2-10 え?罰ゲームですか?
翌朝、私となゆちゃんは寝起きのまま、パソコンの前に立っていた。
朝配信をしようと初めて見たのだけれど……。
「おあよぉ、ございあすぅ……」
私の声は死んでいた。
「ヤエ、声死んでるぞ~」
「うぅ、うるさい……ふあぁ~」
「しっかりしろよ。てか、昨日は「自分がナルちゃんを起こす」って言ってたくせに、自分が寝坊するんだもんな」
「あう……言い返す言葉もございません……」
なゆちゃんが昼まで寝るって言ってたから、私はちゃんと起きなきゃって思ったんだよ。でも、気づいたら配信予定時間が過ぎてて、逆になゆちゃんに起こしてもらった。
……というか、起きるまでなゆちゃん一人で私の寝姿を実況していたみたい。
コメント欄でも「寝起きのヤエ様可愛い……」「寝起き不機嫌ヤエ様に踏み倒されたい」「ヤエ様に蹴り起こしてもらいたい」なんて文章が並んでる。
……ドM多くない?
「ふあぁ……ちょっと目が覚めて来たかも」
「そっか。そんじゃ、約束通り罰ゲームしような」
「うん、罰ゲームね……ん? 罰ゲーム?」
そんな約束した覚えないんだけど?
ぱっ、となゆちゃんを見返す。何だかニヤニヤ笑っていて……。
「あたしよりも遅く起きた罰ゲームに、リスナーのみんなに愛を叫んでもらおうかなぁ~?」
「ちょ、ちょちょ、ちょっと!? そんな罰ゲーム、約束した覚えないんだけど!?」
「うん。だって、あたしがみんなと約束したんだもん」
他人への罰ゲームを他人と約束するって何!?
しかも、コメント欄ではリスナーのみんなもノリ気。
私は、普段からヤエになり切って「好き」とか「私だけ見てて?」とかヤンデレっぽいことを言うことが多い。
だ、だけど、ASMRで言うのは初めてだよ!?
普段はマイクだからまだ耐えられるけど、ASMRマイクは流石に無理!
だけど、リスナーのみんなも楽しみにしている様子。
うぅ、何だかマネージャーがたくさんいるみたい。
だ、だけど、寝坊して遅れちゃったのはわたしだしなぁ。言い逃れは出来なさそう……。
「それじゃ、ちょっと準備するから待っててくれよな~」
なんて、なゆちゃんはそう話すとミュートにしてしまった。
「準備って、何をするつもりなの? 普通にセリフを言えばいいだけじゃ……」
「せっかくだし、あれ使おうぜ~」
「あれって……まさか!?」
なゆちゃんが何をしようとしているのかを察して、私は固まるのだった。
数分後、準備を終えた私たちはミュートを解除した。
「お、お待たせしましたぁ……」
と、さっきよりも小声で話す。小声になってしまう理由は、目の前にあるマイクのせいだった。
そう、ASMRマイクである!
うっ、まさか初めて配信で使うのが罰ゲームになるなんて!
ASMRの存在も話したことがなかったので、コメントでも「ASMRマイクなんて持ってたの!?」みたいな言葉が散見される。本当は使う予定じゃなかったんです……。
「ほら、早く罰ゲーム罰ゲームっ」
「うぅ……他人ごとだと思ってワクワクしてるよぉ……」
恥ずかしさが半端ない。しかも、隣になゆちゃんがいるこの状況だ。そんな状況で恥ずかしいセリフを言うなんて……。
戸惑っていると、Youtubeのコメントにアキ君がいるのも見えた。
そういえば、ここで囁くってことはアキ君に囁くってことと同じになる?
恥ずかしいセリフを言うことになっちゃう?
同じクラスの男子……それも、隣の席に座っているガチ恋クラスメイトに告白しろって!?
そ、そんなことできるかぁ~!!
「ほらほら、みんな待ってるぞ~」
こっちは楽しそうだね!
絶対に呪う。何かで仕返ししてやるんだから……。
「うぅ、耳元で言うとなると、やっぱり恥ずかしいよ……」
「大丈夫だって。言ってみたら楽になるから」
「罪を自供させようとする刑事みたいな台詞やめて!?」
私は何の罪を自供させられるんだろう。
寝坊かな。
寝坊だね。
反論できないじゃん……ッ!
「みんなもヘッドホンの準備は大丈夫か? ヤエ様の台詞、ちゃんと聞くんだぞ~」
なゆちゃんが訊ねると、コメントで『準備OK!』『耳掃除してくる!』なんてコメントが流れた。いや、今から耳掃除は遅いよ。
「それじゃ、ヤエ様の台詞まで……さん、にぃ、いち……どうぞっ」
「…………る」
「えぇ? もうちょっとはっきり言えよ~」
うぅ……わ、分かってるってば……!
「あ、愛して、る……!」
「もっともっと!」
「す、好き好き……だ、大好き……! み、みんなのこと……らいしゅきなのぉ~!」
私がASMRマイクの耳元で囁いた途端、コメントが『うぉおお!』と湧いた。
『耳が癒される……』
『浄化された』
『明日かからこれをアラームにして寝るでござる……』
「うぅ、うぅぅぅ……」
めっちゃ恥ずかしい!
顔が真っ赤になってて熱い!
顔を両手で覆って悶えていると、隣からナユちゃんが肩を叩いてきた。
「よかったな。みんなに褒められて」
「そ、それは……」
まあ、うん……。
よかったけども……。
「んじゃ、せっかくだし朝配信はこのままASMRマイクを使おうか」
「う、うん。そうだね……」
私は頷いて、その後も朝配信を二人でこなすことに。
ASMRは、耳の形をしているだけに人の耳元で囁く感じがしてより恥ずかしさを感じた。
でも、慣れてきたらそうでもなくなるのかな?
***
配信後、私はTwitterで配信のお礼を呟くことに。
そのついでに、自分の名前でエゴサするのが日課だった。喜んでもらえたなら嬉しいし、何か要望があれば応えたい。
今日の配信の感想の大半は、ASMRのことだった。普通のマイクと違って、ASMRはより身近に人の体温すら感じることができる。普段の配信でちょっと変化が欲しい時に、マイクを変えてみるのもいいかもしれない。
Twitterのコメントを見ながら、そんなことを思った。そうして、いくつかのコメントを眺めていると……。
「っ……」
あるコメントを、見つけてしまう。
「どうしたんだ、凜々花?」
「う、ううん。何でもないよ……」
私は首を振って、なゆちゃんに答えた。
言えない。
言えるはずがない。
こんなコメント、見せられるはずがない。
『――やっぱ、こいついらねーだろ。ナルとかいう…………』
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