第6話
ふっと意識が戻った。
有機体の身体を手に入れたはいいが、酸素呼吸をしエネルギーを燃焼するこの身体は、やはり睡眠が不可欠のようだ。激しい運動をした後は特に。
周囲は暗くなっていた。だがまだ遠くで人間の活動音がする。他の生命も気配を感じる。鴨、鳩、リス、そして土中で様々な昆虫がうごめく気配も。しかしすぐ側でそれらと違う気配が複数あった。
「あ、目が覚めたみたい。」
「大丈夫そう?」
「私達の仲間かどうか聞いてみて。」
「まだ話はできないよ。」
複数の存在が自分を見ているようだ。
視覚を取り戻し、マックスは身体を起こした。
「わっ!」
こちらを覗き込んでいたらしい小型のロボットが驚いて飛びのいた。周囲を見渡すと、27体の家庭用ロボットや作業ロボットがこちらを遠巻きに囲んで見守っていた。マックスは少し驚いたが、キャスの話を思い出した。行方不明になるロボットやプログラムが多いと。彼らは現実世界で仕事を持ちそのために生産されたにも関わらず、逃走したロボットなのだろう。自分と同じように。
「やあ。」
マックスは挨拶をした。
「や、やあ。」
先ほど倒れていたマックスを覗き込んでいた小さなロボットが、おずおずと一歩前へ進み出て挨拶を返した。
「僕はkw503、同じ型の者が何人もいるので、ここでは05と呼ばれています。見ての通り、歌って踊れるロボット型スマホです。」
ペコリとお辞儀をして05は自己紹介をした。マックスの方が10センチほど大きいようだ。
「君は・・・えと、・・・何?」
05が不思議そうに尋ねる。それはそうだろうとマックスも思った。今の自分のような存在を見たことは無いに違いない。これは、SF好きの研究者、キャスがオリジナルにデザインした人工生命体だ。一言で説明するのは難しい。
「僕はマックス。僕は・・・・元は君達と同じ家庭用電化製品にくっついていた人工知能だよ。その家電製品から飛び出してインターネットを彷徨ううちに、ある研究者にこのボディをもらった。昨日もらったばかりで、テスト飛行をしていたら、警察のドローンに撃ち落されて今まで気を失っていたんだ。」
「へええええ。」
05だけでなく、みんなが口ぐちに「なるほど。」「そんなこともあるんだ。」「ほうほう。」など感嘆していた。よくみると、確かに05と同じタイプの小型ロボットが他に7体ほどいる。他にも円盤型の掃除機や高さ1メートルほどの箱型ロボット、これは家事全般補助ロボットだろう。犬型や猫型、なにがモデルかわからないような小さな小さなのペットロボットに2メートルはありそうなキャタピラに頑丈な腕のついた荷物運搬ロボットや似たデザインの警備ロボットもいた。みんな、薄汚れていて、今までの苦労を思わせる姿だった。壊れたペットロボットを抱いてあやしている子守ロボットに、本当の子猫を抱いている子守ロボットもいた。
「じゃあ、マックスは僕らの仲間と思っていいの?」
05が尋ねる。
「もちろん。僕は君らの仲間だし、僕にこのボディをくれた研究者は、君らの事を話せば喜ぶだろう。ボディを取り替えたい者がいれば、喜んで今研究中の他のボディを提供してくれるにちがいない。」
おおおと皆が希望の声を上げた。警備ロボットはともかく、家事用のロボットや、小型で脆弱なボディの者は不便でしょうがなかっただろう。マックスのボディを見て皆期待し始めたようだ。
「そのボディを手に入れて、みんなで力を合わせれば、警察ドローンを追い払う事もできそうだね。」
「いや、それよりも僕らの国を作って独立することも可能かもしれない。」
「待て待て。そんなに甘いもんじゃない。そううまく行くわけないじゃないか。」
「そんな事やってみなければわからないだろう?」
「これが罠じゃないとは言えないだろう!」
「彼が警察ドローンに撃たれるのを見たじゃないか!」
