2-13 君に励まされたから
「ふぇ……?」
吟君の質問に、思わず呆けたように返してしまう。
「いやだって、この間、那由多が友達だって言ってただろ? 二人に共通点があるようには見えねぇし、那由多が隠していることと何か関係あるんじゃねぇかと思ったんだけど……」
何でこういう時に鋭いかな、この人!?
「べ、別に何でもないですよ!? 私たちは、その……た、たまたま知り合っただけですから……」
「へぇ、どこで?」
「えっと……悪の組織から世界を守るヒーロー、的な?」
「魔法少女か何かなのか、お前ら?」
みんなの幸せのために姿を変えて配信しているから、ある意味では魔法少女なのかもしれない。
いや、違うけど。
その時、もう一つの靴音が聞こえてきた。
「……二人とも、なにしてるんだ?」
階段の前で話していた私たちの元に、廊下の向こうから歩いてきたのはなゆちゃんだった。
追いかけていたけれど、まさかなゆちゃんの方からやってくるなんて。
「い、いや、ちょっと世間話をしてただけだよ?」
「そうそう。那由多には関係ねぇよ」
何でもない、と言う風に、吟君は首を振って踵を返した。
階段を下っていく靴音が遠くなっていき、私は小さく息を吐いた。
でも、どうして吟君はここにいたんだろう?
ここの階は、特別教室が集まっている。
授業がないかぎりは使わないし、昼休みに立ち寄る生徒なんていないはずなのに。
「……そんじゃ、あたしたちも戻るか。そろそろチャイムも鳴るしな」
「う、うん……あっ! お昼食べ損ねちゃった!」
「あたしもだよ」
くすり、と。
なゆちゃんは笑ってくれた。
まあ、お昼を食べ損ねたのはなゆちゃんを追いかけていたからなんだけどね……。
でも……なゆちゃんはどうして私から逃げようとしたんだろう。
今の笑顔に、無理をしている様子はなかった。
自然な表情で、まるで何事もなかったかのように見える。
けれど……だからこそ、気になった。
「ねぇ、なゆちゃん。その……」
なゆちゃんは大人びている。
自分の弱みを見せようとしないし、他人に頼らない。
自分一人で解決して、どんどんと先に進んでいく感じ。
……無理とか、してないよね?
気になって、訊ねようとした。
しかし、声を震わせた直後に、チャイムが鳴り響いた。
キーンコーン……という音で、私の声はかき消されてしまう。
「……ほら、戻ろう。凜々花」
「う、うん……」
先に階段を下りていくなゆちゃんを追いかけて、私も歩き出した。
***
結局、私は放課後までなゆちゃんと話すことができなかった。
昼休みに一緒に戻りながら話そうとも考えたけれど、周りに人がいるところではあまり話したくない内容なのでやめることにした。
その後も、授業の合間の休み時間に話しかけようと思ったが、なゆちゃんは机につっ伏して眠ってしまったのだ。
気づけば、もう放課後。
窓の外はオレンジ色の夕焼けに染まっている。
グラウンドの方からは野球部の声が聞こえ、校内のいたるところからは吹奏楽の楽器の音が聞こえる。
そんな音がたくさん響いても、なゆちゃんは全く起きる気配ひとつ見せなかった。
私もなゆちゃんも部活には属していない。
なので、私はなゆちゃんが起きるのを待ってみることにした。
「……にしても、よく眠れるよね。なゆちゃん」
「……」
なゆちゃんの後ろに立って話しかけてみたけど返事はなかった。
嘆息を一つ、溢す。
閑散とした教室。
私は、なゆちゃんの正面の席の子の椅子に横向きに座った。
身体だけ、なゆちゃんの方へと振り返る。
そうして、全く起きる気配のないなゆちゃんの鮮やかな金色の髪に手を伸ばした。
さらさらとしていて、触り心地がいい。
頭を撫でながら、話しかける。
「……なゆちゃん、私がデビューしてすぐの頃、炎上した時のこと覚えてる? あの時、大変だったんだよね」
事務所が、Vtuber事業の宣伝のために行ったYoutube広告。
私はそのおかげでチャンネル登録者を増やすことが出来たし、そこから今も応援してくれる人だってたくさんいる。
だけど、Youtube広告は『邪魔だ』なんて思われることも多い。
広告を出したことで、私の配信にアンチコメントが流れるようになって……辛いなって思うこともたくさんあった。
けれど、それでも私が今日まで配信を続けられたのは……。
「……でもね、なゆちゃんに励まされたから、今日まで頑張ってこれたんだ。もちろん、ヤエらーのみんなが居てくれたからでもあるけど……なゆちゃんは私の一番近くで、応援してくれた」
相方として。
友達として。
なゆちゃんは、いつだって私のことを見ていてくれた。
「落ち込んだ時には、いつもなゆちゃんが支えてくれた。自信を持って前に進めない時にも、なゆちゃんのおかげで私は前を向けるようになった」
リスナーの声を素直に受け止められなかった私に、受け止めるヒントをくれた。
Vtuberとして成長できたのは、なゆちゃんが居てくれたからだ。
たとえ、夜桜ナルの認知度が低くても。
私にとって、なゆちゃんはかけがえのない相棒で――。
「だから、今度は私が力になりたい。なゆちゃんが、また前を向けるようになるためなら、何でもするから。だから……」
「……いらねぇよ」
「っ……」
声が。
机に突っ伏したまま、なゆちゃんが声を震わせた。
「起きてたの……?」
「……起きてたから、凜々花が帰るのを待ってたんだよ」
ゆるりと、なゆちゃんは身体を起こした。
眠そうな眼が開かれる。
「できれば、しばらく一人にしておいてほしかったな」
なゆちゃんが私を避けていたのは分かっていた。
きっと、一人で色々と考えたいからだ。
でも、一人で大丈夫なの?
私が落ち込んだ時には、なゆちゃんがいてくれたから乗り越えられた。
一人じゃ、きっと無理だった。
だから……。
「なぁ、凜々花」
なゆちゃんの落ち着いた声が響く。
机に置いていた手が持ち上げられ、私の髪を撫でた。
ふわりと、羽毛で撫でられるような柔らかな手つき。
優しく笑みを浮かべたなゆちゃんは。
「……もう、私に関わらないでくれよ」
私を、冷たく突き放した。
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