1-6 主催者さんがマジすごい(語彙力)

 ……あれ?

 ぶつかる衝撃がやってこない。


 恐る恐る目を開けると、私の前に大きな背中が見えた。


「へ……?」

「な、何だよ、このデブは!」


 男の叫び。

 それを聞いて、目の前に立っているのが主催者さんなのだと気づいた。


「どぅふふっ。じ、女性に手を出すなんて、いけないことなのでござるよ~」

「何が『ござる』だ! 邪魔するなら、痛い目に遭わせてやるよ、このオタクがぁ!」


 男が主催者さんへ拳を振り上げた!

 力強く握られた拳が、真っすぐに主催者さんへと飛んでいき。


「いででででッ!」


 しかし、拳は主催者さんに当たることはなかった。

 彼は一瞬にして男の腕を掴むと背後へと周り、腕を捻り上げて身動きを封じた。


「な、何なんだよ、この俊敏なデブはっ!?」

「や、ヤエ様を守るために鍛えた護身術が役に立ったでござる。むふっ!」


 どうやら、私を守るためみたい。

 実際、守ってくれたので役に立った。


 よかった、主催者さんが私のファンで……。


「そ、それじゃあ、あの女性から奪ったバッグを返すでござるよ」

「いでででッ! わ、分かった。返すから辞めてくれぇえ!」


 腕を捻りながら言うと、男はバッグを掲げた。

 主催者さんはそれを受け取り、男の腕を捻りながらバッグをひったくられて倒れる女性に向かって歩き出した。


 女性の前に立つと、主催者さんはバッグを差し出す。


「だ、大丈夫でござるか?」

「え、ええ……。あ、ありがとうございます」


 女性は立ち上がってバッグを受け取ると、頭を下げてお礼を言った。


 瞬く間に起きた状況に、私は呆けていた。

 はたと我に返ると、隣のアキ君に話しかけた。


「す、すごいですね、主催者さん……」

「ううん、これだけじゃないよ」

「え?」


 それって、どういうこと?

 疑問に思っていると、再び男が声を荒らげた。


「チクショウ! 俺はただ、金が欲しかっただけなのに、ここで警察に突き出されて終わりかよ……」

「あ、安心するでござるよ。むふっ。わ、吾輩は警察に突き出そうとは考えていないでござるから」

「はぁ!? ど、どうしてだよ!」


 男の疑問は尤もだ。

 罪を犯したなら警察に相談。

 それは常識であるべきのはずなのに。


「き、君にも事情があるのかと思ったでござるよ」


 主催者さんは、メガネを直しながら言った。


「こ、困っているから、こうして罪を犯してしまったのではござらんか? ならば、その原因を取り除くのが一番でござる! むふっ。な、何があったか、話してみる気はないでござらぬか? ま、まあ、吾輩はただのオタク。力になれるかは分からぬでござるがな、コポォ!」


 主催者さんの口調は、オタク丸出しだ。

 ひったくり犯の男は、舌打ち交じりに答えた。


「仕事をクビになったんだよ! 借金もして、金に困ってる。だから……仕方なかったんだ!」

「むふぅ、そ、それは大変でござったな。し、しかし、人の物を奪うのはいけないでござる。ちゃんと働くべきでござろう」

「そんな真っ当な言葉を聞きてぇわけじゃねえんだよ!」


 真っ当な言葉で動かされるなら、そもそも犯罪なんてやってない。

 至極当然のこと。

 けれど、せっかく諭してくれた主催者さんに対して、ちょっと酷いんじゃない?


 そう思ったけれど、主催者さんの態度は変わらなかった。


「ならば、吾輩の会社で働いてみるというのはどうでござるかな? むふっ」

「「は?」」


 重なったのは、私とひったくり犯の男の声だった。


 って、主催者さんって社長だったの!?

 確かに、毎月クレジットカードの上限額までスパチャしてたけど!


