第2話
2-1 隣の席のオタク男子がヤンキーと…!?
オフ会明けの月曜日。
私は普段よりも明るい気持ちで学校にやってきていた。
この間の出来事で、私は自信を取り戻した。
土日の二日間の配信も、気分上々で楽しくやることができた。
だから、月曜日の憂鬱なんてなかった!
朝、出掛ける時にお母さんからも「凜々花、テンション上がりすぎじゃない? 病院行く?」とまで言われたくらい。
いつもが根暗すぎるだけなの!
気分が上がってて何が悪いのかっ!
そんなハイテンションのまま、私は教室へ向かう廊下を軽やかな心地で歩いていた。
教室の前に立ち、扉を開く。
……私の席は教室の端。しかも廊下側だ。入口のすぐ手前に席があり、隣の席にアキ君がいる。
扉を開けたすぐ目の前。
自然と、隣の席に座るアキ君と目が合った。
「あ、弓削さんおはよう~!」
「おはようございま……っ!?」
アキ君の爽やかな笑顔が飛んでくると同時に、私は彼の前に立つ男子生徒を見つけた。
顔に絆創膏をいくつも貼った男子生徒。目つきは鋭くて、オオカミみたいに見える。制服を着崩しており、とても真面目とは呼べない生徒……。
「え……え……?」
戸惑う私の前で、アキ君と吟君は二人で話していた。しかも親し気に。
ど、どうして、虫も殺せなさそうなほどに純真無垢なアキ君が、こんな怖い人と話してるの⁉
困惑していると、アキ君が楽しそうにこう話しかけた。
「そういえば、昨日のヤエ様っていつもよりも楽しげだったよね!」
「ああ、そうだったな。何か、憑き物が落ちた感じがしたなぁ」
って、まさかのヤエらー⁉
ヤンキーっていうイメージしかないから、オタクとはかけ離れた存在だと思ってたけど……。
「あ、あの……」
「あぁ?」
机に荷物を置きながら話しかけると、吟君が鋭い目で私を睨みつけた。
ひぃ……やっぱり、怖いよぉ……。
「す、すみません、すみません……」
「いや、別に謝ってもらう必要はねぇけど……」
「大丈夫だよ、弓削さん。吟君って、怖がられてるけど実は……」
「おいっ、それは秘密にしろって言っただろ!」
「ぐえっ!」
何か言おうとした途端に、吟君がアキ君の細い首に手を掛けた。
「ストップストップ! アキ君の顔が真っ青だからッ!」
「はっ! す、すまん! つい、力が入っちまった……」
「だ、大丈夫だよ。あはは……」
アキ君はヘラヘラ笑って答える。
こんな状況でも笑っていられるなんて……アキ君は、ある意味大物なのかもしれない。
けれど、そんなアキ君を前にして吟君は頭を抱えて顔面蒼白させていた。
「はぁ……これだから俺はダメなんだ……! いつもいつも、友達が欲しいって思う癖についドジなことをやらかしちまうんだ……ッ!」
いや、ドジで済む話じゃないよ?
危うく、人を殺めるところだったよ?
「アキ! こんな俺だけど、どうか嫌いにならないでくれよ!」
「分かってるよ! 同じヤエらーだもん。僕はこの程度で友達を止めようとは思わないよ!」
「ぐすっ……アキィ……心の友よぉお!」
「ぐええっ⁉」
「締まってる! 抱き着いただけでも骨がギシギシ悲鳴を上げてるから‼」
感激のあまり抱き着いた吟君が、アキ君の身体の骨に悲鳴を上げさせている。
「はっ! また俺ってば、やっちまった⁉」
「何回同じことするつもりなんですか!? そろそろ学習してくださいよッ」
思わずツッコミを入れる。
手を見下ろしていた吟君は、悲鳴混じりに叫んだ私へと振り返ると、ギッと鋭い目で睨みつけてきた。
ひぃ! こ、怖い……。
「ああ、そうそう。吟君もヤエらーだから、弓削さんも仲良くできると思うよ」
「今する話ですかッ!」
てか、知ってる。
今、ヤエのことを話してたもん。
「つっても、俺はアキみたいなガチ恋勢じゃないけどな。他のVtuberも結構見てるし、配信が面白れぇから観てるだけだ」
「へ、へぇ、面白いですか……ふへへ」
「ん? 何でお前が照れるんだ?」
「な、何でもないですよ!?」
危ない危ない。
褒められて、思わず表情に出るところだった。
今までは、褒められてもどこか斜に構えて捉えるところがあった。
けれど、この間のオフ会の出来事もあって、今はリスナーからの感想も素直に受け止めるようにしている。
その結果、褒められることに無防備になりすぎている気もする。気を引き締めなきゃ。
「いやぁ、でもヤエ様も昨日の配信は楽しそうにしてたし、本当に可愛かったよねぇ」
「ふぇっ⁉」
「ああ、もちろんいつもヤエ様は可愛いよ! でも、楽しそうにしてる時が一番魅力的なんだよね! 僕もヤエ様と一緒にゲームとかできたらいいんだけどなぁ」
「参加型のゲームとかやってくれたらできるだろ。リクエストしてみりゃいいんじゃね?」
「そっか。今度マシュマロに送ってみよう! いや、今送ろう!」
送らなくても目の前で聞いちゃったから、やるしかないじゃんっ。
ま、まあ、私もリスナーとゲームとかしてみたかったし……べ、別にアキ君のためにやるわけじゃないんだからね?
