2-7 闇鍋って何入れてもいいんだよ……
いざ、配信が始まってしまうと、色々考えていたことも吹き飛ばされた。
……というか、考えてられなくなった。
「ちょっ! この黒い物体は何!?」
「あははっ! さて何だろな~?」
「何入れたの、ナルちゃん~!!」
イタズラが成功した小学生みたいに楽し気に笑うなゆちゃん――いや、今はナルちゃんだ――に、私はそうツッコミを入れた。
ナルちゃんとやっている「闇鍋」というのは、ロシアンルーレットみたいなものだ。参加する人達が、それぞれに食材を持ち寄る。それを入れて、中身が見えないように蓋をしながら、順番に鍋の食材を取っていく……というものだ。
鍋に入れる食材は何でもいい。何なら、食べ物じゃなくてもいいらしい。
ただ、ナルちゃんが持ってきたこの黒い物体は何なの!?
しかも、鍋のダシを吸って、汁がボタボタ落ちてきてるし……。
「ほらほら、食べろよ~。ぐいっと行けって!」
「うぅ……い、いただきます……」
掴んだものは必ず食べないといけない。それがルール。
恐る恐る、私は黒い物体を口にして……。
「あむっ………………ぐえっ!?」
甘っ!!??
「これ、おはぎじゃん! 鍋に入れる食材じゃないよ!!」
「闇鍋ってそういうもんだろ? んで、ヤエは何を入れたのかなぁ~?」
と、鍋の蓋を少し開けて、中を探るナルちゃん。
しばらく探った後、「これだ!」と箸で何かを掴んで取り出す。
――おはぎ(きな粉)だった。
「どれだけおはぎ入れたの!?」
参加人数が二人だけなので、二分の一の確率で自分が入れた食材を引いちゃう。だから、自分が食べられるものと食べられないものの線引きが重要なはずなんだけど……。
「さっきから、ナルちゃんって鍋で絶対に入れないものしか入れてなくない?」
「ん~? けど、食べてみたら結構………………いや、マズいな」
「やっぱり、鍋に入れるものじゃないってば!」
「これでも、おはぎは手作りなんだぞ~」
「だったら、そのままで食べたかったよ……」
私たちがワイワイと騒ぐ中で、Youtube上のコメントも流れていく。そのコメントを、私たちはスマホで見ていた。
『おはぎドロドロになってそうw』
『きなこは溶けるだろww』
『草ww』
コメント欄も盛り上がっているみたいだ。
あ、この間オフ会にいたヤエらーもいる。主催者さんも……。
『もち米と小豆の組み合わせであるおはぎはエネルギー変換スピードが速いアスリート食!ヤエ様もこれでアスリートになるでござる!」
いやいや、ならないならない。
むしろ運動無理なんだけど……と思っていると、次のコメントが目に入った。
『流石です!主催者さん!』
コメントで会話しないで~!
あと、たぶんこの間のひったくり犯だこの人!
アイコンがひったくりのアイコンだもん!!
自首でもしてる!?
あ、ついでにアキ君も見つけた。
『ヤエ様と闇鍋してみたい人生だった……参加型とかないのかな』
どうやって!?
コメントを見るのも、おかしなコメントも多くて楽しい。時々、リスナーのコメントを拾いながら配信を進めていった。
「――そういえば、ナルちゃんって普段は料理とかするの?」
配信時間もあと十分くらいになった頃、鍋の中を漁るナルちゃんに訊ねた。
「んー? あたしはいつも自炊してるから、何でも作れるぞ」
「え? 本当に!?」
普段のナルちゃんからは、全然想像できない……。
いつもぐうたらしてて、家庭的な一面なんて全く見えなかった。学校でも、授業中にずっと寝てるし。
「そういうヤエはどうなんだ?」
「わ、私は作れるよ? ダークマターなら」
「それ、料理できねぇ奴じゃん」
うぅ……だ、だって、お母さんに「凜々花はキッチンに入ったら罰金ね」って言われちゃったんだもん……。
「そ、そういうナルちゃんは何が作れるの?」
「得意なのは肉じゃがかな。あとは筑前煮とか、魚の煮つけとか」
「全部煮てる!?」
それに、何というか……。
「……おばあちゃん?」
「すぅ………………あのな、こいつさっきさ――」
「ごめんごめんごめんって! さっきのことは内緒にしてって話だったじゃん!!」
さっきのASMRマイクのこと、秘密にしててよ~!
コメント欄は「なになに?」と盛り上がっているけれど、言えないんだよね!
それに、まだASMRをすることさえ、公表していない。
ヤエらーのみんなにはサプライズみたいにして驚かせたいしね。
ナルちゃんもそこの分別は弁えている。からかうように笑うと、「言わねーって」と否定してくれた。
ふぅ、何とか私の恥がバレずに済んでよかった。
「でも、ナルちゃんの料理、一度食べてみたいなぁ」
「あ、そういえば闇鍋だけじゃ足りねぇと思って作って来たんだよ」
「え? 本当に?」
確かに、鍋に入っている具材はそんなに多くない。滅茶苦茶なものを入れて、食べられない~ってなったら炎上ものだし。
ナルちゃんは部屋の隅に置いていたバッグを手繰り寄せると、中から小さな弁当箱を取り出した。ピンク色の可愛いお弁当箱。
「ヤエ、開けてみな~」
「うん!」
カメラに映らないように気を付けながら、ナルちゃんからお弁当箱を受け取る。
あれ? 何か入っているにしては軽いような気が……。
不思議に思いながらも、私はお弁当箱の蓋を持ち上げる。カパッ、と軽い音と共に私の目に飛び込んできたのは――。
――イナゴの佃煮だった。
「ぎゃぁあああッ!!」
「あははっ!」
思わず悲鳴を上げる私の前で、ナルちゃんはお腹を抱えて笑っていた。コメント欄では「え?何?」「大丈夫?」などと心配する声が上がっている。
「大丈夫だって、調理した後だし。そうだ、せっかくだしそれみんなにも見せてやろうぜ!」
「え、えぇ……」
大丈夫かな……。
何て思っていたけど、コメント欄も「見たい!」という声で溢れている。
「じ、じゃあ、見せるけど……後悔しないでよね?」
鍋を映していたカメラに向かって、私は蓋を開けた状態でお弁当箱の中身を映して……。
コメント欄が阿鼻叫喚の悲鳴に包まれた。
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