隣の席のオタク男子が、Vtuberをしている私のガチ恋リスナーだった

青葉黎#あおば れい

第1話

1-1 隣の席のオタク男子に告白された件

「僕は、君のことが好きなんだ!」

「ふぇえええっ!?」


 ……これは、非常にマズいことになった。

 パソコンに映った彼を見て、汗ばんだ手をこすり合わせた。


 モニターの向こうに映るのは狭い部屋。

 三畳ほどの部屋に椅子が一脚。

 そこに座っているのは、痩身の男子だ。


 小此木秋人おこのぎあきと


 同級生であり、隣の席の男の子。

 いつも一人で、ラノベを読んでいて、クラスメイトには『アキ』と呼ばれている。


 そんな彼に告白された。

 いや、「私が」じゃないんだけど……。

 

 パソコンのモニターへ視線を戻す。

 画面の向こうでは、アキ君がこちらを見ている。


 アキ君の前にはモニターが置かれているはずだ。

 モニターに映っているのは、白髪の吸血鬼の少女。


 この子は夜色やいろ

 私、弓削凜々花ゆげりりかの半身であり、Vtuber。


 そして、今日はVtuberのリアルイベントをしている。


 ファンとVtuberが共に時間を過ごすイベントが行われている。

 中でも、Vtuberと二人きりで話ができる企画は人気だ。


 アキ君とも、二人きりで話している最中だ。

 モニター越しだけど。こちらからはよく顔が見えている。


 告白して顔が赤くなっているのも、緊張のせいか手を擦り合わせている仕草もだ。


 もちろん、このイベントでリスナーさんから告白されることは少なくない。

 むしろ、みんなに好きだって告白されている。


 でも、相手が隣の席の男子だとは思わないじゃん?


 しかも、相手は私のことを知らない。

 Vtuberの姿しか知らない。


 だから……。


「ぼ、僕はヤエ様の可愛い顔や声が好きなんだ! 毎日、配信を頑張ってるヤエ様を見ていると、僕も頑張ろうって気持ちになれる。最近、僕はヤエ様のことしか考えられないんだよ! 朝起きてすぐにヤエ様の動画を観て起きるし、学校へ行く途中もヤエ様の歌ってみた動画を観ながら言っているんだ。あ、ヤエ様がこの間歌ってた曲、すごくよかったよね。流石ヤエ様って感じがしてめっちゃかっこよかったよ! 普段は可愛い声をしているのに、歌う時になるとかっこよくなるの、すごく好き! も、もちろん普段の配信でも、ゲームしてる時の歯反応とか可愛くて好き。他にも…」

「わ、わわ分かりましたから! もう十分ですっ!!」


 暴走しかけるアキ君を思わず止めてしまった。

 そんな好き好き連呼されたら恥ずかしいじゃんっ。


 母子家庭に育った私にとって、男性に対する耐性は限りなくゼロに近い。

 おまけに陰キャなので、告白されることもなかったのだ。


 いや、私が直接告白されているわけじゃないんだけどね?


 あくまで、アキ君はヤエに告白している。

 私が告白を受けている、だなんて思うのは勘違いも甚だしい。 


 ただ、彼は隣の席の男子。


 そんな彼に告白されていると、何だかこう……校舎裏で自分の友達が男子に告白されているのを、木に縛り付けられて無理やり見せられているみたいな気分になっちゃうんだよ!


 罪悪感がすごい。

 アキ君の知らないところで、彼の弱みを握っている気がしてならない。


 幸いなのは、声でバレていないことかな。


 私は、これでも声優を目指している。

 昔からアニメの台詞をマネしたり、動物の声帯模写をしたりしてきた。

 そのおかげで、今では七色の声を使うと業界では言われている。

 幼児から老婆まで、あらゆる声を作って話すことができるのだ。


 日常での会話とVtuberとしての声も使い分けている。

 Vtuberをしているときの方は少し幼い感じ。


 普段の私は、低くてジメジメとした陰キャボイスだ。

 とても人に聞かせられる声じゃない。

 国語の朗読で、何度先生に「はっきり読め」と注意されたことか。


 正直なところ、こんな私を応援してくれる人が一人でもいるということが意外だ。

 私なんて、どこにも魅力なんてないのになあ……。


「あ、ありがとうございます……。ふへっ、わ、私も……嬉しいです、よ……?」


 考えていることとは裏腹に、言葉を返すことはできる。

 言葉は簡単だ。

 嘘も平気で吐けるし。


「ほ、本当に!?」


 思ってもいない言葉で、こんなに喜んでくれる人がいるし。

 本当に、簡単だ。


 だから、みんな騙されているのかも。

 私に魅力なんてないことに気づかないまま、推してくれる。

 推してくれることが、嫌というわけじゃない。

 ただ、罪悪感があるだけだ。


 マイクに音が入らないように、小さく息を吐く。

 パソコンに表示していた時計を見て、時間を確かめる。

 アキ君と会話できるのも、あと少ししかないことに気づいた。


「あっ、そろそろ時間ですね。最後にやってほしいこととかありますか?」


 今回のイベントの目玉でもある1on1は、一分で二千円もするチケットを先着二十名、購入した人とだけ行われる。

 たった一分に二千円も払ってくれたのだから、ちゃんとお礼をしたい。

 この時間に、悔いを残さないように。


 アキ君は私の問いかけに悩んでいた。

 ただ、それもわずかな時間。

 すぐに顔を上げて、カメラ越しに私を見つめてきて。


「じ、じゃあ、僕のこと好きって言ってくれないかな」

「ぶふっ――ッ!?」


 なんて要求するんだ、この野郎ッ!


「や、やっぱりダメだよね! ごめんね、変なこと言って……」

「ち、ちち、違いますよ! び、ビックリしちゃっただけで!」


 慌てて訂正したが、内心ではいっそのこと殺してくれという気持ちだった

 なんて恥ずかしいことを要求するんだッ!


「そ、そうかな? それじゃあ、お願いできるかな……」


 モニターの向こうで、アキ君が上目で私を見つめてきた。

 それ、女の子が男の子に何か頼むときの仕草!


 ぐっ……だけど、お願いされたからにはやらないと。

 それがVtuber。

 私の仕事であり、存在意義だ。


 応援してくれるのだから、私だってその恩を返したい。

 自分にできることは少なくても。

 やれることは限られていても。

 私にできることで、彼が満足してくれるなら……。


「あ、アキ君……私も、あなたのことが好きで――」

「はい、お時間でーすっ」


 おいいい――ッ!

 スタッフ、タイミング考えろやぁああ!


 アキ君のいた部屋にスタッフが入り、終了時間を告げる。

 扉が開いた瞬間に、私の声は廊下まで漏れたことだろう。


 廊下には他のファンが待っているので、みんなに聞かれてしまったということだ


 私の告白を!

 スタッフのせいで!


「ヤエ様、ありがとう! それじゃあ、また配信で~」


 アキ君は私に笑顔で手を振って、部屋を出て行った。

 彼の姿が完全になくなるまで、引きつった笑みで見届けた。


 アキ君がいなくなると、部屋にスタッフが入ってきて機材の調子を確かめたりしていた。

 それらが終わると、スタッフの女性がインカムで私に話しかけてくる。


「準備はよろしいですか?」

「心の準備がまだ……」

「次、詰まってるんでよろしくお願いします~」


 私の意見は!?



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