22

 セルヴァが、ノクスが、そしてマリナが絶句する。


「たしかに、俺がレティーツィアとはじめて会ったのは八歳の時だ。彼女が七歳までしていた努力は、父親に『家のために』と申しつけられてしていたことだろう。だが、そのあとは違う。レティーツィアは俺とはじめて会った日の夜、父親に言ったそうだぞ。素晴らしいお方でした。あの方の傍にいられるのであれば、どんなことでもしてみせますと」


「っ……!」


 かぁっと顔が赤くなる。


 そう――その時から、リヒトはレティーツィアのすべてだった。


「その言葉どおり、レティーツィアは俺の隣に立つために、ありとあらゆる努力をしてきた。それは知識や技術を身に着けるだけに留まらない。俺が――民らが美しい皇妃を誇れるよう、外見を磨きに磨いた。もちろん、同じだけ内面もだ」


 リヒトが拳で心臓を叩く。


「俺に顔向けできないような真似はするな。常に正しくを心がけた。俺が信じられる者であれ。常にまことしくを心がけた。俺を癒せる者であれ。常に優しくを心がけた」


 リヒトを支えられる者でいられるよう、常に強くあれ。


 リヒトを個人的なことで煩わせずにすむよう、常に自分を律せよ。


「要求されたわけではない。すべては、レティーツィアが自分で自分に課したことだ」


 マリナが、悔しげに唇を噛み締めて押し黙る。


「婚約者の座を手に入れてからも、それに慢心したことはない。常に貪欲に自分を高めてきた。すべては、俺のためにだ!」


 そんな彼女をにらみつけたまま、リヒトがさらに叫ぶ。


「レティーツィアが、俺の前で貴様のように喚いたことは、ただの一度もない!」


「ッ……! わ、私は……!」


「レティーツィアは、常に完璧であり続けようとした。弱音は一切吐かず、自分のことよりも俺を優先する。いつ、何時なんどきもだ。こちらが歯がゆくなるほどに!」


 リヒトが少しだけ悔しそうに顔を歪めて――小さく息をつく。


「おそらくは死を目の前にしてすら、俺を慮って、『苦しい』も、『つらい』も、『助けて』も、口にはしないんだろうよ。こんな時ぐらい我儘を言ってくれと、俺がどれだけ切望してもな」


「っ……!」


 その言葉に、脳裏にひらめくものが。レティーツィアはハッとして、リヒトを見つめた。


 憮然としていた、あの日の薔薇園でのリヒトを思い出す。


(ああ、そうか……)


『お前は、いつもそうだな』――あの言葉の意味を、唐突に理解する。


(あれは……そういうことだったんだ……)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る