1-4 いや、バレなきゃいいんだって!

「だから、それはできないんだって」

「バレなきゃいいんだって」


 なゆちゃんは、軽く言ってのける。

 けれど、バレないようにしたところで、絶対に気づかれないという保証はない。


「てか、凜々花なら大丈夫だろ。いつも声変えてるし、気づかれないって」

「もぉ……どうしてそこまで私にオフ会に行かせたがるの?」

「凜々花が、ちゃんと気づいてねぇからだよ」


 気づいてない?


 なゆちゃんの言いたいことが分からなくて、サムネを作っていた手が止まる。

 通話越しに、なゆちゃんが苦笑する。


 通話だけじゃこちらの動きは見えていないはずなのに、私の挙動を読まれているみたいだ。


「凜々花のその自信のなさの原因って何だ?」


 なゆちゃんに訊ねられて、考えてみる。

 いや、それは考えるまでもないこと。


「……私は、炎上したから」


 デビュー直後の頃のこと。

 私は、事務所の意向でYoutube上に広告を出したことがあった。


 全く認知度のないVtuberが、その広告のおかげでチャンネル登録者を伸ばすことができた。

 それ自体は、すごくよかったことだったんだ。


 けれど……。


「……広告で人が増えて、初めての歌枠の時だったよ。私の歌を聞いて、たくさんアンチコメントが流れたの。それで、軽くだけど炎上しちゃって、アーカイブもいくつか消さないといけなくなった」


 配信を荒らす目的で、アンチコメントが流れることは珍しいことじゃない。

 ただ……。


「私にとっては、どれも偽物の言葉じゃないって感じたの。きっと、中には本当に私の歌が下手だって思った人もいるはずなの!」

「……だから、自信がないって? けど、それは……」


「デビュー当時のことで、今は関係ないって思う? 私には、そうは思えないよ……。声優の養成所だって、全然うまくいかない。オーディションに落ちまくってて、先生からもダメ出しばかり。Vtuberの活動でも、広告が終わったあたりからチャンネル登録者が伸びなくなった。それって、私自身に魅力がないからだと思わない?」


 なゆちゃんは、無言だった。

 しばらくして。


「……それでも、凜々花は勘違いしてることがある」

「え……」

「自分の価値を決めるのは他人だよ。でも、他人から見た自分の価値を貶めるのは自分なんだ」

「それって……当たり前のことじゃない?」

「うん、当たり前のこと。でも、凜々花はそれをやっているんじゃないか?」


 私が、自分の価値を貶めてるってこと?

 そんな自覚はない。

 私は、もっと頑張ろうって思っているだけなのに。


「……じゃあさ、凜々花には憧れの声優だっているだろ? でも、演技が上手くて歌も上手なその子が、「自分の歌なんて下手くそです」って言いまくってたら、どう思う?」

「それは……そんなことないよって、言いたくなるよ」

「それと同じ。凜々花は、自分のファンの気持ちを考えずに、自分自身を貶めているんだ」

「あ……」


 私を応援してくれるファンのみんなは、私のことを何でも褒めてくれる。


 歌が上手いって言ってくれる。

 配信が楽しいって感想もくれる。


 それは、単なるファンとしての優しさかと思っていた。


「……凜々花のことを、心から尊敬して、応援してくれるファンもいるんだ。でも、凜々花がそうやって自信のないことばかり言ってると、『応援するのって、意味がないのかも』って思われるかもしれないんだぞ。いくら応援の声を投げかけても、受け取ってくれないんじゃ……石の壁に砂粒を当てているようなもんだ。意味がないって思って、結局諦めていく。そうやって、凜々花はファンも失うかもしれない」

「……」


 私には、そんなつもりはなかった。

 自分に自信がない部分を見せて、応援してくれる人たちを裏切っているみたいにするなんて。


 けれど、なゆちゃんの話は理解できてしまう。


 自信のない態度をするほどに、ファンは「応援しても意味がない」と離れて行ってしまう。

 事実、チャンネル登録者が増えても、配信の視聴者数に変化がないこともざらだ。


 ファンが離れて行ってしまう悔しさややるせなさは、幾度となく感じてきたこと。


 でも……その原因が私の態度にあるかもしれないなんて、思いもしなかった。


「わ、私、そんなつもりはなかったんだよ? ただ、自分に足りてないって本当に思ってたから……」

「分かってるよ。凜々花のことは、アタシが一番よく知ってる。けど、ファンはそうじゃない。動画や配信で見た一瞬で、『夜色ヤエ』っていう人物が判断されるんだ。もしそこで、自信のないところばかり見せていたら……どうなるかは、分かるだろ?」


 魅力のない奴だ……って、思われる。

 だから、私の登録者は増えない。

 増えたとしても、視聴者は離れていく。

 そんな、悪循環。


「……けど、自信なんて、そう簡単についてこないよ」


 理屈では考えられる。

 私はもっと、自信を持った方がいいのだと。

 けれど、自分の力の至らなさを知っているから、なかなか自信を芽生えさせることは難しい。


 だからといって、ファンにも離れてほしくない!


 もっと私自身を見てほしいい。

 もっと、私を応援してほしい!


 自信をつけるには、どうすればいいんだろう……。


「だから、オフ会に行けばいいんだって」

「え……?」


 どう考えたら、オフ会に行くって話になるんだろう?


「なゆちゃん、どこかで頭でも打った?」

「おい、あたしをバカにしてんのか!?」


 いや、バカにはしてないけど……。


「つまり、あたしが言いたいのは、もっとファンの姿を見た方がいいんじゃないかってこと。オフ会なら、お前のことをどれだけ応援しているか分かるだろ?」

「うっ……で、でも、もしそこで私以外の子の話とかでちゃうと、自信なくなっちゃうかも……」

「心配すんなって!」


 通話越しに、ナユちゃんは明るく笑った。


「ヤエらーは、きっとみんなお前のことを応援してるから」


 ……なゆちゃんが、どうしてそこまで私や私のファンを信じてくれているのかは分からない。


 だけど……。


「……うん。分かった」


 なゆちゃんの言葉を、私も信じてみたくなった。


 私が答えると、なゆちゃんは「頑張れよ」と言って通話を切った。


 時計を見上げれば、あと少しで配信予定の時間だ。


 よしっ、オフ会のことは後で考えるとして、今日も配信を頑張ろう。


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