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「たしかに、まだ生まれる時から、レティーツィアの父親は計算していただろう。女だったら年齢的にも家柄的にも俺の妃にピッタリだと。公爵家のさらなる発展のため、絶対に妃の座を手に入れてみせようと」


「ほ、ほら! やっぱりそうじゃないですか!」


 マリナが我が意を得たとばかりに、ホッと息をつく。

 そんな彼女を、リヒトは冷ややかに見降ろしたまま、ピシャリと言った。


「だが、家柄だけで手に入れられるほど、俺の妃の座は安くない」


「ッ……!」


「レティーツィアはものごころついた時から、自分を磨いてきた。俺の妃となるために」


「で、でもそれは、家のためで……!」


「だったら、お前はできるのか? 会ったこともない相手のために、語学に歴史に社会経済、政治に帝王学と男子以上に学び、礼儀作法はもちろんのこと、ピアノにバイオリン、ダンス、刺繍、詩歌、乗馬など、淑女としての嗜みも完璧に身に着け、自国の要人の顔と名前、関係性、領地の場所やその経営状況、そして世界六国の王族と貴族たちの顔と名前、その関係図までを記憶し切ることが?」


「ッ……!?」


 マリナがぎょっとして目を見開く。


「は……?」


「ちょうどいい。そこにヴェテルの皇子がいるんだ。ヴェテルの歴史年表をレティーツィアに暗唱させようか? 千年以上もの歴史だ。すべて語るには、三時間以上はゆうにかかるがな」


「なっ……!?」


 その言葉に、セルヴァもまた唖然として目を丸くする。


「三時間以上かかるって……どれだけ詳細に覚えているんだ。そんなことは……」


「お前にもできない――か? ああ、そうだな。自国の皇子ですら、容易くはできないことだ。だが、レティーツィアはできる」


 なんでもないことのようにきっぱりと言い切って、さらにとんでもない言葉を続ける。


「歴史じゃないほうがいいか? ヴェテルの各地方の特産品を説明させようか? それによる税収がいいか。ヴェテルの現在の全爵位を、現当主の名とともに列挙させようか? それとも過去存在した爵位も含めたほうがいいか?」


「ッ……!」


 言葉を失う面々を見回して、「もちろん、ヴェテルだけではない。世界六国すべての国で、それができる」とまで言う。


「そんな……途方もない……」


「そうだろう? そんな途方もないことを、レティーツィアはできるんだ」

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