「と、ところで、二人はどういう関係なんですか……?」
「どういうって、友達だよ」
「いつから……?」
吟君って、全然学校に来ていないイメージがあった。
ヤンキーだし、学校に来るときはいつも怪我をしているか、ずぶ濡れになってくる。
だから、どこかで喧嘩をしているのだろうって噂があった。
アキ君は純真無垢な子犬みたいな人だし、吟君のような野蛮そうな人と仲良くなる経緯なんて、全然思い浮かばないんだけど……。
「ついさっきだよ?」
「久々に学校に来れたんだがな、アキのカバンにヤエ様のアクキーが付いてたから、思わず話しかけたんだ。それだけだ」
ついさっきかーいっ!
「僕も、まさか同じ学校に二人もヤエらーがいるとは思わなかったよ! 他にもたくさんVtuberのことを知ってるみたいだし、おすすめのVtuberとかも観てみたいな!」
「お! そっか興味あるか! なら、俺のオススメのVtuberを全員教えてやる!」
ついさっき仲良くなったはずの二人は、すっかり意気投合しているみたいだ。
って、アキ君! 私以外のVtuberを見るつもりなの⁉
「ぐぅぅ……ッ!」
「ゆ、弓削さん? どうしてそんな飼い主が他の犬にベタベタして嫉妬している飼い犬みたいに唸ってるの?」
「何でもないですっ!」
別に、嫉妬とかしてないんだから!
アキ君が別のVtuberを見てても、私には関係ないしっ。
ふんっ!
「けど、アキはヤエ様のガチ恋勢なんだろ? 俺が言うのも何だけど、他のVtuberを見てもいいのか?」
「うんっ! 他のVtuberを見た後で見るヤエ様は、罪悪感がすごくてよりヤエ様のヤンデレを楽しめるんだよ!」
「楽しみ方が特殊すぎる!」
そ、そっか。それがアキ君の楽しみ方ならしかたないなぁ。
次の配信……というか、今日の配信で他のVtuberに浮気してないかヤエらーのみんなをイジろう。
「えへへ……」
「こっちはこっちで、変なところで笑いだすし、お前らどういう関係なんだ……はっ! まさか、陰で隠れて付き合ってるとか……」
「違いますよっ!?」
「そうだよ! 僕はヤエ様一筋だから!」
「はうっ⁉」
それは、半分私に告白してるようなものだからぁああ!!
「だよな。少なくとも、アキに彼女ができる姿とか、想像できねえわ」
吟君がからかうように笑った。
「そうだよ。付き合うなら、ヤエ様しかいないからねっ。はぁ、僕もバーチャルな世界に入って、ヤエ様と結婚したい……」
本人が隣にいるんだよなぁ。
なんて、言えない。
しかし、アキ君はまさか本人がいるとは思っていないからこそ、ヤエへの愛を爆発させてしまうわけで……。
「僕、来世は絶対にヤエ様と同じ世界に生まれて、結婚するよ。それで、ヤエ様を一生かけて幸せにするんだ!」
「う“ッ‼」
「どうしたの、弓削さん! 急に自分の胸を叩いたかと思ったら床に倒れ込んで⁉」
「な、何でもないです……」
目の前でいきなり同級生にプロポーズされたら、恥ずかしすぎるよ!
しかも、ここは教室。
みんなが見ている前でプロポーズするなんて……!
反射的に胸を叩いた痛みで恥ずかしさを誤魔化そうとしたけど、やっぱり無理だ。
顔が熱い。
とりあえず、呼吸を整えようと深呼吸を始めた……その時。
「……何してんの?」
新たな波乱の種がやってくるのだった。
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