1-5 待ち合わせでござる、むふっ!
「……ここで、いいんだよね?」
スマホを確認しながら呟く。
私は今、近くの駅に来ていた。
今日は土曜日で、学校も休日ということからか、たくさんの人でごった返している。
中でも、私と同じ年ごろのリア充がよく目に付く。
何せ、ここは私たちの街でよく待ち合わせ場所として使われている。
駅前だから待ち合わせがしやすいのも理由の一つ。
けれど、もっと大きな理由として上げられるのは、駅前に立てられた銅像だろう。
何をした人なのかは分からない。
ただ、おじさんが明後日の方向を向いて指を指しているようにしか見えない銅像だ。
誰かと待ち合わせする際にも「おじさんの像」といえば伝わるので、結構便利だったりする。
……いや、本当にどこの誰で何した人なんだろう?
銅像を見上げて小首を傾げる。
そうしていると、人混みをかき分けてこちらに向かってくる人影を見つけた。
「お、お待たせ~!」
「アキ君、おはようございます」
息を切らせてやって来た彼に、私はそうあいさつした。
まあ、今は昼なんだけどね。
「待たせたみたいでごめんね! もう少し早めに来ればよかったかな」
「いえ、私もそれほど待ってないので大丈夫ですよ」
少し早めに待ち合わせ場所に来ていただけだ。
アキ君も遅れていないし、謝る必要もない。
こうしていると、アキ君の知らない一面も知ることができるみたい。
アキ君がヤエらーだと知る前までは、私たちはお互いに話すことなんてなかった。
陰キャ同士だし、当然と言えば当然。
隣同士だからって、用事があるわけでも仲がいいわけでもない相手と話せるはずがない。
お互いにそんな認識を持っていたのかも。
そんなわけで、アキ君の知らなかった一面を見て、私も感心する。
アキ君って、礼儀正しい人なんだなあって。
「それじゃ、行こっか」
「……はい」
アキ君に頷いて返し、オフ会の会場へ向けて歩き出した。
会場は、駅の近くにあるカラオケ店だ。
私は場所を知らないので、アキ君に先導してもらいながら向かうことに。
そこまで離れた距離にあるわけじゃないので、すぐに辿り着くことができた。
「こんな路地裏にカラオケ店なんてあったんだ……」
駅から歩いて十数分ほど。
そこは、人波から外れた場所にあるビルだった。
ビル丸ごと、一つのカラオケ店らしい。
「宴会でも使えるようなお店なんだって。中も相当広いらしいよ」
「へ、へえ……」
それって、もしかして結構な金額がするのでは?
「あ、アキ殿~! 来たでござるね~!」
ふいに、アキ君に向けて声を投げかけられた。
声の方を見てみると、恰幅な男性がこちらに……いや、アキ君に向かって手を振っている。
「お待たせしました、主催者さん!」
あ、この人がオフ会の主催者さんなんだ。
アキ君と並んで、カラオケ店の入り口横に立っていた主催者さんに近づいていく。
そういえば、この人見たことある。
この間のVtuberのイベントでやった二人きりで話をする1on1で、一番目に話をした人だ。
確か、名前は……。
「ムフッ! あ、あぁあなたがアキ殿が言っていた子でござるねっ! ヌフっ! 吾輩は『主催者』でござる!」
「……主催者、さん?」
……ああ、そうだ!
名前がそもそも『主催者』なんだ、この人!!
デスゲームでも開催するのか! って名前だから、めっちゃ印象に残ってる!!
って、そうじゃない。
こっちも自己紹介しなくちゃ。
「は、初めまして。私はヤ……」
「「ヤ?」」
「ヤンバルクイナって焼き鳥にしたら美味しいんですかねぇ!!??」
あ、危ねぇえ!
つい、いつもの癖で『ヤエ』って名乗っちゃうところだったよ!
き、気を付けないと。
もし、ファンが集まるこんなところで私がヤエだってバレたら即終了!
ファンのオフ会に、本人が紛れ込んだって話が流れちゃったら……。
それが、事務所にバレたりしたら……。
うぅ、考えたくない……。
きっと、怒られるだけじゃすまないだろうなあ。
「や、や、ヤンバルクイナ、でござるか?」
「ああ、そこ、気にしなくていいです……」
ちなみに、ヤンバルクイナは沖縄に生息している絶滅危惧種の鳥だ。
食べられるはずがない。
ほんとにヤンバルクイナ関係ないから気にしないで。
けれど、そうなると私は何て答えよう?
アキ君みたいに、本名に近い名前でいいのかな。
よし、それでいこ――
「や、ヤンバルクイナ殿とは、見たことのない名前でござるなぁ。ドゥフフッ、も、もしかしてろ、ROM専でござるか?」
私、ヤンバルクイナじゃないですぅうう!
だ、だけど、否定したらまた名前を聞かれちゃう。
変に怪しまれたくもないし、このまま押し通すしかないか……。
「は、はい~。コメントするのが恥ずかしくて、ついROMになっちゃうんですよ。なんか、すみません……」
「構わないでござるよ! ヤンバルクイナ殿も、吾輩たちと同じヤエ様を推す同志でござるからな! ROM専であろうと、古参であろうと、構わぬでござるよ!」
うぅ……。主催者殿、優しいでござるなぁ。
何だか、変な涙が出そうだ。
疲れているのかもしれない。
精神的には、もう疲労マックスだ。
「ムフッ、し、しかし、他のみんなが来てないでござるからな。も、もう少し、ここで待つでござる」
主催者さんは、スマホをちらりと見て言った。
時刻は十二時五十分。
集合時間は十三時なので、もう少し時間がある。
三人で、お店の入り口横に立って待つ。
アキ君と主催者さんは二人で話をしていたが、私はアキ君の隣で縮こまったまま。
正直なところ、私は男性があまり得意じゃないのだ。
母子家庭で育ってきたので、男性への耐性が低かったりする。
身体が大きい人とかは特に怖い。
主催者さんは横にも縦にも大きい人だ。
だから、ちょっと怖い。
ただ、そんな私の心情を悟られる訳には行かないので、アキ君の隣で縮こまっておいた。
アキ君は顔立ちが幼いし、まだ安心できる方だからだ。
二人が話している間、私は周囲を見渡す。
路地裏の道には、人は少ないが全くいないわけじゃない。
だけど……。
「きゃあああッ!!」
路地裏に女性の悲鳴が響き渡り、私たちはいっせいに振り返った。
声の方向から、男が走ってくる。
その手には男のものとは思えない、ピンクのバッグが握られていた。
まさかひったくり!?
やばい、こっちにくる!
「どけぇえええ!」
男はちょうど、私に向かって突っ込んでくる。
反応が遅れた私は、咄嗟に避けることができず。
「――ッ!!」
ぶつかるのを覚悟して、両腕で顔を覆った。
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