しているんだ、お前たちは。
慧人は壁の二機を目指して、スラスターを起動させる。レーザーを乱射して進行方向を開けさせた後、ライフルから手を離し、盾の裏のコンバットナイフを引き抜いた。
フル稼働の推進力の勢いに載せて、高周波振動のナイフを相手に突き刺す。そのままバターのように胴体を斬り裂き、もう一機を斬り捨て、壁に取り付けられた爆弾を引き剥がす。
『でかした、ケイティ!』
慧人への賞賛の言葉と同時に、ロベルトがまた敵を一機撃ち落とす。
残り、三機。
慧人は再びレーザーライフルを構えた。
そのとき。通信回線にノイズが走る。
砂嵐のようなざらついた音の後に、耳鳴りのような高い音。
顔を顰めてしまう不快音に、人の声が混ざりだした。
『再び月を侵さんとする地上の民たちよ――』
それは、女の声だった。低く、威厳を感じさせ、しかし若さも滲ませた女の声。
そしてまた同時に、式典を中継していた画面がぶれ出し、別の画面に切り替わる。
『十年の時を経てなお、自らの愚行を省みないお前たちに、我らは制裁を加えることにした』
映し出されていたのは、女だった。成人を越えたばかりの若い女。長い金色の髪。前髪の下から覗く、鋭い光を宿したオリーブの瞳。慧人たちを襲った機体のデザインに似た、赤と黒のラインの走る白い宇宙用のボディスーツを纏った姿に、既視感を覚えて――。
「……ケイラ?」
画面に釘付けになった慧人の口から、友人の名前が漏れる。
テロリストの犯行声明と思われる演説をするその若い女は、成長した姿であるものの、慧人のかつての友人の姿によく似ていた。
『此度の襲撃は、序章に過ぎない。我らは、これより地上に宣戦を布告する』
声明を聴かせるためなのか、〈サイクロプス〉を敵は攻撃してこない。だから機体の動きを止めても無事でいられているのだが――女の存在に動揺する慧人には、そんなことに構う余裕もなかった。
『我らは〈ヘカテー〉。沈黙の中より出で、地上に新月の闇を齎す者なり』
「そんな、嘘だ!」
信じられない、と叫ぶ慧人に、応えてくれる者は誰もいない。
―・―・―・―・―・―・―
Dear. K
こんにちは、慧人です。
ようやく迎えた式典の最中に
まさかこんなことになるなんて……
〈ヘカテー〉、彼らはいったい何者なんだろう。
その一味の中に
君に似た女性を見かけたけれど
きっと僕の気の所為だよね?
僕は君が生きているのを望んでいるけれど、
もしそうだとするなら……
今日ほど君からの返事が
欲しいと思ったことはないでしょう。
どうか、人違いであることを願います。
敬具
Keito Lounsbery
―・―・―・―・―・―・―
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