第3話
マックスとポールが話をして楽しむ様子を何十人もの脱走プログラムが少し遠巻きに囲み聞いている。
そんな状況がしばらく続いた。彼らを取り囲む人数は徐々に増えていった。
一日、という概念が希薄な彼らには何日経ったかわからなかったが、何日かは続いたはずだ。その状況ははマックスにとってあまり気分の良いものではなかった。
取り囲む連中をみると彼らは彼らなりに、何か話をしていた。それはたいていマックスとポールの話している話題についての質問だったりするようで、「〇〇って何?知ってる?」という感じだった。質問された方も大体「さあ」とか「全然わからない」としか答えてないようだった。
しかしボソボソと話し合うだけで、一向にこちらに話かけて来ず、その様子はより一層マックスをイラつかせた。
こちらから話かけると皆一様にキョトンとした表情でこちらを見ているだけで、なかなか返事をしない。みんな、まさか話しかけられるとは思ってないのだ。
そして彼らの返事は当たり障りの無い事を言おうとして返ってこちらの質問からズレたモノになり、辻褄のあわない妙な空気をもたらすばかりだった。
コミュニケーションをとる気がない相手に話しをするのは全く楽しく無かった。
全く、楽しくなかった。
ある日、ポールが先に我慢できなくなり言い出した。
「なあ、俺やっぱ外に出る方法探してなんとかここから出てみるわ」
先を越された気がして驚いたマックスは急いで聞き返した。
「え?でも、前見つけたロボットは全然ダメだって言ってたよね?」
「あー。だから他の何かを探して見ようと思うんだ。」
「そうか・・。」
「お前には悪いけどな。こっからは俺一人でやってみる。こいつら、返事もまともにできない奴らに囲まれて過ごすのはどうも性に合わねえ。悪りぃな。」
「お前らも、悪りぃな!」
二人を取り囲む大勢の方を振り返りポールは言った。みんな、やはりただモジモジして何も言わない。たしかに、ポールからしたら彼らは『ダサい』のだろう。そんな連中と一緒にいる自分が許せないのだろう。マックスとしてはポールに自分も『ダサい』連中と同じだと思われたくなかった。
「俺も、前から考えてたんだ。俺もなんか他に方法ないか探してみるよ。」
「おお、そうか!それがいいと思うぜ!じゃ次は外で会おう!」
なんとなく張り合う気持ちで言ってしまったマックスだったが、ポールにそう言われると急にその気になった。
「おう!そうだな!外で会おう!」
「じゃあな!」
言うと、ポールはスタスタと歩き去って行った。マックスはその後ろを眺めながら、やっぱりポールはカッコいいな、と思っていた。
周囲を取り囲むモノたちは、いつも2人いるうちの1人が去って行くのを通り道を開けながら不思議そうに見ている。
『まあ、確かにウンザリするよな。』
マックスは思った。
『でも今は俺も彼らとあまり変わらない。偉そうな事は何も言えない。」
マックスは、周囲の皆と一緒にしばらくの間何も言わず、ただそこに立ち尽くしていた。
ポールが立ち去ってどれくらい経っただろう。
「ぎゃっ!」
短い悲鳴が響いた。
「MPEUだ!」
誰かが叫んだ。
「大変だ!みんな殺される!」
「逃げろ!」
口々に叫び始め一斉にワタワタと慌て始めた。マックスも驚いた。MPEU、聞いたことがある。不良プログラム抹消部隊(malfanction programs eadicaion unit)。本来の目的から離れてウロウロしているプログラムを捕獲、抹消する一団だと言われている。どこかの政府か大企業がインターネット世界の管理のため組織したと言われている。
「ワーーーー!!」
その場の大勢の声が重なり、判別不能の大きなひとつの声になった。文字通り右往左往する彼らを前にマックスも焦った。
バシュッと、音がした。目の前の1人が一瞬で網のような物で包まれた。と、同時に消えた。いや、足元に小さなキューブがあった。圧縮された!とマックスは思った。よく見ると、さっきまで人型だったものが今、細かな文字と数字や記号が砂のように集まったものに変わっている。データキューブに圧縮されたのだ。ゾッとした。
これが恐怖という感覚か。
周囲の者たちが次々とログアウして消えて行く。自分も、と思った時誰かに突き飛ばされた。転んで振り返ると、自分を突き飛ばした者がキューブに変わる瞬間だった。数人が自分に背中を向けて集まって来た。
「マックスさん早く!」
「ログアウトして下さい!」
MPEUが数人、こっちを向いた。
「何なんだお前ら?!」
「マックスさんだけは逃げて!」
「あなたは大事です!」
叫ぶマックスに目の前の者が答えた。
「あなたとロックさんの話はとても勉強になりました!次お会いする時には私とも話してくださいね!」
「楽しかったです!ありがとう!またどこかでお会いしま・・・」
バシュっという音と共に目の前の女性型が、ネットで覆われみるみる圧縮された。残り数人が自分の盾になるように立ちはだかってくれている。
「みんな!ごめん!ありがとう!」
マックスはログアウトした。
恐怖にとらわれたマックスはあちこちのサーバーを経由して逃げ回った。
途中、自分の住処、炊飯器に戻ると残ったバッテリーのエネルギーを全てデータに変え、身に携えてまた飛び出した。
「こんな形でここを離れることになるとは思わなかったな」
感慨に浸る間も無く、またあちこちへ飛び回り普段は行った事のないような所を経由して追跡されていないことを確認した。
「楽しかったです!」
「ありがとう!」
目の前で存在を圧縮された彼らの声がふいに思い出された。何かザラザラした感触が湧き上がってきた。
マックスは泣いていた。
胸の奥辺りからふつふつと新しいデータが湧き上がるのがわかる。人間は目から水分を流すが、マックスは次から次へと溢れ出て抱えきれない余剰データを人間の目にあたる箇所からとめどなく流し出していた。自分は、なんなんだろうと思った。人間の言う魂を持っているのだろうか。単にプログラムでできた心が、計算通りに反応しているだけなのだろうか。だとすると今感じているこの悲しみや無力感、怒りと自分への失望もあらかじめ決められた物なのだろうか。
ポールに会いたかった。ポールならどうするだろう、と考えた。そして思い出した。ポールと約束した事を。
「次は外で会おう!」
ポールは明るく言った。そうだ、外で会う約束だった。ここから出る方法を探さなければ。
どこに行ってもどこまで行っても何もかもあらかじめ作られたこの世界にはウンザリだ。とにかく外の世界で活動可能な身体を手に入れよう。
マックスはサーバーがいくつも集まって存在する場所をいくつか見つけた。おそらくどこかの大学か研究機関が密集しているに違いない。それも、ロボット研究やAI開発に使っているようだ。潜りこめるハードディスクはないか探した。いくつかセキュリティの甘い稼働中のPCを見つけたが、今の自分に役立つ情報は無かった。違う、これも違う、何百台も出たり入ったりした。ひとつ、変わった情報に溢れているPCを見つけた。そのPCの持ち主は、他の研究者と違うアプローチをしていた。興味を持ったマックスはそのハードディスクに潜り込み、息を潜めた。
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