1-11 素直に、前向きに、配信を頑張りたい

「――それじゃあ、今日はありがとうでござるよ~!」


 オフ会が終わり、私たちは店の外に出た。

 主催者さんは、入り口の前で他のヤエらーと一緒に手を振って見送ってくれた。


 主催者さんや他のヤエらーは、これから二次会に居酒屋へ行くらしい。

 私たちは学生ということもあり、早めに帰った方がいいだろうと言われて先に解散することにした。


 私はアキ君と一緒に、ヤエらーたちに向かって手を振ってから背を向けた。

 空は、すっかり赤く染まっている。


「今日は楽しかったね、弓削さん!」

「……はい。今日は参加できてよかったです」


 結局、私はあれから三曲ほど歌った。

 歌い終える頃には、最初に感じた不安なんてどこにもなく、ただ楽しいという気持ちに包まれていた。


 今でも、どこか現実味のない感覚がある。

 ふわふわとして、浮いて行ってしまいそうな気持ち。


 今日、帰ったら配信で歌枠でもしようかな。


 カラオケ店のあったひと気のない路地から、大通りに出る。

 これから家に帰る人が多いのか、ここに来る前よりも人が多い気がした。

 雑踏を歩く。隣にはアキ君。

 彼は、私に歩幅を合わせ、はぐれないように気を付けてくれている。

 気を遣ってくれているのを感じた。


「……でも、良かったよ」

「良かったって……?」

「弓削さんも楽しんでくれたみたいで。もしかしたら、無理に参加させちゃったのかなって思ってたから。でも、一緒に楽しめみたいだね!」

「……いえ」


 アキ君の言葉に、若干の罪悪感を抱きながら首を振る。


「最初は、色々と考えることがあって来るかを迷っていたんです。細かいことは言えませんけど……それでも、大事なことを考えていたんですよ」

「そ、そうだったんだ……。何だか、忙しい時に誘っちゃったのかな? ごめんね」

「ううん。アキ君のおかげで、その悩みも解決しそうなんです」


 アキ君へと、笑顔を向けた。


 今日のオフ会がなければ、私はきっと悩み続けていた。

 自分には実力がないって、思い込み続けていたはずだ。

 それを解消してくれたのは、今日のオフ会での出来事。


「アキ君が誘ってくれたから、私は前に勧めそうです。だから、ありがとうございますっ」

「……うんっ。何だかよく分からないけど、弓削さんの役に立てたなら嬉しいよ」


 アキ君は照れくさそうに、後ろ頭を搔いていた。

 その頬は赤い。

 夕陽で照らされたわけじゃなさそうだ。


 人に親切にして、褒められた子供のような無邪気な表情に頬が緩んだ。



***



 帰宅後、いつものように配信のサムネを作っていた。


 普段から、用事があってもできる限り配信をするようにしている。

 毎日配信をしている方が、チャンネル登録者が増えるからだ。


 オフ会があったので、外はすっかり暗くなっている。

 いつも通りに配信をしていたら、終わるのは深夜を回りそうだ。


 ただ、明日は日曜日。

 学校も休みなので、今日は遅くなっても問題ない。


 パソコンでサムネを作っていると、つけっぱなしにしていたディスコードに誰かが入って来た。


 なゆちゃんだ。


 通話を繋げる。

 画面の向こうで、がさごそと部屋に散乱した荷物を踏みつぶすような音が聞こえてきた。


「おっす、凜々花~。元気か?

「元気だよ。って、そろそろ部屋を掃除しなよ……」

「凜々花がやってくれよ。またオフコラボしようぜ~」

「やだよ。またあんな汚部屋で寝るなんて……」


 軽口を叩き合い、私たちは笑った。


「その様子だと、あれからうまく言ったみたいだな」

「……うん。ありがとうね、なゆちゃん」

「別に。相方がいつまでもウジウジしてるのが見てられなかっただけだって。てか、今日くらいは配信も休めばいいのに。アタシと出かけてた、とか理由をつければ? 話なら合わせてやるよ」

「ううん。オフ会に行ってみて、もっと配信したいなって思ったの。だから、今日は配信する」

「そっか。ま、凜々花がやりたいんだったらいいけど」


 なゆちゃんは、私が無理しないかを心配してくれているのかも。


 彼女は優しい。


 なゆちゃんだけじゃない。

 アキ君だって、主催者さんやヤエらーのみんなだって同じ。


 みんな、優しい人ばかりだ。


 優しい人に囲まれて、私は夢を追うことができる。

 自分に自信はなくても、応援してくれる人がたくさんいるのなら。


「私は、もっと頑張るよ。自分に自信がないからじゃないよ。応援してくれる人がいるから、みんなの期待に応えたいの」

「……そ。じゃあ、アタシの分まで頑張ってくれよな~」

「もぉ、なゆちゃんも毎日じゃないけどちゃんと配信しなきゃダメだよ~?」

「分かってるって。アタシは気ままにやるよ」


 私と違って、なゆちゃんは自由人だ。

 自分のやりたいときに、自分のやりたいことをしている。


 それでも、周りをしっかりと見ている彼女に私は少し憧れている。


 その後も、私はなゆちゃんとディスコードで会話しながら配信の準備を進めた。


 準備が終わったのは一時間後。


「はぁ……」


 なゆちゃんとの会話を終え、ディスコードを切った私はパソコンの前で深く息を吐きだした。


 配信前の空気は、どれだけやっても緊張する。

 けれど、同じぐらいに楽しい気持ちが溢れてくる!


 顔を上げる。

 私の前には三つのパソコンのモニターが並べられている。


 それらの画面には、配信を映し出すアプリ『OBS』とヤエを動かす『Animaze』を起動している。


 画面端に映った時計の時間は二十二時五十九分を指していた。


 心臓がドキドキと脈打つ。

 時間が過ぎていく。


 三秒前、二秒前……一秒前。


 時間が二十三時を示した。

 配信を開始する。

 パソコンの上に取り付けたWebカメラに向けて。


「こんヤエ~!」


 私は、精一杯の明るい声で配信を始めた。

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