20

 低く、甘く、色香のある――しかし同時に背筋が寒くなるほどの威厳に満ちた声が、ピンと張りつめた空気を震わせる。


 マリナはビクッと身をすくめると、言い訳するようにモゴモゴと呟いた。


「それは……その方が、邪魔をするから……」


「邪魔者を排除しようとしたということか? まぁ、それも手段の一つではあるな」


 リヒトが苛立たしげに息をつく。

 そこでようやく、レティーツィアはリヒトの言葉遣いや態度がいつもと違うことに気づいて、ぱちぱちと目を瞬かせた。


(言葉も態度も、かなり荒々しいというか……)


 そういえば、一人称も『私』ではなく『俺』だ。


 でも、素が出ているというのとも――少し違う気がする。街歩きの時とも様子が違うから。


「では、邪魔者を排除すること以外で、お前は俺を得るために何をした。どんな努力をした。言ってみろ」


 戸惑うレティーツィアの前で、リヒトがマリナを見下ろしたまま、冷たく言う。


「え……?」


「邪魔者を排除すれば、自動的に自分を好いてもらえるなどと思っていたわけではあるまい。だから、訊いている。俺の心を得るために、お前は何をしたのか」


「わ、私は、ちゃんとシナリオどおりに……」


「シナリオ……?」


「そ、そうです! 私とリヒトさまは結ばれる運命なんです! 未来は、そう定められているんです! それが、正しい道で……」


「……それはつまり、お前自身はなんの努力もしていないということか?」


 より一層冷たさを増した声に、ざわりと肌が粟立つ。

 レティーツィアは息を呑んで――ようやく理解した。


(お……怒ってらっしゃる……)


 かつてないほど――『皇子の顔』でいることができないほど、怒っている。


 そんなリヒトを見たのは、はじめてだった。少なくとも、


(前世で……ゲームで……レティーツィアを断罪する殿下を見たことはあるけれど……)


 あの時もかなり怒っていたと思うけれど――同じ空間にいるからだろうか? ゲームの断罪シーンよりも、怒りがビリビリとダイレクトに伝わってくる。


 レティーツィアは縛られている両手を握り合わせて、ゴクリと息を呑んだ。


「で、でも、それならあの人だって同じでしょう……! あの人が婚約者になったのなんて、しょせんは家の力じゃないですか!」


 マリナが、そんなレティーツィアを聖剣で指し示す。

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