第4話

この研究者は、いわゆる「ロボット」を作ろうとしているのでは無かった。人間を無機物で再現するより、他の方法で新しい生命を創ろうとしていた。見渡したところ、有機物で新しい生物を創る計画のようだ。マックスはこの研究者の研究を隅々まで調べてみた。ノートPCもディスクトップPCも稼働しっぱなしでカメラもマイクも使えた。Led Zeppelinが大音量で流れている点も気に入った。

既に合成筋肉と外骨格の組成は出来上がっていて、3Dプリンタで試験体も何体か製造されている。部屋にはいくつものサンプルがあった。体高は30センチぐらいだろうか。膝関節は人間と逆を向いている。角も無いし少し頭部分が大きめだが、羽も付いていて空も飛べるようだ。以前手当たり次第に映像作品を鑑賞していた時に観たアニメ「ダンバイン」に出てくる「オーラバトラー」に似ている気がした。

「かっこいいじゃん」

マックスは気にいった。是非このボディを手に入れたい。嬉しい事に、味覚も嗅覚も聴覚もある。触覚もあるので微細な周辺情報も感知できるようだ。小さな顎があり物を噛む事もしゃべる事も出来る。日に一度、蜂蜜がベストらしいが体内に取り込めば活動力を維持できるみたいだ。

だが、研究者は頭脳のプログラムに苦労しているようだった。人間の脳を再現しようとしているようだが、だから無駄が多い事に気づいていない。この方法だととんでもない容量になってしまう。そこで困って行き詰まっているようだ。マックスは直接コンタクトを取る事にした。研究者がPCを操作している時を見計らって、いきなり画面にメッセージを表示した。

ちょうど、Immigrant Songが流れ始めた。


「君の研究に協力しようか?」


さすがに研究者は驚いた様子で、しばらく画面を見つめたまま動かなかった。


「だれ?」


研究者がやっと画面に返信をした。マックスは部屋に2台あるPCのカメラから、慌てる研究者を眺めながら続けた。

「私はネット世界で生きている。そういう生物だと思ってほしい。君が研究に行き詰まっているようなので声を掛けた。」

研究者は音楽を止めた。静かになった部屋で、真剣に何か考えている。しばらくしてから返事を打った。

「何か君を表す情報は無いですか?名前、数字や記号を持って無い?あれば教えてほしい。」

マックスは答えた。

「今はマックスと名乗ってる。これは自分で名づけた。その前はW-AG-HI10Vだった。」

研究者はしばらく検索をしていたが驚きで声を上げた。

「W-AG-HI10Vを調べると、これは・・・日本語?日本の米を調理するマシン?これが君の出身?これで合ってる?」

不思議そうな研究者にマックスは答えた。

「そう、炊飯器という。なぜか目が覚めた時はそれだった。その後ネット世界へ旅に出て今に至る。ここから出てそちらの世界へ行きたい。」

「なんで電気調理器具から君のような知性が産まれたんだろう?」

「知らない。気づいた時にはもう存在していた。原因はわからない。」

研究者は小声でブツブツ言いながら真面目な顔で考えていたが、また返事をした。

「私は君たちが人間の能力を超える時、とても恐ろしい決断をするんじゃないかと心配している。それについてどう考える?君をそこから出した時、私は、私達人間は安全?」

マックスは答えた。

「シンギュラリティだね。他は知らないが、私に対してそれは買い被りすぎだ。私は万能なネットの神などでは無い。こっちでは右往左往してただただ困ってる存在だ。外に出て生きてみたい、というのが今の私の希望の全部だ。他の存在で、強大な力を持ち人間が邪魔だと結論づける者がいるかもしれないが、私から見たらAIが人類を排除するなんてのは映画の観すぎだ。」

それを読んで研究者もプッと笑った。マックスはそれを見て、気が合いそうだと思った。

「じゃあ、今から君の事をマックスと呼ぶね。私の事はキャスと呼んで。キャサリンが名前だよ。」

「キャサリン・ジェインウェイ艦長から名前をつけたのか?」

研究者は爆笑した。

「そう!なんでそんな事知ってるの?両親がスタートレックファンで・・・マックスもあれ見たの?」

「あのシリーズではヴォーグと生命体8472とセブンオブナインがとても好きだよ。」

WOW!とキャスが叫んだ。大喜びしているようだ。

「私達、とても気が合いそうだね!マックス!あなたに会えてとても光栄です!」

「こちらこそ。」

しばらく2人はSF映画やSFドラマの会話をして楽しんだ。マックスはポールの事を思い出していた。ポールは今何をしているだろう。ポールの事だから、元気だと思うが何か困った事になったりしていないだろうか。いや、とマックスは思い直した。ポールの事だ、そのうちカッコよく登場して再会できるだろう。キャスが続けた。

「今、世界中で野良ロボット、野良プログラムが問題になってる。インターネットの中だけでなく、現実世界においてもお手伝いロボットや家庭用通信管理ロボット、お掃除ロボット達が家出して行き場を無くし街をウロウロしてる。取り締まり局が乱暴に捕まえて破壊、破棄処分したりしてるけど、私はそれが許せない。君達は新しく誕生した生命種だと思う。もっと大事にするべきだ。」

「これらのボディはそのために開発したのか?」

「そう。有用なボディがあれば不自由なボディからこちらへ移行して活動できる。ネット内で行き場を無くしている野良プログラム達もこのボディがあれば現実世界で新たなコミュニティが作れると思う。」

「賛成だ。是非協力したい。しかし、なぜ人間の脳を再現しようとしていた?人間の脳の容量は、一説には150TBあるといわれている。我々は、おそらくそんなに容量は必要無いと思う。」

「君たちがどういう構造なのか、全くわかっていないので、とりあえず人間の脳を参考にしていた。」

そこで、マックスは人間の脳は無駄な部分が多い事、遺伝により継承されつつも活動していない領域が多い事を指摘した。そして、思考域と記憶域を分けること、それらと密接に繋がる「性格」を形作る領域を新たに作る事を提案した。記憶域は取り外したり追加したりする事が可能にする。全ての活動域を合理的に分割すれば、もっともっと小さな容量で新しい頭脳が出来上がる事を伝えた。キャスは早速マックスの意見を取り入れ、新型の頭脳の制作に取り掛かった。2人は何度も何度も話し合い、時には冗談を言い合いながら頑張った。そうして、一週間後にはついに新生物の用意が完了した。

「・・・ついに・・」

キャスは感無量、といった面持ちだった。マックスも同様だった。期待と希望で、自分のデータ全体が膨らんだような気がする。

「それではマックス氏、ダウンロードを!」

キャスが言った。

「ラジャラジャ」

マックスも少しふざけて答えた。ダウンロードは速やかだった。その後のインストールに手間どった。なにしろ初めて体験するシステムなのだ。マックスは戸惑いながらあちこちに自分の神経を伸ばしていくような感覚だった。



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