2-3 いやいや、隣の席のオタク男子のことなんて何とも思ってませんが?
私がアキ君のことをどう思ってるかって……?
そんなの、ただの隣の席のクラスメイトっていうだけだし。それ以上の関係だと思えるはずがない。
そう、そのはずはないのに……。
「ふぇ……?」
なゆちゃんの問いかけに、私は首筋から頭の頂点にかけて、熱が走るのを感じた。
「べ、別に何とも思ってないよ⁉ た、確かに助けてもらったし、ずっと応援してくれるのはありがたいって思ってるけど……それ以上の関係なんてないない! 絶対に、あり得ないからッ」
「本当かァ? 凜々花がそう思い込んでいるってだけで、本心の所では気になってるとか……」
「あ、あり得ないってば! とにかく、この話はおしまいッ。教室戻ろ!」
「あ、逃げるなよ~!」
後ろから引き留めようとしてくる声を無視して、私は教室に向かって早足になりながら歩き出した。
私が、アキ君を特別視する?
そんなの、絶対にあり得ないんだからッ。
***
教室に戻って授業を受けながらも、私は顔の熱さを取り除くことができないでいる。ちゃんと授業に集中しないと、目の前で退屈な話をしている電球(ハゲているからそう呼ばれている国語の先生)に怒られちゃう。
なゆちゃんが変なことを言うせいで、ますます意識をしちゃう。隣の席だし、授業の合間の休み時間しか、この場から退散することもできない。
顔を両手で覆って顔の熱を誤魔化そうとする。隣の席では、アキ君がシャーペンに芯を入れるのに集中していて……あ、折れた。
いやいや、私がアキ君を他人よりも意識してる?
絶対にあり得ないってば。
確かに、彼は私のガチ恋オタクだし、めっちゃ好き好き言ってくるからドキッてしちゃうこともあるけれど……。それとこれとは別の話。
そもそもの話、私はVtuberで、彼はリスナー。リスナーの一人を特別視しちゃったら、他のヤエらーの気持ちを裏切ることになる。
そう考えると、私はこれから先も恋愛なんてできないのかも。
いや、私のみたいな喪女に、そんな機会が訪れはずがないか……。
……でも、アキ君ならあり得るのかな。
今までは、男子に声を掛けられることなんてほとんどなかった。でも、ヤエガチ恋勢の彼ならもしかして……。
……って、何期待しちゃってるの⁉
違うから! 私は、アキ君を特別な人として見たりしていないからッ‼
「……ねえ、弓削さん」
「ふぁいッ⁉」
考えていると、急にアキ君に声を掛けられてビクッと身体が跳ねあがった。授業をしていた電球先生が訝し気にこちらを見たが、一瞬だけのこと。すぐに授業へ戻った。
「ご、ごめん。急に話しかけたらびっくりしちゃうよね……」
アキ君はアキ君で、申し訳なさそうに謝ってくる。イケメンと言うわけじゃない。どちらかと言うと可愛い顔をしている。そんな彼の純粋そうな表情は、どこか子供っぽさがあって可愛い……。
「って、違うからッ‼」
「へ? 何が違うの?」
「ああ、いえ。何でもないです。それで、どうかしましたか?」
苦笑しながらも、話しかけてきた理由を訊ねた。彼は気の弱そうな笑みを浮かべると。
「いやぁ、シャーペンの芯が無くなっちゃって……もしあったら、貸してほしいなって……」
さっき必死に入れようとして折れちゃったシャー芯が最後の一本だったんだね……。
「分かりました。ちょっと待ってくださいね」
私はアキ君にそう返事をし、筆箱からシャーペンの芯が入ったケースを探した。こんなに情けなさそうな彼に、特別な感情なんて絶対に抱かない。うんうん。大丈夫。平常心平常心……。
「どうぞ」
私がシャー芯の入ったケースを手渡すと……。
「――――ッッ⁉⁉」
一瞬だけ、アキ君の手に触れちゃって心臓が太鼓のバチで叩かれたんじゃないかと思うくらいに強く跳ね上がった!
あ、あ……。
アキ君の手ェ――――ッッ!
何、今の感覚……アキ君の手って、温かくて柔らかかった。男の人は手も硬いんじゃないかな? って思ってたけど、アキ君の場合はふっくらしている!
でも、嫌な感じのふっくら感じゃない。むしろ、アキ君の優しさが手に現れているみたいで、触れた一瞬だけでも何故か妙に安心する心地が……。
って、何で私は解説してるの⁉
別に、アキ君のことなんて何とも思ってないからァア‼
「ありがとう。すぐに返すから待っててね」
アキ君は私の手に触れたのを全く気にしていない様子で、ケースからシャー芯を一本だけ取り出すと、再び私に手渡してきた。
私はシャー芯を返してもらった手を引っ込めると、胸に両手を当ててドキドキと激しく脈打つ心臓をどうにかして抑えようとした。
い、いやいや、別にアキ君に優しい笑顔を向けられたくらいで意識しないしッ。
私、そんなにチョロくないから!
これは、きっと……そう!
きっと、私の心臓が悪いの!
不整脈なのよ、絶対にッ‼
「弓削ェ! 聞いてるのか!」
「はひっ! す、すみません‼」
先生に頭の電球(頭皮)を光らせながら怒鳴られてしまい、私は咄嗟に背筋を伸ばした。みんなの前で怒鳴られて恥ずかしい。
そんな中、教室の中央辺りの席で堂々と居眠りをするなゆちゃんの姿を見つけた。
なゆちゃんのせいで、私の心がこんなにかき乱されているって言うのに、どうして寝てるの‼
後で口と鼻に粘土でも押し込んでやろうか!
幸せそうな顔で寝息を立てる彼女に、私は少しばかりの殺意を覚えてしまうのだった。
それからほどなくして、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。電球先生は汗で頭の輝きをさらに増しながら、教室からゆったりとした所作で出て行った。
授業がひと段落したことに、まずは安堵の吐息を溢す。机の上に倒れ込み、腕に顔を埋めた。
直後、隣の席が騒がしくなる。腕に顔をうずめたまま、視線だけで隣の席のアキ君へと目を向けた。
彼の前に立つのは吟君。授業が終わるなり、二人は今朝のようにヤエについて話を始めだし……。
「……そういやさ、ヤエ様ってユニット組んでたよな。もう一人の子、どんなやつだっけ?」
「ッ……!」
吟君の台詞を聞いて、私と同じように机に突っ伏していたなゆちゃんの肩がピクリと震えたのが視界の端に見えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます