2-11 杞憂しすぎる人たち

 ユニットではよくあることだ。


 お互いの仲の良し悪しなんてものは関係なく、リスナーが勝手に比べてしまう。


 チャンネル登録者が多ければ偉い。

 少ない方は未熟。


 チャンネル登録者が多いVtuberを応援しているリスナーは、自分が偉いものだと勘違いする。


 少ない方のVtuberを見ている人は、もう一人を妬み、「足並みを合わせろよ……」といった言葉を投げかける。


 とはいえ、そんな考えをしている人は一部だけしかいない。ほとんどのリスナーは、私たちに好意的に接してくれる。優しい人ばかりだ。


 ただ、人というのは、いい言葉よりも悪い言葉の方が記憶に残りやすいらしい。


 ようするに――、一度見てしまったあの言葉を、私は忘れられずにいたんだ。


***


「……それじゃあ、なゆちゃんは……」

『……活動頻度は落ちると思います』


 パソコンで付けたチャットツール。

 その向こうから、マネージャーの声が聞こえた。


 オフコラボから一週間。最初はなゆちゃんにバレないようにしていた。だけど、言葉は人伝ひとづてにどんどんと広まってしまった。結果的に、なゆちゃんも知ってしまうことになった。


「私、あんなこと思ってないのに……」


 心が、ギュゥと締め付けられるのを感じる。


 リスナーの一人があんなことを言いだしたのは、あのオフコラボが原因だった。


 ナルは活発な少女だ。

 コラボをした際には、私はナルに振り回されることが多い。


 ナルにイジられて、一緒に笑い合って、配信の時間を楽しむ。


 ただ、素直にそう見てくれない人もいる。


 ヤエが無理して付き合っているだとか、イジられてて可哀そうだとか……そう、勝手に決めつける。


 彼らのことは『杞憂民』と呼ばれているらしい。


 推しのあることからないことまで心配して、自分が一番理解していると思い込んでいる人たち。推しが何を言っても信じてくれず、自分が考えたことが全て正しいと思い込んでいる。


 心配してくれるのは嬉しい。だけど、度を行き過ぎるともはや迷惑にしか考えられないもの。


 普通なら「大丈夫だよ」という言葉で済むようなことも、今回は終わらなかった。杞憂民が騒ぎ立て、「俺たちのヤエ様が可哀そうだ!」と言い出す始末。余程、チャンネル登録者の少ないナルに、自分たちのヤエがイジられて欲しくなかった模様。


 ヤエらーの中でも、『夜桜ナル』のことを知らない人ももちろんいる。昨日のオフコラボで初めて見た人もいるかもしれない。


 騒ぎ立てている人は、「夜桜ナルのことを知らない」という人たちばかりだった。


 もちろん、それを窘めてくれるヤエらーもいた。


 でも、杞憂民は自分たちの言葉以外、何も信じない。

 何を言われても、考えを改めようともしない。


 自分たちの考えが一番なんだよね、ああいう人たちって。


 推しが迷惑していることに気づかず、偽善の正義を振りかざす。


 ――それで友達が傷ついちゃったら、推しも悲しむのに。

 ――そんな可能性にすら、気づけないんだ。


 一部のリスナーだけとはいえ、ナルへの批判をみたなるちゃんは傷ついてしまったみたい。電話を掛けても「大丈夫」って元気よく話してくれるけど、その元気の良さがカラ元気にしか聞こえなかった。


「……私になにかできることってありますか?」


 少しでもなゆちゃんの力になりたい!

 その思いから、私はマネージャーに訊ねた。


 しかし……。


『……ヤエ様は、この件には触れないでください』

「ど、どうしてですか? 私が違うって訴え続ければ……」

『それを言ったところで、収まらなかったんでしょう?』

「っ……」


 そう。私はちゃんと言ったんだよ。


 ナルとは仲良しで、友達で。

 だから、ああしてイジられても、全然大丈夫だって。


 なのに、全然話を聞いてくれなくて。

 むしろ、より強い批判をナルに浴びせるようになっちゃったんだ。


「……でも、傍観するだけなんて……」

『気持ちは分かります。けれど、ヤエ様がさらに首を突っ込んでかき回して、より悪化したら大変です。標的がナルさんからヤエ様に移ることだって……』

「それでも、ナルちゃんは私の友達です! あんな、ありもしないことを言われる筋合いなんてないですよ……ッ」


 一番大好きな友達の陰口を、目の前で言い続けられるような感覚。

 苦しくて、辛くて。


 涙がジワリと滲んできた。


「友達、なのに……何もできないんですか」


 なゆちゃんに助けてもらったはずなのに。

 今度は、私が助けたいって思ったのに。


 それなのに……。


『……とにかく、今は我慢の時です。ああいったコメントも、時間が経てば収まるはずですよ。もちろん、私の方でも対応やナルさんへのケアも行いますので』

「……はい」

『それでは、今日のミーティングはこの辺で……あ、それと』


 通話を切ろうとした時、マネージャーが何か思い出したかのように言った。


『……学校のことはお願いしますね。事務所でも、学校でのことはカバーしかねますので』

「……!」


 なゆちゃんと同じ学校だということは、マネージャーにも知られている。学校や普段の生活で、なゆちゃんを支えてほしい、ということだろう。


 私は頷いて答えると、通話を切った。


 椅子から立ち上がると、背中からベッドへと倒れ込んだ。身体が重い。腕を上げ、目元を覆った。


 配信活動をしているなら、批判はあって当たり前のようなもの。観てくれる全員の期待に応えることなんてできないし、人間なんて百人もいれば不満の一つや二つ、生まれてくる。


 私だって、今まで批判されたこともある。

 炎上も経験済み。


 けれど、それは私自身のことだ。


 自分のことなら、我慢できる。

 だけど、他人のことはどうにもできない。


 友達が傷つけられて、何もできないふがいない自分に嫌気が差してくる。


「……なゆちゃん、ごめん……私じゃ、力不足なのかも……」


 ため息を一つ。

 それと共に、ツンと、鼻の奥に微かな刺激が走った。


 涙が滲んで、目尻から頬へと一粒の雫が流れ落ちた。

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