1-7 私、褒められすぎじゃない?
やって来たのは、今日のオフ会に参加する私のリスナーたちみたいだ。
二十人くらいが集まっている。
……みんな、この間のVtuberイベントで見た人たちばかり。
イベントの最中に、今日のオフ会の約束を交わしたのかな。
「でゅふっ。み、みんな揃ったみたいでござるな。それでは、中に入ろう」
主催者さんを先頭に、私たちはお店の中へと入る。
自動ドアを抜けた先は広くて豪奢な空間が広がっていた。
天井も高いし、シャンデリアが吊り下がっている。
ここ、結構高いんじゃ……。
そう思ったが、私たちの代金は全て主催者さんが支払ってくれるとのこと。
さすがお金持ち。
凄すぎてもう神にしか見えない。
主催者さんは、カウンターでスタッフと予約の確認をした。
手続きが終わると鍵を渡され、入り口の脇で控えていた私たちの方へ戻ってくる。
「お、お待たせしたでござる。では、いざ部屋へ向かうでござるよ!」
その後、私たちはエレベーターに乗った。
うわぁ、エレベーターの床も絨毯でふかふかだ。
さらには、エレベーターの奥もガラス張り。
エレベーターが起動し、上に上がるとガラス越しに街並みを見下ろすことができた。
普段は見られない景色につい気を取られていると、すぐにエレベーターが止まった。
エレベーターを降りると、間接照明で照らされた廊下が左右に伸びていた。
赤い絨毯が敷かれた底を歩く。
アロマでも焚かれているのか、甘くて落ち着く香りが廊下中に漂っていた。
うぅ、緊張するなぁ。
学生の私やアキ君にしてみると、場違いな感じが否めない。
隣を見れば、アキ君も緊張していた。
しかし、非日常な雰囲気に吞まれそうな私たちに反して、主催者さんはずんずんと先を歩いていく。
私たちも遅れないように歩き、突き当りの部屋の前で止まる。
主催者さんが鍵を開け、扉を開く。
「「「おお――っ!」」」
開け放たれた扉を前に、私たちは一様に声を漏らした。
扉の向こうにはエントランスと変わらないほどの広い部屋が広がっていたのだ。
私たちが全員入っても、半分も埋まらないかもしれない。
部屋の奥にはステージがあり、壁にはスクリーンが垂れ下がっている。
スクリーンにはカラオケの画面が表示されており、曲を流せばそこに映し出されるみたいだ。
いや、こんなところで歌うなんて勇者でしょ。
ステージの手前には机が整列されている。
机の上には料理が並べられ、食欲をそそる香りが漂ってくる。
しかも、どれも高級そうな料理だ。
「むふっ。では、奥から詰めて入るでござるよ」
主催者さんの声に、唖然としていた私たちは現実へ引き戻された。
順番に中へ入っていく。
私とアキ君は後で入り、最後に主催者さんが部屋に入って扉を閉めた。
私たちの正面……つまり、扉に一番近い席に主催者さんが座った。
って、そこって下座じゃなかったっけ?
あなたは神なんだから上座に座るべきでは……。
最後にみんなが座ったことを確認すると、主催者さんが立ち上がった。
その手には、マイクが握られている。
「でゅふふ~! そ、それでは、今日はヤエ様のチャンネル登録者十万人を記念するオフ会に集まってくれてありがとうでござる!! むふっ! こ、ここにいる一人ひとりの応援のおかげで、や、ヤエ様もここまできたでござるよ。いちファンとして、みんなにお礼をしたいでござる」
主催者さんが、マイクを持ったまま頭を下げた。うぅ、この人本当にいい人だよ……。
……って、それ私が言うべきセリフじゃん!!
今は言えないのが悔やまれる。
こんなにファンの人たちが集まってくれているのに!
