2-12 『飽きっぽい』という熱意

 何もしないわけにはいかなかった。


 マネージャーに「何もしないで」と言われても、ジッとしているだけじゃ終われない。

 なので、私は翌日、学校でなゆちゃんに話しかけようとした。


 ……普段は私からなゆちゃんに話しかけることはない。


 私は陰キャで、なゆちゃんは見た目はヤンキー。髪が金髪だし、目つきだって鋭い。お互いに目立たないように過ごすために、学校で話しかけることはあまりなかった。

 この間、吟君がアキ君と一緒に話しているときに間に入って来たことはあったけど、なゆちゃんが思わず口を挟んだという形なので、いつもあることじゃない。

 なので、クラスメイトの中で私となゆちゃんが、実は仲がいいとは思われていないだろう。


 私がなゆちゃんに話しかけることで、クラスのみんなには変だと思われるかもしれない。

 でも、友達のためだもん。

 放っておけない。


 私は学校へ到着すると、席に座ってなゆちゃんを待つことにした。


 なゆちゃんは、いつも私よりも後に登校してきて、机に突っ伏して寝ている。低血圧なので、寝起きが悪いのだ。……オフコラボの時、何で私より先に起きてたんだろう。

 私の席は教室の一番後ろの廊下側にある。なゆちゃんが教室に入ってくるのはいつも後ろ側の扉なので、登校してくればすぐに分かる。


 しかし、なゆちゃんはなかなか学校へ来なかった。


 一時限目が始まっても来ず、今日は休みなのかな? と思った。

 だけど、四限目の途中でなゆちゃんは学校へやって来た。見た目が不良なこともあり、他のクラスメイト達は違和感を抱いていない様子。先生も、遅延届を持ってきたなゆちゃんに小言を言うだけだった。


 学校に遅れてやって来たなゆちゃんに違和感を抱いたのは、どうやら私だけみたい。


 彼女の身に降りかかったことを知っているからこそ、余計に心配になる。

 ……これも、杞憂っていうのかな。

 ただの杞憂なら、いいんだけど……。


***


「なゆちゃん!」


 午前の授業が終わった昼休み、教室を出ようとしたなゆちゃんに声をかけた。

 だが――。


「ちょっ! なんで逃げるの!?」


 しかも速っ!?


 廊下は走っちゃいけません!なんて言葉を、なゆちゃんが素直に従うはずがない。見た目は不良。中身も奔放で他人からの抑圧から逃げようとする子なんだ。


「けど、なゆちゃんがその気なら……!」


 私だって追いかけるもん!


 教室から流れ出てくる人を躱して、なゆちゃんはどんどん先に行ってしまう。

 そして、私はと言うと……。


「ご、ごめっ……ふぎゃ! す、すみません、すみません! あぁ、待ってよなゆちゃぁあん!!」


 完全に置いて行かれた。







「ぜぇ……はぁ……ど、どこに行ったんだろう……」


 ひと気のない校舎の端で、私は荒くなった呼吸を整えようとする。

 ここは特別棟で、授業で使う教室が並んでいる。しかし、昼休みには人がいなくなる場所だ。なゆちゃんは、確かにこっちのほうに行ったと思ったんだけど……。


 周囲を見回していた時、微かな靴音が聞こえた。後ろの階段からだ。


「なゆちゃん……?」


 振り返ってみる。

 階段を上がって来たのは、狼のような目つきをしたヤンキー……。


 ビターンッ!


 ……が、階段の一番上の段で足を引っかけて転んだ。


「だ、大丈夫……ですか?」

「あ、ああ。いつものことだから大丈夫だ」


 見た目はヤンキーだけど、やっぱりドジなんだなぁ……。


「それより、こんなところで何やってるんだ?」


「え、ええと、なゆちゃんを探してて……」


「那由多か……」


 吟君は小さく呟いて、後ろ頭を掻いた。


「そういえば、吟君ってなゆちゃんと幼馴染みなんですよね?」


「まあな。家が近所で、昔はよく一緒に公園で遊んでたりしてたな。最近は部屋に引きこもるようになったけどな」


 部屋に引きこもるようになったのは、Vtuberとして配信をしているから、なのかな?


「……あいつさ、昔っからいろんなことに手を出しては辞めてきたんだよな」


「え?」


 唐突に、なゆちゃんのことを話し出す吟君に、私はつい疑問を返した。吟君は黒くて長い前髪をいじりながら、話を続ける。


「熱中できるものがないんだよ、アイツさ。サッカーに夢中になったかと思えば、一週間で飽きて他のことに手を付け始めたりするんだ。一番長く続いたのは料理だったかな? それも、一ヶ月で辞めたんだけど……」


「……」


 それは……ちょっと意外。


 私となゆちゃんがVtuberとしてデビューしたのは、もう一年以上も前のことになる。そんなに飽きやすいなら、Vtuberの活動だってすぐに辞めちゃうんじゃ……。


「……けどさ」


 思案する私に答えるみたいに、吟君は続ける。


「最近さ、アイツにも熱中できるものが出来たみたいなんだよな」


「え……?」


「一年くらい前から、ずっと部屋に籠るようになったんだ。アイツの母親から事情を聞いたら、部屋でなんかやってるらしいってさ。何やってるかまでは教えてもらえなかったけど」


 私には、分かる。


 なゆちゃんはVtuberとして活動をしている。配信は出来なくても、その裏で準備をしたり、少しでもリスナーさんが楽しんでもらえるようにしようと企画を考えたりしているんだ。

 Vtuberだけじゃない。声優になるための練習を積んで、夢を叶えようと努力しているんだ。


 飽きっぽいなゆちゃんが、そこまで熱中して続けられるものを見つけた。

 だからこそ、分かる。


 夢への熱意。

 Vtuberを続けること、声優になることが、本当にやりたいことなんだって。


 ……でも、その夢は今、壊されるかもしれない。

 心無い人たちの言葉によって。

 悔しい。何もできない自分が。


「……私、やっぱりなゆちゃんを探さなきゃ」


「え?」


「大事な話なんです! だから、私……」


「……もしかして、弓削ちゃんってさ」


 背を向けて駆け出そうとした時、吟君が私に尋ねかけた。


「那由多が何をしているか、知ってるのか?」

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