19

 顔色を変えたセルヴァを背に庇い、ノクスが唸るように言う。


地上うえの者は……」


「セルヴァの私兵なら……まぁ、死んではいないだろう。動ける者もいないだろうが。医者を呼んでやるなら、早いほうがいいだろうな」


 剣を腰の鞘に納めることなく、片手にぶら下げたまま、リヒトがあっさりと言う。


「それにしても汚い地下室だな。お前ら、レディの扱いを知らないのか」


「っ……! どうしてここがわかった……!」


「……馬鹿か。お前」


 ノクスへ向けられた金色の双眸が、すぅっと冷たくなる。


「学園から攫うなんて雑なことをするからだ。誘拐は、発覚までにどれだけ時間を稼げるかが成功の鍵だろうが。主人のためならどんな汚れ仕事すら厭わないという姿勢は評価してやるが、それならもっと狡猾になれ。主人に疑いの目すら向けさせるな」


「っ……!」


「レティーツィアが姿を消したわずか数分後には、エリザベートがガセポなど様子から異変に気づいていたぞ。彼女は泣きながら、サロンへ知らせに走ったらしい。ラシードは、その時の六聖の様子に違和感を感じたのだそうだ。加えて、お前とノクスが揃って不在なのに、六聖がそれを気にする様子もないことに疑問を感じ、すぐにアーシムを屋敷まで寄こしてくれた」


 リヒトの口から『六聖』という言葉が出た瞬間、マリナがピクンと身を弾かせる。

 しかし、リヒトはマリナを一瞥すらせず、ノクスを見つめたまま言葉を続けた。


「あとは簡単だ。事件が起きたことを『知る』ことさえできれば、うちのイザークに暴けないものはない。あれは、お前などとは悪党のレベルが違う。まぁ、もっとも……今回は急がせたせいで、潜伏先を十ヵ所までしか絞れなかったがな。しらみ潰しに一つ一つ当たっていたら、存外時間がかかってしまった……。あれもまだまだだ」


「……ッ……」


 ノクスが悔しげに顔を歪める。

 その様子に一つ息をつくと、リヒトは再び彼の後ろに立つセルヴァへと視線を戻した。


「慣れないことはするもんじゃないぞ。セルヴァ。なぜ、こんなことを……」


「せ、セルヴァさまは、私の願いを叶えるために動いてくださったんです!」


 リヒトの言を遮って、マリナがノクスの前に進み出る。

 目の前に立ったことで、金の双眸がようやくマリナを映した。


「願い?」


「ええ! 私は、リヒトさまをお慕いしてます! リヒトさまと結ばれたくて……!」


「俺と結ばれたくて――したことが、人攫いか?」


「っ……」

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