1-9 周りの声を信じてみよう

 出なきゃ。

 震える指を、画面へ押し当てる。


『凜々花? そっちの調子はどうだ?』


 スマホからなゆちゃんの声が聞こえてきた。


「……あまり、よく分からないかな」


 重い息を吐きだしながら、なゆちゃんの質問に返答する。


 元々は、なゆちゃんに勧められて参加したオフ会だった。

 オフ会に参加すれば、自信のなさを克服できるかもしれないと思ったから。


 けれど……。


「みんな、私に優しいんだよ。そうじゃなきゃ、こんなに褒められるなんてあり得ないよ」

『本当にそうなのか?』


 そうだ、って答えようとした。

 けれど、なゆちゃんの真剣味の帯びた声音に、言葉が詰まった。


『凜々花は、本当に優しいっていう理由だけで、みんなが応援してくれていると思っているのか?』

「それは……」

『ただ、優しいだけじゃ人はついてこねぇんだよ。ヤエを見て、好きになったから応援してくれてる。それは絶対だぞ』

「でも、こんな私のどこがいいの……?」


 自分じゃ自分を見ることはできない。

 自分が見えるのは、みんなの反応だけだ。


 だけど、そのみんなの反応すら信じられない私は、どうすればいいの?

 私に気を遣っているだけなんじゃないかって、思うんだ。


 それほどに、私は私に自信を持つことができないでいる。


「……みんなが応援してる熱意は分かるよ。けれど、その言葉や熱意が本物だっていう証拠もないじゃん。だから、私はもっとがんばらないとって思ってる。いつか、本当に心から応援してもらえるようにって……」

『そんなの、キリがないだろ』

「キリがない……?」


 呆れたように、なゆちゃんがはぁ、と息を吐いた。


『凜々花の言ってること、矛盾してる。応援の声が欲しいって言っているのに、その声を否定しているのは凜々花自身だ。本物に応援してもらいたい? でも、応援してくれる声を否定し続けている凜々花は、いつになったら応援が本物だって認められるんだ?』

「それは……」

『本当に応援してもらいたいなら、自分の気持ちは無視しろ。お前の内面から聞こえてくる声は全部嘘だ。自分で自分を否定しなくていいんだよ!』


 私が感じていることが、全部嘘ってこと?

 悔しい気持ちも、まだ足りないっていう空虚な感覚も、頑張らなきゃっていう焦燥さえも。


 全部、私が作り出した嘘。

 幻想で、その言葉を信じる価値はないって、ことなの……?


『ファンの声を素直に受け取ってみるんだ。凜々花はできないんじゃない。ただ、周りの人を信じてないだけだ』

「……よく、分からないよ」

『分からなくても、素直になってみろよ。そんで、周りの声を正直に受け取るんだ。……そうすりゃ、きっと分かるから』


 それだけ言い残して、電話は切れた。


 なゆちゃんが伝えたいことは、心では納得しかねる。


 私に実力がないのは本当のこと。

 そうじゃなきゃ、私はもっと人気が出るはずなんだ。


 チャンネル登録者だってもっと増えて、視聴者だっていっぱい来るようになる。

 そうならないのは、私の実力不足だ。

 全て、私が原因なんだ。


「……私は、私のことが分からない。なのに、どうしてみんなは私のことを私よりも知っているの?」


 自分では、到底答えが出そうになかった。


***


 部屋へと戻ることにした。

 少し長めに時間を空けてしまったため、不審がられているかもしれない。


 扉を開けると、アーカイブの試聴会は終わっている様子だった。


 扉の前に座っていたアキ君が、私に気づく。


「弓削さん、おかえり~」

「すみません。ちょっと電話が入ってしまって……。って、今は何を……?」


 アキ君の隣に座りながら、部屋の奥へと視線を移した。

 スクリーンのあるステージの上で、三人のヤエらーがマイクを手に歌っていた。


「今は、ヤエ様が今までに歌った曲をみんなで歌ってるところだよ。けど、ヤエ様のオリジナル曲がカラオケに入ってないのは残念だよね……」

「そ、そうなんですね……」


 私のオリジナル曲は、デビューして半年が経った頃に作った曲。

 作詞や作曲をプロに任せて作ってもらい、スタジオで収録した。


 その時にも、音楽プロデューサーから色々とダメ出しされたなぁ……。


「弓削さんは歌わないの?」

「わ、私は遠慮しておきます。そんなに上手じゃないので……」

「けど、音楽の授業で褒められてなかったっけ?」


 私たちの学校では、選択科目で音楽と美術、書道のどれかに分けられる。

 アキ君と私は、同じ音楽を選択していた。

 みんなの前で歌う課題があり、その時のことを言っているのだろう。


「た、確かに褒められましたけど、みんなと同じくらいですよっ」

「そうかなぁ? クラスメイトの前で歌ってた弓削さん、すごくいい声してたと思うけどなぁ」

「良い声、ですか……?」

「うんっ! そういえば、弓削さんもヤエ様みたいに普段の声と歌う時の声が変わるよね~」

「ぎくっ……」


 ば、バレてないよね?

 次の音楽の授業では気を付けないと。


「ま、まあ、歌いやすい音程とかがありますからね! 普段の声はボソボソしてて聞き取り辛いですし、歌いにくいんですよ」

「へぇ~! そういう細かいところまで考えられるの凄いね! 何だかプロみたい!」

「はうっ!?」


 だ、ダメだ!

 喋るほどにどんどん墓穴を掘っている気がする!


「ぷ、プロなんて、そんな大したものじゃないですよ! た、たまたま見たYoutubeの動画で、歌い方講座みたいなのがあって覚えていただけですから!」

「そっかぁ。僕、そういうの見てもよく分からないからね。やっぱり、弓削さんはすごいよ」

「……すごいのは、アキ君の方ですよ」

「え?」


 私には、そんなに素直に人を褒めることなんてできない。

 自分よりもすごい人を見つけたら、自分が焦ってしまうから。


「アキ君って、そうやって人のことを良く褒めていますよね。素直にそう言うことができるのって、結構すごいと思います」

「そうかなぁ? えへへ。けど、僕は本当のことを言ってるだけだから」

「……じゃあ、ヤエ様の歌はどのくらい上手だと思いますか?」

「え?」

「あっ! ご、ごめんね! そんな当たり前のことを聞いちゃって……」


 どうせ、お世辞でうまいって言うに決まってる。

 分かり切ったことを聞いてどうするの! 


 苦笑しながら、私は誤魔化そうとする。

 けれど、アキ君は。


「もちろん、世界で一番きれいだと思うよっ!」


 眩しい笑顔で、そう答えるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る