1-3 Vtuber本人がオフ会なんて行けるわけないでしょ!?
……今、オフ会に誘われた?
自分を推してくれる人たちが集まるオフ会に?
本人なのに?
「い、行くわけないじゃないですか!?」
「そっかぁ~。用事でもあるの?」
「いえ、用事とかじゃないんですけど……」
自分のリスナーのオフ会に行くなんて、仕掛けられた罠に自分から嵌まりに行くようなものだ。
油断したら身バレするかもしれない。
無理にファンと接触するわけにはいかないんだ。
まあ、アキ君はクラスメイトだから不可抗力で関わることになっちゃったけど。
「あ、もしかして初めて会う人だから喋るのが心配だとか? 僕も初めてのオフ会は緊張してたから、分かるよ~」
アキ君は何か勘違いしているみたいだ。
ただ、理由を話せないので、勘違いされたままでいいかもしれない。
「そ、そうなんですよ。初対面の人と話すの苦手で……」
「けど、みんないい人たちばかりだから大丈夫だよ!」
いや、気を遣わなくていいんだよ!?
「僕も喋るのは苦手だったけど、みんないい人たちばかりだったからさ。それに、オタクってみんな口下手じゃん。だから、きっと弓削さんも大丈夫だよ」
「いや、確かにそうかもしれないですけど……」
うぅ、まずい。
このままじゃ丸め込まれそう。
よく家族から「凜々花って押しに弱いんだから、怪しい壺とか売りつけられないでよ?」と注意されている私である。
会話が長引くほど、私が不利になっていく未来が見えた。
何とか誤魔化そう。
「や、やむにやまれぬ事情があるんです」
「事情って?」
「人に言えな一大事です……。それを話してしまうと、明日には東京が水没します」
「そんな規模の話してたっけ!?」
嘘が苦手なのも考えものだ。
どうすれば納得いってもらえるんだろ。
考え込んでいると、アキ君が眉根を顰めた。
「うーん……何か、ごめんね。無理に誘っちゃったみたいになって」
「ああ、いえ。気にしないでください。私こそ、せっかく誘ってくれたのにすみません」
申し訳なさそうに後ろ頭を掻くアキ君へ、私はそう返した。
その時、ちょうどチャイムが鳴った。
私たちは正面に向き直り、その後に行われたホームルームを受けた。
結局、アキ君とそれ以上話すことはなかった。
***
「何だ、別にオフ会くらい行っちまえばいいのに」
「いやいや、無理に決まってるでしょ……」
学校も終わり、夜になった。
私は自分の部屋で、今夜の配信の準備のためにパソコンに向かっていた。
配信の顔になるサムネイルを作りながら、ディスコードで友達と通話をしている。
相手は、
通称、なゆちゃん。
『夜桜ナル』というVtuberの魂をしている私の唯一の友達だ。
ちなみに、夜桜ナルと夜色ヤエは、二人でユニットを組んでいる。
たまにコラボするし、歌う時には二人一緒になることが多い。
ついでに言えば、同じ学校でクラスメイトでもある。
なので、アキ君のことも知っているわけで。
「でも、まさかアキがヤエらーなんてな。よかったじゃん。隣の席にリスナーがいて」
「いやいや、全然よくないよ? いつバレるか分からなくてビクビクしてたんだから」
今日の授業中もそうだ。
私の声を聞かれる度に、私がヤエだって気づかれるんじゃないかと思ってしまう。
特に、国語の授業で朗読をした時が一番怖かった。
「あー、だからいつもよりも小声で朗読してたのか!」
「当たり前じゃんっ。もし、私がヤエだってバレたら一貫の終わりだよ? もしかしたら、Vtuber活動を続けられなくなっちゃうかも……」
「そんときには笑ってやるよ」
「趣味悪すぎぃ!」
なゆちゃんは、楽しそうに笑う。
「笑ってる場合じゃないって~! なゆちゃんだって、いつバレるか分からないんだよ?」
「別にアタシはどっちでもいいって思ってるしな。そんなに真面目にVtuberしてるわけじゃないし」
なゆちゃん曰く、Vtuberは趣味の延長戦なのだとか。
私みたいに、毎日配信している子とは違ったスタンスで配信をしていた。
まあ、私もVtuberで一生食べていこうと思ってるわけじゃない。
私の最終的な目標は『声優になる』こと。
Vtuberは、そのための手段の一つだ。
「アタシら、Vtuberになるのだって事務所がVtuber事業を始めるから、試験的に参加しただけだろ? だから、そんな真面目にやろうと思ってねーって」
「そんなこと言ってたら、リスナーさんから見捨てられちゃうよ?」
「みんなもあたしが自由人なことくらい知ってるって。それに、アタシにしちゃ毎日配信してる凜々花の方がすげぇなって思ってるよ」
……そうかな。
別に、毎日配信してることに特別な感覚はしない。
みんなだってしてること。
当たり前のことを、しているだけだ。
「凜々花も、声優になりたいならVtuber活動もほどほどにしていいと思うけどな」
「私は、私を応援してくれる人の気持ちに応えたいから。こんな何もできない私を応援してくれるんだし、期待には応えたいでしょ?」
「……ま、それも考え方の一つだとは思うけど……」
なゆちゃんの台詞は、何だか歯切れが悪かった。
「どうしたの? 何か言いたいことでもあるの?」
「いや、凜々花はどうしてそんなに自分を下に見てるのかなーって思って」
「だ、だって、事実だから……」
「凜々花が何もできねぇなら、あたしのほうが何もできないよ」
乾いた笑いを漏らして、なゆちゃんは続けた。
「凜々花は毎日配信して、一生懸命頑張ってるじゃん。それでも、結構努力家だと思う。配信を毎日するのって、大変だろ」
「……大変、といえば大変だよ」
学校から帰って配信の準備に一時間。
準備を整えたら配信を一時間。
それらが終わってから夕食や学校の勉強もしなくちゃいけない。
SNSで自分のグッズの宣伝や、エゴサをしてファンサも欠かさない。
そうしているうちに、一日は瞬く間に過ぎていく。
土日には事務所に行ってマネージャーと打ち合わせ。
動画の収録や、コラボの打ち合わせもある。
そして、もちろん声優としてのレッスンだってある。
「……そんだけ頑張って、自分が何もできねーっていうのは、やっぱ違うだろ?」
なゆちゃんは、そう言った。
けど……。
「……ううん。そのくらいやっても、私は他人が普通にできることの一割くらいしかできないと思ってる」
歌も上手くない。
喋るのも面白くない。
何もかも、自覚している。
「弱いところを自覚してるから、もっと頑張るんだよ。人一倍。だって、私には夢があるから」
私は、声優になりたい。
才能のない私は、誰よりも頑張らないといけない。
そう、話すと……。
「じゃあ、凜々花。あたしから言えることはやっぱり一つだよ」
なゆちゃんは、電話の向こうでため息を溢した。
彼女の呆れたような表情が目に浮かぶ。
そして、彼女は告げる。
「オフ会に行って、ファンの声を聞いたほうがいいよ、お前は」
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