「な、何の冗談だよ。こんな犯罪者、雇う会社なんてあるはずが……」

「ドゥフフッ、吾輩は冗談を言うのが苦手でござるよ。まあ、冗談として笑えたなら、それはそれでい、いいことだと思うでござるが。あわわ、そ、そう考えると少し顔が熱くなってきたでござる。ヌポォッ」

「何で照れてんだよッ! 笑えるような冗談、一ミリも言えてねえからな!?」

「……そうでござるか」


 あ、何だかシュンとしちゃった。


「だ、だが、吾輩は冗談を言ってないのは確かなことでござるよ! き、君を責任を持って雇うことも、ふ、不可能ではない。というか、吾輩ならできるでござるよ。でゅふっ」

「……ほ、本当に、いいのか……?」

「も、もちろんでござる。困っているときは、お互いさまでござるからな! でゅふふっ」

「うっ……うぅ……まさか、こんな俺にも優しくしてくれる奴がいるなんて……」


 男は、主催者さんの優しさに涙を溢し始めた。

 主催者さんは彼の腕を放し、肩を優しく撫でて慰め始めた。


「分かる。分かるでござるよ! わ、吾輩も、昔はよく人からバカにされてきたでござるからな。ぬふっ、し、しかし、きっとどこかに、そんな自分を認めてくれる人がいるでござるよ」

「ほ、本当かぁ……?」

「ウフッ! も、もちろんでござる! そ、そんな君にオススメのYoutube動画があるでござるよ。デュホホッ」

「え? Youtube動画……?」


 え……。

 ま、まさかとは思うけど……。


「ずばり! ヤエ様の動画を観るでござるよ!!」


 こんな時にヤエ様布教するッ!?


「でゅふ! 君もヤエらーになれば分かるでござるたとえ孤独だと感じていたとしてもヤエ様ならそんな寂しさも埋めてくれるのだと!!(早口)」


 いや、褒めてくれるのも布教してくれるのも嬉しいんだけど、まさかこんな場面で布教する!?


「あ、ああ……。分かったよ。そこまであんたが言うなら観てみる!」


 男は涙をぬぐいながら言った。


 次の配信、来るのかな。

 この人の事情を知っちゃったばかりに、ちゃんと元気づけないとというプレッシャーに襲われそう。


 うぅ、胃がキリキリしてきた……。


 その間にも、男と主催者さんとの間で話がまとまったようだ。

 男は最後にバッグの持ち主である女性に頭を下げると、その場を後にした。

 女性も納得したみたいで円満解決。


「はははっ、一件落着でござるな!」


 主催者さんは、笑いながらこちらに歩み寄って来た。

 その背中から、まるで後光のように光が差してきた!


 うっ! ま、眩しい! 

 何なの、この人!


 本当に人?

 人間!?


「……主催者さんって、いつも困っている人を助けているんだよ」


 隣で、同じように目を細めているアキ君が、そう言った。


「だから、ファンの間では主催者さんのことを「仏さん」って呼んでいるんだ」


 現代の聖人なの、この人!?


 Vtuberのファンには、何をしているか分からない人が多い。

 みんな不思議な人ばかりだ。


 けれど、会社の社長で、お金持ちで、人徳が高くて、さらにファンの間でも仏さんって呼ばれている人だとは思わなかったよ!


 場合によっては、Vtuberよりも個性強いじゃん!!


「むふっ。や、ヤンバルクイナ殿も大丈夫でござったか? さっきの男にぶつかられたりとかはしてないでござるかな?」


 驚いている間に、主催者さんは私の目の前にやってきていた。


「は、はい。大丈夫です……」

「むふっ! そ、それならよかったでござる。女性に何かあれば、男の名折れでござるからね。でゅふふ」


 主催者さんは頬の肉を揺らしながら笑った。

 うっ! 笑顔まで眩しい!


 思わず腕で顔を覆った。

 そんなことをしていると……。


「あ、仏さん! お待たせしました~!」


 主催者さんの向こうから、人がたくさん歩いてくるのが見えた。


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