2-9 やっぱりなゆちゃんは○○っぽい

「それじゃ、おやすみ~」


 私は電気を切るリモコンを手に言った。ベッドの隣で、床に寝袋を敷いて眠るのはなゆちゃんだ。


「おやすみ。明日は休みだし、昼まで寝るかぁ……」

「朝に寝起き配信しようって話してたじゃん。起こすからね?」

「寝起きは機嫌悪いかも」

「うっ……怒って殴ったりしないよね?」

「おやすみ~」

「ちょっと、そこのところどうなの~!?」


 なゆちゃんは結局答えてくれなかった。はぁ、とため息を溢してから、リモコンで電気を切った。枕元にリモコンを置いて、私も寝ることに……。


「……そういやさ」


 目を閉じようとした時、なゆちゃんの声が聞こえた。


「アキって、今日はコメントにいたのか?」

「え? いたけど、それがどうかしたの?」


 いたどころか、スパチャもくれた。学生なのに一万円もスパチャするなんて、どんな生活してるんだろう……?


「ははっ、やっぱりリスナーのことをちゃんと見てるんだなぁって思っただけ」

「べ、別に、観てるのはアキ君だけじゃないけどね!?」


 コメントしてくれる人のことは、みんなちゃんと見ている。毎日来てくれる人なら、特に覚えている。


「そんなに必死にならなくてもいいじゃん。やっぱ気になるのか?」

「そ、そんなんじゃないから!」


 って、いつの間にか話に曲げられそうになってる?

 うぅ、こうなったらこっちだって……。


「そ、そういうなゆちゃんこそ、吟君は見つけたの?」

「いや、あいつのアカウントなんか知らねーし」

「ぐっ……!」


 何だか敗北した気分だった。

 悔し気にすると、なゆちゃんはくすくす笑っていた。


「あははっ。別に、そういう話がしたいわけじゃねーって」

「うぅ……じゃあ、何が言いたいの?」

「……凜々花って、リスナーのことをちゃんと覚えられてすげぇなって話」

「はあ……?」


 リスナーの名前を覚えるのは普通だと思うけど。なにより、自分を応援してくれる人たちなんだから、覚えていて当然。


「……覚えるのが当たり前だって思ってるだろ? でも、あたしは頭が悪いからな。なかなか覚えられねぇんだよ」

「それは……仕方ないことなんじゃない? 得意なことと不得意なことってあるじゃん」

「そうなんだけどさ……」


 歯切れ悪く、なゆちゃんは一旦言葉を止めて。


「……あたしさ、自分がダメなやつだって思ってるんだ」

「そ、そんなこと……」

「まあ、聞けって。他人がどう見ても、自分から見れば何にもできねぇやつだなって思うことってあるじゃん」


 それは、確かにある。

 周りから見ると、私はどうやら声がいいらしい。歌だって上手いらしい。


 でも、それは自分では気づけなかったこと。


 他人が見た自分の魅力と、自分が見た自分への価値は違う。


「でもさ、さっき凜々花が言ってくれたおかげで、もっと頑張りたいなって思った。努力は出来なくてもさ、何か強みがあればいいなーって思ってみたんだけど……」

「強み、かぁ……」


 そう言われると、私の強みって何だろう?

 うーん、と考えていると、なゆちゃんが答えてくれる。


「凜々花の強みは、やっぱリスナーを大事にするところだな」

「そんなことでいいの?」


 ごく当たり前のことをやっているだけなんだけど……。


「凜々花にとっての当たり前は、他人にとっての当たり前じゃないってこと。天才と凡人は、考え方からして違うものなんだよ」

「わ、私は別に天才ってほどじゃ……えへへ」

「照れるってことは、さては自覚あるな?」


 いや、別にないですけど?

 ただ……。


「なゆちゃんの言葉だから、信じられるんだよ」

「……だったら、あたしも凜々花の言葉を信じたい」


 暗闇の中、響いてきた声に真剣みが混ざるのを感じる。


「……凜々花から見て、あたしって何がいいと思う?」

「なゆちゃんの良いところ、か……」

 

 思い浮かぶことなんて、いくらでもある。声がいいところ。料理が得意なところ。意外なところがあって可愛いところ……。


 けれど、それよりもっと。

 なゆちゃんらしい魅力と言えば……。


「……やっぱり、ママっぽいところかな」

「……おい」

「真面目だよ!?」


 ちょっと不機嫌になるなゆちゃんに、慌てて言った。


「だ、だって、面倒見がいいし、何かとお世話してくれるし……」

「いやいや、あたしってママなんてキャラじゃねえぞ!?」


 それには完全同意。


 なゆちゃんが演じる『夜桜ナル』は、快活な少女だ。紫色の髪をしたエルフで、見た目も幼い。


 なゆちゃんは、配信でも普段の調子と変わらない。活発で、元気な印象がある。ASMRなんかしても「うるさい」って思われちゃいそう。だから、ママというよりも「妹」の方が近い印象だ。


 ただ、それは見た目だけの話。


「見た目と中身は違うよ。私と一緒に過ごしている時、なゆちゃんはママって感じがするもん」

「そ、そうなのか……?」

「そうだよ~! あ、そうだ! 私もASMRやるんだし、なゆちゃんも一緒にやればいいじゃん」

「はァ!?」


「そうと決まったら、さっそくマネージャーに連絡を……」

「いやいや、待てよ! あたしはまだやるなんて……」

「マネージャー、明日にはASMRマイク届けてくれるってさ!」

「連絡早ぇな!?」


 寝袋にくるまっていたなゆちゃんは、反射的に飛び起きながらそう叫んだ。


 たまたまだけど、マネージャーも起きていたみたい。ASMRの話を出してもノリ気っぽかったし、本当はなゆちゃんにも声をかける予定だったんじゃないかな?


「なゆちゃんにも期待してるんだよ。だから、応援してくれるの」

「でも、あたしにASMRの需要なんて……」

「やってみないと分からないって!」


 やってみたら、意外とできることだってあるかもしれない。私だって、人と話せないって思いながらもVtuberを始めた。コミュニケーションは得意とはいえないけど、ちゃんと続けてこられてるしね。


「始めるのは一瞬。でも、やらないで後悔するのは一生ものだよ」

「一生は大げさすぎる気もするけどな……」


 半眼になって私を睨むなゆちゃん。やがて、はぁ、と小さく息を吐いた。


「……ま、やるだけやってみるよ」

「うんっ。私、なゆちゃんのASMR毎日聴くね!」


 笑顔で言うと、なゆちゃんは「それは……」とたじろいだように視線を泳がせた。そして、パタッ、と寝袋に再び収まる。


「ま、まあ……好きにすればいいんじゃねーの?」


 寝袋の中から、小さな声でそう言うのが聞こえた。

 その言葉に頷いて返し、私もベッドに寝転がると目を閉じた。


「二人で、頑張ろうね」

「……ああ」

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