1-2 Vtuberファンだって思ってる!?

 Vtuberのイベントが終わった二日後。

 今日は月曜日。


 いつも通り学校に来た私は、いつも通り、教室の一番後ろの扉側の席に座った。


 ワイワイとクラスメイト達がにぎわう中、無言で本を開く。

 友達のいない私は、他の人たちのように親しく話せるような人がいない。


 本を読んでいる生徒は私だけじゃない。

 陽キャの中にも、きちんと陰キャは生息しているものだ。


 そして、私の隣も友達がいない仲間だ。

 そう、アキ君である。


「……」


 顔を隠すように本を持ち、ちらりと横目でアキ君を視界に捉える。


 この間の彼は少しそわそわしたような、楽しそうな表情をしていた。


 けれど、今の表情は静かだ。

 一昨日のイベントが、まるで嘘みたい。


 アキ君は私の正体を知らないのだし、気づいてないのも無理はない。


 その事実に、ひとまずは安堵する。

 Vtuber活動をしていることが学校でバレたら、色々としんどいものがある。


 はぁ……。


「……弓削さん?」

「うひゃぁっ!?」


 急に声を掛けられ、思わず椅子から転げ落ちそうになる。


「ごめんっ! 驚かせちゃったかな」

「だ、大丈夫です……」


 自分がドジなだけだから気にしないでください……。


 うぅ、絶対に顔とか真っ赤になってる。

 顔を覆って、アキ君から表情を隠した。


「それで、私に何か用でしょうか?」

「ああ、いや、用ってことじゃないんだけど、さっきから僕の方を見てるみたいだからどうしてかなって」


 バレてたっ!?


「な、なな、何でもないですよ? 私は、その……」

「もしかして、これを見てたの!?」


 急にハイテンションになるアキ君。

 その手が指していたのは、カバンにつけられたアクキーだった。


 あれ?

 このアクキー、見覚えがある気が……。


「これ、この間のVtuberのイベントで買ったんだけど、もしかしてこれが気になったの?」


 ――その瞬間、私は椅子から転げ落ちた。


 ガツンッ!と脳が揺さぶられる。

 いったぁ……。


「弓削さん、大丈夫!?」

「い、いや、何でもないです。あ、あはは……」


 痛む頭を抑えながら苦笑いで答える。


 てか、それ私のアクキーじゃん。

 厳密にはヤエのアクキーじゃん!

 イベント直後に学校に付けてくるとかお気に入りなの!?


 嬉しいけど複雑な気分。

 自分の半身を、隣の席に座るクラスメイトが持ってるなんて……。


「もしかして、弓削さんもVtuberが好きなの?」

「あぁ、ええと……まあ、好きと言えば好きですけど……」


 自分でVtuberになるくらいには好きです、何て答えられるはずもなく。

 言葉を濁そうとしていると、アキ君の目がキラキラと輝いた。


「そうだったんだ! まさか、同じクラスに同志がいるなんて思わなかったよ!!」

「ど、同志なんて、そんな大げさな……」

「だって、普通はこういうの隠すものだからさ! ほら、クラスのみんなを見ても、こういうのが好きそうな人っていないし。だから、初めて僕と同じものが好きな人を見つけられて嬉しいんだよ!」


 ピュアかよ。

 ちょっと可愛いなって思ったじゃんか、もう……。


「それで、弓削さんは誰か推しがいるの? 僕はこのアクキーの子なんだけどね! この間、チャンネル登録者数が十万人に到達した子なんだよ!」

「へ、へぇ、そうなんですね……」


 十万人と言っても、大手に比べたら大した数じゃない。

 大手なんて、一日で五十万人のチャンネル登録者が増えることもあるくらいだし。


 それ以上に、どれだけチャンネル登録者が増えても再生数が変わらないことだってある。


 最初の頃に登録してくれたファンが離れていってしまったり、他のVtuberとコラボした際に登録だけして見られていない、なんていうパターンもある。


 そういう世界だから、チャンネル登録者だけですべてが判断できるわけじゃない。


 私自身の魅力は、すい星のように、その人の心の中で一時輝くだけなのかもしれない。


 見てくれる人の中で、永遠と輝ける光になりたい、何て言うのはわがままかな。


「弓削さん?」


 っと、つい思考がトリップしてしまった。

 首を振り、「何でもないです」と答える。


「アキ君は、その子のことが本当に好きなんですね」

「うん! ヤエ様って、本当に可愛いからね! ヤエ様の素晴らしさを語るなら、絶対に一日じゃ足りないよ!」

「そ、そうなんですね。ちなみに、どんなところがいいんですか?」

「やっぱり歌が一番好きかなぁ。普段はちょっと幼い感じがする声何だけどね、歌う時になるとカッコよくなるところとかもう最高だよ! あと、何より頑張り屋なところかな。自分が苦手なことでも果敢に立ち向かっていくし、そういうところに憧れるよ」


 アキ君、楽しそうだなぁ。

 彼から告げられるヤエへの気持ちに、心がじわりと熱くなってくる。


 嬉しい。

 認められているっていう実感が、身体の内側から湧き出してくる。


「え、えへへ……」

「ん? どうして弓削さんが嬉しそうなの?」

「な、なんでもないですっ」


 うぅ。

 顔に感情がすぐに出てしまうところは直したい。

 首を振り、身体の熱を振り払う。


 そうしていると、アキ君からこんな言葉が出てきた。


「もしかして、弓削さんもヤエ様のことが好きなの!?」


 そういう解釈されちゃった!?

 でも、さっきもアクキーを見ていることにされちゃったし、ここで否定するのもおかしな話だよね。

 ここは、話を合わせておこう。


「は、はい。実はそうなんですよ~」

「本当!? こんな近くにヤエらーがいるなんて初めて知ったよ!」


 ヤエらーとは、ヤエのファンネームだ。


 Vtuberには、ファンに名前を付ける風習がある。

 そして、ヤエ……つまり私がマヨラーということから、『ヤエ』+『マヨラー』=『ヤエらー』という名前が出来上がった。


 そういえば、お昼ご飯の弁当のためにマヨネーズをいつも持参してたんだけど、アキ君にバレちゃうかもだし控えた方がいいかな。

 いや、もう手遅れかな……。


「弓削さん!」

「あ、はい!?」


 急に声を上げられてビックリする。

 その次の瞬間、私はアキ君に手を握られた。


 え、何?

 何で手を握られてるの?


 訳が分からないでいると、アキ君はとんでもないことを言いだした。


「今度、ヤエらーでオフ会があるんだけど、一緒に行かない!?」



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