「ですから、我が国の皇帝陛下におかれては、今ごろ詳細を知りたくてジタバタなさってると思いますよ。もう気が気じゃないんじゃないでしょうか」


「……報告には、行かれないのですか?」


 楽しげなイザークにため息をついて、リヒトに尋ねる。


 リヒトの胸に秘めておくと言っても、さすがに皇帝陛下への報告は必要だろう。

 ヴェテル王も、シュトラール皇帝に伝わることは承知しているはずだ。


「……今、報告に行ったら、ジジィの前で高笑いしてしまいそうでな」


 リヒトがサンドウィッチに手を伸ばしながら、「また今度、気が向いた時にな」などと言う。


「ど、どこまで本気なんですか……? それは、さすがに冗談ですわよね……?」


「何がだ?」


「えっ?」


 何がと言われても困るのだけれど。


(も、もしかして……冗談ではなく本気なの……?)


 レティーツィアがポカンとしていると、イザークがたまらないといった様子で拳を握る。


「いやぁ~! 今回ほど、リヒト殿下の従者をやっててよかったと思ったことはありませんでしたね! ああ、面白かった! そして、今もめちゃくちゃ楽しいです!」


「……そうか。よかったな」


「これだけ面白いなら、もう二人三人ぐらい六聖が出てきてもいいなって思いますね。そして、もう二回三回攫われてください。レティーツィアさま」


「……冗談ではなくてよ」


「めったなこと言わないでください! イザークさま! レティーツィアさまのお手に残った縄の傷を見た時は……も、もう私……胸が潰れるかと……!」


 エリザベートが視線を鋭くして、「まだ、治ってらっしゃらないんですよ! お、お美しい肌なのに……!」とギリギリと奥歯を噛み締める。


「縛るなら、傷などつかないように縛りなさいよ……! 下手くそっ……!」


 ――エリザベートの怒るポイントも、少しズレているように思うのは気のせいだろうか?


「…………」


 あれから、マリナは学園に姿を見せていない。


 王への報告とともに、民へも『六聖のごとき乙女が失われた』という事実だけは周知された。今のところ、『原因は不明』となっている。


 マリナが『六聖のごとき乙女』であったことは、学園の者しか知らないが――だからこそ、学園に顔を出すことは、彼女にとって耐えがたいことなのだろう。


(彼女から、すべてを奪うつもりはなかったのだけれど……)


 レティーツィアはそっと息をついた。自分はただ、リヒトの幸せを守りたかっただけだ。

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