「ぬふっ、そ、それではお手元の飲み物を持つでござる!」
主催者さんの音頭を合図に、私たちはコップを手に取った。
みんなの視線が、主催者さんに集まる。
そして、彼は手にしたコップを掲げると。
「や、ヤエ様の今後の発展を願って……乾杯でござる!」
「「「かんぱーいっ!!」」」
掲げたコップを打ち付け合う音が響いた。
***
いつもボッチの私は、人と話すことがそれほど得意じゃない。
初対面の人と話すことなんて絶対に無理。
緊張して何を話していいか分からなくなる。
けれど、意外にも場に馴染むことは簡単だった。
話している内容が、みんなヤエのことだからかな。
知っている話題しか出ないので、会話にも自然と入っていける。
の、だけど……。
「やっぱり、ヤエ様と言えばヤンデレ! デビューしたての頃に広告として出してた「ただ好きって五分間言うだけ」の動画は最高だったよね!!」
「むふっ! そ、それはヤエ様が恥ずかしがりながら、イントネーションを変えて「好き」と言い続けるあの動画のことでござるな! でゅふふ、分かるでござるよ。アキ殿もなかなかお目が高いでござるな! でゅふふヌルコポォ!」
……褒められてめっちゃ恥ずかしい。
ちなみに、二人が話している動画は、私にとって黒歴史そのものだ。
ただ、「好き」を言い続けるだけの動画なのだけど、今思い返してみても恥ずかしさで悶絶しそうになる。
机に突っ伏す。
きっと顔は赤いはずだ。
部屋の照明はある程度抑えられているので、お互いの顔色までは伺えないところが救いだ。
そんな中、アキ君と主催者さんの二人は意気投合して、ひたすらヤエを褒めまくっていた。
その隣で会話を聞き続けることになる私は、目の前で自分をひたすら褒められまくるという拷問を受けている気分。
さらに……。
「ね! ヤンバルクイナさんもそう思うよね!?」
「あ、はい。そうですね……」
こうやって、私に意見を求めてくるし!
まるで、私が自画自賛してるみたいじゃん!
私なんて、自画自賛するタイプじゃないのに……。
むしろ、自分には自信がない方だ。
できることの方が少ないって思ってる。
「……みんな、本当にヤエ様のことが好きなんですね」
「ヤンバルクイナさんも同じでしょ?」
「ああ、いえ。そうなんですけど……。ただ、みんなヤエ様のどこが好きなのかなあって、たまに思うんです」
アキ君が首を傾げる。
「うーん……そういわれてもね」
「うむ……」
え、何その答え?
もしかして、やっぱり今までのってノリで話していただけ?
思考が、思わずネガティブな方へと傾く。
しかし……。
「たくさんあって答えにくいんだよね」
「むふふっ。た、確かにそうでござるなぁ。一口にここがいい、と言えるものでもないでござるね。でゅふっ」
え……。
「そ、そんなにたくさんあるんですか?」
「うん。全部を上げるとキリがないけど、上げるとすれば声がいいとか、楽しそうにしているところが可愛いとか」
「げ、ゲームが下手でも、一生懸命なところも、よ、よいものでござるな~。あ、もちろん吾輩も声が好きでござるよ! こ、これは言うまでもないと思うでござるが」
アキ君と主催者さんは、それからも私の……ヤエの良いところや好きなところを挙げてくれた。
配信が楽しいところ。
笑い声が癒されるところ。
時々、ヤンデレになるのが好き。
負けず嫌いなところ。
優しいところ。
そして、リスナーのことを考えてくれるところ。
「――他にもたくさんあるから、全部言うのは難しいかな」
アキ君は困ったように笑っていた。
そんな彼の反応に、私は口を引き結んだ。
普段から、自分の長所はどこなんだろう?と思いながら生活している人は少ないはず。
それと同じで、他人にとって私のどこがいいのかは、自分では気づけなかった。
褒めてくれるのは、この二人だけじゃない。
他の席で話している人たちも、ヤエ様のことで盛り上がっている様子。
そんなみんなの様子を見渡した主催者さんが、何かを思いついたように立ち上がった。
「そうでござる! せっかく、こうしてスクリーンがあるでござるから、みんなでヤエ様のアーカイブを見てみるのはどうでござるか?」
「え“ッ!?」
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