2-6 オフコラボって言ったらやっぱり…?

「てか、どうしてなゆちゃんがウチにいるの?」


 ASMRマイクのスイッチをオフにして、元の箱に戻しながら私は訊ねた。思わず叫んじゃったせいで、耳の中がキンキン言っている。うぅ……鼓膜を密林アマゾンで買わなきゃ。


「どうしてって、今日はオフコラボするって話だっただろ?」

「……あっ」


 今日は金曜日。

 明日から休みに入るので、お泊り会しようってことになってたんだった。


「ごめんっ。忘れちゃってた……」

「別にいいよ。面白いもん見られたしな」

「わ、忘れてってばぁ!」


 さっきの出来事を忘れてほしいのに、なゆちゃんはけらけら笑うだけで全然忘れてくれようとはしてくれない。


 面白いおもちゃを見つけた、みたいな感じでからかってくる。


「けど、凜々花がASMRするなんてびっくりしたな。こういうの、恥ずかしくてやらないんじゃなかったの?」

「うーん……そうなんだけどね、私もヤエらーのみんなにもっと喜んでもらいたいから、やれることは何でもやりたいんだよ」

「……ふぅん。相変わらず、凜々花は頑張り屋だな」

「まあ、最初のきっかけはマネージャーなんだけどね。罵倒ボイスを取ってほしいって言われちゃってね」

「あいつは何で解雇されねぇんだろうな……」


 私となゆちゃんのマネージャーは同じ人。ドM発言を誰に対してでもしているので、彼女がダメな大人だというのは共通認識だった。


 で、でも、マネージャーだってやる時はやるからっ。


 そもそも、マネージャーが居てくれなかったら私となゆちゃんがユニットを組むこともなかった。


 なゆちゃんには普段から色々と相談に乗ってもらっている。ユニットがなければ、きっと一人で悩み続けていたはずだ。


 私が今日まで活動してこられたのも、マネージャーとなゆちゃんが居てくれたからこそ。


 マネージャーは変態みたいな発言も多いけど、これでもちゃんと感謝している。今日のオフコラボだって、マネージャーの許可が下りなかったらできなかったしね。


「んじゃ、荷物置かせてもらうぞ~」


 と、なゆちゃんはかなり大きめのボストンバッグを扉の近くに置いた。今日のお泊りグッズかな?


 ……そう思っていたけど、バッグを開いて中から取り出したのは土鍋だった。


「何で土鍋……?」

「オフコラボって言ったら闇鍋だろ!」

「二人で闇鍋は悲しすぎない⁉」


 そういうのって、もっと大人数でやるものじゃないかな?


 ツッコミを入れたけど、なゆちゃんは子供のように目を輝かせながら、テキパキと準備を進めていく。次にカセットコンロを出し、食材の入ったビニール袋を取り出す。あとは茶碗に箸にレンゲに仮面……ん? 仮面?


「どうしてそんな奇抜な仮面まで……」


 しかも、民族衣装にあるみたいなやつだ。アフリカの民族が被ってそう。

 ただ、顔の下半分は取り除かれている。


 首を傾げる私に、なゆちゃんは説明してくれた。


「ほら、鍋とかに自分の顔が反射したらダメだろ? カメラの角度には気を付けるつもりだけど、念には念をってことだ」

「ああ、なるほど」


 私たちは普通のアイドルと違って、Vtuberとして正体を隠さないといけない。鍋をするには実写で映すということになるし、普段以上に気を付けないといけない。


 それに、もし身バレしたら恥ずかしさで死んじゃう。学校でアキ君とも目を合わせられなくなっちゃうだろうし……って、別にアキ君は関係ないからぁ!」


「どうした、凜々花? 急に顔真っ赤にして」

「な、何でもないよッ! でも、そこまで考えて用意できるなんて、流石なゆちゃんだね。気が利くというかなんというか……ママ?」

「だ、誰がママだッ」


 私の台詞に顔を赤くしながら、なゆちゃんはツッコミを入れてくる。ママって呼ばれるのが相当恥ずかしいらしい。


「ええ、別にいいじゃん。ママ~」

「次にあたしをママって呼んだら、配信中にさっきのことをバラしてやるからな?」

「ごめんなさい、調子に乗りました」


 土下座した。



***



 鍋パをする準備を整え、カメラを取り付けていく。

 カメラは慎重に設置しておかないと、何かの拍子に顔が映ったりしたら大変だ。


 カメラを設置し終えると、配信の準備が整った。


 これで、後は配信時間まで待つだけだ。壁に掛けていた時計を見上げて、配信まであと十分しかないことに気づく。


「ふぅ……そろそろだね」

「緊張してんのか?」


 部屋の真ん中に置いた机。私とは反対側に座ったなゆちゃんが、苦笑交じりに訊ねてくる。


「うん。配信はいつだって緊張するよ。今日はどんな人がくるかなぁ? とか、失敗しないかな……とか、色々と考えちゃうし」

「あとは、チャンネル登録者数の多さも緊張の原因になってそうだな」

「まあね。もう十万人だからね、私……」


 同じ時期にデビューした私たち。

 けれど、ナユちゃんと私のチャンネル登録者数はかけ離れている。


 私のファンですら、彼女を知らないくらいに……。


「……なゆちゃん、あの……」

「――あたしも、配信前は色々と考えたりするんだよな。このままでいいのかなってさ」

「え……?」

「……ほら、もうすぐ始まるぞ。仮面と手袋はちゃんと着けとけよ。身バレしたら大変だからな」

「う、うん……」


 私は急かされるように仮面と手袋を着けた。

 最後の準備を整えると、深呼吸をして緊張を和らげようとする。


 そんな中で、私はなゆちゃんの言った言葉の意味が気になって仕方がなかった。


 い、いや、今は配信に集中しないと!

 首を振り、時計を見上げる。


 時計の秒針が、カチカチと音を奏でる。

 やがて、配信予定の時間になり――。


「こんヤエ~!」


 私たちは配信を始めた。

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