2-17 幼馴染みだから

***


 から届いたメールに、ベッドに座っていたあたしはスマホを手にしたまま首を傾げる。


「また、一緒に配信を……?」


 ついさっき、学校で凜々花に酷いことを言ったばかりだ。

 励ましてくれたのは分かっているのに、思わず突き離してしまった。


 もう、話しかけられなくてもおかしくないのに。


 なのに、どういうわけか一緒に配信しよう!って誘ってくる。


「……もう、辞めるって言ってんのに」


 未練は残したくない。

 夢を追い続けた気持ちを、これからも引きずってしまうのは、きっと辛いから。


 このまま、みんなの前から去った方が良いに決まっている。

 だから、凜々花にも「やらない」と返事を打とうとした。


 インターホンが鳴ったのは、その時だった。


 家には誰もいない。

 面倒だし、放っておこうかな。


 なんて、思っていたが……。


 ピンポーン……ピンポピンポピンピンピピピピピ…………


「だぁあッ! うるせぇんだよ!?」


 インターホンを連打されたら、無視なんてできない。

 居留守だと分かってる奴の犯行だ。

 それだけで、あたしは誰が来たのか分かっていた。


 ベッドから立ち上がって、ずかずかと足を踏み鳴らしながら一階へ。


 家中に鳴り響くインターホンの甲高い音色に耳がギンギン痛くなるのを感じながら、あたしは思いっきり玄関の扉を開いた。


「うるせぇんだよ!」


「お前が早く出ねぇからだろ」


 なんて。

 玄関前でインターホンを鳴らし続けた吟が、文句を溢してあたしを睨みつけてきた。


 ほんと、目つき悪いな、コイツ……。

 狼みたいで、今にも喰われそうで。

 ……ちょっとカッコいいのが腹立つ。


「んで、いきなり何なんだよ。しばらくウチにも来てなかったくせに……」


 あたしと吟は幼馴染みだ。

 家が近所で、昔からよく一緒にいた。

 でも、いつからかあたしも吟も、お互いに一緒にいるのを避けるようになっていた。


 何となく、異性の友達でいるのが恥ずかしくなってきたからかもしれない。


 ただ、完全に疎遠になったわけじゃない。


 家族ぐるみでの付き合いは続いていて、たまに吟のおばさんから夕食の余りをもらうこともあった。


 最近は、それすらもなくて全然顔も見なかったけどな。


 そんで、コイツがインターホンを鳴らすときに何度も鳴らすのも、いつものこと。

 ああやらないと、あたしが出ようとしないのを知っているからだ。


 ……あたしのことを、何でも知っているみたいで居心地が悪い。


 落ち着かない気持ちを誤魔化すように、髪を撫でつけながら、視線を逸らす。

 そんなあたしに、吟はタッパーを手渡してきた。


「これ」


「ん……またおばさんの余りもの?」


 タッパーには、里芋の煮物が入っている。

 ちなみに、おばさんがあたしの料理の先生だったりする。

 おばさんの煮物料理、上手だからな。


「サンキュー。そんじゃ、また……」


「那由多、何か悩んでるのか?」


 扉を締めようとした手が止まった。


「……別に、何でもない」


 首を振り、扉を締めようとする。


 そうだ。

 吟には関係のないこと。


 Vtuberをしていることを知られる訳にいかないし、弱みを知られるのは嫌だ。


 吟には、普通の幼馴染みでいたい。

 いつも堂々として、毅然と振る舞う普通の子で……。


 でも。


「お前のことなんだから、分かるに決まってんだろ」


 締めようとした扉が、ガクッ、と止まる。

 視線を扉の下へ落としてみれば、吟が足を挟んでいるのが見えた。


 扉の隙間から、吟の鋭い目があたしを睨む。

 心の隅から隅まで、まるで見通しているかのような目が。


「幼馴染みなんだぞ、俺たち。喧嘩だってしたことあるし、弱気なのを見せたくないからって意地になることも知ってる」


「な、何だよそれ。ストーカーかよ。足をどけねえと、警察呼ぶぞ」


「そうやって、話を逸らそうとするのもいつものことだ。んで、その口調のわりに度胸だけはないから、いつも逃げてばかりなんだよ」


「ッ……!」


「何があったかまでは聞かねぇよ。てか、別に興味もねぇ。……けど、意地になって、自分の本心から目を逸らすのは辞めろよ」


 吟は、分かったかのような口調で、あたしに言葉を投げつけた。

 それも、剛速球だ。

 優しさなんて感じられない、不器用な言葉の羅列。


 ぐっ、と奥歯を噛みしめた。

 扉の取っ手を掴んだ手を強く握りしめる。


「……本心って、何だよ。お前が、あたしの何を知っているっていうんだよ」


「少なくとも、何か熱中するものが出来たってことだけは知ってる。悩んでるのも、それ関係か?」


 吟は、どこまでもあたしの全てを見透かしたかのように話してくる。

 すごく居心地が悪くて、もどかしい。


 心が落ち着かない。

 不安と怒りがないまぜになったかのような、ドロドロとした感情が渦を巻く。


 あたしは吟から視線を逸らした。

 真実を見抜こうとする、狼みたいな目から逃げるように。


「……だから、お前には関係ねぇって言ってるんだよ……」


「……はぁ。分かったよ。どの道、那由多が話そうとしないことも理解してた。だから、一つだけ言っておくぞ」


「一つだけ……?」


 もったいつけるかのような口調に疑問を覚えて、あたしは顔を上げた。

 吟は、こちらを真っすぐに見据えながら伝えてくる。


「お前は……一人じゃねぇから」


「え……?」


 吟から出てきたとは思えないクサい台詞。

 だけど、吟はそれだけ言うと扉から足を引っこ抜いて、あたしに背を向けた。


 静かに、その背中が去っていく。


 訳も分からず、あたしは呆然と吟を見送ることしかできなかった。


「何なんだよ、それ……」


 その時、制服のポケットに入れていたスマホが震えた。

 凜々花から、二つ目のメッセージが送られてきたのだ。


『なゆちゃん、これが最後のコラボになってもいい。だから、一緒に配信しよう!』


「…………何なんだよ、お前らは……」


 閉まった扉に額を打ち付けて、あたしは愚痴のように溢した。


「なんで、こんなあたしに……優しくするんだよ……」


 他人を拒絶する自分が、嫌になってきた。

 こんな奴だから、応援もされないんだ。


 それを分かっていてもなお、Vtuberにしがみ付こうとする心が、さらに自己嫌悪を生み出していく――。

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