2-21 最後なんだから…

 あたしは、勘違いしていたんだ。

 これは、ヤエとあたしだけのレースじゃないって。


 ヤエらーと、あたしの戦いだ。


 誰も味方のいないあたしに、勝てるはずがない。

 勝とうとすれば邪魔をされて、順位を下げられる。


 だって、当然だろ。


 みんなが応援しているのヤエであって、あたしじゃないんだから。


 あたしは、孤独に戦うしかないんだ。


「……ははっ。これで負けても、どうしようもねぇよ……」


 苦笑して、片手で顔を覆った。


 ヤエは、ここまで考えていないはずだ。

 あの子は純情だし、人の嫌がることは絶対にしない。


 ……でも、ヤエが動けば周りの人間も動いてしまうんだ。


 ヤエの影響力を本人が自覚していないのだから、余計に質が悪い。

 だから、ヤエを恨もうとは思わない。

 恨むなら、自分の運命だ。


 応援されない、自分が悪い。

 応援されようと思わなかった自分に責任がある。


 その後も、何度もレースを続けた、けれど、順位は下がるばかりだった。


『ナルちゃん、どうかしたの?』


 配信も終盤に差し掛かった頃、ヤエが異変に気づいた。

 声音に不安を滲ませながら訊ねてくる。


 けれど。


「……ちょっと、調子悪いみたい。ま、次は絶対に勝ってやるよ」


 あたしは誤魔化した。

 何でもないって、そういう風に。


 こういう時に、Vtuberの身体は楽だと思った。

 どんな表情をしていても、声に出さなければ見えないから。


 悔しくて、あたしは今、きっと酷い顔をしているんだろうけど。

 どうせ見えないなら、ないものと同じだ。


「……ほら、次で最後だろ? 次こそ負けねえから」


『う、うん。次のレースで負けた方が罰ゲームだからねっ』


 あたしは頷いて、レースが始まるのを待った。


 最後のコースの画面に移動する。

 そこは、このゲームでも一番難易度の高いコースだ。


 油断すればすぐに落ちてしまう虹のコース。


 ここで、あたしは何度落とされるんだろうな。


 レースが始まるまでの三秒のカウントダウンの間に、あたしは憂鬱な気持ちを抱きながら待った。


 不安を覚えながらも、レースが始まる。


 序盤は良いペースだった。

 一桁の順位をキープして、二ラップ目に突入する。


 しかし、そこでやはり、また後ろからアイテムを投げられて動きを封じられた。

 その隙を突き、重量級のキャラがあたしをコース外へと押し出す。


「っ……!」


 最後のレースでも、邪魔をされる。

 あたしだけを狙って……!


 配信者として、狙われるのは仕方のないことかもしれない。


 でも、違うんだ。


 ヤエは、きっと正々堂々とあたしに勝ちたかったはずなんだ!


 お前らのやっていることは、本当にヤエの望んでいることなのか?


 自分が応援している子の気持ちすら考えてやれないのかよ……!


 腹立たしさが、こみ上げてきた。


 でも、もういいんだ。


 決めた。

 レースに負けても、あたしは辞める。


 こんな世界にいても、あたしに居場所なんてないんだ。

 必要とされないなら、それでいいじゃないか。


 諦念を浮かべながら、もう一度、コースを走り始めた。

 後ろから、アイテムが投げられ、警告が鳴りだす。


 ……分かってるよ、もう。


 負けろってことだろ。


 分かったから……。


「最後なんだから……邪魔、しないでくれよ……」


 投げられたアイテムが、あたしに襲い掛かる。

 ゲーム機を持つ手に力を込めて、邪魔されるのを待った。



 ――その時、あたしの横から別のキャラが割り込んできた。



「え……」


 あたしが受けるはずだったアイテムを、代わりにそいつが受けてしまう。


 今の動きは、完全にワザとだった。

 投げられるのを予測していたかのような動き。


 目を見開く。


 そして、そのキャラの頭上に浮かんだアカウント名が目に入った。


 「silverシルバー……?」


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