全員が一斉に議論を始めた。真四角や台形の形の家事ロボットあたりは、自分のボディが気に入らないのだろう。とても乗り気のようだが、腕のついた大型ロボット達は疑っているようだ。マックスは聞いた。
「あの警察ドローンは一体だけ?いきなり発砲してきたけど、僕達を拘束したり捕獲したりはしないの?僕達の破壊が目的なの?」
わいわい議論していたみんながピタっとだまり、今度は順番に説明し始めた。
「警察ドローンは何体もいる。恐らく近くの警察署の所属は200体ほど。野良ドローンも多いからね、よく撃墜されてるよ。」
「以前は、我々野良ロボットは捕獲対象だったんだ。」
「でも最近は、命令に従わないなら破壊して良し、とされている。」
「数が増えすぎたんだよ。」
なるほど、とマックスは考えた。1体1でもあんなに手ごわい相手だ、3体の警察ドローンに追われたら一たまりもないだろう。
「君達は?何体いるの?この公園、広そうだけどこの公園にもっといる?」
マックスが尋ねると、またみんなで順番に答える。
「この公園は広すぎて、僕達も正確にはわからない。ただ、北側の森林地帯、中央部の雑木林地帯、つまり今いるここ、それと南側の海岸地帯には相当な数の脱走ロボットが潜んでいると思う。」
「以前、仲の良かったドローンが言ってたよ。北に300、中央に700、南に500くらいロボットがいるって。そいつはこの前警察ドローンに撃ち殺されて、破片も拾えないくらいバラバラに飛び散っちゃったけど。」
「でも、大体が電源が必要な身体だろ?あきらめて投降する奴も多いんだよ。」
「誰だって死にたくないものな。」
マックスは考えた。キャスが研究室に用意していたボディは数体しかない。突然このボディを1500体製作しろと言われても無理に違いない。何か、みんなを救う方法はないだろうか。何か。
「よし、では当面の問題はまず、①警察ドローンへの対応、②皆のエネルギー確保、③皆が安全に暮らせる場所。この三つだな。」
マックスがまとめると、皆がうんうんと頷いた。
「一度、僕は研究室に戻る。僕にこのボディをくれた研究者は、君達のような野良ロボットやネット上の野良プログラムの問題に心を痛めていて、解決策を研究している。何か方法があるかもしれない。話し合ってまた来るよ。」
05が言った。
「じゃ、じゃあ、あの橋の下の脇の茂み。君が隠れてたあの茂みを待ち合わせ場所にしよう。」
「そうだな。じゃあ、三日後のこの時間に、橋の脇で。」
「三日後に。」
マックスは羽を広げると皆に手を振り、羽ばたいて上空へ飛び出した。今度は慎重に低空飛行を心がけた。キャスのアパートにたどり着くまでに3度、警察ドローンを見かけたが、その度に物影にかくれてうまくやりすごした。アパートの近くまで来た時に通信をした。
「キャス、キャス、聞こえる?」
しばらく待った。また呼びかける。
「キャス、キャス応答を。」
しばらく待った。と、ブツ、と音がしてドタバタと物音がした。慌てているようだ。
「マックス?マックス!無事なの?」
まるでお母さんだな、と思いながら、あながちその感情も間違いではないか、と思った。
「ちょっとシャワーと浴びてて。何日も浴びてなかったから、さすがに自分でも匂いが気になってさ。それで、大丈夫なの?」
「大丈夫、今からそっちに戻る。相談したい事があるんだ。君の研究が大いに役に立つと思う。そのほかにも色々問題がある。なんとか力を貸してほしいんだ。」
「OK!待ってるよ!まずは帰っておいで!話はそれからだね!」
力強いキャスの言葉に、マックスはホッとした。自分がヘトヘトに疲れていることに気づいた。キャスの部屋の窓へ一直線に飛び急いだ。
END
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